AMool for… その日、日直だった哀を廊下で呼び止めたのは、3年B組の担任で自称『少年探偵団顧問』の小林澄子だった。 「悪いんだけど、これ、教室まで持って行ってくれないかしら?私、ちょっと教頭先生に呼ばれちゃって……」 そんな台詞とともに小学生の身体には少々持て余す大きさのダンボール箱を差し出す。箱の表面には何も書かれておらず、中身が何なのか外からでは分からない。 果たして単純に運ぶだけでいいのか、それとも中身を処理するのか、続く指示があるものと思っていた哀は、「じゃ、よろしくね」とだけ言い残し、さっさと走り去ってしまう担任教師に唖然となった。 「いつも私達に『廊下を走ってはいけません』って指導してるのは誰だったかしらね……」 憎まれ口を叩くものの、赴任当時ままのどこか抜けたキャラクターは微笑ましく、哀はクスッと笑うとダンボールを手に廊下を歩いて行った。 「あれ?哀ちゃん、そのダンボール何?」 教室の扉を開けた瞬間、興味津々な様子で近付いて来たのは歩美だった。その声にコナン、元太、光彦も哀を取り囲む。 「さあ。小林先生に教室まで持って行って、って頼まれたの」 哀の答えに歩美がひょいと箱を持ち上げると、「……この重さだと本じゃなさそうだね。何が入ってるのかなぁ?」と首を傾げる。 「ひょっとしてお菓子が入ってるんじゃねえか?」 「いくらなんでもそれはないと思いますけど……」 食欲最優先の元太とそれを否定する光彦のやりとりを無視するかのようにコナンは歩美からダンボールを受け取ると、「……んなもん開けてみればいいだろ?」と、さっさとビニールテープを剥がしにかかった。 「ちょ、ちょっと、あなた勝手に……!」 「心配ねーって。大体、おめえだって小林先生が『配っておいてくれない?』の一言を言い忘れた事くらい気付いてんだろ?」 「それは……」 「そうだけど……」という哀の言葉は歩美の「わーっ!リコーダーだぁ!」という歓声にかき消された。 「……そういえば三年生から習うんだったな」 中学生時代、音楽教師、松本小百合に散々な目に遭わされた事も今となっては懐かしく、コナンは思わずリコーダーを手に取った。そんなコナンの心境に気付いているのかいないのか、歩美が「コナン君には苦手なものが一つ増えちゃうね」と困ったような笑顔を向ける。 「確かに……コナン君、音程だけじゃなくリズム感も危ないものがありますからね」 「ピアニカの音もしょっちゅう外してるしな!」 「うっせーな……」 元太と光彦の遠慮ない指摘に顔をしかめたコナンは、「……じゃ、配ってしまいましょうか」とクスッと笑う哀に慌てて持っていたリコーダーを箱に収めた。 注文者名簿と突き合せながら一本、また一本と配っていくと光彦の分がない。 「あら?円谷君の名前が載ってないみたいだけど……」 「ああ、ボク、頼みませんでしたから」 「頼まなかったって……光彦君、ないと困るんじゃない?」 心配そうに自分を見つめる歩美に光彦は「大丈夫ですよ、姉のお下がりがありますから」と呟くと、ランドセルから『円谷朝美』とマジックで書かれた布袋を取り出した。 「ボクの姉、もう中学生なので使うのはもっぱらアルトリコーダーなんです。だからお下がりを使えってお母さんに言われまして」 「へえ……」 「さすがお前の母ちゃん、学校の先生だけあってしっかりしてるな」 「本音を言えばボクは新品が欲しいんですけど……この気持ち、コナン君なら分かってくれますよね?」 「へ…?」 「あれ?コナン君の服や小物、イニシャルが名前と違いますよね?ボク、てっきり誰かのお下がりだと思っていたんですけど……違うんですか?」 まさか自分の本当のイニシャルだとは言えず、「ま、まあな……」と乾いた笑いを浮かべたコナンは、次の瞬間、物思いにふけった様子で光彦のリコーダーを見つめる哀に意識を奪われた。 「灰原…?」 「え…?」 「どうかしたのか?」 「別に……何でもないわ」 おそらく亡くなった姉の事を思い出しているのだろうと想像はついたものの、下手にその事に触れれば小さな親友達の好奇心を煽る事になりかねず、コナンはフッと息をつくと、「……オレも服だけじゃなくこういう物もお下がりを貰えば良かったかな?」と肩をすくめた。 「……もう二年か。早いな」 哀の姉、宮野明美の命日を翌日に控えた夜、カレンダーを前にコナンは思わず呟いた。 「すまんのう、本当は車を出してやりたいんじゃが……」 「学会なんだろ?気にすんなって。確かに不便な場所だけど電車とバスを乗り継いで行けば何とかなるし……」 ふいに言葉を切るコナンに阿笠が「どうしたんじゃ?新一君」と首を傾げる。 「正直……あそこへ行くのは辛いんだ」 「無理もあるまい。君にとっても苦い事件だったんじゃし……」 「おまけに未だあの事件の真相は闇の中だろ?