瑠璃蝶々様サイトにて50,000打を踏み、リクさせて頂いた作品です。












    さよならの理由
















『園子、久しぶりにいつものカフェに行かない?』


ここ最近ずっと落ち込んでいた親友からのメールに、二つ返事で外出した土曜の午後。
そろそろ来るはずだと思い周囲を見渡した途端、私の目に、ありえない光景が飛び込んできた。





「園子、お待たせ〜!」

「……ちょっと蘭っ!? あんた、一体どういうつもりなの!?」

「な、何? どうしたのよ園子、いきなり」

「どうしたもこうしたも無いでしょ!? あんたさっき、あの女に挨拶なんかしてたじゃない!」

「あの女って……志保さん?」

「そうよ!」

「そこで偶然会ったから、こんにちはって言っただけだよ?」

「だーかーらっ! なんで口なんかきいてるの!?
 あんた解ってるの!? あの女は……新一君を、横取りした女なのよ!?」



蘭ってば、お人好しにも程がある。そう思った。

私はあれ以来、彼女はおろか、新一君とさえも口もきかないし、目を合わせる事もしない。
本当なら、原形すら留めないほどに、ボコボコに殴ってやりたいくらいだ。
だって、あの二人は蘭に対して、それだけの事をしたのだから。
激高し、涙し、気も狂わんばかりだった蘭を、私は実際にこの目で見てきたのだ。
―――それなのに―――


「落ち着いて、園子。今日は、その話をしたかったの。……とりあえず、入ろう?」






まるで凪いだ海のように、穏やかな蘭の態度に疑問を持ちつつも、
促され、いつも二人で利用するカフェに入り、席に着く。
ここのテラスはオープンカフェ風になっていて、いつも街のざわめきに程よく紛れていて
女同士のプライベートなお喋りにはうってつけなのだ。


―――このテーブルで、何度、蘭をからかっただろう。
そのつど頬を染めながら、必死に反論する蘭を、微笑ましい思いで見ていたのに……。


お気に入りの、紅茶のセットを置いて、店員さんが下がった後
雑踏に目を向けていた蘭が、ゆっくりとこちらを向き、話し始めた。




「このあいだね、外で新一と偶然会って……志保さん、一緒にいなかったから……
 もう一度、話をしてみようって思ったの。……やっぱり、どうしても納得できなくて。
 そうしたら、事件に巻き込まれちゃったの」

「! そんな事があったの!?」

「うん。―――それで、気づいたことが、あるの。
 ねえ園子。新一―――変わったと、思わない?」

「変わったわよ! 蘭の気持ちも考えずに、あんなヒドイ男になっちゃったなんて……!」

「ううん、そうじゃなくて……。
 帰ってきてから……前みたいに、騒がれなくなったでしょ?」

「………それは、そうなんだけど………。
 でも、ただ単に、新一君の手を借りるような事件が起きていないからじゃないの?」

「それが、そうでもないらしいの。
 目暮警部に聞いたんだけど……以前と同じくらいのペースで、推理はしているらしくて。
 でも……全然、目立たなくなってるじゃない?」





確かにそうだった。


彼が帰ってきた時には、きっと、失踪していた期間のぶんを取り戻すかのごとく
推理オタクぶりを発揮し、華々しく活躍するんだろうと思っていた。

彼の帰宅を嗅ぎつけたマスコミは、何か大きな事件に関わっていたものと推察して
なんとか独占インタビューを取ろうと、暫くの間、しつこくまとわりついていた。
でも何故か、以前のように、彼の活躍記事が新聞の一面を飾る…という事が無い。
そのうち、「東の高校生探偵、才能枯渇?」といった内容の中傷記事が載ったりしたけど
特に反論もせずにいる新一君に見切りを付けたのか、次第にマスコミは離れていった。

