七月七日、晴れ



「七夕パーティー?」
「そう!七月七日の夜、私の家でパーティーやろうよ!」
歩美の口から出た突然の提案にコナン、哀、元太は目を丸くした。
「オレは美味いもんが食えるなら大歓迎だけどよ……七夕にパーティーなんて一体どういう風の吹き回しだ?」
「今年は受験生って事でみんなのバースデイパーティーも満足にやってないじゃない?ちょうど期末テストも終わるし、たまには羽目を外すのもいいんじゃないかな〜と思って」
エヘへと笑う歩美に哀は意味ありげな視線を送ると「歩美、あなた、七夕にかこつけて円谷君と東尾さんをくっつけるつもりなんでしょ?」と低い声で呟いた。
「……やっぱ哀にはバレたか」
「なるほど?真夏のバレンタインってヤツだな」
「嘘だろ?アイツまだ東尾に告白してなかったのかよ!?」
「そうなの。信じられないでしょ?横で見てるとイライラしちゃって……ここはやっぱり私達が一肌脱いであげないとv」
「……で?大丈夫なの?」
「え?」
「大勢で押し掛けたら御迷惑でしょ?歩美のマンション、私達の家と違って夫婦二人暮らしって訳じゃないんだし……」
「それは大丈夫。お父さんとお母さん、今年は七夕ディナーを楽しんで来るって言ってたから。それに……」
「それに?」
「あ、ううん。何でもない。じゃ、マリアには私から声掛けておくね」
誤魔化すような笑顔を見せると歩美はアッという間にその場からいなくなってしまった。



「あなたの事だからどうせ分かっているんでしょ?」
夕飯の買い出しを終え、自宅への道を歩く途中、ふいに呟く哀にコナンは「あん?」と眉をしかめた。
「円谷君が東尾さんに告白出来ないでいる理由」
「光彦は真面目だからな。必要以上に大袈裟に考えちまってるんだろうけど……こういう事は他人が何を言っても仕方ねえだろ?」
「確かにそうだけど……経験者の意見だったら説得力あるんじゃない?」
「経験者ねえ……」
「……何?」
「別に……」
コナンにとっては勿論、哀にとっても蘭との過去の確執は苦い過去だ。二人にとって光彦は大切な存在に違いないが、だからといってその経験を元にアドバイスしろと言われると憂鬱感は拭えない。
(女って生き物は本当、タフだよな……)
思わず空を仰いだその時、「噂をすれば…ね」と哀が苦笑交じりに呟く。視線を向けたコナンの目に人待ち顔で工藤邸の前に佇む光彦の姿が映った。随分長い間待っていたのだろう、二人の姿を認めた瞬間、「あ、コナン君!」と慌てて駆け寄って来る。
「自宅まで押し掛けてすみません。メールで済まそうかとも思ったんですが……」
「何だよ、急に改まって」
「あの……ひょっとしてボク、何か大切な約束を忘れてますか?」
「あん?」
「放課後、3−Bの教室へ行ったんですけど……コナン君達の姿は見当たらないし、歩美ちゃんも元太君も部室にいなかったので……」
まさか本人相手に歩美の企てを話す訳にいかず、コナンは「その…哀のヤツがスーパーで特売があるって言うから急いで下校したんだ」と適当な言い訳を口にした。
「その割にお二人とも何も持ってないんじゃ……」
「残念ながら目当ての品が売り切れでね……それより円谷君、今日この後予定ある?」
「え?特に何も予定はありませんけど……」
「良かったら今夜の夕飯、家で食べて行かない?博士と一緒に食べる予定だったから三人分のおかずを用意してたんだけど、急に都合が悪くなったらしくてね」
「ボクは構いませんけど……いいんですか?」
「一度解凍したお肉をもう一度冷凍すると美味しくないし。それに……彼に話があるんでしょ?」
「あ、はい……」
「あなたも異存はないわよね?」
どうやら自分に異議を唱える権利はないらしい。コナンは心の中で溜息をつくと黙って玄関の鍵を開けた。



