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Marshmallow day
カーテンの隙間から差し込む柔らかな光に目を開くと時計の針は午前7時を少し回ったところだった。
(そろそろ起きて支度しねえと……)
朝食の準備を終えた哀に「遅刻するわよ!」と叩き起こされる事が分かってはいるものの、頭も身体も覚醒しきっていない状態で微睡むこの瞬間はあまりに心地良く、なかなか布団から抜け出す事が出来ない。
目を開いて時計を見、再び目を閉じて……そんな些細な抵抗を何度繰り返しただろうか。いつまで経っても鳴る気配のない枕元の携帯を不審に思い上半身を起こした瞬間、隣から聞こえた「ん……」という小さな呻き声にコナンはようやく昨夜の出来事を思い出した。
(そうだった、オレ達やっと……)
『お前が欲しい』と正直な気持ちを告げて半年強。組織にいた頃、ジンに乱暴されそうになったという哀の心の傷を乗り越えるためとはいえ、25歳という本来の年齢を思うと我ながらよく我慢したと思う。
無防備に眠る姿が愛おしく、額にそっと口づけを落とす。規則正しく繰り返されていた寝息が一瞬止まり、哀が猫のように身体を丸める。愛らしい仕草に何とも言えない幸せを感じる一方、女性特有の甘い香りと柔らかい肌の感触がコナンの中にある雄の本能を刺激する。このままもう一度彼女の感触を噛み締めたい……そんな欲に支配され、哀を抱き寄せようとするも、ハリウッド映画から飛び出したような美しい白磁の素肌に残る数々の紅い痕に思わず手を止めた。
(ヤベ……無茶し過ぎたか?)
服を着れば隠れてしまう位置だと分かってはいても後ろめたさに苛まれ、隠すように華奢な身体を毛布で覆ったその時、「工藤……君……?」と小さな声が上がった。
「あ、悪ぃ……起こしちまったか?」
「気にしないで……春休みに入ったとはいえそろそろ起きないといけない時間だし……」
「春休み……?あ…!」
哀の言葉にコナンはようやく昨日が中学の卒業式だった事を思い出した。
「ひょっとして……急がないと遅刻するとでも思ってた?」
「あ、ああ……」
「『義務教育も卒業したんだ。いい加減、過去の忌まわしい記憶からも卒業しろよ』なんて気障な台詞で迫って来たのはどこのどなただったかしら?」
「……」
反論の余地もなく、照れ隠しのように頭を掻くコナンに哀が小さく吹き出すと「先にシャワー借りてもいい?」とベッドの周囲に脱ぎ散らかしたままになっていた下着に手をかけた。見るとはなしに目をやると捲れた布団の隙間から白いシーツに滲む赤い血の跡が瞳に映り、コナンは我知らず「あ、あのさ、灰原」と哀の腕を掴んでいた。
「工藤君…?」
「身体……大丈夫か?」
「え…?」
「その……オレ、昨夜は完全に理性を失っちまったみてえだから……」
「大丈夫よ。まあ……全く痛くなかった訳じゃないけど……」
「ごめん……」
「仕方ないじゃない?お互い『初めて』だったんだし。それに……」
「それに……?」
「あなたが私を気遣ってくれている事は十分過ぎるくらい伝わって来たから……」
「……」
哀の言葉を信用しない訳ではないが、完全に本能に支配されていた身としてはどうしても不安が残ってしまう。
(もしかして……灰原のヤツ、オレにずっと我慢させてた負い目から変な気を遣ってんじゃ……)
あまり考えたくない可能性を恐る恐る口にしようとしたその時、コナンの携帯がメールの着信を告げた。
「携帯……鳴ってるけど?」
「あ、ああ……」
正直、今の精神状態では事件と呼び出されてもいつもように冷静に推理出来るか果てしなく疑問だったが、無視する訳にもいかない。溜息とともに携帯を手に取ると液晶画面には『服部平次』の名が表示されていた。
「なんだ服部か……」
三度の飯より事件が好きな親友の事だ。難事件ならいきなり訪ねて来るだろうし、どうせ大した用事ではないだろう……安堵の溜息とともに携帯の電源を切ろうとしたコナンだったが、「せっかくのメールを読みもしないなんて……数少ない友人を失くしても知らないわよ?」という哀の指摘に渋々目を通す事にした。
