イケナイコトカイ



嫌な予感というものはどういう訳かよく当たる代物で、それは探偵という職業を生業にしている自分に限った話ではないだろう。
キャンパスを出るタイミングを見計らったかのように届いたメールを開いた瞬間、コナンは思わず「……ったく、今夜もかよ」と我知らず愚痴を零していた。哀が化学者である以上、一度プロジェクトに関わってしまえば一区切り着くまで手が放せない事は理解しているつもりである。しかし彼女の口から「お陰様でやっと一段落したわ。しばらくゆっくり出来そうだから……」という言葉を聞いたのはつい一週間程前の事だったではないか。それなのに……
「ちょっと歩美に呼ばれちゃって……悪いけど先に夕飯済ませてくれる?」
そんなメールの後、帰宅が深夜になったのが二日前。続く昨夜も一昨日ほどではなかったものの、彼女が帰って来たのは夜の十時過ぎだった。おまけに一昨日の時点で昨日の帰宅が遅くなる事を予測していたのか、キッチンには作り置きの夕飯まで用意されていたのである。
普通の夫婦なら浮気を疑う状況だったが、自分達の関係が特殊な事もあってその可能性は考えられなかった。が、さすがにここまで自分の存在を放置されるのは正直なところ面白くない。
(こーなったら直接歩美に探り入れてみるか……)
コナンは大きく息をつくと歩美の番号を呼び出した。



「コナン君?久し振り〜!相変わらず大活躍してるみたいだね!」
三十分毎にコールする事数回、やっと繋がった携帯から聞こえた歩美の声は思いがけずのんびりしたものだった。
「そんな騒ぐ程の事でもねえよ。それより……ちょっとオメーに聞きてえ事があるんだけど」
「私に?」
「オメー、一昨日哀と会っただろ?アイツ、何か言ってなかったか?」
「一昨日って……やだなぁ、コナン君。私、哀とはここ一、二ヶ月会ってないよ」
「え…!?」
「って……何、そのリアクション?」
コナンの反応に相当驚いたのか電話の向こうで歩美が絶句している。
「それ本当か!?」
「う、うん……研究と家事の両立で忙しそうだなと思ってこっちから声掛けるのは遠慮してたし……」
「……」
言葉を失うコナンの耳に「ね、ねえ、コナン君……」という遠慮がちな歩美の声が聞こえた。
「哀のメールだけど……私と会うって書いてあったんだよね?」
「ああ……」
「その……上手く言えないんだけど……哀が私の名前を借りてまでコナン君に嘘ついたのはそれなりの理由があると思うんだ。だから……その……」
ふいにその時、電話の向こうから「なんか込み入った話みたいやし……ウチ、外した方がええやろか?」という小さな声が聞こえて来た。どうやら歩美は友人と一緒のようだ。これ以上妙な長話に付き合わせるのは迷惑だろう。
「……悪かったな、歩美。変な話に巻き込んじまって」
「う、うん……」
「心配すんなって。アイツにはアイツの事情がある事くらいオレだって理解してるつもりだからよ」
「そ、そうだよね」
「また連絡してね」という言葉とともに通話が切れる。歩美の手前格好つけたものの、何の手掛かりもない状況にコナンは思わず溜息をついた。



