瑠璃蝶々様の投稿作品










リーン・・・ゴーン・・・・・・リーン・・・ゴーン・・・・・・。






教会の鐘が、梅雨の晴れ間の空に鳴り響いた。














         - 傷の輝き -

















「・・・寒くねーか?」

「平気よ。夜風が気持ちいいくらい」

「そうか」






工藤邸のベランダに出ていた志保に、新一は声を掛けた。
六月の夜風は少し肌寒いものの、アルコールで多少火照った身体には心地いい。

シンプルなワンピースに身を包んだ志保の手には、可憐なブーケが握られている。








今日。


米花町の教会で、蘭が、結婚式を挙げた。












「・・・綺麗だったわね・・・」

「ああ・・・そうだな・・・」












まるで昨日のことのように、思い出される。








蘭との、長く激しい、葛藤とぶつかり合いの日々が。












隣に並んで立った新一に話しかけるように、志保は呟く。


「・・・私に、こんな事を言う資格はないのかもしれないけれど・・・
 彼女には・・・ほんとうに、幸せになって欲しい・・・」

「ああ・・・わかってたよ。お前の気持ち」


言うと、新一は志保に向き直った。






「だから・・・今日まで、待ったんだ」






真剣な口調に、志保もおもわず顔を向ける。




「もう・・・いいだろ?」

「え・・・?」

「・・・オレが切り出した、あの時・・・お前、言ったよな。
 たとえ偽善だと、自己満足だと思われようが、蘭より先には結婚できない、って」

「!」

「自分の存在が、蘭を傷つけたから・・・あいつが、新しい恋を見つけて
 幸福な結婚をするまで、オレとは結婚できないって・・・言ったろ?」

「・・・ええ」

「その蘭も、結婚した。・・・今日、蘭のヤツ、すげぇ幸せそうだったろ?
 あの人のことは、オレ達もよく知ってるじゃねーか。
 きっと、これ以上ないくらいに、蘭を幸せにしてくれるさ。
 だから・・・蘭も、お前に、それを渡したんだろ?」










  『・・・・・・私とあなたは、同志みたいなものだと思わない?』

  『・・・同志・・・?』

  『新一を・・・それぞれの形で愛した、同志よ。・・・そうでしょ?』

  『・・・・・・そう・・・・・・ね・・・・・・。そうかも、しれないわね・・・・・・』

  『だから・・・今度は、志保さんの番よ?』

  『!』

  『私、誰にも負けないくらい、幸せになるわ。だから・・・志保さんも、幸せになって。
   ・・・そして、新一を・・・幸せに、してあげて・・・』

  『・・・蘭さん・・・』








ブーケを託された時に、蘭と交わした言葉が、志保の脳裏によみがえった。








「あの後さ・・・お前に、待ってくれって言われた後、オレも色々考えたんだよ。
 そうしたら、お前が言った『自分だけが先に結婚する訳にはいかない』ってのは
 オレにこそ当てはまる事なんじゃないかって、思ったんだ。
 蘭を待たせるだけ待たせて、でも結局受け止めてやれなくて・・・
 心底、傷つけたのは・・・誰でもない、オレなんだから。
 だから・・・本当は、すぐにでも一緒になりたかったけど・・・待とう、って思った。
 何の憂いも、迷いも、わだかまりもなくなる時が来るのを、待つことにしたんだ。
 ・・・・・・もう・・・・・・大丈夫、だよな・・・・・・?」






新一の言わんとする事を察し、志保の心臓が、鼓動を早める。


さぁっ、と吹き抜けた夜風が、二人の髪と、ブーケを揺らした。










「志保。・・・・・・結婚しよう」














新一からの、二度目のプロポーズ。






新一の「これだけは譲れない」という望みで、一緒に暮らし始めてから、もう随分になる。

だが、以前に一度、志保が苦しげにプロポーズを拒んでからというもの、
今日、この瞬間まで、新一は一度もその事を口にしなかった。






「結婚しよう。・・・正式に、一緒になろう。
 ・・・届けなんて出さなくたって、一緒に暮らすことだってできるし
 オレ達が互いだけのものだって事には、何も変わりない。
 正式な結婚なんて、紙切れ一枚の事に過ぎないんだ、って
 これまでずっと、自分に言い聞かせてきたけど・・・。
 オレはもう・・・たかが一枚の、紙切れの上でさえも・・・お前を、離したくねーんだ・・・」