級友たちの言葉には曖昧な返事だけを返し、いつも見せていた自信満々の表情はなりを潜め
憂いともいうべき表情をよく浮かべるようになっていた。



腑に落ちないまま、周囲も落ち着きを取り戻して―――初めて、私は知ったのだ。
突然転校していった少女によく似た、博士の遠縁だという女性の存在を。
そして―――新一君から蘭に向けられた、別離と謝罪の言葉を。






「そのままで行くと、自殺として片づけられそうな事件だったの。
 でも新一は、『これは、自殺なんかじゃない』って……。
 あれこれと現場を調べて、考え込んだあと、何度か電話でやりとりをしてた。
 ……私、嬉しかったの。真剣な表情で推理をしている新一が、また見られたから。
 なあんだ、新一は相変わらずなんだ。ただ単に事件が起きなかっただけだったんだ、って
 その時は、私もそう思って……正直、ホッとしたの。
 そしてきっと、トリックを解いた後は……『謎は、すべて解けた。犯人は、あの人だ』って
 自信たっぷりに笑いかけてくれる。それを期待して、新一を見つめていたの」

「……」

「……でも……新一は……天を仰いで、やりきれなさそうに目をギュッと閉じて……
 静かに、深く溜息をついて……そのまま行こうとしたから、私、慌てて声を掛けたの」










「新一!」

「……何だ?」

「……事件のトリック、解けたの?」

「ああ……」

「じゃあ、推理ショーの始まりなのね?」

「……」

「……どうしたの?」

「……じゃ、ねぇ……」

「……え?」

「……推理は……ショーなんかじゃ、ねぇよ」

「? だって新一、いつも……」

「違うんだよ。……今までだって、違っていたんだ。
 ただ……オレがそれに、気づかなかっただけだ」

「……新一……?」

 「……一体……何様のつもり、だったんだろうな。オレは」









「目を伏せて……自嘲するように、フッと、苦笑いをしたの」






蘭の言葉を、唖然として私は聞いていた。

正直な話、我が耳を疑った。
それは―――本当に、あの新一君の口から出た言葉なのか、と。






「……その後ね……暫くしてから、関係者の一人が連行されて行ったの。
 驚いて高木刑事に聞いたら、新一が真犯人に自首を勧めたんだ、って……」










「―――工藤君、最近はいつもこうなんだよ。
 この人なら、説得さえすれば……ってタイプの犯人には
本人だけにひっそりと証拠を提示して、自首を促すんだ。
 そうでない時は、物証の提示と彼自身の推察に留めて
 あくまでも警察の黒子に徹してくれているんだよ」








「………あの、目立ちたがりの新一君が?」

「うん。……それと、もう一つ言ってた」










「元は彼の手柄なのに、何だか悪いような気もするんだけど
彼本人が『そうして欲しい』って、いつも言っているんだよね……。
派手に騒いでデカデカと書き立てられるのは避けたいんだ、って……。
……一体、どうしたんだろう。工藤君から、何か聞いていないかい?」

「……いえ」

「そうかぁ……。でも、何だか勿体ないよねえ。
工藤君なら、以前のようにもっと華々しく活躍できるのに。
相変わらず頭は切れるし…それどころか、前よりも更に凄くなってるんだよ?
……あ。そういえば……最近、有能な助手が付いたとか言ってたような……」









