沙子様の投稿作品



 
何でも無い日にパーティをしよう?





朝な夕なに仰ぐ時





 
学校帰り、雨上がりの空気がとても気持ちが良くて、いつになく遠回りをして帰ろうと思った。
 梅雨に入りずっと空を覆っていた雨雲が去り、久々に覗いた太陽の陽がらしくなく嬉しかったのかもしれない。

 それだけ。
 ただ、それだけなのだけれど。



「灰原?」

 家とは小学校を挟んで正反対にある河原を歩き見知らぬ道を進む哀は、その声で足を止めた。
「珍しい所で会うな」
 振り返ると、タクシーから降りてゆっくり歩み寄ってくる新一。
「何してんだ?」
 隣まで来て、哀の覗いていた河を眺める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ」
 哀も視線を河に移し、素っ気なく答えた。


 雨上がりの空は澄んでいて、空気は気持ち良くて、ただそれだけ。
 でも河は濁っていて、荒れていて、暴走する程勢いづいている。それだけ。

「そっか」

 哀の素っ気なさには慣れている新一は、そろそろ帰るか? と哀に手を差し出す。
「いつから歩いてるのでしょうお姫様、もう帰る時間だぜ?」
 手荷物を取られ、手を繋ぎ、新一が言うので空を見上げると、もう日がかげって薄暗かった。

「あら、いつの間に」
 確か学校は昼過ぎに終わったはずなのに。
「あら、じゃねぇ。もう晩飯だ腹減った」
「そのままタクシーで帰ったら良かったのに」
「ンな事言ってんじゃねぇってば」

 帰りましょうかと体の向きを変え、小さな歩幅で歩き出す。
 明日は朝から晴れるのだろうか、暮れかかっている空にうっすらと星が見える。






 今日はこんな事件があって、こんな人と出会って、こんな話をしてこんな事をして・・・・・・。
 新一は、その日にあった事を哀に話すのが好きだ。事件に関しては違う視点で物を言い返し、新一の気付かなかった事を指摘されるのが嬉しいのかもしれない。

「高木刑事が佐藤刑事の誕生日を忘れてた話を白鳥刑事から聞いてさ、前日にプレゼントまで買ってたのに凶悪事件が発生してどさくさで忘れてた可哀相な話なんだけどさ、佐藤刑事が未だに根に持ってるらしくって」
 相変わらず未成年の探偵のくせに警視庁へ顔を出している様で、ちょっと変な慣れ合いねといつも不思議に思われる新一の行動だが、大人達には可愛がられているのだろう色んなどうでもいい情報をいつも抱えている。
「ああ、だから最近高木刑事元気がないのね」
 先日遊園地の警備してた所に会ったのよ、暑いからばててるのかと思ってたの。落ち込んでたのね。
「そうそう、女って記念日とか大事にするよなー」
 佐藤刑事みたいに男らしい人でもそうなんだよなー。不思議だなー。

 江戸川コナンが消え、事件好きな少年探偵団が事件に巻き込まれる事が目に見えて無くなり、哀が警察の面々と縁遠くなって随分が経つ。
 それでも新一からこうやっていろいろと話を聞くから、そんな人達の顔を思い出しては笑みがこぼれる。
「記念日を大切にするのじゃないのよ、きっと記念日を覚えていてくれるだけ自分の事を気にかけていてもらいたいっていう女心なのよ」
 哀がそう言うと、新一はへぇと驚いて頷いた。


 産まれてきてくれてありがとう。産んでくれてありがとう。
 いい事があっておめでとう、これからもがんばって。
 たったそれだけの事なのに、言われると嬉しい。単純な事だけれど、嬉しいとがんばれる。

「にしてはお前、俺の誕生日何もしてくれなかったよな?」
 女心は理解出来ても、好きな女におめでとうの一言も言ってもらえねぇ男心も理解してくれよ?
「あら私は言ったわよ、誰さんが遅れてきた夕食の最初に」
 甘さ控えめのケーキを焼いて冷め切ってしまった頃のナイフを入れる女心も理解してくださるかしら?

