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the teacher in the summer
8月も半ばが過ぎ、夏休みも終盤に差し掛かって来るこの時期は夏の思い出作りのラストチャンスである一方、宿題の山が現実味を帯びて迫って来る時期でもある。
「なあコナン、宿題手伝ってくれよ。オレ、一人じゃ絶対終わんねー……」
「ボクもこのままでは間に合わなくて……力を貸して頂けませんか?」
「コナン君、お願い!」
阿笠邸を訪れるなり口を揃えて自分に助けを求めて来る歩美、元太、光彦にコナンはげんなりとした表情を浮かべた。
「あのなあ……夏休みが始まった時言っただろ?『遊んでばっかいねーで宿題もやるんだぞ』って」
「オレだってやろうとしたけど難しくてよぉ……それに家にいるとついついゲームやっちまうんだよなあ」
「読書感想文を書こうと思って何冊か読んだんですけど、どの本で書こうか迷っているうちに感想がゴチャゴチャになってしまって……計画が大幅に狂ってしまったんです」
「工作とか何作っていいか分からないんだもん……」
三者三様の言い訳に返す言葉を失ったコナンの背後から「じゃったらここで合宿というのはどうかの?」という声が聞こえた。言うまでもない、声の主は阿笠である。
「合宿…?」
「みんなでこの家に寝泊まりして一緒に宿題を終わらせるんじゃ。勿論、勉強中はゲーム禁止じゃがな」
「ねえ博士、『一緒に』って事はコナン君や哀ちゃんも…?」
「勿論じゃ。早く終わらせる事ができたら最後の週末はご褒美にキャンプへ連れてってやってもいいぞ」
「やったー!」
弾んだ声を上げる探偵団に対しコナンは気が気ではない。
「おい、博士、いいのかよ?」
「いいって…何がじゃ?」
「この家にはアイツもいるんだぜ?ちょっと買い物行ってる隙にこんな話勝手に進めちまって…!」
「こんな話って……一体どんな面白い話かしら?」
ふいに掛けられたトーンの低い声に驚いてその方向を見るといつの間にか哀が買い物袋を手にコナンと阿笠を睨んでいる。
「え?あ、その……」
「歩美君達が夏休みの宿題が終わらないと言うからの、ここで合宿でもしたらどうかと話しておったんじゃ」
「そう……」
一言そう返し、関心なさそうにキッチンへ行こうとする哀をコナンは「おい」と慌てて呼び止めた。
「おめー、いいのかよ?」
「いいって……何が?」
「アイツらがこの家で寝泊まりする事になったらおめーだっていつも通りの生活は送れないんだぞ?」
「仕方ないじゃない、家主である博士の提案に居候の私が口出しできるはずないもの。それにあれだけ盛り上がっているあの子達に今更ダメだなんて言えないわよ」
哀の指摘に視線を投げると三人組は先程までとはうって変わってすっかり張り切っている。
「ま、小学一年生の宿題なんだし、そんなに心配しなくても大丈夫じゃない?頑張ってね」
「『頑張ってね』って……おい、まさかオレ一人に押し付ける気かよ?」
「悪いけど私にはやらなくちゃいけない事があるの」
「やらなきゃいけねえ事?」
「解毒剤の研究に決まってるじゃない」
『解毒剤』という言葉を出されては何の反論もできない。そんな自分を無視してさっさとキッチンへ向かってしまう哀の後姿にコナンは思わず深い溜息をついた。
数日後、阿笠邸のリビングは宿題と格闘する子供達に占領されていた。算数のドリルを前に泣き言を言う元太を怒ったり宥めたりしながら根気よく教えるコナンの隣では光彦が読書感想文用に購入した本を再読している。そしてその向かい側では歩美が紙粘土で何やら一生懸命作っていた。当初こそコナンに任せ、いつものように地下室に籠っていた哀もコナン一人で三人の相手は無理だと判断したのか、時折リビングに顔を出しては子供達に的確なアドバイスをした。
(これじゃまるでオレと灰原は臨時の家庭教師だな……)
思わず苦笑したコナンの目に歩美の工作を手伝う哀の姿が映った。その優しげな表情は阿笠邸や小学校で探偵団相手に何度も目にしたものである。素っ気ない言動で一見冷たく見える彼女が本当は細やかなフォローをする女性である事は既に承知しているが、振り返ってみればここ最近、温かな眼差しをする機会が増えたような気がする。
「何…?」
