その夜は空き巣3件、車上狙い5件、ひったくり2件、自販機荒し4件、と、事件の多い米花署でもとりわけ忙しい夜だった。それを考慮に入れれば長かった当直勤務を終え、通常業務に戻った小嶋元太が調書を作成しながらつい頭をうな垂れるのも無理はないと言えるかもしれない。
「おい、小嶋!」
頭では上司である係長、苅谷に呼ばれていると分かっていても行動が伴わない。
「もう駄目っす…いくら好きなうな重でも……これ以上は……」
「小嶋ッ!!」
相手は堪忍袋の尾を切らせてしまったのだろう。いきなり頭の上から大声で名前を叫ばれ、元太は驚きのあまり椅子から転がり落ちた。
「わっ!…ッテ〜!!」
「……やっとお目覚めか?」
「す、すみません……事件ですか?」
「バカヤロウ!これ以上起きてたまるか!」
「そ、そうっすよね」
元太は作り笑いを浮かべると腰を擦りながら立ち上がった。
「……新任の挨拶だとよ。ま、新任っつっても警察庁から研修に来たエリートだけどな」
苅谷が指差す方向を見ると、刑事課長の横で挨拶している若い男の姿があった。
その顔を見た途端、元太の眠気が一気に吹っ飛ぶ。
「コナン…!?」
「ん?知り合いか?」
「あ、幼馴染でして……」
「ほお……」
苅谷は驚いたのか、一瞬言葉を失っていたが「……まあ、短い間だ。上手い事やるんだな」と言うと元太の肩をポンッと叩き、部屋から出て行ってしまった。



「よお、コナン、久しぶりだな!」
それから一週間後の昼休み。食堂へ出向いた元太の目に一人で昼食を採っているコナンの姿が映った。
「やっとゆっくり話せるな。ここいいか?」
「ああ。しかし……まさかおめえとこんな形で会う事になるとは思ってなかったな」
「それはオレの台詞だぜ?コナン、お前、探偵になるんじゃなかったのかよ?」
「そりゃ…オレだって本当は探偵になりたかったさ。けどよお、工藤新一が失踪してその後に現れた生き写しの江戸川コナンが探偵になったら色々厄介だろ?だったら刑事にでもなって堂々と事件を追っかけてる方がいいんじゃねえかと思ってよ」
「確かにな」
元太達三人がコナンと哀の秘密を明かされたのは高校生の時だった。最初は驚きのあまり声も出なかったが、だからと言って共に過ごした十年間を否定する事は出来ず、変わらぬ友情を誓ったのである。
しかし、高校を卒業すると同時に哀が姿を消してしまった上に四人とも進む道がバラバラだったため、恋人同士だった元太と歩美を除いて交流はほとんど途絶えてしまっていた。唯一、年に一度届く年賀状がお互いの近況を知らせていたのである。
「光彦は本庁の科捜研にいるんだったな。会う事ねえのか?」
「畑が違うからな」
「そっか……歩美ちゃんとは上手くいってるか?」
「何とかな」
吉田歩美はスカイ・マックス・ジャパンの国際線スチュワーデスとして世界各国を飛び回っている。刑事とスチュワーデスではなかなか会えないが、元太としては限られた時間を大切に過ごしているつもりだった。
「そういうお前こそ灰原とはどうなってんだ?」
「どうなってるも何も……高校の卒業式以来会ってねえし」
「会ってないって……お前ら両思いじゃなかったのかよ?」
「オレもそう思ってたんだけどな……」
コナンの脳裏に『あの日』が蘇った。



