かざぐるま



日頃、自分が日本人であるとあまり意識する方ではないのに、桜の花の儚くも美しい色に何となく気分が浮かれるのは果たして自分の中に流れる日本人の血がなせる業なのだろうか?
そんな事を考えながら阿笠、哀、少年探偵団とともにぼんやりと桜並木を歩いていたコナンは「なあ、コナン、あの団子美味そうじゃねえか?」という元太の台詞にげんなりとその台詞の主を見た。
「……相変わらず元太君は花より団子ですねぇ」
苦笑する光彦に哀が「あら、花より事件っていう人もここにいるみたいだけど?」と皮肉な視線をコナンに投げる。
「確かにコナン君といるとよく事件に巻き込まれますもんね」
「一度お祓いしてもらった方がいいんじゃねえか?」
「……うっせーな」
顔をしかめるコナンに哀がクスッと笑ったその時、「あー、かざぐるまだぁ!」と歩美が歓声を上げた。見ると近くの露店でかざぐるまが売られている。和紙で丁寧に作られた美しいおもちゃに歩美の目はすっかり釘付けだ。
「きれいだね〜」
「一つ一つ微妙に模様が違うから手作りなんじゃないかしら?」
そんな二人の少女の会話を阿笠が聞き逃すはずはなく、すかさず店主に近寄ると「おいくらですかな?」と声を掛けた。
「少々高くて申し訳ないのですが……一つ500円になります」
「手作りの品にしては良心的なお値段ですな」
「趣味で作っているようなものですから……」
照れたような笑顔を浮かべる店主に阿笠は「それでは二つ頂けませんかの?」と、財布から千円札を取り出した。
「ありがとうございます」
「ほれ、哀君、歩美君、どれがいいんじゃ?せっかくじゃから自分で選びなさい」
「歩美、これがいい!」
間髪おかず歩美が選んだのは、和紙独特のくすんだはなだ色に桜の花びらがデザインされた美しい物だった。
「哀ちゃんはどれにする?」
「そうね……」
正直、自分にこのような愛らしいおもちゃが似合うとはとても思えなかったが、せっかくの阿笠の厚意を無にするのも憚られ「……これにするわ」と、哀は緋色の無地のかざぐるまに手を伸ばした。