歩美との電話の後、一旦自宅へ戻るとコナンは米花駅前にオープンしたばかりの大型書店へ向かった。冷蔵庫に昨夜の残りはあったもののさすがに二夜連続はキツい。何より哀の事が気になって食欲など全くなかった。
が、ついてない時はついてないもので並んでいる新刊はあまり興味が持てそうにない物ばかりだった。
(一週間前にネット注文した新刊がどっさり届いたばかりじゃ仕方ねえか……)
コンビニで軽食でも買って帰ろうと本屋を出ようとしたその時、「コナンじゃねえか?」という聞き覚えのある声に呼び止められる。
「元太…!?」
「何だよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔してよぉ……」
「そりゃ……まさかオメーと食い物関連以外の店で会うなんて思わねえし」
「失礼だな。オレだって本くらい……ま、母ちゃんに頼まれて買いに来ただけなんだけどよ」
仏頂面で頬を膨らませる元太の手には経営学の本や酒に関する本が握られている。
「そういえば近くに大型スーパーがオープンするらしいな」
「ああ、だから色々研究するんだってさ。オレは店を継ぐ気はねーって言ってんだけどよ……」
「オメーはなくても歩美はその気だろ?アイツ言ってたぜ、『将来子供が出来たらスチュワーデスを引退して小嶋酒店を継ぐのが夢なんだ』って」
「十年後も付き合っていればの話だけどな。歩美のヤツ、酒の知識半端ねえし」
「半端ねえのは知識だけじゃねーだろ?」
「ハ、ハハ……アイツ、本当、ザルだよな〜」
「それくらいじゃなきゃスッチーになろうなんて思わねえかもしれねえけど……」と苦笑する元太だったが、突然「酒って言えば……コナン、駅裏にある『Archer』ってバー知ってるか?」と話題の矛先を変えた。
「ああ、すっげーオーセンティクバーだって噂だな」
「なんだ、お前も行った事ねーのか」
「哀に『一度行ってみない?』って誘われたんだけどなかなか時間が合わなくてさ。で?そのバーがどうかしたのか?」
「さっきまで店の手伝いで配達回りしてたんだけどよ、最後の配達先だったあの店を出る時すれ違った女が灰原に似てたような気がして……アイツ、今日飲み会か?」
「いや、特にそんな予定聞いてねえけど……ひょっとして研究室の仲間と急に飲みに行く話になったのかもしれねーな」
「随分余裕だな。普通の男なら嫁さんが自分に黙ってそんなバーへ行ったなんて聞けば浮気を疑うぜ?」
「うっせーな……」
不機嫌そうに自分を睨みつけるコナンに苦笑いを浮かべる元太だったが、ふいに真顔になると「忙しいのは分かるけどよ、もう少し灰原と過ごす時間を作った方がいいんじゃねーか?」と独り言のように呟いた。
「あん?」
「オメーら夫婦が一般的な尺度で計れない事くらい百も承知だけどよ、灰原が人一倍寂しがり屋だって事に気付いてる人間は本当に限られてるだろ?お前を除けば博士とオレ達くらいか?」
「それは……」
思いがけない指摘に絶句するコナンに何を思ったのか、元太はコナンの肩をポンッと叩くとそのまま書店を出て行ってしまった。



駅裏の細い路地にひっそりと建つ小さなビル。『Archer』はその地下一階にある隠れ家のようなバーだった。
元太から話を聞いた時点では女が哀なら仲間内の飲み会か何かだろうとしか思わなかったコナンだったが、一昨日のメールの件も気になり結局ここまで来てしまった。つくづく己の探偵の性が恨めしい。
しばし店の前をウロウロ行ったり来たりしていたものの、一歩通行の狭い道でそんな事を繰り返していたら不審者と通報されてしまう。
(気付かれないようにするのは……無理だろうな)
コナンは意を決すると地下へ通じる階段を降り、店のドアを開けた。ジャズが穏やかに流れる店内へ入って行くと「いらっしゃいませ」とバーテンダーに声を掛けられる。
「グレンモーレンジ・オリジナル、シングルで」
「かしこまりました」
スコッチウイスキーの定番シングルモルトを告げ、バーテンダーが差し出した壜の銘柄を確認する。分厚いオーク材で作られたカウンターにショットグラスとチェイサーが差し出されるのを待ちながらさりげなく店内を見回すと奥のテーブルに女性の姿があった。赤みがかった茶髪の後姿は紛れもなく哀だ。同行者はどうやら男のようで、しかも一対一らしくコナンとしては面白くない。
(ったく。こんな店で男と二人きりなんて……浮気と間違えられても文句言えねーぞ?)
内心を飲み干すようにウイスキーグラスに口をつける。普段なら爽やかなシングルモルトの香りに鼻孔がくすぐられる筈なのにどうにも奥の席に座る哀の様子が気になってグレンモーレンジ本来の軽い味わいを楽しめそうにない。トイレに立つフリを装ってカウンターから立ち上がり、二人がいるテーブルの方へ歩きかけたコナンは相手の男の顔に驚きのあまりその場に立ち尽くした。
(み、光彦…!?)
下戸に等しい光彦と何故こんなバーで会っているのか……目の前の光景にコナンは居ても立ってもいられず、気が付けば「おい」と声を掛けていた。
「コナン君!?」
驚きのあまり目を丸くする光彦に対し哀が「あら、あなた」とゆっくりコナンの方へ顔を向ける。
「私がここにいるってよく分かったわね」
「元太に聞いたんだ。『配達先で灰原によく似た女を見た』ってな」
「なるほど?店に入る時路上に停まってたバン、小嶋酒店の営業車だったのね」
「んな事より……三日も連続で光彦と会ってたのかよ?どういう事か説め……」
「円谷君、悪いけど私はこれで失礼するわ」
激昂するコナンを遮るように哀は目の前のグラスを空にすると席から立ち上がった。
「灰原さん…?」
「女の私から言える事は全て話したつもりだから。後は彼に聞きなさい」
そんな台詞とともに意味深な視線を自分に投げる哀をコナンは黙って見送る事しか出来なかった。



