銀杏並木の下で



暖かい日が続いていたかと思ったら急に冷え込んだせいだろうか?ずっと緑色だった木々の葉が急に色づき、散り始めている。
「そういえば……」
帝丹小学校からの帰り道、少年探偵団の三人と別れ、哀と二人きりになるとコナンは口を開いた。
「博士、フサエさんとその後どうなってんだ?」
阿笠の初恋の女性、有名なファッションデザイナーであるフサエ・キャンベル・木之下に初めて会った時もこんな季節だった。
「あら、気になるなら直接聞いてみたら?」
「まあそうなんだけどよ、博士もあの通り鈍いだろ?」
「……」
「あなたが言う台詞?」という言葉が喉まで出たが、哀は何とか飲み込んだ。
「私から言っていいのかどうか分からないけど……」
哀は断りを入れると、どうやらメールや手紙のやりとりはしているようだとコナンに告げた。
「なるほど?それで時々おめえがフサエ・ブランドの服を着てるって訳か」
「そういう事」
「ま、上手くいってるなら放っておけばいいよな」
コナンは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
二人が江戸川コナン、灰原哀として生きる事を選び半年が過ぎた。少年探偵団とは相変わらず五人で登下校する日々が続いている。四年生になれば部活動が始まるので、一緒に登下校する時間もあとわずかだ。
「工藤君は部活動どうするの?」
ホームルームで部活動説明会があったせいだろう。探偵団三人の今日の下校時の会話は専ら部活動についてだった。コナンは当然、サッカー部だろうと三人も思っていたのだろう。歩美も哀には「何にする?」と聞いてきたが、彼には何も聞かなかった。
「ん……まあサッカーだろうな。やってねえと勘も鈍るからよ」
「そう……」
「おめえはどうするんだ?」
「特にやりたい事もないし……帰宅部かしら?」
「せっかく人生やり直してんだ。何かやってみようとか思わねえ?」
「別に。興味もない事に時間を費やすくらいなら家で研究でもしていた方がマシよ」
「ふ〜ん……」
コナンの視線に哀は「何か言いたげね」と呟いた。
「なあ、ちょっと寄り道していかねえか?」
突然、話題の方向を変えられ、哀は肩透かしを食らった思いだった。
「寄り道?どこへ?」
「ま、来いよ」
コナンは哀に返事を与える暇も与えず彼女の腕を引っ張った。



コナンに引っ張られてやって来たところは帝丹中学校だった。
「どんなお洒落なところへ連れて行ってくれるのかと思えば……」
「そう言わずについて来いって」
コナンはさっさとグラウンドがある方へ行ってしまう。哀は溜息をつくと彼の後に続いた。
「えっ…?」
ふいに哀の頭に何かが舞い降りた。手に取ると大きな銀杏の葉っぱである。
「帝丹小学校にも少しあるけど、ここ、結構立派な銀杏並木だろ?」
コナンの言葉に視線を向けるとグラウンドの横は素晴らしい銀杏並木だった。
「博士にとっては初恋の思い出だが、オレにとってはサッカーだな。ちょうど秋季大会の決勝が近い頃だから」
グラウンドに目を向けると確かにサッカー部員が熱心に練習をしている。
「そう……」
「おめえは?」
「私?私は特に銀杏に思い出はないわよ」
「そっか。じゃあおめえの思い出もサッカーになるな」
「意味が分からないんだけど……」
「特に入りたい部活ねえんだろ?だったらサッカー部のマネージャーやらねえか?」
「……どうして話がそうなる訳?」
哀の冷たい視線にコナンは言葉に詰まった。
「その……おめえ、頭いいから作戦とか上手くたててくれるんじゃねえかなって……その……」
コナンの台詞に哀の表情が強張る。
「……あなたも私の頭脳しか必要としてくれないのね」
吐き捨てるように呟くと哀はコナンに背を向け、すたすた歩き出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
「放して」
「オレの言い方が悪かった!頼む、聞いてくれ!」
「……」
「中学の時、サッカー部で仲良かったヤツのマネージャーがそいつの彼女でさ、何か見てて羨ましかったんだ。いいプレーしたら一緒になって喜んでくれたし、ミスしたらどこが悪かったか冷静に指摘してくれたりしてよ」
「え…?」
「当時好きだった蘭は空手部入っていたし……何よりオレ自身がこんな身体になる前は格好つけてたからな、素直に言えなかったけど……せっかく人生やり直しているんだから思い切ってさ……」
「工藤君……」
コナンにとっては精一杯の告白のつもりなのだろう。耳の裏まで真っ赤になっている。
「……分かったわよ」
「え?」
「マネージャー、引き受けてあげるわ。私、フサエさんみたいに何年も待つ自信ないから。今の言葉で勘弁してあげるわよ」
「チェッ、可愛くねえの」
どちらからともなく笑い出す二人を優しく見守るように銀杏の葉が優しい風に吹かれ、舞い降りた。



あとがき



当サイトでは珍しい比較的甘甘小説です。(っていうかこれが限界とも^^;)
どうやらコナンと哀にとっての銀杏の思い出は『告白』になりそうですね。 本当は神宮外苑の銀杏並木へ行かせるはずが、話の流れで帝丹中学になってしまいました。