帝丹高校の卒業式を終え、自宅へ戻ると「コーヒーでいい?」と哀が声をかけて来た。
「あ、ああ」
着替えを終えたコナンがリビングでくつろいでいると香ばしい匂いのするカップをトレーに二つ載せ哀が傍へやって来る。
「サンキュ……なあ、灰原」
「え?」
「オレ……おめえに前から言いたかった事があんだけど」
「何よ、急に改まって」
「オレ、おめえが好きだ」
一瞬、間があったが、「……冗談言わないで」とだけ言うと哀がコーヒーを口に運ぶ。そんな哀の態度にコナンは思わず彼女の手から強引にカップを奪った。
「ちょ、ちょっと……」
「おめえな、人が真剣に話しているのに冗談はねえだろ?」
「……」
「灰原、おめえの気持ちは分かっているつもりだ。つもりだけど……やっぱ、おめえの口からはっきり聞かせて欲しい。オレの事どう思ってるんだ?」
コナンの真剣な瞳に哀は目を逸らせてしまった。
「どうって……そうね、あなたの人生を狂わせた加害者ってところかしら?」
「はぐらかすなよ」
「別にはぐらかしてなんか……」
コナンは思わず溜息をついた。
「なあ……昔、オレ、おめえに『運命から逃げるな』って言ったよな?」
「ええ……」
「だったら……自分の気持ちから逃げるなよ。オレの気持ちからも」
「……」
コナンは押し黙ってしまった哀の頬を優しく包むと彼女の瞳を真剣に見つめた。
「オレの自惚れじゃねえなら……オレは感謝したいくらいだぜ?APTX4869にさ」
「工藤君……」
瞳から零れた涙が哀の気持ちを雄弁に語っている。コナンは思わず彼女を抱き締めるとその唇を塞いだ。
その夜、重なった二つの影が離れる事はなかった。



「オレとしてはせっかくアイツと気持ちが通じたと思ったのに……朝起きたら灰原のヤツいなくなっちまっててさ」
「そうだったのか……悪い事聞いたな」
「いや、おめえらには言っておいた方がいいとは思ってたからな」
その時、二人の傍へ一人の男がやって来た。
「江戸川君、ここにおったか」
「芹沢警視長!」
元太の記憶に間違いなければ芹沢は警視庁の刑事部長だ。もっとも知っているのは芹沢の名字だけであり、コナンが叫ばなかったら元太にとっては『ただのオヤジ』で済んでしまっただろう。
「刑事部長直々に来られるなんて……何かあったんですか?」
「ただのヤボ用さ。それより研修の方はどうだ?」
「お蔭様で大きな事件もなく順調です」
「まあ君にとってはうっとうしい研修だろうが一応プロセスだからな。所轄の人間には何かと疎まれるかもしれないが気にしない事だ」
確かに米花署の人間がコナンを見る目は特別なものがある。国家公務員試験T種をクリアしたエリート中のエリート、研修生とはいえすでに階級は苅谷と同じ係長クラスの警部補なのだから無理もあるまい。いくら元太でも幼馴染でなければ自分から話しかける事などしなかっただろう。
芹沢はコナンと少し会話を交わすと食堂から出て行った。
「そういえば今日オレ当直なんだ。元太、おめえもだろ?」
「あ、ああ」
「ここの当直は初めてだから分からない事だらけだ。よろしくな」
「何もないといいな」
思わずこぼれた現場刑事の本音にコナンと元太は苦笑いした。



期待というものは見事に裏切られるもので、事件の第一報が入ったのは午前2時を過ぎようとする時間だった。
「……くっそ〜、なんでオレが直の時に限って事件が起きるんだよ?」
渋い顔の元太を尻目に苅谷、コナン、刑事当直の面々はさっさと出かける準備をしている。
「変死だ。オレは松井、戸目と行くから小嶋、お前は江戸川と来い」
苅谷はてきぱきと指示を出すと女性警察官の松井巡査部長、鑑識係の戸目巡査長を伴い一足先に行ってしまった。
「……ったく。もしこれが殺しだったらどうせ本庁から一課が乗り出して来て『所轄は邪魔だ』って言われるのがオチなのによお」
言ってしまってから「しまった」と気付く。今は同僚とは言えコナンは本庁捜査一課どころか警察庁の人間だ。自分の言葉が気にならない訳がない。
「……すまねえ、コナン」
「あん?」
「その…悪気はなかったんだ」
「気にすんなよ。おめえの意見はもっともだからさ」
コナンは苦笑すると「行こうぜ」と元太の背中を叩いた。