「助手? ……まさか」

「うん。……予感が、したの。……ううん……確信、かな?
 きっと、それは彼女の事なんだ、って」

「……」

「それから暫くして……つい何日か前のことなんだけど……
 思い切って、志保さんを訪ねて行ったの。新一のいない時間に」












「……このあいだ、新一と一緒に、事件に巻き込まれたんです」

「……ええ……聞いているわ」

「新一が、推理の途中で電話をしていたのは……あなた、ですよね?」

「ええ」

「何を、話していたんですか?」

「……科学的な見地からの推論と、収集した情報を」

「そんな事、どうしてあなたが……」

「……一応、その手の専門だから。
でも、ごめんなさい。これ以上は話す訳にいかないの」

「そう……やっぱり、あなただったんですね。新一の有能な助手って。
……もう一つ、聞いてもいいですか?」

「……私で、答えられる事なら」

「あなたが、言ったんですか?」

「…何を?」

「新一、言ったんです。『推理はショーなんかじゃない』、って。
……あなたの、受け売りなんですか?」

「……いいえ……彼が、自分で気づいた事よ」

「……あなたが教え込んだんじゃ、ないんですか?」

「ええ。……信じられない?」

「当たり前です!……信じられません!
だって、推理をしている新一は、いつも、すごくキラキラしてた。
複雑なトリックを鮮やかに解き明かして、犯人を名指しする瞬間の
自信満々な新一の姿が、一番輝いていたのに!
……今の新一は、変。わざと地味に、目立たないように振る舞って
……何だか……何だか、新一じゃないみたい……」

「……輝かしさなんて……何処にも、無いわ」

「……え……?」

「事件は、禍々しいものだわ。特に、人の生死に関わるような事件はね。
そんな場面は、本来、華やかさとは無縁でしょう?
複雑なトリックも、事件を彩る為の演出などでは、決して無いわ。
犯してしまった罪をどうにか覆い隠そうとする、死にもの狂いの醜態。
推理は……そんな、ほつれた糸を解きほぐすだけの、地道な作業」




『  違うんだよ。……今までだって、違っていたんだ。  』  




「そして、後に残るのは……人の奥底に潜む、ドロドロとした感情。
思い込みや、勘違い。逆恨み。浅ましさ。欲望。知られたくはなかった過去。
後悔。懺悔。汚名。そして……時には、新たな死」

「 !? 新たな、死……? それって、どういう……」

「真実を知った故に……生きる力を失った人たちを、彼は、何人も見てきたの」

「――――――――― !!!」





『  ただ……オレがそれに、気づかなかっただけだ。  』  





「不本意ながら、それまでとは目線が変わったことで……気づいてしまったの。彼は。
フラッシュやライトに照らされた自分には見えていなかった、影の部分に。
推理は……真実を、白日の下にさらすことは……
『ショー』なんていう華やかさとは、全く逆のものなのだと」








『  何様のつもり、だったんだろうな。オレは。  』  








「……そんな……でも……
でもそれなら、どうして新一は、今でも推理を続けているんですか?
そんなの、ただ辛いだけじゃない。新一、辛いだけで、何もいいこと無いじゃない。
そんなだったら、探偵なんて、推理なんて、ムリして続けなくても……!」




( あの時の………新一の、顔……… )




「そんな新一を手助けして……結局は、また、辛い思いをさせて……
あなたは、それでも平気でいられるんですか……?」


「……気づいてしまった後、彼は、悩みに悩んでいたわ。
その上で……何もかもを承知の上で、それでもこの道を選んだのだと、思うの。
たとえそれが……救いようのない程に、暗く、澱んだ道だとしても。
だから……彼が決心した以上は、私のとる道は、ただ一つ。
全力で彼の手足に、そして、心身共に支えとなる事だけ……」











「……私……何も、言い返せなかった」

「……蘭……」

「ずっとずっと、見てきた筈だったのに。
 新一のそばで、お父さんのそばで、見てきた筈だったのに。
 事件や、殺人が、どんなに禍々しいものなのか。
 関わりのあった人たちが、この先、どんな十字架を背負わされることになるのか。
 それなのに……まるでマジックショーでも観るかのように思っていたのは、確かなの。
 事件が起きて、イキイキと推理を始める新一を……わくわくして見ていたのは、確かなの。

