My Graduation 「まったく……何がそんなに面白いのかしらね」 ベッドに寝転がり、昨日購入してきたばかりの本に夢中になっていた江戸川コナンは同居人、灰原哀の呆れたような声に「あん?」と顔を上げた。 「推理小説の二度読みなんて……中身が分かっている箱を開けるみたいで面白くないと思うんだけど」 「普通に考えればそうだろうな。けどよ、探偵であるオレにとっては必要不可欠な行為なんだぜ?」 「果たしてどれだけ作家が仕掛けた伏線に気付いたか確認するため……そう言いたいんでしょ?」 「ああ」 「現実の事件をあれだけ解決しているあなたにとって小説の中の事件なんて物足りないでしょうに……」 「ま、一種の頭の体操ってところさ」 得意気な笑みを浮かべるコナンに哀は「……お楽しみのところ悪いんだけど続きは授業中にでもしてくれないかしら?」と彼の手から読みかけの本を取り上げた。 「へえ……」 「何よ?」 「『続きは授業中』だなんてクラス委員長様が推奨したらまずいんじゃねえの?」 「好きでクラス委員なんてやってる訳じゃないもの。それにあなたに付き合って遅刻する方がよっぽどクラス委員としてあるまじき行為だと思うけど?」 「遅刻?何言ってんだよ、まだそんな時間じゃ……」 眉をしかめるコナンに哀が「……本当、朝起きて自分のしたい事だけしてる人って幸せよね」と大きな溜息をつく。 「リビングへ行って窓の外を見てみたら?そんなのんびりした時間を過ごす余裕なんてない事が嫌でも分かるから」 「どういう事だよ?」 「自分の目で確かめて来る事ね」 どうやら説明してくれるつもりはないようでコナンは渋々ベッドから起き上がると部屋を後にした。 リビングのドアを開けた瞬間、窓の外に広がる光景に絶句する。 「なっ…!?」 コナンが驚くのも無理はない。見慣れた景色は一晩のうちにすっかり雪国のごとく白い世界と化していたのである。 「20年ぶりの豪雪ですって」 気が付くといつの間にか哀がリビングのテレビに写る天気図を見て呟いていた。 「だろうな。こんなに積もってるの見た事ねえし……」 一向に止む気配がない大雪にコナンは「どーせ学校行ってもつまんねえし……さぼっちまうか?」と悪戯っ子のような視線を哀に投げた。 「あら、『明日さぼったら校庭10週だ!』って昨日先生に宣告されてたのは誰だったかしら?」 「……」 いくらこの大雪とはいえあの担任に罰ゲームを免除してくれる情けがあるとは到底思えず、コナンは「……仕方ねえな」と肩を落とすと溜息とともに洗面所へ向かった。 「さっみ〜…!!」 家の中から見てその寒さは予測していたものの想像以上の冷気に思わず叫ぶ。吐息は真っ白でそれが更に体感温度を低くさせた。 「……ったく、節分は過ぎたっていうのによぉ……春はまだまだ遠いってか?」 思わず呟くコナンに哀がクスッと笑う。 「何だよ?」 「久しぶりね、あなたのその台詞」 「あん?」 「昔は口癖みたいに言ってたじゃない?『オレの春はまだまだ先みてえだな』って」 「……」 思えば七年前、身体が縮んでしまった当初はその現状を嘆き、始終そんな事を言っていたような気がする。しかし、今思えば『工藤新一』であろうと『江戸川コナン』であろうと自分は自分で、元の身体を取り戻す事だけに必死だったあの頃が滑稽に思えて仕方がなく、コナンは「そうだったっけな?」と誤魔化すように呟いた。 「それにしても……天気予報じゃ今日一日この雪は降り続けるみてえだな」 「そうみたいね」 「なあ、これじゃさすがに今日は部活休みだろ?放課後、杯戸シティモールへ遊びに行かねえか?オレ、あそこに出来たブックセンターに一度行ってみたくてさ」 「ブックセンターって……あなた昨日何冊か買って来たばかりじゃない」 「さすがに海外のマイナーミステリーは近所の本屋じゃ売ってねえんだ」 「原語だと更にねえんだよな〜」と呟くコナンに哀がはいはいと呆れたように肩をすくめる。 「杯戸シティモール……ねえ。そういえばあそこであの毛糸買ったのよね。ちょうど足りなくて買いに行こうと思ってたし……いいわよ」 思い出すように呟く哀にコナンは彼女が毎晩夜なべ仕事と称して編んでいる阿笠のセーターの事を思い出した。