現場に到着したコナン達に早速、交番勤務員から報告が入った。
「ご苦労様です。亡くなったのはこのマンションに住む女子大生で上原若菜さん、19歳。転落死です」
「19か…まだ若いな、気の毒に」
苅谷が遺体に向かって手を合わせる。
「検視はもう依頼したのか?」
「はい、間もなく監察医の先生が到着される予定です」
コナンは苅谷に断ると早速遺体を調べ始めた。死因は頭部打撲傷、死後30分から1時間といったところだろうか?
(事故か事件か……微妙なところだな)
誤って転落したのか、自殺したのか、それとも誰かに突き落とされたのか。どの可能性も否定出来ない。
「ん…?」
遺体を観察していたコナンの目にそれは飛び込んで来た。
「これは……」
「コナン、どうかしたのか?」
「爪に何か引っかかっている……ハラコの革だな」
「ハラコ?」
「牛の胎児の革をなめした毛皮の事さ。柔らかい毛並と希少性で価値が高い素材なんだが……それにしてはちょっと変わった色だな」
「この色…どっかで見たような……」
「本当か?」
「あ、ああ……けどよお、そのハラコとかいう物じゃねえと思うぜ。だってオレ、今までそんな革がある事も知らなかったんだからよお」
「そうか……」
遺体にはそれ以上の手がかりはなく、コナンは元太とともに亡くなった上原若菜がどこから転落したか調べるためマンションへと足を向けた。
最初に向かった屋上は夜間は鍵がかけられているらしく、ここから転落したとは考えられなかった。そのまま非常階段を降りて行くが誰かが転落したような跡はどこにも残っていない。
15階の若菜の部屋へ入って行くと窓のロックが外されていた。どうやらここのベランダから転落したと考えるのが妥当のようだ。
しかし、コナンの注意はそれ以外の事柄に向けられていた。部屋の中にある品物はどう考えても19歳の女子大生が普通にアルバイトして手に入れられる物ではなかったからである。
「元太、おめえは遺書がないか調べてくれ」
コナンはそう言うと若菜が使用していたと思われるバッグを調べ始めた。



元太の携帯に苅谷から連絡が入ったのはそれから約30分後の事だった。
「コナン、監察医の先生が到着したみたいだぜ」
「一旦戻るか」
二人は若菜の部屋を後にするとエレベーターに乗り込んだ。
「遺書はないし……やっぱ事故かな?」
「分かっているのは自殺じゃねえって事だな」
「何で分かるんだ?」
「手帳にびっしり予定が書き込まれていたからな。今日の予定は『治樹とデート』になってたぜ?」
「けどよお、突発的に自殺した可能性もあるんじゃねえか?それなら遺書がなかった理由も納得出来るし」
「バーロー、今週土曜日の『黒羽快斗マジックショー』なんてプレミア・チケット持ってる人間が自殺なんてすると思うか?」
ネットオークションでは時に20万円もの高額取引が行われるチケットだ。
「う〜ん……」
元太の思考を断ち切るようにエレベーターが一階に到着する。早速、遺体発見現場へ戻った二人だったが、そこにいた白衣を着た人物にコナンは驚きのあまり言葉を失った。
「灰原…!?」
「工藤君…どうして…!?」
コナンと哀、二人の時計が今、再び動き出す。



犯罪の疑いがはっきりある訳ではないという事から行政解剖へ回された遺体だったが、哀が行った解剖の報告書が事態を一変させた。死因はコナンの予測通り頭蓋骨骨折を伴う頭部打撲傷だったが、亡くなった上原若菜の胃から大量の睡眠薬が検出されたのである。
殺人事件という方向で捜査が行われる事になり、早速、警視庁捜査一課の人間が米花署に設置された特捜本部に送り込まれて来た。「所轄の人間は聞き込みに全力を尽くしてくれ」という指示に元太は思わず「チェッ」と呟いた。
「ぼやくなよ、こんな所で座ってるだけよりマシじゃねえか」
「そりゃそうだけどよお……」
「さて……どこから始めるかな」
車に乗るとコナンは手帳を取り出した。そこには現在把握されている被害者の交友関係がざっと書かれている。
「……なあ、コナン」
「何だ?」
「灰原の事、放っておいていいのかよ?せっかく再会出来たのによお」
「気にならないって言えば嘘になるが、今はそんな事言ってる場合じゃねえだろ?」
「コナン……」
「よし、被害者が通っていた短大へ行ってみるか。とりあえず友人関係でもあたってみようぜ」
「あ、ああ……」
事件が起これば自分も歩美とは会えない日々を過ごしている。元太にはコナンの複雑な気持ちが手に取るように分かった。
(今は何も言わない方がいいかもな……)
そう自分を納得させると元太は車を米花女子短大に向けて発進させた。