「……」

「でも……事件が終われば、もう関わりを持つこともない私たちとは違って……。
 たとえ表面上は解決しても……心にナイフを突き立てられたままで
 血を流しながら残りの人生を送らなければならない人達の気持ちなんて……
 全てを知ったことで、生きる希望を失った人たちがいたなんて……考えたこと、なかった。
 でも、新一はそれに気づいたのね。いなくなっていた間に。
 そして……その過程で志保さんに出会って……支えあいながら生きてきたんだろうって、思うの」






『 オレは志保じゃないと……志保はオレじゃないと、ダメなんだ 』 と―――
逆上して新一君のところへ怒鳴り込んだ私に、彼が静かに告げた言葉を、思い出す。



伏し目がちで話していた蘭が、ふぅ、と小さく息をついて、顔を上げた。




「……ねえ、園子。
 私、ずっと悩んでた。……新一の気持ちを聞かされてから、ずっと。
 一体、何がいけなかったんだろう? 何が間違っていたんだろう? って……。
 でも……少しだけ、わかった気がするの。
 きっと……間違っていた訳じゃ、ないんだと思う」

「……」

「待ち続けることが、私の……新一への、想いの形だったの。
 新一の帰りを待って、それまで当たり前に続いてきた毎日が帰ってくるのを、待ってた。
 以前のままの、新一が帰ってくるのを……待ってた」

「…蘭…」

「解いた事件のことを得意げに話してくれるのを待って
 自信満々で脚光を浴びている新一が見られるのを待って
 そんな新一が……新一のほうから……好きだって、言ってくれるのを、待って……。
 ただ、ずっと新一を待ってた。それでも、その全部が全部、間違っていたとは、思わない。
 以前のままの新一だったら、本当に、それでよかったんだろうと思うの。
 けど……新一に必要な『想いの形』は……いつの間にか、違うものになっちゃったんだね」



ティーカップに半分ほど残った紅茶を、掌の中で、蘭はくるりと回した。



「……新一が、どうして行方知れずになっていたのか、私、未だに何も知らないの。
 たぶん、これから先も……本当のことは、教えて貰えない気がする。
 きっと、私が全てを知ったら、泣いて縋りついて、『お願いだからもう探偵なんて辞めて』って
 そう言わずにはいられなくなるような、そんな状況だったんじゃないかって……思うの」

「……」


「それでも新一は……きっと一生、探偵を……推理を、やめられない。
 だから、これから先、また姿を消すようなことがあるかもしれないよね?
 でも、私はもう……次は耐えられないだろうって思う。―――絶対に。
 それでも……志保さんは……新一の葛藤を、全部受けとめて、支えになって……
 暗い道を人知れず歩いてゆく新一と、一緒に歩いて行くことを、迷わず選んだ。
 だからきっと、新一も……志保さんを、選んだのよね。私じゃなく。
 ……悔しかったけど……悲しかったけど……やっぱり、私にはもう、無理なの。
 私は……彼女のようには、なれないから……」








冷めちゃったね、そう言いながら、ポットに残った二杯目の紅茶を蘭が注いでくれた。
濃く出過ぎた、少し渋みのきついそれを一口飲んで―――真っ直ぐに蘭を見つめ、問う。



「ねえ蘭。あんた……本当に、納得できるの?
 あの人のようにはなれない、そう理由を付けて……諦めることが、できるの?
 心から、納得して、認められるの? 二人のこと……」

「……納得も、諦めも……心の中ではできているんだろうって、自分では思うの。
 でも、二人が並んでいるのを、平静に見られるようになるには……もう少し、時間がかかると思う。
 新一と一緒にいた記憶も、大切にしてきた想いも、消えちゃった訳じゃないから。
 私自身、全て忘れよう、消そうなんて思えないし。第一、ムリだよね。
 だから、時々は……気持ちが甦って、溢れそうで戸惑って、泣いたり怒ったりするかもしれない」



―――まるで、寄せては返す、さざ波のように―――



「……でもね、新一は変わったから。だから……きっと、私も、変われると思うの。
 新一だけを見ていた、新一が世界の全てだった自分に、少しずつ、さよならして……
 私は、私の道を歩きたい。他の誰かに左右されるだけじゃない、私自身の道を。
 ―――今は、心からそう思うの」