「・・・・・・新一・・・・・・」






志保の瞳から、幸せの涙がひとすじ、零れ落ちた。












「・・・これ、受け取ってくれるか?」


新一は、スーツのポケットから、小さなケースを取り出した。
蓋をそっと開け、中身を志保に見せる。

緑の石を掲げた指輪が、光っていた。




「・・・エメラルド・・・?」

「ああ・・・。ずっと前に、決めてたんだ。
 お前にプロポーズする時は・・・エメラルドの指輪を、贈ろうって」

「・・・5月の・・・新一の、誕生石だから・・・?」

「・・・そういや、そうだったな。じゃあ、尚更いいや」

「?・・・じゃあ・・・違う理由が、あるの・・・?」

「ああ。・・・こんな言葉があるの、知ってるか?
 『傷のないエメラルドを見つけるのは、欠点のない人間を探すより難しい』って」

「・・・聞いたことが、あるような気がするわ」

「この言葉通り、天然のエメラルドには、殆どのものに傷があるだろ?
 結晶化の際にクロム等を取り込んで、細かいヒビやワレが入るからなんだよな。
 傷のある宝石は、普通は敬遠されるけれど・・・エメラルドだけは、違う。
 この傷があるからこそ、こいつは、何をやっても傷つかないダイヤモンドや
 大事に大事にくるまれて育った真珠とは、違う輝きを持っていて・・・
 心の安らぎを導く緑色の中で、抱いた傷をもその輝きに変えるこの石に、
 人は、誰かの姿を重ね合わせ、思いを馳せ・・・そして、魅了されるんだと、思う」

「・・・・・・」

「オレにとって、エメラルドは・・・お前の姿に、重なって見えるんだよ・・・。
 沢山の傷を抱きながらも、精一杯生きているお前は・・・誰よりも、輝いて見える。
 そんなお前と・・・いつまでも、一緒に生きていきたいって、思う。
 ・・・そして・・・時に、意外なほど脆いこの石のように・・・
 辛い傷を思い出す度に、人知れず壊れてしまいそうな・・・そんなお前を
 ・・・・・・一生、側にいて守りたいと、思う」






新一が、ケースから指輪を取りだし、左手を志保に差し出した。


「・・・受け取って、くれるよな・・・?」










微笑みながら差し出された手に、微かに震える左手を志保が乗せ


新一が、その薬指に、そっと、緑に輝く指輪をはめた。












「・・・ありがとう、志保」






幻想的な月明かりに照らされた志保が、月の女神のように美しく思えて


その身体を、新一はぎゅっと抱きしめた。














暫くの後。

新一は、腕を僅かに弛めて、もう一度志保を正面から見つめた。




「―――愛してる、志保。もう・・・一生、離さねーよ。
 ・・・絶対に、幸せにしてみせるからな・・・」






瞳を潤ませたまま微笑んだ志保が、左手に光るエメラルドを見ながら、言う。


「・・・・・・知ってる?」

「え?」

「エメラルドの宝石言葉は・・・・・・幸福」

「ああ・・・知ってる」

「この石に、誓うわ。・・・一生、離れずに・・・共に、幸せになる、って・・・。
 私も・・・・・・あなたを、幸せに、したいから・・・・・・」

「志保・・・・・・」












      心に 数え切れないほどの傷を負いながら これまで生きてきた








      でも これからは




      独りだったときに 負った傷も

      互いを罵り 付けあった傷も

      互いを守る為 そして愛する為に 受けた傷も

      そして これから先 受けるかもしれない傷も






      すべてを包み込み 輝きへと変えながら ずっと一緒に生きてゆこう








      二人でいれば きっと それができるはずだから
















見つめあう二人の影が、ゆっくりと重なり




新一の肩に添えられた志保の左手には

幸福を象徴する緑の石が、月明かりにキラリと輝いていた――――――。












       END










  あとがき


  新一×志保のプロポーズ話です。

  お題が「アニバーサリー」ということで。
  6月といえば、やぱジューンブライドで結婚記念かなー、と(←単純)
  でも結婚ネタだと平凡かなー、と思い、プロポーズネタにしてみました。
  新一君、二度目のアタック(古っ)&成就記念ってことで
  ちと強引にお題と結んじゃいましたが、どうかひとつ(^^;)

  エメラルドは、天然物でも、最上級のものは傷もないのだそうですが
  傷を内包してこその輝き、というのが志保のイメージと重なったので、
  あえて最上級ではないものを(^^;)新一に贈ってもらいました。



  サイト管理人より



  「朔に舞う」管理人、瑠璃蝶々様から頂いた新一×志保のプロポーズ話です
  (わおw)
  行間は原稿のまま再現させて頂きました。
  私にはこういうセンスないから羨ましいです。
  個人的にやっぱりこの二人が結婚するとしたら蘭より後だと思います。
  やっぱり蘭の幸せを見届けてからかな、なんて。
  瑠璃様、素敵な作品ありがとうございました。
  (ちなみにバックの素材タイトルは「飛翔」。
  蝶々は「旅立ちの印、変わる前兆」という意味があるそうで、
  瑠璃様のHNに合わせて使用させて頂きました)