「……コナン君、その……すみませんでした」
光彦が意を決したように口を開いたのはコナンの横に置かれたボトルが程よく減ってしまった頃合いだった。話が長くなりそうだと思ってボトルキープしたのはどうやら正解だったようだ。
「『すみません』って……オメー、オレに謝るような事アイツとしてたのかよ?」
「いえ、決してそんな事……」
「だったら謝るなよ。本気で疑うぞ?」
「すみません……でもコナン君に黙って灰原さんを三夜連続でお借りしてしまったのは事実ですし……」
反省するように呟く光彦にどうやら本当に相談事があったのだと悟り、コナンは心の中で溜息をつくと「何か深刻な話か?」と探るような視線を向けた。
「ま、まあ……深刻といえば深刻なのかもしれませんけど……」
「何だよ、歯切れの悪い言い方だな」
「その……意見が聞きたかったんです。女性からの意見が……」
「女の意見っていうなら別に哀に限らなくても……」
「すみません、ボクの周囲に既婚者で遠慮ない意見を言ってくれそうな女性って灰原さんくらいしか思い当たらなくて……」
光彦が言う『既婚者』という単語にコナンの中に嫌な予感が走った。しかしここまで踏み込んで今更逃げる訳にはいかない。何より哀が三日も光彦に付き合った話の内容が気になり、コナンは「で?アイツに一体何が聞きたかったんだ?」と話の先を促した。
「実は……三日前、マリアちゃんが大阪から上京して来たんです。マリアちゃん、三年生の後期から木曜日の午後と金曜日は一コマも授業が入ってないらしくて……」
「その様子だと東尾との遠距離恋愛、上手くいってるみてえだな」
「お陰様で何とか……そんな訳で一昨日の夕方、品川駅で待ち合わせて一緒に夕食を取ったんです。その後……レストランからホテルまで少し距離があったのでマリアちゃんを送る事にしたんですけど……」
「ま、当然だろうな」
「マリアちゃんが『最近はホテル内も物騒だから部屋の前まで送って』って言うから同行したんですが……『それじゃあ』って帰ろうとしたら……その……『ウチ……女としてそんなに魅力ないん?』って突然泣き出されてしまって……」
「おい、それって……」
「さすがのボクもマリアちゃんの言いたい事は理解したんですけど……あまりに突然の事で頭がパニックに陥ってしまって……言葉を濁してそのまま帰って来ちゃったんです。そしたらマリアちゃん、昨日も今日も会ってくれなくて……携帯も切れたままですし、どうしたらいいか分からなくて……それで灰原さんに……」
「……」
仕事疲れが溜まっているはずの哀が三夜も連続で光彦に付き合った事、こんな大人向けのバーを会話の場所に選んだ理由、歩美の携帯電話から聞こえて来た関西弁の女性の声……ようやく全てを理解した自分をコナンは恨めしく思う他なかった。
「光彦、オメーまさか『婚前交渉なんて法律に違反しますから』なんて言うんじゃねーだろーな?」
コナンの指摘に光彦の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「そ、そんな……ボクだってそこまで厳格に考えている訳じゃありません。大体この年で法律に違反する訳ないじゃないですか」
「冗談だよ、オメーが昔言ってた台詞を思い出しただけさ」
コナンの言葉に光彦は「人が真剣に悩んでいるのにからかわないで下さい」と不貞腐れたように視線を逸らしてしまった。
「悪ぃ悪ぃ……ところでオメー、男としてそういう事に興味ねえのかよ?」
「それは……それなりにある事は否定しません。でもボク、マリアちゃんを大切にしたいんです。だから……迷ってしまうっていうか……」
「……お前のその理屈だとオレは哀を大切にしてないって事になるな」
「い、いえ、決してそんなつもりは……大体コナン君と灰原さんじゃボク達と事情が違うじゃないですか。見た目はともかく実年齢だって……」
「ま、比較の対象としては無理があるか」
「……」
「で?哀のヤツ、オメーにどんなアドバイスしたんだ?」
「それが……」