「博士のサイズじゃなかなかいい市販品がなくてね」……そんな台詞とともに哀が阿笠のセーターを編むようになって早何年経つだろう?いくら父親代わりとはいえ毎年一着は編んでもらえる阿笠に対し、コナンは未だマフラーさえ編んでもらった試しがなかった。 (『あなたのために編んだんだけど……』なんて可愛い事をコイツがするはずねえし。かと言って今更編んで欲しいって言うのもなあ……) 『工藤新一』だった頃と同じく頼まなくてもプレゼントしてくれる女子が多い事もあり、余計に素直になる事が出来ない。 思わずクソッと頭を掻き毟ったその時、「あら、あの子…?」と哀が背後を振り返った。見ると杯戸中学の制服を着た少女が大きな袋を手に二人の元へ駆け寄って来る。 「あの……帝丹中学の江戸川コナンさんですよね?」 「あ、ああ、そうだけど……?」 「私、朝霧舞って言います。江戸川さんの大ファンで……」 舞と名乗った少女は一瞬躊躇したように哀を見たが、「あの……これ、貰ってくれませんか?」と手に持っていた紙袋をコナンに差し出した。 「オレに?」 「本当は明日渡したかったんですけど、私、スキーの大会で今夜東京を離れる事になってて……」 少女はコナンに押し付けるように紙袋を渡すと、「じゃ!」と風のように走り去ってしまった。その様子に哀が「……いつもこっそり練習を覗いていたのはあの子だったのね」と、独り言のように呟く。 「灰原、おめえ、あの子の事知ってるのか?」 「あなた、やっぱり気付いてなかったのね。あの子がここ2、3ヶ月、毎日サッカー部の練習を覗いていた事に……」 「まさか……オレ目当て?」 「そんな物をプレゼントして来るって事はそれ以外考えられないじゃない」 哀の言葉に紙袋を開くと出て来たのは手作りのチョコレートと手編みと思われるモスグリーンのセーターだった。 「『明日渡したかった』って事はバレンタインのプレゼントなんでしょうね」 「……だろうな」 「なかなか素敵じゃない。良かったわね」 「……」 すっかり感心した様子の哀にコナンが何の反応も返せないでいると「おっはよー!」という歩美の元気な声が聞こえた。 「すっごい雪だね!私、いつもより20分も早く家を出たのにギリギリになっちゃった…!」 「自分で気をつけて早目に行動しただけ立派じゃない。誰かさんなんか私が声を掛けなかったら今頃まだ家で本でも読んでたんじゃないかしら?」 「アハハ、確かに!」 哀の意見にまったく否定の言葉を述べようとしない歩美にコナンは顔をしかめると「……行くぞ」とだけ呟き、中学校に向けて歩き出した。 「ねえ、コナン君。哀と何かあったの?」 そんな台詞とともに歩美がコナンの傍へやって来たのは二時間目の授業が終わり、哀が教室から姿を消した時だった。 「あん?」 「朝からずっと難しい顔してるよ。な〜んか欲求不満の固まりって感じ?」 「……」 「ひょっとしてまた喧嘩したとか?」 「別に喧嘩なんかしてねーけど……」 哀にとって歩美は特別な存在だ。もしかしたら彼女には何か打ち明けているかもしれない……そんな思いからコナンは哀が毎年阿笠にはセーターを編んでいるのに自分には一度も編んでくれた事がない事、更に今朝、自分のファンだという女の子から手編みのセーターを貰ってもつれない反応しか返ってこなかった事などを話した。 「へえ……私、てっきりコナン君も何か編んでもらってるものだとばっかり思ってた」 「それが一度もねえんだよな……」 「その様子だと編んでもらいたいんだ〜。だったら思い切って素直にそう言ってみれば?」 「それもなんか癪でよぉ……」 「本当、変なとこ意地っ張りなんだから」 歩美はクスッと笑うと「……何か理由がありそうだよね。もしかして哀が編み物してる時『何らしくない事やってんだよ?』とか言ったんじゃないの?」と、探るような視線をコナンに向けた。 「コナン君と哀、普段からお互い言いたい放題な関係だし」 「それは……けどよお、アイツがそんな事気にすると思うか?」 「確かにそれはそうだよね」 歩美はうーんと腕を組むと「……仕方ないなあ。こうなったらこの歩美ちゃんが一肌脱いであげますかv」と、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。 