瑠璃蝶々様の「梅雨」お題作品です。 梅雨の晴れ間の 空が咲いた 空一輪 (そら いちりん) 「わぁ、哀ちゃん。それ、新しい傘?」 「ええ…」 少し落ち着いた感じの水色をした 新しい 細身の傘 「…前の傘が、破れてしまったの。それで…」 週末の外出先で 風に煽られた傘の露先が 私の傘に突き刺さり 「そうなんだ…。でも、いいなぁ〜。すごくお洒落。それに、哀ちゃんによく似合ってるよ」 「私に? ……そうかしら……?」 「うん! 哀ちゃんは、洋服も小物も、大人っぽいのが似合うもんね。羨ましいな〜」 『大人っぽい』に、純粋に憧れる年頃の親友に、思わず笑みを零した哀は素直に礼を言う。 「有難う。……ところで歩美ちゃん、時間はいいの?」 「あ…っと、いけない。もう行かなきゃ…! じゃあ哀ちゃん、また明日ね!」 「ええ、また明日」 「バイバ〜イ!」 大きく手を振りながら委員会の教室へと駆けてゆく歩美に、手を振り返し、家路につく。 今朝は上がっていた雨が、先程からまた降り出していた。 暫く歩いてゆくと、軒先で雨宿りをしている人影が目に入った。 哀に気づくと、眼鏡の奥で悪戯っぽく微笑み、片手をあげて「よぉ」と話しかけてくる。 哀が大切に使っていると知っていた、前の傘を破ってしまい、平謝りした少年。 気にしないでという言葉には耳も貸さず、近くの店へ駆け込んだと思いきや この傘を手に戻り、少し困惑した表情の哀に「気を遣わなくてもいいのに」と言われ 「博士はよくて、オレからのは受け取れねーのかよ…」 拗ねたような顔をして、そんな子供っぽい台詞をポツリと言い、哀を思わず苦笑させた張本人。 「……こんな所で何をしているのかしら?」 「見れば解るだろ? 雨宿りだよ」 「この季節に授業をサボって抜け出すのなら、折り畳み傘の一つくらい鞄に入れておいたら?」 「あれ、好きじゃねえんだよ。意外とかさばるし、小さいから濡れちまうし」 「…それで結局雨宿りしていれば、世話無いと思うけど」 「いーんだよ、オメーのがあるんだから」 そう言うと、コナンはするりと傘に入り込み、「ホラ、貸せよ」と哀の学生鞄をとった。 過ぎていった年月の間に、いつのまにか付いていた身長差の分だけ、腕を上に伸ばし 「仕方のない人ね」と苦笑しながら、また雨の中を歩き出す。 「……良かった」 雨音だけが聞こえる住宅街を通りながら、コナンがぽつりと言った。 「? ……丁度私が通りかかって、濡れずに済んだから?」 「いや、そうじゃねーよ。 …ま、そりゃあ確かに、アテにはしてたけどな。あそこで待っていれば、お前が通るのは解ってたし。 けど……良かった、ってのは、そういうんじゃなくてさ……」 「……じゃあ、何?」 「この傘だよ。…あの時、ちょっと困ったような顔してたろ? 強引に押しつけちまったし。 だから、もしかしたら遠慮して、普段には使ってくれねーかも…なんて、考えてたんだ。 けどさ、今朝、これ持ってきてただろ? …嬉しかったんだぜ? あの時、これなら絶対お前に似合う…いや、お前だからこそ似合うって、そう思って選んだからさ…」 「……え……?」 思いがけない言葉に、哀は隣を仰ぎ見た。 照れくさそうな、それでいて慈しむような目で、コナンは哀を見つめている。 「やっぱ、よく似合ってるぜ? 思った通りだ。………使ってくれて、サンキューな」 自分の頬が染まっていくのを自覚した哀は、少し動揺しながら視線を外して、俯いた。 時折―――こんな、ふとした瞬間に、まるで年齢相応の少女のような反応を見せる恋人の肩を 露先からこぼれ落ちる雫で濡れないように、コナンはそっと引き寄せる。 落ち着いた色あいが お前に似合うだろうと思ったのも 勿論なんだけど 「……有難う……」 「え……?」 「………本当は………嬉しかったの………」 あまり素直ではない恋人の、素直な気持ちを思いがけず聞けたコナンが、今度は驚きに目を見開いた。 そして、嬉しそうに笑みを浮かべて立ち止まり 「……哀……」 優しい声に、哀がそっと顔を上げると、ふわりとした口づけが降りてきた。 この傘はあなたが選んでくれたから それだけで 本当にとても嬉しかったのだけれど 雨の中に咲いた、一輪の空の下 それぞれに、ささやかな秘密を胸に抱きつつ、肩を寄せあい歩いてゆく。 出会ってから何度目かの夏が、梅雨空の向こうからもうすぐやって来る。 END 《 あとがき 》 |