<工藤、久し振りやな。実は明日から急遽警察大学に入校する事になってん。府中行く前に今日の午後お前ん家寄らせてもらうわ。ほなまた後で>
「……」
相変わらずこちらの都合などお構いなしの悪友に返信を打つ気にもなれない。そんなコナンの反応にメールの内容を推測したのだろう。哀が悪戯っ子のような視線を投げると「……どうやら今日のあなたの予定は決まったようね」と肩をすくめた。
「……ったく。こっちにはこっちの予定があるっつーのに……」
「そんなの今に始まった話じゃないでしょ?」
「……」
しかめっ面で携帯の電源を切るコナンに哀が下着を手に取ると「悪いけど彼の相手はあなただけでよろしくね」と小さな欠伸とともに呟いた。
「シーツを洗濯したら一眠りしたいし……今日、あのハイテンションに付き合う気にはなれないから」
「あ、ああ……夕飯はポアロにでも行くから……」
コナンの言葉に哀が安心したような表情になると「それはそうと……工藤君、私、シャワー浴びたいんだけど」と訴えかけるような視線を投げて寄越した。
「あ、ああ、先に使えよ」
「……本当、デリカシーの欠片もない人ね。あなたに見られてたら私、ベッドから出て下着や服を着れないじゃない」
「わ、悪ぃ!」
慌てて身体を壁際へと回転させるコナンの背中で哀はさっさと身支度を済ませると部屋を後にしてしまった。
(デリカシーの欠片もない……か)
昨夜からの自分の行動をバッサリと一言で表現されたような気がしてコナンは深い溜息をつく事しか出来なかった。
服部平次が工藤邸を訪れたのはそれから約6時間後、間もなく午後2時になろうかという時間だった。
「ほんまはオレやなくて一年上の先輩が入校するはずやったんや。ところがソイツの嫁はんが切迫早産やいうて大騒ぎになって……和葉は『せっかく久し振りに東京行く計画してたのに…!』ってメッチャ怒るし……勘弁して欲しいわ」
リビングのソファに腰を下ろすや否や弾丸のように捲し立てる平次にコナンは「ま、官僚の宿命ってヤツだな」と呟くと目の前の珈琲カップを口元へ運んだ。
「冷たい反応やな〜、少しは同情してくれてもええやないか?」
「同情って……オメーだって警察官になったからには何年かに一度缶詰の研修があるって事くらい承知してただろ?大体、同業者の和葉ちゃんもそれくらい分かってるはずじゃ……」
「そらそうやねんけど……ここんとこ事件続きで3回連続アイツとの約束ドタキャンしてしもたからなぁ……」
「3回連続ドタキャン……そりゃブチ切れて当然のような……」
納得したように呟くコナンを平次が「……工藤、お前はええよな」とジロッと睨む。
「あん?」
「あの姉ちゃんなら大抵の事は目を瞑ってくれるやん。それどころか片腕になってくれるからなぁ」
「『あの姉ちゃん』って……灰原の事か?」
「アホ、他に誰がおるんや」
ジトッとした視線を投げられたのも一瞬、ふいに平次が溜息をつくと「ほんま……工藤、お前が羨ましいで」と天井を仰いだ。
「事件が起これば敏腕な助手を務め、解決して家に帰ればさりげなく身の回りの世話をしてくれる……おまけに常日頃からお前の身勝手な行動にも理解を示してくれるやなんて……オレもああいうタイプの娘と結婚すれば良かったわ」
「よく言うぜ、新婚当時聞きたくもないノロケ話を散々人に聞かせたのはどこのどいつだっつーの」
「和葉とは小っさい頃からずっと一緒やったから互いに互いの事知り尽くしてたと思てたんやけど……」
「どんなに付き合いが長くても一緒に暮らして初めて分かる事もあるからな。まあ今回の場合はオメーが思ってた以上に和葉ちゃんが久し振りにこっちへ来れる事を楽しみにしてたってだけの話だと思うぜ?」
「確かにお前と知り合った当時から大学卒業するまではしょっちゅう東京来てたからなぁ……」
「本当、呆れるくらい始終来てたよな。おまけに研修とはいえオメーだけこっちへ来る事になっちまったんだ。和葉ちゃんだって文句の一つや二つ言いたくなるってもんだろ」