明美さんに会わせる顔がなくてさ」 「まさか新一君、君はまだあの事件を……」 「灰原のためにもあのままには出来ねえし、時間が許す限り捜査してるよ。けどよ、さすがにあの組織が絡んでるだけあって証拠らしい証拠がなかなか出て来ねえんだよな……」 「……それでも諦める気はないんじゃろ?」 自分の心を見透かすように微笑む阿笠にコナンは「ああ」と苦笑すると、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。 東京と山梨の県境近くに位置するその墓地は、時期が時期だけにほとんど人影がなかった。おまけに宮野家の墓は広大な敷地の端に位置する事もあり、周囲には誰一人いない。 「……お姉ちゃん、久しぶり」 線香に火を点け、持参した墓花を活けると哀は穏やかな口調で姉に話し掛けた。 「他にお参りに来る人なんかいないって分かってるのに……ごめんね、なかなか会いに来られなくて……」 さすがに十億円強奪グループの主犯という烙印を押されている事もあり、他にここへ来る人間はいないようで、先程まで墓石を飾っていた枯れた花がそれを証明している。 (また明美さんにいい報告が出来なかったな……) 静かに手を合わせる哀の傍らで未だ果たせぬ思いにコナンが溜息をついたその時だった。「あら、君達…?」という声に振り向くと、いつの間にか女性が一人、花束を手にこちらを見つめている。年齢は二十代後半だろうか?ショートボブに切り揃えた髪、Tシャツにジーパンというボーイッシュなスタイルが良く似合っている。 「お姉さん、誰?」 「ああ、ごめんなさい。人に名前を尋ねる時はまず自分からよね。私、五十嵐双葉。明美とは大学時代の友人でね。明美の遺骨がここに埋葬された、って聞いたもんだから、せめて命日にお線香でもと思って来たの」 「……」 宮野明美の遺骨がここに移された事を知る者は限られているはずで、コナンは押し黙ったままさりげなく哀を自分の背に庇った。その様子に双葉が「……『どうしてそれを知ってるんだ』って顔ね」と悪戯っ子のような笑みを浮かべると、懐から名刺を取り出し、コナンに差し出して来る。 「お姉さん……新聞記者なの?」 「そんな意外そうな顔しなくてもいいでしょ?実はね、私、あの事件の真相に疑問を抱いてて調べ直してるの」 「え?」 「だって……あの明美が十億円強奪犯なんてとても信じられないんだもの。何か裏がありそうで……で、色々調べてたら去年の秋、遺骨がここに移された事が分かって……」 ふいに双葉が「あっ!」と短い声を上げるとコナンの顔をまじまじと見つめた。 「君……ひょっとして明美が亡くなった現場にいた子じゃない!?」 「う、うん……ボク、あの時の事が忘れられなくて……知り合いの警部さんがあの時のお姉さんのお墓がここにあるって教えてくれたから時々お参りに来てるんだ」 「そうだったの……」 「ボク、江戸川コナン」 「コナン君ね。よろしく。そっちの彼女は君のガールフレンドってところかしら?」 「えっと…その……」 事情を知っている目暮が相手ならともかく、明美の最期を看取った自分が彼女の遠縁の人間と知り合いというのも出来すぎな話で、コナンが答えに窮していると、ふいに哀が「灰原哀よ。私、宮野明美の遠縁なの」と肩をすくめた。 「え?じゃあここに遺骨を埋葬したっていう……?」 「ええ」 平然とした様子で答える哀に焦りを隠せず、コナンは思わず「お、おい、灰原……」と彼女の耳許に小声で囁いた。そんなコナンに哀は「大丈夫よ」と意味深な笑みを浮かべると、「五十嵐さん、立ち話も何だし……場所を変えませんか?」と、さっさと話を進めてしまう。 「そういえばこの近くにチーズケーキが評判のお店があるって噂なの。続きはそこでどう?」 双葉に促され、さっさと歩き出す哀にコナンは慌てて二人の後に続いた。 「やっぱりあの組織が絡んでたのね……どうりでいくら探っても尻尾が掴めないはずだわ」 コナンと哀から一通りの話を聞くと双葉は納得したように呟いた。 結局、哀が宮野志保本人だという事を除き、二人はこの女性記者に十億円強奪事件の真相を話してしまった。もっとも、そのほとんどを打ち明けたのは哀であり、コナンは時々話をフォローしただけなのだが…… 「はぁ〜、あの時、編集長なんか無視して突っ走れば良かったなぁ……」 口惜しそうに溜息をつく双葉に哀が「……どうやら報道関係者にも圧力がかかっていたようね」と肩をすくめる。 「そうなのよ。最近、やっと規制が緩くなって来たから動き出したんだけど……それにしても哀ちゃん、『圧力』なんて難しい言葉、よく知ってるわね」 「ワイドショー好きのお爺さんと一緒に暮らしているからかしらね……」 涼しい顔で呟く哀にコナンは思わず苦笑すると、「……それで?双葉お姉さん、これからどうするつもり?」と話に加わった。 