「御馳走様でした。とても美味しかったです」
目の前の夕飯を綺麗に胃の中に収めると光彦は満足そうに手を合わせた。
「良かったわ、円谷君の口に合って」
「本当、お料理上手ですよね。コナン君は幸せ者ですよ」
「料理の味付けって薬の調合に通じるものがあるから何とかこなしているだけよ」
哀の口から出た『薬』という単語にコナンは思わず顔を引きつらせると、「それはそうと……今夜ここで夕飯食べた事、元太には内緒だぞ」と釘を指すように呟いた。
「そうですね、食べ物の恨みは恐ろしいですから。特に元太君の場合」
何気ない会話に笑顔が咲いたのも一瞬、光彦の表情が一転して真面目なものに変わる。
「あの……実はボク、コナン君に聞きたい事があって……」
「何だ?」
「その……」
チラリと自分に視線を投げる光彦に哀は「……どうやら私がいない方が話しやすいみたいね」と悪戯っ子のような笑みを浮かべると、使い終わった食器を盆に乗せダイニングを出て行った。
「東尾の事だろ?」
ダイニングのドアが閉まる音と同時にいきなり核心を突くコナンに光彦の顔が真っ赤になる。
「は、はい……コナン君、ボクが東尾さんに好意を持っている事はご存知ですよね?」
「ご存知も何も……おめーの好意に気付いてないのは皮肉にも当の東尾だけだろうからな」
「実は……一週間ほど前、歩美ちゃんから聞いたんですけど……東尾さん、大阪の大学に進学するかもしれないって……」
「東尾は元々関西出身だからな。で?思い切って告白するのか?」
「はい、遠距離恋愛になってしまうかもしれませんけどその覚悟は出来ました。ただ……」
「ただ…?」
「……」
「告白しても信じてもらえないんじゃねえかって気掛かりなんだろ?」
「東尾さん、ボクがずっと歩美ちゃんと灰原さんの間で揺れていた事を知っていますから……」
辛そうに表情を歪める光彦にコナンは「……ったく」と舌打ちすると、「おめえの気持ちは分からなくもねえが……だったらオレはどうなるんだよ?」と独り言のように呟いた。
「え…?」
「『工藤新一』だった頃、オレは蘭の事ばっか追い掛けてたんだぜ?それをアイツは……哀は目の前で散々見てたんだ」
「はい、だから随分迷いました。コナン君に当時の事を思い出させるのは悪いんじゃないかって……コナン君と灰原さんをボク達と同じレベルで考えるべきじゃないとも思いましたし……でも、ボクの周囲にはコナン君しかいないんです。今のボクの心境を相談出来る人は……だから……!」
気まずそうに自分から視線を逸らす光彦にコナンは「アイツの場合……オレの事を信じたって言うよりオレの傍にいる事で自分の罪を一生背負って行くつもりなのかもしれねえな……」と天井を仰いだ。
「え…?」
「確かにオレとアイツは普通じゃ考えられねえ経験をした運命共同体だ。同じ組織を相手に戦った戦友でもある。けどよ、アイツにしてみればオレの傍にいる事はある意味辛かったはずなんだ。たとえ蘭との確執がなかったとしてもな」
「どうしてですか?」
「考えてみろよ、『江戸川コナン』はアイツが開発した薬、APTX4869の象徴なんだぜ?本人にその気はなかったとはいえ目の前で自分の罪の象徴が足?いてる姿を見るのは拷問にも等しかったんじゃねえか?」
「そうですね……灰原さんって言葉はキツイですけど心根は優しい方ですから……」
言ってしまってから失言だったと気付いたのだろう。光彦は顔を真っ赤に染めると「あ、その……すみません、ご主人であるコナン君に言葉がキツイだなんて……それにもう『灰原さん』じゃないですよね……」と慌てて言葉を付け足した。
「気にすんな。アイツの物言いにはこのオレでさえ時々凹まされてるんだからよ」
「……」
なおもバツが悪そうな光彦にコナンは視線をテーブルに戻すと「実のところ……当時はここまでアイツの心境を考える余裕なんてなかったけどな」と話を戻した。
「え…?」
「あの頃はとにかくアイツを失いたくなくて……さすがに親代わりの博士には相談したけどよ、それ以外は自分の気持ちを正直に口にするだけで精一杯だったんだ。本人目の前に『まだ恋愛感情を持っているとは言い切れない』とまで言っちまったんだから酷いよな」
「裏を返せばそれだけコナン君にとって灰原さんが他の誰にも代えがたい大切な存在だったという事ですよね?」
「今思えば……そういう事だったんだろうな」
感慨深そうに呟くコナンに光彦が「……ボク、頑張ってみます」と笑顔を見せる。
「東尾さんが信じてくれるかくれないか分かりません。でも今のコナン君の話を聞いて自分の気持ちを伝えるべきだって思ったんです。だから……」
「……七月七日、晴れるといいな」
「……?七夕がどうかしたんですか?」
「え?あ……」
その時、思わず口を滑らせそうになったコナンを助けるかのようにダイニングのドアが開く音がすると哀がキッチンへ戻って来た。
「そろそろ話も終わる頃かと思って」
「よく言うぜ。どうせオレ達の会話、キッチンで聞いてたんだろ?」
「さあ、どうかしら?」
肩をすくめ、テーブルの上にコーヒーカップを並べるとコナンの横に腰を下ろす。
「……ったく。いくら十年以上経ってるとはいえ蘭との事をわざわざ持ち出させなくても……」
「あなたもそろそろプラスに変えていくべきなんじゃない?」
「あん?」
「確かに私達にとって蘭さんとの過去は辛い思い出だわ。でも……いつまでもそれをマイナスに捉えていたら彼女に失礼よ。あなたは探偵なんだし、あの経験で得たものを活かしていく事が彼女に対する何よりの償いなんじゃないかしら?」
「哀……」
「本当に……コナン君って幸せ者ですね」
羨ましそうに自分を見つめる親友にコナンは「……そうだな」と呟くと目の前に出されたコーヒーを口に運んだ。