「若菜と付き合っていた男……ねえ」
米花女子短大前の喫茶店。注文したアイスティーを一口飲むと島谷エリカは考え込むように呟いた。
「『治樹』っていう名前だと思うんですが……」
「ああ、間宮君の事ね。ま、彼は若菜にとっては本命じゃなかったと思うけど」
「という事は本命は別にいると?」
「そうね、残念ながら片思いだったみたい」
「そうですか……他に若菜さんについて知っている事はありませんか?」
「パパがいた事は知ってるけど……」
「パパ?」
「そう、凄いお金持ちみたい。ただし、奥さんがいる人だけどね」
どうやら若菜には不倫相手がいたようだ。それなら部屋にあった高価な品々も納得出来る。
「その人について何か知っている事はありませんか?」
「さあ……若菜もその人の事はあんまり話さなかったしね。ただ私が思うに政治家だと思うわよ」
「えっ?」
「あの子が一度だけぼやいた事があったの。『あの人も選挙が近いから構ってくれないし……』って。慌てて口を塞いでいたから間違いないと思うわ」
「なるほど」
「あの…そろそろいいかしら?私、バイトに行かないと」
「あ……どうもありがとうございました」
エリカは「じゃ、ご馳走様」と言うと店を出て行った。
「……あんまり収穫なかったな」
コナンとエリカのやり取りを横で聞いていた元太が欠伸をかみ殺しながら呟く。
「そうでもないと思うぜ?被害者の周辺に政治家がいたっていうのは興味深いからな」
「けどよお、名前が分からないんじゃ仕方ねえだろ?」
「それはこれから調べるさ」
「だけど……いくら愛人だからって殺すか?」
「その政治家にとって都合が悪い事を上原若菜が知っていたとしたら……口封じのために殺害してもおかしくはない」
「なるほど」
「…っと。そろそろ約束の時間だ。行こうぜ」
コナンは残っていたコーヒーを飲むと元太を促し喫茶店を後にした。



「こんな形でコナン君達と再会するなんて……元少年探偵団らしいですよね」
コナンと元太が警視庁の科学捜査研究所を訪れると円谷光彦は苦笑した。
「早速で悪いが……光彦、例の件、どうだった?」
「そう来ると思っていましたよ」
光彦が鑑定結果をコナンに差し出す。
「被害者の爪に残っていた物はハラコの革に間違いありません。ただ、この革、どうやら人工的に染められたようですね」
「やっぱりそうか」
「一応、染料の種類も分析しておきました」
「お、サンキュー」
「残念ながらごく一般的な染料が使用されており手がかりになりそうもありません」
「問題は色だな。なぜわざわざこんな色に染める必要があったのか……」
コナンが考え込んだ時だった。
「……あ、悪ぃ」
ふいに元太が携帯を懐から取り出す。
「はい、小嶋です……歩美!?」
どうやら電話の相手は恋人のようで元太はバツが悪そうな顔をするとコナン達に背を向ける。
「……って訳でよ、今はゆっくり喋ってられねえんだ。また後で電話するからよ」
慌てて電話を切る元太にコナンは苦笑した。
「おい元太、そんなに急いで切らなくてもいいじゃねえか」
「そうですよ、元太君と歩美ちゃんの事はボク達には秘密って訳でもないでしょう?」
「ま、まあそうなんだけどよお……」
「で?歩美ちゃん何だって?」
「ん?ああ、フライトスケジュールが変わったって連絡して来たんだ。週末、ニュージーランドへ行く予定だったのが……そうか、あの色だったんだ!」
「どうした、元太?」
「この革を染めた色、スカイ・マックス・ジャパンのイメージカラーだ!」
「……当たってみる価値ありそうだな」
コナンは不敵に微笑んだ。