昼食に哀が用意した弁当は好評で、阿笠、コナン、少年探偵団は彼女が呆れ果てるほどあっという間に平らげてしまった。
「お腹も一杯になったしよお……ちょっと遊びに行かねえか?」
元太が目を輝かせると、隣接する遊園地の方向を指差す。
「いいですね。トロピカルランドみたいに大きな遊園地ではありませんが、その分、そんなに混んでないでしょうし」
「……っておめえら、今日は花見に来たんじゃなかったのかよ?」
「それはそれ、これはこれです」
「コナン君と哀ちゃんも行こうよ」
「私はいいわ。せっかくの美しい桜をゆっくり堪能したいし……」
「悪ぃけどオレもパス。今日はのんびりするつもりで来たしよ」
「……」
コナンと哀の反応に不満そうな様子の元太達だったが、「どれ、じゃあわしが付き合ってやるとするかのう」という阿笠の言葉に二人に荷物を預けると遊園地へ向け、歩いて行った。
「……どうやらアイツらにとっては花見はどうでもよかったみてえだな」
「仕方ないじゃない?子供なんだから。あなただって子供の頃は花を愛でるより遊ぶ事に夢中になってたはずでしょ?」
「そりゃ……」
「もっとも、あなたが夢中になっていたのは事件だったかもしれないけど」
クスッと笑う哀を「……うっせーな」と睨むとコナンは歩美が置いていったリュックサックから彼女のかざぐるまを抜き取り、息を吹きかけた。その仕草に「……そういえば昔、西の名探偵さんが言ってたわね」と、哀が思い出したように呟く。
「あん?」
「『工藤のヤツ、かざぐるまに息吹きかけとる毛利の姉ちゃん見て顔赤こうしとったんやで。いっつも死体ばっかり見とるくせに変なとこ純情やねんやからなぁ』って」
「あのバカ、余計な事を……」
コナンは苦々しげに呟くと「確かにあの時、蘭の仕草にドキッとしたのは否定しねえよ。けど……オレ、本当はかざぐるまってあんま好きじゃねーんだよな」と、レジャーマットの上に寝転がった。
「え…?」
「かざぐるまって風が吹かないと回らないだろ?自分で動けないって言うか……オレの性分に合わなくてさ」
「……あなたらしい発言ね」
フッと微笑んだ次の瞬間、哀は真剣な表情になると「だったら……どうして私を選んだの?」と横たわるコナンの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「あん?」
「私は……あなたと出会うまで自分からは何も出来ない人間だったわ。組織に命じられるまま毒薬を作り、たった一人の姉を失った時でさえ研究を中断するのが精一杯で……死んでしまおうとした事だって一度や二度じゃなかったわ。その度にあなたに助けられて……」
「……」
「そんな受け身な私をあなたはどうして選んだの?」
問い詰めるような哀の口調にコナンは一瞬、考え込むように黙り込んだが「……受け身、か」と呟くと身体を起こした。
「おめえは自分を受け身な人間だって言うけどよ、人間なんて誰だって基本的にはそんなもんじゃねえか?一見、自分の意志で行動しているように見える人間でもそれには何かきっかけがあるはずで……実際、オレが探偵になりたいと思ったのだってホームズという存在に憧れたからだしよ」
「……」
「ついでに言わせてもらえば蘭だって受け身な女だったぜ」
「蘭さん…?」
「工藤新一が行方不明だった当時、アイツは待つ事しかしなかっただろ?」
「それは……あなたが『待っててくれ』って彼女に言ったから……」
「まあな。けどアイツだって何か行動を起こそうと思えば起こせたはずだ。アイツの父さんは探偵だし、母さんは優秀な弁護士だ。おまけに警視庁に強力なツテもある。それでもアイツはオレの言葉を信じて待つ事しかしなかった」
コナンは言葉を切ると「それより、さっきおめえ、どうして『受け身な自分を選んだのか』ってオレに尋ねたよな?」と話の矛先を変えた。
「ええ」
「どうやら勘違いされちまってるみてえだけど……オレがおめえを選んだ一番の理由はそんなところにあるんじゃねえぜ」
「え…?」
驚いたように目を丸くする哀にコナンは肩をすくめると「オレがおめえを選んだのはな、オレにとっておめえが風だったからさ」と穏やかに微笑んだ。
「風…?」
「ああ。オレはおめえに会って随分変わった。正義感だけで突っ走る事も無くなったし、謎を解くだけでは満足出来なくなった。犯罪を起こさなければならなかった人間の悲しみって言うのかな?それも何となく理解出来るようになったし……」
「……」
「勿論、だからと言って犯罪を正当化するつもりはねえさ。ただ……探偵として一つでも多くの犯罪を防ぎたくなった。おめえみたいな悲しい思いをする人間を一人でも減らすためにもな。事件をパズルのように解くだけで傲慢になっていた『工藤新一』を思うと大した成長ぶりだろ?」
「工藤君……」
「それに……」
コナンは更に穏やかな表情になると「おめえといるとすっげー快感なんだよ。おめえはオレがどんな話をふっても見事に応えてくれる。いや、下手したらオレの方が言い負かされる……おめえが持つ知識の中にはオレが逆立ちしたって敵わねえものがたくさんあるし、時と場合によってはオレが思いつきもしねえ事をあっさりやってのける……オレにとっておめえは滅茶苦茶刺激的で、たまんねえ存在なんだ」
「つまり……私はあなたというかざぐるまを回す風だって事?」
「ああ。このオレにここまで影響を及ぼす風を吹き付けるヤツなんて滅多にお目にかかれねえよ。父さんと……あとはせいぜい服部か?」
ニヤッと笑うコナンに哀は小さく息をつくと「……まさかあなたの口からこんな話を聞く日が来るとはね」と肩をすくめた。
「さすが世界屈指の推理小説家、工藤優作ってところかしら?」
「父さん…?一体何の話だよ?」
「組織を壊滅させて間もなくだったかしら。あなたのご両親に私だけ誘い出された事があったでしょ?」
「ああ」
「その時、あなたのお父さんがおっしゃってたのよ。あなたは女性に母性を求めるタイプじゃない。刺激を求めるタイプだってね」
「って……あの時、父さんと話したのは解毒剤の事じゃなかったのかよ!?」
「あなたが勝手にそう判断しただけでしょ?」
「……」
思わぬ事実にコナンが顔をしかめたその時、「あーっ!」という声が聞こえた。いつの間に戻って来たのか阿笠と三人組がコナンと哀の傍で二人を睨んでいる。
「なんだ、おめえらもう戻って来たのか?」
コナンの台詞は「おい!」と詰め寄る元太に遮られた。
「な、何だよ、一体…?」
一瞬、訳が分からず首を傾げたものの、恨めしげな視線で自分を見つめる歩美にコナンはその原因を悟った。いつの間にか彼女のかざぐるまがすっかり型くずれしてしまっていたのである。おそらくレジャーマットに寝転がった時、手に持っている事をすっかり忘れて頭で潰してしまったのだろう。
「その……代わりのヤツ買って来るからさ」
慌てて露店に向け、駆け出すコナンに「しかしこのかざぐるま、確か手作りと言っておったからのう……」と阿笠がフォローにならない発言をしてくれる。
「そうね、手作りの品で同じ柄の物なんて滅多にお目にかかれないんじゃないかしら?」
「……」
つい先程自分が言った台詞を真似され顔をしかめるコナンだったが、哀の言い分はもっともで「……悪ぃ、歩美ちゃん、似たような柄で勘弁してくれねえか?」と懇願するように手を合わせた。



あとがき



一青窈さんの楽曲「かざぐるま」は「私はあなたを回す風でありたい」という内容の歌なんですが、私個人的にはお互いに風を起こす間柄が最高だと思っています。そんな訳で思いついた小ネタですが、実は当初は書く予定はありませんでした。なんか書いても滅茶苦茶短い話になりそうだったので。
結局書く事にしたのは入院中、サンデーでコナンが蘭の仕草に赤くなるシーンを見たからです。「あ、やっぱり私の『かざぐるま』書こう」って@笑
某CMの影響でかざぐるまって夏のものだと思ってたのですが、春の季語だったようで……春向きのテキストとしてはアップが遅いですが、元々季節感のないサイトなので笑って許して下さると幸いです。