「一肌脱ぐって……歩美、おめえ、一体何するつもりだよ?」 コナンの問いに歩美は「内緒v」と鮮やかにウインクするとちょうど教室へ戻って来た哀の元へ駆けて行ってしまった。 放課後。教室を出て下足場まで来たコナンを光彦が待ち構えていた。 「あ、コナン君!」 「何だよ、光彦」 「あの……一つお尋ねしたいんですけど、コナン君、今日これから何か予定が入ってますか?」 「あ、ああ……ちょっとな」 コナンの答えに光彦が「そうですか。やっぱり当日なんて無理ですよね……」とがっくりしたように肩を落とした。 「随分落ち込んでるみてえだけど何かあったのか?」 「実は東京スピリッツの創立20周年パーティーに当選したんですけど一緒に行く予定だった歩美ちゃんに突然キャンセルされてしまいまして……」 「歩美に?」 ヒデの大ファンである歩美がそんなおいしいパーティーを断る理由は哀が絡んでいるとしか思えなかったものの、彼女の事を相談したのが自分である以上それを正直に話す訳にもいかず、コナンは「……どーせ義理チョコの数が足りなくて慌てて買いに行くんじゃねえのか?」と肩をすくめた。 「行きたいのは山々だけどよぉ……オレ、灰原と杯戸シティモールに行く約束になってて……」 「……行ってらっしゃいよ」 いつの間に傍に来たのか哀が光彦から招待状を受け取りその内容に目を通している。 「灰原…?」 「夜遅くなるから円谷君一人じゃご両親が許してくれないんでしょ?付き合ってあげなさいよ。あなたが欲しい本は大体分かってるし私が買って来てあげるから」 「けどよぉ……」 「ビッグ大阪ファンの私には東京スピリッツのパーティーなんて興味ないし。第一、行きたくて仕方ないってあなたの顔に書いてあるわよ?」 「……」 ここまで言われては大人しく引き下がるしかなくコナンは「すまねえな」と呟くと光彦とともに下足場を後にした。 杯戸シティモールはバレンタイン前日という事もありチョコレート関連の店が軒を連ねている。大雪にも関わらず若い女性の姿が多いのはそれだけ駆け込み需要が多いという事だろう。 既にチョコレートは用意している事もあってそんな場所には用がなく、哀はごった返しているフロアを素通りするとブックセンターへ向った。コナンが欲しがっている海外のマイナーミステリーは数あれど流石に原語のものは少なく、選択の余地もなく数冊選び出す。 会計を済ませ、別のフロアの毛糸専門店へと辿り着いた彼女の耳に「哀…?」という聞き慣れた声が飛び込んで来た。 「歩美…!?」 光彦との約束をキャンセルまでした彼女がなぜこんな所にいるのか見当がつかず流石の哀も目を丸くする。 「どうして…?」 「エヘ、実は義理チョコの数間違えちゃって。慌てて買いに来たんだ」 歩美はペロッと舌を出すと「哀は何を買いに来たの?」と彼女の瞳を覗き込んだ。 「博士にセーターを編んでるんだけど毛糸が足りなくなっちゃったの」 「博士ったらまた太ったの?もう、せっかく哀が厳しくダイエット食作ってるのに…!」 「仕方ないわよ。フサエさんの所へ行く度にどうしても色々食べて来ちゃうから……」 「それで毎年嫌でも毛糸の量が狂うって訳ね。ね、今年はどんな色で編んでるの?」 「アイボリーかな?ちょっと珍しい毛糸だから在庫が残っているか心配なんだけどね」 「良かったら一緒に探そうか?」 「そうね……あんまり時間もないしお願いしようかしら?」 さすがに専門店だけあり種類は豊富で同じような色の毛糸がずらりと並ぶ。目当ての品を見つけたのはそれから約15分後の事だった。 「あった?」 「ええ」 「すっごーい!アルパカの毛糸なんて…!」 「博士、寒がりだから……」 そう言って苦笑する哀の手にもう一色別の毛糸がある事に気付き、歩美は「あれ、その毛糸…?」と首を傾げた。 「博士には派手な色だよね?あ……ひょっとして今年はコナン君にもプレゼントするつもりなの?」 「プレゼント出来るかどうか分からないけど……」 「え…?」 「実は二年くらい前から彼の分も編んでるの。でも一度もあげた事なくて……」 「どうして?」 