数時間後。コナンと元太の捜査はある人物に到達していた。しかし、その人物の名前を出した途端、特捜本部に重い空気が流れる。
「確かに筋は通っているが……もし間違っていたら君達の首が飛ぶだけでは済まないんだぞ?」
特捜本部の責任者を務める本庁捜査一課の警視は渋い顔を隠さなかった。
「だからってこのまま放っておいていいのかよ!?」
元太が掴みかかっても反応は鈍い。結局、「もう少し証拠を固めて来い」という言葉とともに二人は部屋を追い出されてしまった。
「くそっ!!何とかならねえのかよ、コナン!?」
「確かにこのまま何もしねえっていうのはオレの性に合わねえな。ま、これでクビになれば堂々と探偵やれるし……それも悪くねえか」
「コナン?」
「江戸川……お前、乗り込む気か?」
「係長!」
いきなり声をかけられ、振り向いたコナンと元太の目に苅谷の姿が映った。
「いくら相手が悪いとはいえ殺人犯を野放しには出来ません」
「確かにな。それで?警察庁の若いボンボンが一人で勝手に乗り込んだ事にするつもりか?」
「まあそんなところです」
「『一人で勝手に』って……コナン、おまえ、また抜け駆けするつもりだったのかよ!?」
「抜け駆けって……あのなあ、おめえまで巻き込む訳にはいかねえだろーが」
「水臭い事言うなよ!オレだってクビになったらオヤジの酒屋を継げばいいだけの話だろ!?」
「元太……」
「……おい、お前ら、二人だけで盛り上がるなよな」
「えっ?」
苅谷の言葉にその指差す方向を見ると大勢の米花署員達の姿があった。
「小嶋、江戸川、オレ達も付き合うぜ!」
「本庁に所轄の力を見せつけてやりてえしな!」
「どうせ親玉以外に雑魚も山ほどいるだろうし。無線の手配もしておいたわよ!」
刑事課だけではない。他の課員の姿もある。その光景に元太の目頭が熱くなった。
「元太、早速始めるぜ」
「お、おう!」
コナンの指揮で米花署員達がてきぱきと準備を進めていく。その光景を苅谷は少し離れたところから眩しそうに見守っていた。