「どうするって……コナン君、どういう事?」 「だってボク達の話だけじゃ記事に出来ないでしょ?証拠は何もないんだし……」 自身の捜査が行き詰まっている事もあり、果たして双葉がどういう答えを返して来るか興味本位で尋ねたコナンは、「うん、でも諦めないのが私のポリシーだから」というあっけらかんとした答えに思わず苦笑した。どうやらこの女性記者も自分と同じらしい。 「編集長にはいっつも『だからお前はいつまで経っても青いんだ』って笑われちゃうけど……それが私の信念なの」 「いいんじゃない?譲れないものがあるって素敵だと思うよ」 「ありがとう、コナン君」 晴れやかに笑う双葉にコナンも自然、笑顔になる。 「……いけない!私、そろそろ行かないと……コナン君、哀ちゃん、今日はありがとう。貴重な話が聞けて嬉しかったわ」 伝票を手に慌てて立ち去る姿にコナンと哀が呆気に取られたのも束の間、双葉が「あっ、そうだ…!」と思い出したように戻って来ると、バッグから一枚のスカーフを取り出し、哀に差し出した。 「これ……良かったら貰ってあげてくれない?」 「え…?」 「実はこのスカーフ、昔、明美が私の部屋に忘れてった物なの。ファッションにうるさい妹が珍しく褒めてくれたって嬉しそうに言ってたっけ……」 「……」 「本当は妹さんに渡したかったんだけど行方不明だし……でも、哀ちゃんが貰ってくれたと知ったら明美もきっと喜ぶんじゃないかな?」 双葉はニッコリ微笑むと「じゃ」と店から出て行った。 さすがに子供の姿の自分達だけで喫茶店に残るのも落ち着かず、コナンと哀がその店を後にしたのはそれから約十分後の事だった。 「……なあ、灰原、そろそろ種明かししてもらいてえんだけど」 店を出て近くのバス停へと歩く道すがら、コナンは哀に話を切り出した。 「何の事?」 「あの記者の事さ。おめえ、彼女を随分信用してたみてえだけど……昔会った事でもあるのか?」 「まさか。初対面に決まってるでしょ?」 「なっ…!」 驚きのあまり絶句するコナンに哀がクスッと笑うと、「昔、お姉ちゃんが旅行に行った時の写真をフロッピーに入れて送ってくれたって話したでしょう?そのお姉ちゃんの横にいつも彼女が写ってたのよ」と何でもない事のように呟く。 「……」 さすがにあの場でこの説明を求めるのは無理な話だと頭では分かるものの、面白くない事に変わりはなく、しばし黙って哀の斜め前を歩いていたコナンは、「それはそうと……あなた、やっぱりお姉ちゃんの事件、未だに捜査してるのね」という哀の呆れた声にビクッと立ち止まった。 「あ、ああ、まあな……」 「確かに……私だって今のままじゃお姉ちゃんが可哀想だと思うわ。でも、あの組織が証拠なんて残してるはずが……」 「バーロー、このオレが絡んだ事件だぜ?真実が闇に葬られてたまるかよ」 「……本当、あなたといいさっきの双葉さんといい、諦めが悪いのね」 「ああ、あの人のせいで余計に火がついちまったな。今度ここへ来るまでに絶対何か掴んでみせるぜ」 自信たっぷりに呟くコナンに哀はフッと苦笑すると、「私もあの人から素敵な物を貰ったわ」と、肩に掛けたスカーフに視線を落とした。 「私、記憶にある限りお姉ちゃんのお下がりって貰った事がなくて……こんな形で手に入るなんて夢にも思わなかったから……」 「……なるほど?水曜日にリコーダーが届いた時、おめえが複雑な顔してたのはそういう事情か」 「普通はお下がりなんて嫌うものだけど、私には円谷君が羨ましくってね……」 春風にスカーフが揺れ、哀の頬を優しく撫でる。その様子が妹を見守る姉のようでコナンは思わず微笑んだ。 あとがき 「CandleLight」(閉鎖)管理人、ぐり様が主催された「宮野の日」企画に投稿させて頂いた作品です。 タイトルの「AMool for…」とは「宮野明美が一番最初に…のために」という意味で、平原綾香さんの曲「Skool for AH」をもじってつけました。某局の「グレートマ○ー物語」のテーマ曲で、穏やかな曲調が家族を大切に思う心をテーマにした番組に良く似合っていると思います。(ちなみに「Skool for AH」の意味はSK:作曲者小林信吾さんのイニシャル、ool:No.001、AH:綾香平原で、まだ題名が決まっていない時に小林信吾さんが楽譜にSK001forAHって書いてみえたのをそのまま使ったとの事です) この書きかけのようなタイトル、突然いなくなってしまった大切な人に伝え損なった心境にマッチするような気がするのですがいかがでしょうか? ちなみにオリジナルキャラ、五十嵐双葉のモデルは「ツバサ」(「X」、読んだ事ないので@爆)に出て来る猫依譲刃嬢。私的に結構お気に入りキャラなので今後別のテキストに登場するかもしれません。(都合がいい事に事件記者設定にしちゃったし^^;) ![]() |