真っ青な空のキャンパスを切り裂くように飛ぶラジコン飛行機。その赤い機体に黒い機体が楽々と追尾する。
 「クッソーッ!また追いつかれた…!」
 「そんなに大回りしてたらオレには敵わないぜ?」
 口惜しそうに歯ぎしりする元太に得意げに呟くと、コナンは提無津川上空に視線を戻した。
 「元太君、代わって下さい!コナン君、今度は負けませんから…!」
 勢い込んで元太からリモコンを奪うと、光彦はレッドバロン号の高度を上げ、コナンのナイトバロン号から大きく距離を取った。
 「光彦君、頑張って!」
 少し離れた場所でぼんやりとその光景を見つめていた哀は「……あれじゃどっちが子供なのか分からないわね」と呟くと、小さな欠伸をこぼした。


エース・パイロット


 事の起こりは元太が彼の叔父から譲り受けたフォッカーDr.Iと呼ばれる三枚重ねの翼が特徴的なラジコン飛行機を阿笠邸に持って来た事に遡る。第一次世界大戦中、ドイツの撃墜王として名を馳せたレッド・バロンことリヒトホーフェン男爵の愛機を模した真っ赤な飛行機に子供達はすっかり夢中になった。
 「そうじゃ、ラジコン飛行機といえば……」
 げんなりするコナンを他所に火に油を注いだのは阿笠だった。昔作ったという台詞とともに地下の倉庫から持って来たのはイギリスで使われていたソッピース・キャメルと呼ばれる飛行機。フォッカーDr.Iとは20世紀初頭にヨーロッパの空の覇権を争った機体である。どうやら優作からの依頼で製作された物らしく、鈍く光る機体の横には「Night Baron」と銀色の文字で書かれていた。
 こうなると黙っている三人ではない。
 「提無津川の土手で試験飛行しませんか?」
 「いいね!やろやろ!」
 「コナン、お前、ラジコン操縦できたよな?」
 「……ったく」
 結果、いつものようにコナンが指南役として駆り出され、そしていつものように哀も付き合わされる羽目になったのである。


 「オレの飛行機から逃げ切る事ができたらオメ―らの言う事を何でも聞いてやるぜ?」
 きっかけはコナンの悪戯心から出た一言だった。
 一通り操縦を覚えた事もあり、俄然やる気になった三人が先程から何度も勝負を挑んでいるのだが、キャリアの差はそうそう簡単に埋まるものではない。そもそもフォッカーDr.Iに比べソッピース・キャメルの方が速度が出るように設計されているのだ。おまけに凝り性の阿笠お手製だけあり、操縦性も安定性も文句なしの仕上がりなのだから敵わなくて当たり前である。
 (ホームズが活躍した時代のイギリスの名機を操縦できるとはなあ〜♪)
 少々大人気ないとは思いつつ、機嫌良く空を見上げるコナンの横で三人は合点がいかない様子だった。
 「おい、コナン、お前、ぜってーズルしてるだろ?」
 「バ、バーロー、んな訳ねーだろ!?」
 「だったら試しにその飛行機と交換して下さい!」
 「歩美、そっちの飛行機も操縦してみたいもん!」
 三人の迫力にさすがのコナンも一瞬たじろぐが、「……マシンのせいにすんじゃねーよ」と、腕前の差を見せつけるかのように機体を何度も横に旋回させた。
 「大体、空中戦は追いかけるより逃げる方がずっと楽なんだぜ?」
 コナンは一旦ナイトバロン号を着陸させるとバッテリーを交換した。再び離陸する飛行機を三人は恨めしげに見つめている。
 「どうやらオレの勝ちみてーだな」
 「……」
 意地悪い視線を投げるコナンに探偵団が顔を合わせたその時、「……だったら次は私が挑戦させてもらおうかしら?」という涼しい声が聞こえた。
 「え…?」
 振り向いた四人の背後にいつの間にか哀が立っていた。あっけにとられている光彦からリモコンを受け取ると哀は苦も無くレッドバロン号を離陸させた。瞬く間に安定した飛行を確保すると操縦性を確かめるように機体を二、三回旋回させ、ナイトバロン号へ接近させる。
 「江戸川君」
 「な、何だよ?」
 こういうお遊びにいつも無関心な哀がまさか飛び入り参加して来るとは思ってもいなかったコナンはいきなり呼びかけられ、上擦った声を返した。
 「見せてもらいましょうか?ナイトバロン号の性能とやらを……」
 哀はクルクルとロールを繰り返した後、フォッカーDr.Iの上昇性能を見せつけるように一気に高度を上げた。
 「哀ちゃん、格好いい!」
 「灰原さん、頑張って下さい!」
 「コナンなんかに負けんじゃねーぞ!」
 いきなり現れた援軍に探偵団の応援の声にも自然と力が入る。
 「勝利の栄光をあなた達に」
 涼しい笑顔を合図にクルリと宙返りするレッドバロン号に子供達の黄色い歓声が重なった。