少し潤んだ瞳のまま、にっこりと、私に笑いかけた。



「―――だから、もう、大丈夫。私は、大丈夫だから」










―――ああ、蘭は―――綺麗だ。とても。

唐突に、ほんとうに唐突に―――そう、思った。










「……園子……いっぱい、いっぱい、心配かけて、ゴメンね」

「! な、何を言うのよ、蘭ったら」

「だって、園子、私のために……」

「もう、何よ! 当たり前じゃない、親友なんだから!」

「うん。……ありがとう。
 一緒に怒ってくれて、泣いてくれて、ありがとう。
 それから、黙って見守ってくれて、ありがとう」

「蘭……」

「……ありがとう。私が立ち直るのを、待っていてくれて」




少し照れくさそうに微笑んだ蘭の顔が、熱くなった瞼のむこうで、ぼんやりと、歪んだ。


















「じゃあ園子、また月曜にね。バイバイ」

「うん。…バイバイ、蘭」




笑顔で手を振り、米花町の雑踏に紛れてゆく蘭を、私は暫くその場で見送った。
背筋を伸ばし、しっかりと歩いてゆくその後姿に、思う。
結局―――私には、何も見えてはいなかったのだ、と。



幼馴染みで、互いのことを知り尽くしていたあの二人は、一緒になるのが当然だと思っていた。

子供の頃からいつも同じものを見つめ、同じ事を考えていた、微笑ましいカップルが
やがて時の流れの中でそれぞれの道を見つけ、繋いだ手を離してしまうことなど
――――――珍しくもない話の、筈だったのに。

あの二人だけは……と、勝手に思い込んでいた。
けれど、蘭の言うように―――確かに、新一君は、変わったのだ。






蘭は私の、自慢の親友。あんなにいい子は、何処を探したって居やしない。
だから、いつもいつも、蘭の幸せを願っていた。それは今も変わらない。

蘭の願いが、新一君と共にあることだと解っていたから、私もそれを願った。
その願いを壊したからこそ―――新一君をなじり、志保さんを恨んだ。



蘭の怒りは、悲しみは、私なんかの比ではなかっただろうと思う。
ただ―――もしかすると蘭は、時の経過とともに、少しずつ、探し始めていたのかもしれない。




全てを受け入れるために。




新一君は、変わってしまったのだと
蘭の好きだった―――暗闇を知らなかった頃の新一君に戻ることは、もう決して無いのだと
今の新一君と蘭では、もうこの先、一緒に歩いてはゆけないのだと
そして、もしかすると―――蘭自身も、今の新一君を望みはしないのかもしれないと―――

そんなふうに、別離を心から納得できる理由を、無意識のうちに探していたのかもしれない。




そして今―――蘭は、全てを見つめ、全てを受け入れようとしているのだ。
長い長い、初恋の終わりを受けとめて―――次の一歩を、踏み出そうとしているのだ。












――――――決めた。

今から、新一君に、会いにゆこう。








恋の終わりを経て大人になった蘭とは違い、私はきっと、まだまだ子供なんだろうと思う。
だから、今すぐに新一君と完全に和解して、志保さんと仲良くすることは、たぶん出来ない。
まして、二人を心から祝福するまでに至るには、長い時間がかかるだろう。



それでも―――蘭が、受け入れようと決心したのなら
涙も、嫉妬も、葛藤も、全てを昇華させようというのなら

時間がかかっても、私も受け入れる。全てを。
その決心を、あの二人に告げにゆこう。








―――でもその前に、やっぱり一発だけ、新一君を殴らせてもらおう。
もう、遠慮も何も無しに、グーで殴ってやるんだから。

武道の心得も何もない、か弱い女の細腕だもん。
思いっきり殴ったところで、せいぜい鼻血程度で済むわよね?
彼には―――ちゃんと手当てしてくれる人だって、居るんだし。