「円谷君の気持ちも分かるけど……女にとって婚前交渉はデメリットばかりじゃないのよ?」
哀の口から出た言葉に光彦は思わず「デメリットばかりじゃない……ですか?」とオウム返しする事しか出来なかった。
「相手が自分の欲望ばかり追求するような男じゃないかとか、変な性癖がないかとか、きちんと避妊して女の将来に責任を持ってくれるかとか色々チェック出来るし。勿論、相手が変な病気じゃない事が大前提だけどね」
「『チェック』ですか……」
「下世話な事言っちゃうと身体にも相性があるし。逆にデメリットは望まない妊娠と世間知らずな男が結婚相手に抱きがちな処女信仰ってところかしら?」
「そういうものなんですか……」
背中を丸め、盛大な溜息をつく光彦に哀は苦笑すると「本当、円谷君って真面目なのね」と肩をすくめた。
「あんまり褒められている感じはしませんけど……」
「そうね。恋愛においては真面目イコール相手を大事にしているとは言い切れないから」
「え…?」
「女の立場から言わせてもらうとね、こっちが関係を進めても構わないと思っているのに相手の男が全く……っていう状態は不安になるものなのよ。『もしかして私、女として見られてないんじゃないかな』とか『私って性的魅力がないんじゃないかな』ってね」
「そうなんですか?」
「自分に自信がないタイプの女の子は特にそういう傾向が強いんじゃないかしら?ましてやそういう子に自分から誘う勇気なんてないだろうし」
「……」
哀の言葉に光彦は膝の上に置いていた手をギュッと握りしめると「ボク、一体どうしたら……」と独り言のように呟いた。
「東尾さんと今後も付き合って行きたいならどんな手段を使ってでも彼女と会いなさい。お互いの正直な気持ちをぶつけ合って正面から向き合うしかないわ」
「そうですね……」
神妙な面持ちで俯いていた光彦だったが、ふいに頭を上げると「灰原さんはどう思いますか?」と哀を見た。
「え…?」
「その……『なかなか手を出さない男』です」
「私なら『この人、不能なんじゃないかしら?』って疑うわね。後は同性愛者の可能性を考えるかしら?」
「……さすがですね」
光彦は肩をすくめると目の前に置かれたすっかり気の抜けたウイスキー・ソーダを一口だけ煽った。



