majikana様の投稿作品



静かな午後



「……ん?」
昼休み中の教室。新作の推理小説を読み終え、一息入れている時……不思議な事に、あのいつも元気な三人組が一つの机に向かい合うように座って真剣な顔をしている。
まだ六月の中旬。今日の天気は晴れ。普段は校庭で元気に遊んでいるはずだ……ふと、歩美と目が合った。
「あっ、コナン君」
歩美が満面の笑みで手招きしている。仕方なく読み終わった本を机の中に入れ、席を離れた。
「コナン君は何にするか決めましたか?」と光彦が言った。
何にするか?といきなり訊かれても、話がつかめない。
「コナンも一緒に考えろよ」と元太に言われながら、取りあえず近くの空いている席に座る。
何気なく光彦の手元を覗いて見ると、何やらノートにいろいろ文字が書いてある。元太のノートには食べ物の名前が書かれている。
「いったい何してんだ?」
「何言ってるんですか?昼休みになった時、コナン君にも話したじゃないですか」
「え?」
「コナン君、本読んでたから聞いてなかったんじゃない?」
歩美の言うとおりだった……



昼休みが始まると推理小説の続きをすぐに読み始めた。歩美達が来たのは丁度その後になる。
話によれば今度の日曜日、歩美、元太、光彦は自分達の父親にプレゼントを贈りたいらしい。その事でそれぞれ何を贈るか話し合っていたそうだ。
「でも何でプレゼントを?」
「何でって……父の日じゃない!」
ズイッと顔を近づける歩美の気迫に押されながらも、「そ、それでみんな何にするか決めたのか?」と訊く。
「まだ決まってません。コナン君はお父さんに何か贈るんですか?」
「そうだなぁ……」
何か贈るのか……特に思いつかない。
「おい、そろそろチャイム鳴っちまうぜ」
「え?」
黒板の上にある時計を見るとチャイムが鳴るまで約一分前になっていた。
「じゃあこの続きは学校が終わってからにしよ?」と、歩美が机のノートを片付け始める。
「ほらほら、コナン君も席に戻らないと先生来ちゃうよ」
「あ、ああ……」
歩美に急かされながら自分の席に着く。五時間目は国語だ。



「ふぁ〜……」
授業中は睡魔がオレを容赦なく襲ってくる。目が潰れそうだ。
「あら、眠たそうね……」と隣席の灰原が言った。
「退屈でしょーがねーよ……」と愚痴をこぼすと灰原はおかしそうに笑った。
「あんだよ……」とにらむ。
「別になんでもないわ……」
口元が笑っている。
小さいため息をつく……黒板に目を戻すと小林先生が元太を指名した。黒板には花という漢字が書かれている。
「……それよりプレゼントを贈るって話、聞いた?」
チラッとこちらを見ながら灰原が言った。
「ああ、昼休みにな。何贈るか迷ってるみたいだぜ。おめえは博士に贈るのか?」
「そうね……飲食関係じゃなければ、いいかもね……」と苦笑する。
(博士も大変だな……)
ちょっと思ったが今に始まったことじゃない。



「花?」
「そう!いいと思わない?」
帰り支度をしている最中、歩美が父親に贈るプレゼントの相談にやって来た。
「花……いいんじゃない?お父さんも喜ぶわ、きっと」と灰原。
「ああ、オレもいいと思うけど……」
「ホント?やったぁ!」
無邪気に喜ぶ姿を見て笑みがこぼれる。なんでも授業中に『花』という単語が出てきて思いついたそうだ。
「で?何の花にするか、もう決めたのか?」
「うん!」と元気いっぱいの返事が返ってくる。
「お父さんね、笑うとお日様みたいに明るいんだ。だからお日様みたいなヒマワリにしようと思うの!」
「ヒマワリか……」
「ヒマワリだと時期が少し早いんじゃない?」
「あ……」灰原の一言で歩美の表情が少し曇る。
ヒマワリを贈るのはいいが、まだ六月。灰原の言うとおり時期が早い……
「でも、無い訳じゃないわ……」と灰原は言った。
「えっ?」