哀の声にいつの間にかボーっと彼女を見つめていた事に気付き、コナンは慌てて「や、何でも……」と曖昧に笑うと、再びドリルを解く元太に視線を戻した。
「そろそろ夕食の準備にかからないと……」
午後4時。そう言ってリビングを後にする哀の言葉にコナンは今回の合宿が決まった後、彼女が料理雑誌を捲りながら呟いた台詞を思い出した。
『そういえばお姉ちゃんの家へ遊びに行くといつも何冊か料理雑誌が置いてあったわ。お姉ちゃん、料理がとても好きだったから当時は特に何も感じなかったけど……もしかしたら私に何を作ろうか悩んでくれていたのかもね』
もしかしたら哀の姉、明美もこんな優しい目で妹を見つめていたのだろうか…?そんな事を思っているとしばらくしてリビングのドアが開き、阿笠が入って来た。その手の盆には涼しげなガラスの器に美しく盛りつけされた薄桃色のゼリーが乗っている。
「そろそろ休憩にせんかね?」
「やった!」
「おいしそうですね」
「綺麗〜、何だか食べるのが勿体ないなv」
「哀君の手作りじゃよ。暑い日にはこういうおやつはありがたいじゃろ?」
「……ったく。相変わらずじじくさいな、博士は」
コナンの失礼な一言を完全に無視すると、阿笠は「ところで宿題はどんな調子かね?」とテーブルを覗き込んだ。
「オレ、今やってる算数のドリルと理科のドリルで終わりだぜ!」
「歩美はこの粘土のお人形さんが完成したら終わり!」
「ボクもやっとどの本で感想文を書くか決まりました。明日一日で完成できると思います」
「よろしい。それでは約束通り今度の週末はみんなでキャンプへ行こうかの?」
ニッコリとウインクする阿笠にリビングは歓声に包まれた。
夜の闇が日中の熱をゆっくりと宥める時刻。間接照明に照らされたリビングは昼間の喧騒が嘘のようである。
「はい」
ソファの上で寝そべっていたコナンにアイスキャンディーが差し出されたのは、三人組がすっかり眠りについた深夜の事だった。
「サンキュ」
一口かじると甘さが夏の疲れを癒してくれる。哀お手製のミルクキャンディーはコナンにとって阿笠邸を訪れた時の定番で、市販の物にはない仄かなブランデーの風味が気に入っていた。
「良かったわね、思ったより早くあの子達のお守から解放されそうで」
「ああ、オレ以外にも家庭教師がいたからな」
「え…?」
「何だかんだ言っておめえも結構手伝ってたじゃねーか」
「三人相手だから仕方ないけど……あまりにあたふたする誰かさんを放っておくのは忍びなくてね」
「あのなぁ……三人が三人、言う事がバラバラなんだぞ」
「仕方ないじゃない?子供なんだもの。私達と違ってね」
そう言ってコナンの横に腰を下ろす哀の顔は昼間の優しげな顔とは違う穏やかなものだった。阿笠邸の外では見せない大人びた表情にコナンは思わず哀をジッと見つめてしまう。
「何よ?」
「いや、今日一日おめえのいろんな表情を見たなと思ってさ」
二人だけという安心感からか、つい思ったままの事を口にしてしまい、慌てて「あ…いや、別に変な意味じゃねーから」と付け加える。が、思いがけず哀は顔を真っ赤に染め、黙って俯いてしまった。
「へえ……おめえでも照れる事なんてあるんだな」
「あなたが変な事言うからでしょ…!」
コナンの視線に耐え切れないかのように慌てて立ち上がり、リビングを出て行こうとする哀だったが、ふいにドアの前で立ち止まった。
「……どうやら私、少し浮かれてたみたいね」
「あん?」
「こんな風に夏休みを過ごすなんて初めてだから……自分でも気付かないうちにすっかり小学生の輪に染まってたみたいだわ」
「だったら残りの夏休みはもっと色んな事しなくちゃな」
「え…?」
「おめえだけじゃねーよ。アイツらにとっても初めての夏休みなんだからさ」
「……そういえばあなたはもう何度も経験してるんだったわね」
「うっせーな……」
顔をしかめるコナンにクスッと笑う哀の表情は外見通りの少女に見えた。
あとがき
探偵団の子供達が充実した夏休みを過ごす事は間違いないでしょうけど、そうなるとどうしても疎かになるのはこっち……という事で夏休みの宿題ものです。
哀ちゃんは勿論ですが、探偵団にとっても初めての夏休み、宿題を終えた後の日々はコナンプロデュースで忘れられない思い出(事件も含めて)がたくさんできた事でしょう。
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