コナンの言葉に反論の余地を失ったのか苦虫を噛み潰したような表情で珈琲カップを手に取る平次だったが、口をつけた瞬間「ん…?」と眉をしかめた。
「何やこれ、いつもと味が違うような……」
「文句あるなら飲むなよ」
「もしかして……工藤、この珈琲、お前が淹れたんか?」
「……悪かったな、灰原みたいに美味く淹れられなくて」
「そういえば珍しく姉ちゃんの姿が見えんなぁとは思っとったけど……工藤、お前も姉ちゃんと喧嘩してるんか?」
「べ、別に喧嘩なんか……」
「せやったら何で今日は姉ちゃんおらんねん?いっつも美味しい珈琲とお菓子でもてなしてくれるから楽しみにしとったのに……」
「仕方ねえだろ?アイツにだって都合ってもんがあるんだからさ。大体いきなり押し掛けて来て文句言うんじゃねーよ。あ、夕飯も今夜はポアロだからな」
「……」
「……何だよ?」
「な〜んか今日のお前おかしいわ。あの姉ちゃんにオレを会わせんよう必死になっとるような……」
さすがに西の名探偵といわれるだけあり、平次の鋭い観察眼に一瞬ギクッとなるコナンだったが、哀の「今日はあのハイテンションに付き合う気になれない」という無遠慮な台詞を正直に言ったところで変に勘繰られるのがオチだろう。
(『嘘も方便』って言葉もあるしな……)
コナンは小さく息をつくと「実はアイツ、体調崩して休んでてさ」と肩をすくめた。
「なんや、どっか悪いんか?」
「ただの風邪だろ?ここんとこ気温の落差が激しかったからな、『卒業式の後、博士をパリのフサエさんの所へ送り出したらホッとして熱が出た』ってメールに書いてあったし……」
「そういや昨日は中学の卒業式やったな。高校はやっぱ帝丹か?」
「ああ、何だかんだいって少年探偵団5人揃ってな」
「お前ら5人、テレビや雑誌の取材受けたりネットでも色々噂になっとるみたいやけど……な〜にが『依頼の中心は人探しや彼氏彼女の素行調査、盗品の捜索です』や。お前がそんな平和な事件ばっか追い掛けてるとはとても思えへんで?」
「バーロー、んなもん建前に決まってるだろ?まさか『死体なら見慣れてます』なんて言える訳ねーし、『犯人とやり合って間一髪死なずに済みました』なんて白状したら最後、五月蠅いPTAから強制解散の命令が下るだろーぜ?」
呆れたような目で自分を見るコナンに平次は満足そうな表情になると「んで?工藤、お前先月何件解決したんや?」と身を乗り出した。
「先月?えーと……殺人4件、窃盗2件、誘拐1件……7件か?」
「7件やて!?ほんまか!?」
「嘘言ってどうすんだよ?」
「クッソ〜、またオレの負けや…!」
「んなガッカリすんなよ。社会人のオメーには仕事だってあるんだからさ。学生のオレと比較しても仕方ねーじゃねーか」
「学生なあ……しかも二度目となれば必死に勉強せんでも楽勝やろし……まさにモラトリアムやろ?」
「まぁな。もっとも……それもあと2年の話だけどよ」
「2年?」
「あと2年で『江戸川コナン』も『工藤新一』に追い付く。大学受験もキャンパスもオレは未経験だからな。学生とはいえウカウカしてらんねーよ」
「そんな真剣に考えんでも……中身は色んな意味でコナン君の方が大人やないか」
「そりゃ……同世代の奴らと比べればな。けどよ、周囲がオレを見る目はあくまで学生に過ぎない訳で……あんま偉そうな事は言えね―よ」
「そりゃまあそうかもしれんけど……」
コナンの真剣な表情に考え込むように言葉を飲み込む平次だったが、ふいに目尻を下げると「それはそうと……あっちの方はどないや?」と意味ありげな視線を投げた。
「『あっち』って……何の話だ?」
「アホ、姉ちゃんとの関係に決まってるやろ。ええ加減一線越えたんか?」
「……!」
話題の中心が哀から逸れ、ホッとしていたコナンは突然矛先を返され思わず絶句してしまった。瞬時に昨夜の甘い記憶と一人悶々と頭を抱えていた不安が蘇る。顔面を赤らめたかと思えば深刻そうに溜息をつく親友の反応を訝しく思ったのか、平次が「なんや、その反応…?」と心配そうにコナンの顔を覗き込んだ。