 哀は、外見年齢だけでは10も年上の高校生を見上げて笑う。
 小学生に誕生日を祝う言葉を言ってもらえなくて拗ねる高校生など、他のどこにいるのだろう。世間を沸かせる名探偵が10も年下の小学生に駄々を捏ねる姿など、誰か想像するだろう。
「あ、ケーキあれ旨かった。また作ってくれよ」
 誕生日じゃなくてもさ、いつでもいいからさ。
「そうね」
 週末にでも気が向いたらね。

 誕生日なんて、正直ふたりにとってはどうでもいい事。
 記念日だから一緒にいるのではない、いつも一緒にいるから記念日も一緒にいて、だからお祝いの言葉を贈る。一緒に喜ぶ。
 それでいいと思っているから、だから大事なのは記念日なんかじゃない。

「明日でも、あさってでも、週末でも月末でも」
 いつでもいいぜと笑う新一。
「小学生に月末とか関係ないのですけどね」
 給料があるわけでも試験があるわけでもないのですからね、哀も呆れて苦笑する。

 何でも無い日に一緒に居られる事。
 何でも無い事を楽しみ、何でも無いお茶が楽しくて、何でも無い会話をエンドレスに続ける。
 退屈な現実、まどろみたくなる昼下がり、変化も刺激もなく続く時間。それは無意味に見えて、けれどとても大切なもの。

 理由が無くても一緒にいたい。そう言って哀に告白をしてきたのは新一。
 それまで同じ小学生であった頃、一緒に学校へ通って一緒に登下校して一緒に年下のクラスメイト達の中にいた頃気付かなかった哀の隣という場所は、新一という本来の姿を取り戻して失われ、平凡な毎日の中に居ない哀と会う為にはいちいち理由が必要となった。
 理由を探して会いに行き、その理由も尽きた時、どうして理由を探すのか気付いてようやく自覚した恋心。

 何かが無ければ会えないなんて淋しい。
 何でも無い日に何でも無い時間を共有する、それがどんなに嬉しくて幸せな事か。

 毎日が記念日。毎日を一緒に居る事が出来る記念日。
 毎日一緒にいよう、毎日パーティをしよう。


「雨酷かったから河の水溢れそう」
 新一が言った。でも明日には落ち着いて、数日後にはきっと元通り。
「雨上がりは風も気持ちいいわね」
 哀も言う。でもきっと明日には湿気が戻って来、じめじめ暑い日が来るだろう。

 たいした事のないほんの些細な事。日々繰り返される、天気の心配や自然の移り変わり。
 一緒に見て、一緒に感じる事が出来るこんな時間が、なんて嬉しい事だろう。






「遅かったじゃないか哀くん!」
 家に戻ると、阿笠博士が待っていたのだろう玄関まで駆けつけてきた。
「ごめんなさい博士、つい時間を忘れて」
 すぐ夕食の支度をするわ、哀は着替える為に自室へ向かう。

「見つけるの遅かったではないか、新一」
「いや見つけたんだけどつい一緒に散歩してしまって」
「なんじゃすぐ見つけるから待っとれと言うからわしは・・・・・・」
「わりぃわりぃ」

 そんな会話に振り返る。
「工藤くん、貴方私を探しに来たの?」
 偶然通りかかったわけじゃなかったの?
「どうして俺があんな道タクシーで通るんだよ」
 姫の迎えは俺の役目だろ?


「明日も天気いいといいな」
 そしたらまた散歩に行こうか?
「雨でも構わないわ、そうしたら外出出来ないからケーキを焼いてあげる」
 だからいらっしゃい、いつも通りにいらっしゃい。





 いつも一緒にいよう。いない時は探して駆けつけるから。
 記念日だけじゃなくていつもいつも一緒にいよう。何でも無い日に一緒にいよう。




後書き



1周年おめでとうございます。私は普段から自他共に認める飽き性なので、「継続は力也」って本当に素晴らしい言葉だと思うのです。なので1年もの継続は、凄い事だと思います。
 「アニバーサリー」というお題ですのに記念日でなくてすいません。 でもずっと毎日を頑張っていけたらと思い、贈らせてもらいます。 これからも、どうぞご無理なく続けてくださいね!



サイト管理人より



「la biblioteca」管理人、沙子様より頂いた新哀です。「何かプレゼントさせて頂けませんか?」との言葉に自分が書けない新哀をお願いしました。
沙子様の作品は独特の切り口があって私には絶対書けない内容です。今回も「アニバーサリーに拘らない」というお題を逆手にとった切り口に脱帽しました。
沙子様、素敵な作品ありがとうございました。