翌日。コナンが昨夜の出来事を話すと歩美は「光彦君、決心したんだ」と笑顔を見せた。
「ああ。遠距離恋愛になっても頑張るって言ってたぜ」
「光彦君の事だから『東尾さんに織姫みたいな寂しい思いはさせません!』……な〜んて何気に気障な告白するんだろうなv」
「そういえば七夕パーティーの話を持ち出した時、おめー何か言いかけたな。ひょっとして……」
「家のベランダ、天の川がすっごく綺麗に見えるんだ。パーティー当日は光彦君とマリアをベランダに2人っきりにする作戦だから御協力よろしくv」
にんまりと笑う歩美に哀が「……本当、策士なんだから」と肩をすくめる。
「だって哀でさえハッキリ覚えてるくらいだもん。やっぱ女の子にとって彼氏に告白された場所って特別なんだよ」
そう言ってウインクすると歩美は「じゃ、また明日!」と駆け出して行ってしまう。その後姿に哀は「……やっぱり勘違いしてるみたいね」と苦笑した。
「勘違いって…何の事だ?」
「いつだったかしら?歩美が『告白ってどこだった?』って聞くから『この先の路地』って答えたの」
「ちょっと待て、この先の路地って……『APTX4869』だの『博士はもうこの世にいない』だのおめえがオレを散々なぶってくれた場所じゃねーか!」
「私達にとって『告白』といえばあそこしかないでしょ?」
「……」
(告白は告白でも意味が違うだろ……)
不敵な笑顔を向ける哀にコナンは乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。



あとがき



「10年後の異邦人」で高校生になっても相変わらず歩美と灰原、両方に揺れている光彦を見てプロットが固まった作品です。これをアップする前に光彦×マリア設定は出来あがっていたのですが、ただでさえも二人の女の子の間で揺れている光彦に三人目の女の子が絡んだらどうなるかな?と。
それにしても「恋バナには黙っていない歩美が光彦のためにロマンティックな告白場所を設定する」という最初の思い付きが最後のオチに繋がるとは思ってもいませんでした。相変わらず拙宅のコナン君は可哀想です@爆笑