「男性不能を疑う……か。アイツらしいな」
光彦の話を一通り聞き終えるとコナンは参ったと言いたげな苦笑いを浮かべた。
「本当に灰原さんには敵いません」
十年以上経った今でも変わらない自分達の立ち位置を可笑しく感じたのだろう、光彦が飲めない筈のアルコールを口に運ぶ。コナンが傾けているものと同じ琥珀色の液体を少しだけ舐めると舌がチリリとしびれるような感覚の後、苦味と共に複雑な芳香が口の中に広がった。
「で?光彦、オメー、これからどうするつもりだ?」
「マリアちゃんに会いに行きます。ボクにとって大切な女性です。失いたくありませんから」
「そっか」
「でも……その前にコナン君に聞きたい事があるんですけど……」
「オレに?」
「その……灰原さんと初めてそういう関係に踏み込んだ時、コナン君はどこまで覚悟してましたか?」
光彦の口から飛び出した不意打ちな質問にコナンは思わず飲んでいたウイスキーを喉に詰まらせてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……ったく、急に変な話振るんじゃねーよ!」
「すみません、でも好奇心で聞いたつもりは……」
心底申し訳なさそうにうな垂れる光彦にコナンはハァと大きく息をつくと「あのなぁ、そういうのっていちいち理屈で考えるようなもんじゃねーだろ?」と彼を睨んだ。
「え…?」
「好きな女の全てを自分だけのものにしたい、男ならそういう欲望を抱く方が自然だろーが」
「それって……コナン君の経験ですか?」
「まぁな。中学入った頃からアイツに言い寄る男が後を断たなくて……とうとう我慢出来なくなって言っちまったんだ。『オメーが欲しい』って……今思えばあそこまでストレートに言うなんて本当、余裕も何もなかったよな」
「確かに……普段カッコつけのコナン君からは想像もつかないですね」
光彦の言葉にコナンはムッとした表情になると「現実は映画のシーンみたいに格好よく行かねえものなんだよ」と不貞腐れたように呟いた。
「結局アイツと一線超えたのはそれから半年以上経った後だったな。オレも哀も経験なかった上アイツには……」
「コナン君…?」
いくら光彦相手とはいえ哀に無断で彼女とジンの間にあった『過去』を話す事は許されないだろう。コナンは「……いや、何でもねえ」と言葉の先を飲み込むと「そういえば……」とさりげなく話題を切り替えた。
「オメーが言うところの『覚悟』とは違うかもしれねえが……朝、目覚めた時、隣で寝るアイツの穏やかな表情に何とも言えねえ幸福感を抱いたな。『コイツはオレが絶対に幸せにしてみせる』って改めて気を引き締めたっつーか……」
「……やっぱり夫婦ですね。お二人が羨ましいです」
「あん?」
「灰原さんが言ってたんです。『最初は恥ずかしかったし怖かったけど……いざ彼の腕の中に閉じ込められたら幸せしか感じなかった』って」
「アイツが?オレの前じゃそんな可愛い台詞言った事ねえぞ」
不満そうに口を尖らすコナンだったが気分は満更でもなかった。同時にこの場に悪友、服部平次がいない事に心から安堵する。
「それはそうと……ここまでオレに色々暴露させたんだ。東尾と上手くやらなかったら承知しねーからな」
「は、はい!」
緊張したように背筋をピンと伸ばす親友にコナンは苦笑すると彼のショットグラスに自分のそれを合わせた。