「相変わらずあかんのか?」
「いや、その……」
「その……何や?」
「だから……」
「工藤、オレかて心配してんねんで?男やったら我慢にも限界あるやろうし……そやからっちゅうてレイプされかけたっちゅう姉ちゃんのトラウマを思えば強引に迫るなんてご法度やからなぁ」
「……」
数年前から自分と哀の関係について色々相談に乗ってくれていたのは他ならぬ平次だ。哀とジンの見えない過去に対する嫉妬、哀の苦い体験、男なら当たり前に抱く本能、そしてコナンの哀に対する想い……彼女との関係に一つの区切りがついた以上、全てを受け止め、真剣に相談相手になってくれた親友にはきちんと報告するべきかもしれない。
そう腹を括った瞬間、思いがけず心が軽くなるのを感じ、コナンは「我ながら情けねえんだけどさ……」と苦笑とともに呟いた。
「オレ……途中で頭が真っ白になっちまって……アイツだって初めてなんだから色々気ィ遣ってやんなきゃいけねーって事くらい百も承知だったのにそんな余裕全くなくなっちまってさ、自分の欲望にすっかり溺れちまって……」
「工藤……」
「アイツは『気遣ってくれている事は十分過ぎるくらい伝わって来た』って言ってくれたけど……なんつーか……その……オレに気を遣ってくれただけのような……」
しどろもどろに話を進めていたコナンは笑いを堪えるかのように必死で顔を引きつらせる悪友に思わずその先の言葉を飲み込んだ。
「悪ぃ悪ぃ、いっつも強気なお前がオドオドしてる様子がおもろうてなぁ……」
「悪かったな……」
仏頂面で頬を膨らませた次の瞬間、子供のように頭を撫でられ、それが益々コナンの感情を逆撫でさせる。
「あ〜!オメーに正直に言ったオレがバカだっ……!」
「まぁ最初は誰でもそんなもんや。そう気にすんなや」
抗議の声など全く耳に入っていない様子で何でもない事のように呟く平次にコナンは「へ…?」とマヌケな声を上げた。
「経験積めば相手の感触を噛み締める余裕も出来るもんや。好きな女と二人っきり、何もかも放り出して甘い雰囲気に埋もれるいうんは格別やで?触れれば触れる程甘い想いは膨らむ一方やし……ほんまに女っちゅう生き物は性質が悪くてかなんわ」
照れ臭そうに呟く平次にコナンは「……どうやらオメーでも時々我を忘れる事があるみてーだな」と悪戯っ子のような視線を投げた。
「そらまあ……オレかてまだ25やからな。そやけど……」
「だけど……何だよ?」
「独りよがりにならんよう努力はしてるで?カップルにとってセックスは一種のコミュニケーションみたいなもんやし」
「……相手に合わせろって事か?」
「最初はなかなか上手く行かんかもしれんけど……今日、姉ちゃんが体調崩して寝てるんはお前が無茶し過ぎたせいやろうしなぁ」
「……」
「んな事より……なぁ、工藤」
「な、何だよ?」
「あれだけ他人に線を引いとった姉ちゃんがお前にだけは全てを許してくれたんや。大切にするんやで?」
いつになく真剣な口調で語りかけるように呟く平次にコナンは「……ああ、分かってるよ」と力強く頷いた。
平次に自分の心境を打ち明けた事で少しだけ気が楽になり、いつものように事件の話に花を咲かせたコナンだったが、「それはそうと……」と思い出したかのように旅行カバンの中をゴソゴソ探り出す悪友に嫌な予感が走った。
「せっかく一線超えたんや。今後のためにも色々勉強した方がええんとちゃうか?」
「勉強…?」
「アホ、オレの秘蔵DVDコレクションを貸したろかっちゅう話やがな」
「ひ、秘蔵コレクションって……ま、まさか……」
「証拠品として押収した裏モンや。入校中の退屈凌ぎに持って来たんやけど……どや、興味あるやろ?」
「バ、バーロー!んなもんいるかよ!」
「そっか、ほな……」
さっさとカバンに戻そうとする平次に「あ、ちょっ……」っと思わず声を上げてしまう。
「なんや、見たいんか?」
「……」
「工藤、お前も男やなぁ」