「……」 すっかり口を噤んでしまった哀に歩美は彼女の肩をポンッと叩くと「……ね、どっか一休み出来る所にでも行こうか?」と優しく微笑んだ。 アイスティーを前に哀がテーブルで待っていると歩美がトレーに可愛らしいパフェを載せてやって来た。 「お待たせ」 正面の椅子に腰を下ろすと「ここのフルーツパフェ、元太君のお薦めなんだよ」とニッコリ微笑む。 「あら、小嶋君にしては量が少ないんじゃない?」 「一杯じゃね。30分以内に5杯食べると無料になるんだって」 「なるほど」 納得したように肩をすくめる哀に歩美は「それより……せっかく編んでるのにどうしてコナン君にはプレゼントしないの?」と、早速話の核心に切り込んだ。 「だって……上手く編めないもの」 「そんな事ないよ。博士が着てるセーター素敵じゃない」 「……」 歩美の台詞に哀はしばし黙り込んでいたが、「……どうしても敵わないって思っちゃうのよね」とポツリと呟いた。 「どういう事?」 「昔ね……彼、蘭さんに手編みのセーターをプレゼントされた事があったの。小学生の小さな身体に大人サイズのセーターを着て嬉しそうに電話してて……その時の事を思い出す度に敵わないなって思っちゃって……」 言葉を飲み込む哀に歩美はハアと溜息をつくと、「……ったく、そんな事気にしてたんだ」と呆れたように呟いた。 「上手く編めるか編めないかなんて関係ないと思うけど?今のコナン君にとって一番嬉しいプレゼントは哀が編んだセーターなんだよ?」 「でも……」 「その証拠にコナン君、他の女の子からセーターを貰った時でさえ哀が何も反応しなかったってしょげてたし」 「え…?」 「あ……」 ハハッと取り繕うような笑顔を見せる歩美に哀はすべてを察し、「……なるほど?円谷君の誘いを断ってここで私を待ち伏せしてたのはそういう訳だったのね」と肩をすくめた。 「せっかくヒデに目の前で会えるチャンスだったのにこんな事に付き合うなんて……本当、お人好しね」 「いいの。私にとってはヒデより哀の方が大事なんだから」 「歩美……」 親友の笑顔に哀は穏やかに微笑むと「……決めたわ」と呟いた。 「今まで彼のために編んだセーター、明日まとめてプレゼントするわ」 「コナン君、きっと喜ぶよ」 ニッコリ笑う歩美に哀は「そうだといいんだけど……」と照れたように呟いた。 翌朝。目覚めたコナンの枕元に何やら大きな紙袋が置かれていた。 (昨日は帰りがすっかり遅くなっちまったからな……灰原に頼んだ本かな?) 身体を起こし、中身を開けると数冊の本とともに手編みと思われるセーターが三着入っていた。 「……あなたのお眼鏡に適うかどうか分からないけど」 気が付くといつの間にか哀がドアの所でコナンを見つめている。 「灰原、これ…?」 「バレンタインのプレゼントよ。蘭さんの事を気にして今まで躊躇ってたけど、彼女も結婚した事だし……いい加減私もつまらない意地から卒業しなくちゃね」 哀の言葉にコナンは黙って微笑むとそのうちの一着を頭からすっぽり被った。 「なあ、このセーター、オレには少し小さいみてえだけど……」 「仕方ないじゃない。それ、二年前に初めて編んだ物だもの」 「じゃ、こっちが一年前でこっちが今年か」 「要らないなら今年の物以外は返してくれて構わないけど?」 「んな罰当たりな事すっかよ」 コナンは哀を抱き寄せると「サンキュー」と彼女の髪にそっと口づけた。 あとがき 「呪文〜」連載で弓道に関しすっかりお世話になってしまった「朔に舞う」管理人、瑠璃蝶々様に「何かお礼にリクを受けさせて頂けませんか?」と申し出ましたところ、「コナン×哀で冬の登校風景」というお題を頂戴しました。ただ、さすがに私の実力では登校風景だけで話を完成させる事は出来なかったので、「冬の登校シーンがある作品にさせて下さい」とお願いし、このような作品に。24巻でコナンが蘭に電話でセーターのお礼を言っている時の哀ちゃんの表情からこんなお話をでっち上げてみました。あの一コマでここまで話を作るなって感じですが、あんな場面に立ち会ったら恋する乙女としては辛いですよねー。 ところで当時、コナンが蘭に貰ったセーターは果たしてどうなったのか?その突っ込みはスルーという事でよろしくお願いします@笑 ![]() |