杯戸町一丁目にあるその邸宅の呼び鈴を押すと、案の定、お手伝いの女性らしき声で「先生はお約束した方としかお会い出来ないと申しておりますが……」という応答があった。
「上原若菜さんの事でお話したい事があるとお伝え頂けませんか?」
コナンの台詞に相手は「お待ち下さい」と告げた。
5分ほど経っただろうか?門が開き、屈強な身体の男達がコナンを迎えた。
「警察庁の江戸川刑事ですね?先生がお会いしたいと言っておられます」
「どうやら歓迎して下さるようですね」
コナンは苦笑すると屋敷に足を踏み入れた。
応接室に通される。そこにはすでに目的の人物である衆議院議員、有沢源一郎の姿があった。
「警察庁の方が私に何の用ですかな?」
穏やかな口調だが隙のない有沢の態度にコナンは警戒を強めた。
「単刀直入にお尋ねします。上原若菜さんという女子大生を殺したのはあなたですね?正確に言えば誰かに殺させた、といったところでしょうが」
「私が?」
有沢がコナンをジロッと睨む。コナンは相手の態度に構わず、推理を続けた。
「おそらく……上原さんと付き合っている事が奥様にバレてしまったのでしょう。婿養子であるあなたは、有沢家を追い出されたら政治家として生命を絶たれてしまう。上原さんに別れ話を切り出したはいいものの拒否された。いや……もしくは別れたければ手切れ金を寄越せと脅迫された……あなたの秘密をネタに」
「……」
「そこであなたは睡眠薬を上原さんに大量に飲ませ、眠っている彼女をマンションのベランダから突き落とした……いや、そこにいるあなたの部下の誰かにやらせた……こんなところだと思いますが、どこか間違っていますか?」
「江戸川君、だったかな?確かに君の推理はおもしろいが私がその上原若菜という女子大生と接点があったという証拠はあるのかね?」
「どうやら殺人だと分かってもご自分には繋がらないと思ってみえたようですね。ですが……動かぬ証拠ならここにあります」
コナンは証拠品袋に入ったそれを取り出した。
「これは被害者の爪に引っかかっていたハラコの革です。珍しい色だと思い、調べたところスカイ・マックス・ジャパンという航空会社が限定生産したキーホルダーだと分かりました。生産数はわずか50個。そのうち日本人に配った物は12個しかないそうです。その12個を配った人物の中にありましたよ、あなたの名が」
「……」
「有沢衆議院議員、あなたが無実だとおっしゃるならあなたのキーホルダーを見せて頂けませんか?」
「フッ…まさかこんな物で足元をすくわれるとはな」
有沢がポケットからキーホルダーを取り出すとコナンに向かって放り投げた。思った通り爪で引っかいたような傷がある。
「あの娘に渡したこの家の合鍵に付けていたのだ。それを取り返す時に奪い合いになったのだが……まさか革があいつの爪に引っかかっていたとは……私も運が悪かったようだな」
「一緒に来て頂けますね?」
「悪いが……そうはいかない」
有沢の合図とともにボディーガードらしき男達がコナンを取り囲む。
「一人でのこのこやって来たという事は捜査令状が出ていないのだろう?君の口を塞いでその証拠とやらを始末してしまえばすべては闇から闇だ」
「さあ……それはどうですかね」
コナンは不敵に微笑むと無線に向かって「元太!今だ!!」と叫んだ。次の瞬間、有沢邸のあらゆる勝手口から米花署員達が乗り込んで来る。
「なっ…!?」
「所轄をなめるなよ?あんたの家の勝手口はすべて把握してんだからな!!」
「お前達……こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
「ただで済まないのはあなたの方だと思いますが……」
突然、玄関から現れた人物にコナン、元太、米花署員達は驚きのあまり言葉を失った。
「せ、芹沢警視長!?」
「江戸川、小嶋君、よくここまで調べたな」
芹沢は穏やかに微笑むと有沢に逮捕令状を示した。
「有沢源一郎、上原若菜さん殺害容疑で逮捕する!」
「くそっ!!」
有沢が背を向けて逃げ出す。
「逃がすかよっ!!」
コナンはとっさに書棚の上に置かれていた時計を掴むと有沢目がけて蹴った。次の瞬間、時計に気を取られた有沢に元太が掴みかかる。
「うおりゃあ!!」
元太得意の内股の餌食となった有沢は脳震盪を起こし気絶してしまった。
「全員確保だ!」
芹沢のかけ声とともに米花署員達がボディーガード達に飛びかかって行く。警視庁刑事部長指揮する大捕り物はあっという間にその幕を閉じたのだった。



「また変死らしいぜ、コナン」
事件解決にホッとしていたコナンが元太のその台詞を聞いたのはそれから30分後の事だった。
「またかよ?」
「ああ。ったく、貧乏暇なしとはよく言ったもんだぜ」
「腐るなよ、行こうぜ」
コナンはさっさと車に乗ってしまう。
「小嶋、オレ達はこっちの後片付けがあるからな。お前らに任せるぞ」
「あ、はいっ!」
「……どうやら、あの二人ならオレ達に出来なかった事をやってくれそうだな」
二人を乗せた車が見えなくなると苅谷は思わず呟いた。
「そうだな。所轄第一の警察……本来あるべき姿を作ってくれるだろう」
芹沢が苦笑する。
「まるで30年前のオレ達を見ているようだったな」
「ああ……これで心置きなく引退出来るってもんだ」
「引退は早いんじゃないか?まだ5年残ってるぜ?」
「まだ5年、か……その間に少しでも彼らの力になってやれるといいが」
「そうだな」
二人はどちらからともなく笑い出していた。