満足そうにニヤニヤ笑う平次からDVDを受け取ったその時だった。工藤邸のチャイムが鳴り来客を告げる。
「誰や、こんな時間に?」
「ひょっとして……和葉ちゃんがオメーを追っ掛けて来たんじゃねーか?」
「そらないな。アイツ、今夜は同期と飲み会のはずやから」
「だったら……」
訝しげに玄関へ出てドアを開けた瞬間、コナンは驚きのあまり目を丸くした。
「灰原…?オメー、寝てたんじゃ……」
「二時間くらい前だったかしら?大阪の和葉さんから電話があってね。『ごめんな哀ちゃん、平次のアホが色々迷惑かけるかもしれんけど……』なんて心配そうに言うんだもの。放置する訳に行かないじゃない?」
「あのアホ、ま〜たしょうもない世話焼きを……」
しかめっ面で呟く平次に「愛されてるわね」と哀がクスッと笑う。
「『愛されてる』か……あんま実感ないけどな。ここ最近、和葉が言いよるんはオレに対する文句ばっかりやし……」
「聞いたわよ。3回連続でディナーの約束ドタキャンした上、今回の研修で一緒にこっちへ来る計画が流れちゃったんですってね」
「そら……確かにオレが悪いんやけど……こっちにも事情ってもんが……」
ブツブツと独り言のように呟く平次に哀は小さく肩をすくめると「バカね」と呆れたように彼を見た。
「事情があった事くらい彼女だって理解してるはずよ。問題はそれに対するフォローでしょう?」
「フォロー…?」
「女ってね、辛い思い出や悲しい思い出を幸せな思い出に上書き出来る生き物なの。約束を破った事、あなただって悪かったと思っているんでしょ?だったら今度はあなたが彼女に何か嬉しいサプライズを用意してあげればいいんじゃない?」
哀の言葉に平次は虚を突かれたように言葉を失った様子だったが、「……姉ちゃんの思い出も誰かさんが上書きしたみたいやしなぁ」とニヤリとした笑みを浮かべた。途端にコナンと哀の顔が真っ赤に染まる。
「工藤君、あなた……」
「いや、その……服部、テメエ……!」
「工藤、お前が白状せんでも推理するのは簡単やったで?いつも美味い珈琲でもてなしてくれる姉ちゃんが姿さえ見せんのはおかしいやん。工藤は工藤で話題が姉ちゃんに及ぶと必死に逸らそうとしよるし……おまけにあんまり天気良うないのにバスタオルやシーツが洗濯されとるからなぁ」
「……!」
火が出そうな勢いの顔面を隠し切れず焦りまくるコナンに対し哀の方が一足先に冷静さを取り戻していた。
「……そうね。あなたにだったらいいわ」
「へ…?」
「和葉さんが言ってたの。『1〜2年くらい前からやろか?工藤君とあたしら夫婦3人で会話してると急にあたしだけ追い払われる事があってん。最初は興味本位で聞き耳立ててたんやけど……何や男同士やらしい事話してたわ。まぁあたしとしては推理にしか興味ないアホや思ってたあの2人にも普通の男なみにそういう欲求があると分かってホッとしたけどなぁ』って」
「そ、それはやなぁ……その……」
「工藤君に私の事で色々相談されてたんでしょ?そのあなたにきちんと報告するのは筋だと思うし」
「ハ、ハハ……」
あっさりと会話で優位に立ち、不敵に微笑む哀はいつもの彼女でコナンは今朝からずっと抱えていた不安が杞憂だった事を悟った。
「そんな事より……さっさと食べに来てくれない?せっかくのポトフが冷めちゃうわ」
クルリと背を向け阿笠邸へ引っ込んでしまう哀に平次が参ったと言いたげに肩をすくめる。
「……ほんま、姉ちゃんには敵わんなあ」
「それを言うなら『女には敵わない』だろ?」
「アホ、お前と一緒にすんなや。オレは別に和葉の尻に……」
「へ〜、だったらお前がオレに零した愚痴を和葉ちゃんにメールしてやろっか?」
「そ、それは……」
墓穴を掘った事に気付いたのか平次が口惜しそうにコナンを睨む。そんな親友にコナンはフッと息をつくと「せっかく灰原が夕飯用意してくれたんだ。行こうぜ」と隣家へ足を向けた。
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