そういえば……以前、何かの折に、真さんが言っていたっけ。
―――愛する人や自分の身を守るため以外に、感情にまかせて拳をふるう事。
それは、己自身の心を殴ることにもなりかねないのだ、と。
拳に残る痛みは、そのまま、心の痛みとなりうるのだと。


だから


涙も憤りも葛藤も、全てをつめこんで殴った拳は、暫くはじんじんと痛むだろうけれど
少しずつ、少しずつ―――きっと、痛みも引いていくよ、ね?





そう

だから私も

蘭のように、背筋をぴんと伸ばして、ずっと前を見据えて






「――――――よし! 行きますか!」






まっすぐに顔を上げ、いつもより大きな歩幅で、夕闇の街を真っ直ぐに歩いてゆこう。













   END








   《 あとがき 》




キリ番50000を踏んで頂いた、土香里ほたるさまに捧げます。



リク内容は、『(新一orコナンに)失恋した蘭が立ち直るきっかけみたいなお話』。
「新一と志保の会話で出て来る感じでも、お喋りな園子や平次から聞かされるって感じでもOK」
との事でしたので、今回は園子視点で話を書いてみました。
和葉経由の平次、という手も考えたのですが、エセ関西弁っつーのもどうかと(苦笑)
それに、蘭が一番に本音を打ち明けるのはやはり園子だと思いますし、
和葉だと、自分と平次を二人に投影させてしまい、冷静に対処できそうもないかな、と思って。

それにしても、本っっっ当ーーーーに、遅くなってしまいました(滝汗)
なんともはや、お詫びのしようもなく………;;;
お待たせした挙げ句ですが、ちゃんとお応えできていますでしょうか……?(おそるおそる)



「蘭が立ち直るきっかけを掴むのは、どんな時なんだろう?」と私なりに考えてみました。
『新しい恋をした時』かと思ったりもしたのですが(新出とか赤井とか/笑)、
それだと、幾分か『逃げ』が入っているような気もしたのです。
新一への想いを何らかの形で昇華させて、それから新しい恋へと踏み出したほうが
蘭も、新しいお相手も幸せですよね。きっと。

新一しか見えていなかった蘭が、恋の終わりを素直に受け入れるとしたら…。
やはり、離れていた間に新一に起こった変化。それを目の当たりにする出来事。
自分たちは既に違う方向を向いていたのだいう認識。
…そんな『何か』が必要なんじゃないかと考えました。


志保のセリフは、私個人の考えを彼女に代弁して貰いました。
『推理ショー』という言葉、どうしても好きになれないのです。
仮にも人が死んでいるのに、言うに事欠いて『ショー』は無いだろう、と。
どうしても一度は書いておきたかった事なので、形に出来て嬉しかったです。



ほたるさん、素敵なリクをありがとうございました(^^)




サイト管理人より



 瑠璃蝶々様サイト「朔に舞う」にて50,000打を踏み、リクさせて頂いた作品です。リク内容は「新一にフラれ、立ち直っていく蘭」(←鬼)    もし志保さん(哀ちゃん)が新一とくっついた場合、蘭はそれこそ阿修羅のごとき女と化すると思うのです。(私は実力不足でそこから逃げていますけど^^;) 瑠璃様はまさにそういう蘭を書いてみえるので、この蘭が果たしてどうやって立ち直っていくのか興味あったんです。更に言えば、蘭がいつまでもそんな状態では志保さん(哀ちゃん)が辛いでしょうし。そんな訳でお願いしたのですが、すごく大人な展開に改めて瑠璃様の実力を見せつけられた気がします。
 それにしても園子はやっぱりいい子だよなー。何気に京極さんまで出てるのが嬉しかったり@笑 瑠璃様、素敵なお話、ありがとうございました。