「あれ?おい、元太、現場ここに間違いねえよな?」
「ああ、間違いないぜ」
「おかしいな、変死体なんかどこにも……ちょっと確認して来てくれ」
「ん?ああ」
元太が車に戻って行くのを見送っていたコナンの目に、白衣を着た哀の姿が飛び込んで来た。
「灰原!?」
「工藤君、遺体はどこ?」
「ああ、それなら元太が今、確認してる……」
そう言ってコナンが振り返った時、そこには元太の姿も乗って来た車もなかった。
「あいつ…はめやがったな!!」
「工藤君?」
「変死体なんて嘘だ。オレ達は元太の罠に引っかかった、って事さ」
「えっ…?」
最初は訳が分からないと言いたげな哀だったが、「……だから私一人っていう指定だったのね。おかしいと思ったわ」と呟くと両手を上げてみせた。
「ここにいても仕方ないし……米花署まで送るわ」
「ああ」
コナンは哀の車に乗り込んだ。



会話を交わさないままどれくらいの時が流れただろう。
哀が運転する車が米花署の駐車場で止まると、コナンは思い切って口を開いた。
「なあ、灰原、あの日……おめえどうして姿消しちまったんだ?オレの事嫌いになった訳じゃねえだろ?」
「……言わなきゃいけない?」
「少なくとも、オレには聞く権利があると思うぜ?」
コナンの台詞に哀はフッと息をついた。
「……怖くなったの。APTX4869のせいで亡くなった人達の事を考えると私だけこんなに幸せでいいのかしらって……」
「……」
「せめてもの償いに医者になろうと思ったんだけど……それも何だか偽善者みたいな気がしてね、結局、監察医の道を選んだって訳」
「そうだったのか……」
「ごめんなさい……あなたには居場所くらい知らせるべきだったわね」
「けどよお……それならおめえ、今、何のために生きてるんだ?」
「えっ?」
「人間っていうのは生きている以上、誰でも幸せを追う権利があるはずだとオレは思うけどな」
「それは普通に暮らしている人の場合でしょ?私は違うわ」
「じゃあ聞くが……おめえ、言ってたよな、『毒なんかつくってるつもりなかった』って。あの言葉は嘘だったのか?」
「嘘なんかじゃ…!」
「だったら戻って来いよ」
「工藤君……」
「おめえが幸せだからって困る人間はいねえだろ?おめえが泣いてて悲しむ仲間はいてもな」
「えっ?」
コナンが指差す方向にはいつの間にか元太、歩美、光彦の姿があった。
「哀ちゃん、久しぶり!」
「灰原さん、お元気そうで何よりです!」
「おい、コナン、灰原とちゃんとより戻したんだろうな?」
元太の野次に「うっせー、よくもはめやがって!」とコナンが顔を赤らめる。事の成り行きにしばし呆然としていた哀だったが、久しぶりに見た仲間の笑顔に自然と顔が綻んだ。
「……どうやらまた小嶋君に借りを作っちゃったみたいね」
「また?」
「昔……ツインタワービルで死のうとした私を助けてくれたでしょ?」
「そんな古い話、まだ覚えてたのかよ」
元太が思わず苦笑する。
「ま、お前の借りはこの先コナンにたっぷり返してもらうからよ。気にするなって」
「……って元太、おめえ、勝手に決めるなよな!」
コナンが渋い顔で元太を睨むと哀、歩美、光彦は思わず笑い出した。
そんな五人を満月の光が優しく包み込んでいた。



あとがき



「居場所(ありか)」言語クイズ正解者、majikana様のリクエストで書いた作品です。お題は「少年探偵団が大人で刑事恋物語する」でした。ただ、5人とも警察官というのは面白くないですし、何より哀が警察官になる事はありえないのでこのような作品になりました。
ちょうどこの作品のプロットを考えている時、偉大なるエンターテイナー、いかりや長介さんが亡くなられ、「踊る大捜査線」を観て個人的に思う事もあったのでこちらのテーマも入れさせて頂きました。苅谷刑事のモデルは和久刑事です。コナン=室井、元太=青島といったところでしょうか^^;)
コナンと哀のラブシーンは得意の一行逃げって事で←