細い路地を曲がり米花町二丁目の自宅が視界に入るとリビングの明かりがついている事にコナンはホッと息をついた。どうやら哀はあのまま直帰したようだ。
「おかえりなさい」
リビングへ入って行くとパジャマ姿の哀がソファでファッション雑誌など捲っている。
「何か食べる?」
「いや、結構飲んだから飯はいい」
「そう……」とだけ答え、再び視線を落とす哀にコナンは思わず彼女の手から雑誌を取り上げた。
「ちょっ…!」
「オメーな、あんな状況オレに丸投げしておいてその反応かよ?」
「あら、男同志のアダルトな会話に興味を示せっていうの?」
「そういう訳じゃ……けどよ、光彦とどういう話に落ち着いたかとか……オメーにだって少しは責任あるんじゃねーか?」
「女の私からアドバイス出来る事は一昨日と昨日で全て話したって言ったでしょ?それ以上のアドバイスとなると昔、蘭さん相手に色々妄想してたあなたの方が適任だと思って」
悪びれもなく言う哀に一瞬黙り込むコナンだったが「オメーのその言い方……まるでオレがあの場に現れるのを見越してたみてえだな」と彼女を睨んだ。
「三日も急に帰りが遅くなって大人しく待っててくれる人じゃないし。そろそろ歩美に探りの電話でも入れてるかしらと思ってたわ。円谷君と合流してすぐだったかしら?案の定、歩美からメールが来たって訳。あなたの事だからあのバーまで辿り着くのも時間の問題だと思ったしね」
「なるほどな。けどよぉ、光彦に会うなら会うでどうして正直にメールして来なかったんだよ?」
「だってあなた、円谷君が絡むとどういう訳か機嫌が悪くなるんだもの」
「そ、それは……仕方ねえだろ?アイツはオレより先にオメーを女と意識した唯一の男なんだからよ……」
膨れっ面で答えるコナンに哀が堪え切れない様子でプッと吹き出す。
「浮気の心配でもしてくれたの?」
「バーロー、本当に浮気ならオメーほどの女があんな簡単に見破られる嘘つく訳ねーっつーの」
コナンは仏頂面で呟くとそのまま哀が座るソファの後ろへと移動し、背中から彼女を抱きしめた。
「オレを弄んだ罰だ。今夜は寝かせねえからな。覚悟しろ」
「変態」
口では罵りつつも哀の目は笑っている。コナンはフッと小さな笑みを零すと彼女の唇に自分のそれを重ねた。



あとがき



緋月みお様宅「蒼愛」にある猥談シリーズが個人的にキャラ立ちまくりでツボなんですけど、「これを探偵団相手にやったらどうなるだろう?」とふと思ったのがこの話を書くきっかけでした。更に8周年リク「哀と光彦のやりとりを見て思いっ切り嫉妬するコナン」を絡めたら面白いだろうと(歩美は恋愛に関しては「放っておいても行け行け!」ですし、元太は「食欲>恋愛」なので悶々と悩む役はどうしても光彦になっちゃうんですが@爆) さりげなく「四つの策略」の後日談があったり、私にしては珍しく江戸川が色々報われた話になっています。タイトルは岡村靖幸氏の有名な曲から拝借しました。
最後になりましたが、リクを下さった方、そして酒場のリアリティーを高めてくれた相方に感謝します。



おまけ



拍手ネタとしてアップしていた後日談です。いつもは残さないのですが、相方が非常に気に入っている様子なので残しておきますv



「この前は悪かったわね、変な事に巻き込んじゃって……」
「ううん、私の方こそ咄嗟にコナン君に嘘つけなくてゴメン」
「何言ってるの、莫迦正直な所が歩美の長所じゃない」
「それ、喜んでいいの?」
「勿論」
「それはそうと……哀、あの時、光彦君と一緒だったんでしょ?」
「ええ。よく分かったわね」
「コナン君からメールの内容聞かされてピンと来たの。私もちょうど同じ頃マリアに泣き付かれてたから」
「なるほどね」
「……ったく、マリアも私に泣き付く暇あるなら光彦君くらい誘惑しちゃえばいいのに」
「あの東尾さんに出来ると思う?」
「無理か……ま、『もう一度きちんと話し合ってみる』って言ってたからしばらく様子見かな?さすがの光彦君もそこまでヘタレじゃないだろうし」
「そう願いたいわね」
「そんな事より……哀、あの後大変だったんじゃない?コナン君、どういう訳か哀が絡むと光彦君に厳しいから」
「まぁね。『一晩付き合え』って散々ごねられたけど……酔いざましの水に混ぜた睡眠薬でさっさと眠ってもらったわ。研究が一区切りついたと思ったら円谷君に三日連続で付き合わされたでしょ?私も疲れてたし……大体酒臭い男の相手なんてしたくないじゃない?」
「分かる分かるv」



同時刻。コナンが大きなクシャミを繰り返していた事はここだけの話。