 「ニャロッ…!」
 線のように綺麗なループを描く見事な操縦技術に驚きながらも、コナンはナイトバロン号の高度を一気に上げ、哀のレッドバロン号を追い掛けた。同じ高度にさえ上がってしまえばソッピース・キャメルは速度においてフォッカーDr.Tより遥かに優位なのだ。しかし、そんなコナンの思惑を打ち砕くかのように哀は巧みに上昇と下降を繰り返しながら速度を調整し、なかなか隙を作らない。それどころか時折コナンに追いつかせるような素振りすら見せる。
 幾度かギリギリのところでかわされ、焦ったコナンはすれ違ったところで勝負をかけるべくナイトバロン号を大きくピッチアップした。クルリとループの態勢に入ったかと思うとちょうど機体が反転したところで今度は横に回転する。インメルマン・ターンと呼ばれる大技だ。大きく高度を稼いだナイトバロン号に頭上を取られた哀のレッドバロン号はなす術もなくなる……はずだった。
 「な…!」
 絶句するのも無理はない。ナイトバロン号がターンを終えた時、より上空にいたのはレッドバロン号だったのである。コナンがナイトバロン号をインメルマン・ターンさせたのと同じタイミングで哀もレッドバロン号をインメルマン・ターンさせていたのだ。こうなると上昇性能と旋回性能に勝るフォッカーDr.Iの方が遥かに有利である。
 「クソッ…!」
 「戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものよ。あなたにできるという事は私にできてもおかしくないでしょう?」
 敗北に歯噛みするコナンのナイトバロン号をあえて追い詰めず、哀は静かにレッドバロン号を着陸させた。
 「鬼ごっこなんてつまらないからドッグファイトにしない?バックを3秒確保した方が勝ちって事で……」
 「ハッ、上等じゃねーか……」
 バッテリーを交換し、再びリモコンを手に取る哀に続いてコナンもナイトバロン号を着陸させて戦闘体制に入る。
 「性能の違いが戦力の決定的差ではないという事を……教えてあげるわ」
 気負うコナンを横目で眺める哀の口元には薄っすら笑みが浮かんでいた。


 数日後、阿笠邸のリビングには哀、阿笠、三人組のケーキを用意するコナンの姿があった。結局、あの後コナンは哀に五回も戦いを挑んでことごとく敗れたのである。勝者である哀が出した条件は負けた回数分おやつを準備するというものだった。ちょうど五回という事で五人のリクエストを順番に叶えるというオプション付きである。今日は歩美リクエスト。わざわざ駅前商店街にある歩美のお気に入りのケーキ店まで買いに行かされる羽目になった。
 「明日はボクの番ですね。ドーナツなんていかがでしょう?」
 「歩美、ストロベリークリームがいい!」
 「ワシはカロリー控えめのもので頼んだぞ、新い…いや、コナン君」
 「甘いもんもいいけどオレの時は絶対鰻重だな!」
 「ちっくしょう、何でオレがこんな事……」
 盛り上がる探偵団の横で悔しそうに睨むコナンの視線を受け流すと、哀は琥珀色の紅茶が入ったカップを美味しそうに傾けた。
 「坊やだからよ……」



あとがき



 初のイースターエッグ作品です。言うまでもなく哀ちゃんの台詞は某赤い人のもの。完全にパロディなので哀ちゃんのキャラが変わっているのは笑って見逃して下さい。それにしても相変わらずコナンは遊ばれてます。
 ところでコナンが操縦するソッピース・キャメルは第一次世界大戦時に活躍した実在の複葉機で、スヌーピーが乗っている「つもり」になっているのはこの飛行機です。一方、哀ちゃんのフォッカーDr.Iはテキストにも説明がありますが、ドイツのエースパイロットだったリヒトホーフェン男爵の愛機で、一説に寄ればシャアの機体が赤く塗られる設定のモデルと言われています。そんな訳でネタが浮かんだ時からこの二機の空中戦を設定していたのですが、アクロバット飛行を表現するのが思ったより難しくて……本当は「木の葉落し」とかもっと色々な技を出したかったんですけどね。
 ちなみにコナンがラジコン飛行機を操縦できるのは勿論ハワイで優作パパに教わったからですw