日曜日。
「ありがとうございました!」という声と同時に店の外へ出る。
「よかったですね、歩美ちゃん」
「やったな歩美!」
「うん!」
嬉しそうに花束を持つ歩美を見てオレも灰原も微笑む。
父親に贈るプレゼントはヒマワリの花束。光彦の近所にあるフラワー店で買ったものだが、造花なら6月でも売っている。
父の日にヒマワリを贈る人はかなりいるようで店頭にもかなりの数が扱われていた。
「それじゃ光彦、帰ろうぜ!」と元太。
「はい。コナン君、灰原さん、歩美ちゃん、ボク達帰りますね」
「じゃあ、歩美も一緒に帰るね」
「おう、明日学校でな!」と、オレは言った。
じゃーねーと帰っていく三人の後ろ姿を見送っていると「嬉しそうね」と灰原が呟く。
ちなみに光彦はネクタイを、元太は結局食べ物ではなく甚平を贈るそうだ。
ちらっと灰原を見るとフラワー店の中を眺めている。
「……ちょっとここで待っててくれる?」
「ああ」とオレが頷くと灰原はさっさと店に入って行った。
待つのはいいが今日は日が高く暑い……半袖でも汗が出てくる。
(博士にでも贈るのか…?)
近くの木陰に入ると少しだけ涼しかった。



「コナン君!」
声のする方を見ると帰ったはずの――歩美だ。
「歩美!おめえ帰ったんじゃなかったのか?」
「うん、そうなんだけど……哀ちゃんは?」と辺りを見回す。
「おまたせ……」と灰原が花を手に店から出てきた。
「あ、哀ちゃん」
「あら……吉田さん、どうしたの?さっき帰ったんじゃ……」
「えっとね、二人にお礼を言おうと思って」
「お礼?」
「うん。今日、みんなお花を買うの付き合ってくれたでしょ?」
「ああ、その事ね。いいわよ、別にお礼なんて……」
「そうそう。みんな好きで付き合ってんだからよ」
「ありがとう」と歩美は嬉しそうに言った。
灰原は微笑んで手に持っている花を見つめた。
「ところで、おめえは何でその花買って来たんだ?」
「博士に感謝を込めてってところね……」
灰原は買ったばかりの花を大事そうに抱えた。



その後、歩美と別れ灰原と二人で博士の家に帰宅した。
博士の家に着いたのはちょうどお昼時だった。
リビングでくつろぎながらコーヒーを一口飲む。カップから白い湯気が立ち上る。
ふと、さっき帰ってきた時の光景が目に浮かんだ。
<ただいま>
<おかえり哀君、おや、新一も一緒か?>
<ああ、ちょっとな……>
<はい、博士>
<何じゃ、哀君……花?>
<今日は父の日だから……いつもお世話になってるお礼よ>
博士は黄色いバラの花を一本受け取り、<すまんのぅ>と目元に溜まった水を拭い、<ありがとう、哀君>と嬉しそうな顔で言った。灰原は微笑み、オレはそんな様子を眺めていた。
今、灰原は台所で昼食の準備中。博士はワイドショーを見ている。
「さて……少し声ぐらい聞かせてやっか」
ソファから立ち上がり、電話の方へ向かう。
受話器を持ちながら近くの窓際をそっと眺める。
視線の先には花瓶に生けられた黄色いバラの花が静かに飾ってあった。



あとがき



テーマがアニバーサリーということで、6月に何かいいのがあるかいろいろ調べたのですが、そんなに気にしてなかった父の日が6月の第3日曜日だったので、探偵団が父の日を祝うような話にしてみました。



サイト管理人より



6月と言えば「父の日」、哀ちゃんにとって博士はもう父親ですよね。
それにしても「母の日」は赤いカーネーションが定番ですが、「父の日」の定番は黄色のバラなんですね。勉強になりました。
majikana様、素敵な作品をありがとうございました。