たとえばこんな日常を



帝丹小学校は一日の授業を終え、掃除の時間を迎えていた。
「ねえ、雪が降り出したよ!」
教室の窓を拭いていた歩美が嬉しそうに叫ぶ。
「今朝は滅茶苦茶寒かったですからね」
「天気予報当たったな」
元太と光彦の言葉にコナンと哀が窓の外へ顔を向けるといつの間にか粉雪が舞っていた。
「雪……か」
「……」
雪と聞くとどうしても杯戸シティホテルの一件を思い出してしまう。あの時は間一髪、二人とも組織の手から難を逃れたものだ。
「ねえ、コナン君と哀ちゃんも……あ……」
「歩美?」
「どうかしたの?」
「……哀ちゃん、雪、あんまり好きじゃなかったよね?」
どうやら歩美はあの日の哀の様子から彼女なりに何か感じたらしい。
「……別に雪が嫌いな訳じゃないわ。ちょっといい思い出がないだけよ」
「そうなんだ……」
歩美は少しの間考えるような顔をしていたが、「だったらこれからいい思い出が出来るよ、きっと!」と言うとニッコリ笑って元太や光彦の方へ戻って行った。
「これから……」
哀が一人呟くのをコナンは黙って見守っていた。



その日の夜。夕食を終え、哀がキッチンで片付けをしていると玄関のチャイムが鳴った。
「誰か来たようじゃの」
阿笠が椅子から立ち上がるのとほぼ同時にコナンが顔を見せる。勝手知ったる人の家とはよく言ったものだ。
「急にどうしたの?名探偵さん」
「ちょっとな。それより……やっぱ忘れられねえか?」
「え…?」
「雪が舞うとどうしても思い出しちまうんじゃねえか?ジンに撃たれたあの夜を……」
「忘れたくても忘れられる事じゃないしね。でも……」
「でも…?」
「前にも言ったでしょ?私、平和ボケして来てるって」
「あ、ああ。気配が感じられなくなったって例の感覚の事か?」
「それと一緒」
「は?」
コナンは合点がいかないと言いたげに首を傾げた。
「前だったら雪が降ると決まってジンの夢を見たわ。『とうとう見つけたぜ、シェリー』って不敵な笑みを浮かべて……でも最近違うの。いつも吉田さんが出て来るの。小嶋君や円谷君も……そんなあの子達を苦笑いして見ているあなたもね。『雪が降っただけであんなにはしゃいで……あれじゃ犬と変わらねえじゃねーか』とか憎まれ口叩いて……」  
「灰原……」     
「私にとって雪は警告でなければいけないのにね。今までも……そしてこれからも……」
「哀君……」
悲しそうな顔で呟く阿笠を他所にコナンは「何だ、それならそれでいいじゃねーか」と言うとリビングのソファを陣取ってしまった。
「それでいいって……そんな簡単に……」
「前にも言ったろ?それだけおめえがいわゆる『普通の女の子』ってヤツの感覚に戻っているだけの話さ」
「でも…!」
「大体、奴らに狙われるのが冬とは限らねえだろ?雪は春になると溶けちまうんだぜ?心配すんなって、やばくなったらオレが何とかしてやっからよ。母さんとも約束しちまったしな」
不敵に笑うコナンに哀は呆気にとられたような顔をしていたが、「あなたのその楽天家なところ……お母さん譲りみたいね」と肩をすくめるとキッチンへ戻って行った。



「ところで博士」
哀が三人分のコーヒーをトレイに乗せてリビングへ戻って来るとコナンが口を開いた。
「12月31日から1月1日にかけて何か予定入ってるか?」
「何じゃ、急に」
「蘭が園子に初詣に誘われたんだ。蘭はオレも連れて行こうって言ってくれたんだけどよ、園子が『このガキンチョ連れて行くといっつも変な事件に巻き込まれるからイ・ヤ!』って聞く耳持たなくてさ。毛利のおっちゃんは仲間と徹マンするらしいし……オレ、つい『ボクも博士と初詣行く約束してるんだ』って言っちまって……悪いけど泊めてくれねえか?」
「それならわしらはわしらで初詣に行こうじゃないか。歩美君達も誘ってみたらどうじゃ?」
「どうして話がそうなるんだよ?」
コナンが不満そうに呟くのを無視すると阿笠は立ち上がって家の奥から大きな風呂敷包みを持って来た。
「何だよ、それ?」
「悪いが君へのプレゼントではないんじゃ。哀君、開けてみなさい」
「私…?」
哀は一瞬面食らったが、黙ってうなずくと風呂敷を開けた。
「これ…!」
中から出て来たのは無地の緋色の着物と渋い金色の帯、そして着物と色を合わせたかのような朱色の下駄だった。
「夏祭りの時歩美君に言われとったじゃろう?『哀ちゃんは浴衣着ないの?』って」
「え、ええ……」
さすがの哀も阿笠に聞かれていた事までは気付かなかった。
「博士、こんな高い物受け取れないわ。この着物総絞りでしょう?」
「この前作った発明品が認められての、ちょっと小遣いが入ったんじゃ」
「でも……」
「着てみてくれんかの?」
「……」
阿笠の懇願するような表情に哀は思わずコナンの方に振り返った。
「貰っておけよ。返品しても博士は着れねえし」
「あなたなら着れるんじゃない?」
「オレに女装させるつもりか?」
「冗談よ」
哀は着物を手に取ると「ありがとう、博士」と阿笠に微笑んだ。


年が明けて1月1日。
初詣に出かけたコナン達と蘭達が遭遇した事、事件が発生した事は皆さんのご想像通りである。
名探偵には正月休みもないらしい。



あとがき  



初めて書いた二次テキストで夢幻娯楽館管理人、アーサーさんに某お礼として送らせて頂いたものです。
思えばこれを書いた時はコナンが再び女装するとは思っていなかったんですよね@苦笑