思い出の場所



「ねえ、快斗」
それは6時間目の授業が終わった時だった。ふいに幼馴染の中森青子に声をかけられ、黒羽快斗は読んでいた新聞から視線を上げた。
「ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど……」
「あん?」
「米花町にある月夢神社って所。恵子から聞いたんだけど、願い事が叶うお守りを売ってるんだって」
「お守り……ねえ。『物理の赤点、何とかして下さい』か?それとも『もっと胸が大きくなりますように』、か?」
「あんたねえ……」
次の瞬間、快斗は青子に思いっきり殴られていた。
「ほんっと、青子が気にしてる事ばっか言うんだから……!」
「……って事は図星か?」
更なる追求に青子の顔が赤くなる。
「もういいもん!バ快斗!!」
「うるせー!アホ子!!」
例によって始まる漫才にクラスメイトは無関心だったが、ただ一人『例外』がいた。
「お困りのようですね。それではボクがお付き合いしましょうか、中森さん?」
「白馬君……」
気障な口調と『白馬』という単語に快斗の耳がピクッと反応する。
「ええ、イギリス暮らしが長かったせいか、日本の神社とか興味ありますし」
「そっか、そうだよね」
盛り上がる青子と探に快斗は一瞬顔をしかめると、携帯のメール送信ボタンを押した。
「怪盗KIDに連敗くらってるおめーにそんなヒマあんのか?」
「フッ……ボクにだってプライベートな時間くらいありますよ」
「プライベートな時間、ねえ……」
「白馬君、快斗なんか放っといて行こ!」
ベーッと青子が舌を出した瞬間、探の携帯が鳴った。
「メールみたいですね、ちょっと失礼……」
携帯のモニターを見つめる探の顔が段々真剣なものになっていく。
「……中森さん、申し訳ありませんが御一緒出来なくなってしまいました。たった今、怪盗KIDの予告状が警視庁に届いたそうなので……」
「え〜!!もう、KIDのヤツ、どれだけ青子の邪魔すれば気が済むのよ!」
頬を膨らませる青子に快斗はやれやれと肩をすくめた。
「……ったく、仕方ねえな。オレが付き合ってやるよ」
「本当?快斗」
「ヘボ探偵が行けなくなった以上、仕方ねえだろーが」
寺井に頼んで近所の交番に『落し物』として届けた予告状の効果が早速出たようだ。本来、明日送るつもりだった予告状だけに、寺井は今頃首を傾げているかもしれない。
「フッ……KIDはやきもちのようですね。それでは失礼」
探は快斗に意味ありげな視線を送ると、足早に教室を出て行った。



東都環状線を米花駅で降りる。通勤時間帯にはまだなっていないようで、人影はまばらだった。
「……で、その月夢神社ってどこにあんだよ?」
「えっと、帝丹小学校の近くだ、って聞いたんだけど……」
「おめー、ひょっとして知らねえんじゃ……?」
「あはは……昼休みに学校のネットで調べれば何とかなるかな、って思ってたんだけど、なかなか地図まで出て来なくて……」
「……」
「青子、交番で聞いてくるからちょっと待ってて」
青子はにっこり笑うと交番へ駆けて行った。さすがに快斗は積極的に警察関連施設へ行く気にはなれない。警察官の制服やパトカー、赤灯も仕事柄苦手だった。
5分くらい経っただろうか。「お待たせ」という声が聞こえたかと思うと、青子がメモを片手に戻って来た。
「お巡りさんが親切に地図書いてくれたの。やっぱり帝丹小学校の近くみたい」
「ふーん」
「行こ!」
二人は地図をもとに米花町を歩いて行った。



米花町の神社と言えば米花神社が有名だが、目の前に現れた大鳥居に二人は一瞬言葉を失った。
「ここ……だよね?」
「ああ」
「こんな立派な神社があんまり知られてないなんて……嘘みたい」
「桃井は何で知ってたんだ?」
「さあ……もともと恵子、占いとかおまじない好きだから。口コミじゃないかな?」
「なるほどね」と呟くと、快斗はさっさと境内に足を踏み入れた。青子が慌てて後に続く。
手水で手を清め、本殿へ進む。決して新しいとは言いがたいが、非常に手入れが行き届いていた。二拝・二拍手・一拝を終えると社務所へ向かう。
「あ、快斗、これこれ!」
青子が嬉しそうに駆け寄ると、お守りを手にとって見せた。紫の生地に金の糸で『月夢神社』という文字と三日月が刺繍されたシンプルな物だった。
「快斗も買う?」
「いや、オレはパス」
「えーっ!!どうして!?」
「オレ、こういうの……」
その時、快斗の台詞を遮るように青子の携帯の着メロが鳴った。
「もしもし……あ、お父さん?……うん、分かった」
「警部、何だって?」
「KIDの予告状が届いたから今夜は帰れない、って……」
「そっか」
想像していたとはいえ、青子の沈んだ顔に快斗の胸が痛む。
「……あ、お守り買わなくっちゃ!」
青子は気分を変えるように呟くと、お守りを一つ手に取り、社務所の巫女に「すみません」と声をかけた。
「あの、このお守り……」
その瞬間、青子の手からお守りが煙のように消え、快斗の手の平に現れた。
「これ、二つ下さい」
「えっ?」
「……ま、たまにはこういうのを信じてみるのも悪くねーかな、と思ってさ」
「快斗……!」
一瞬にして笑顔の花を咲かせる青子に快斗は思わず苦笑した。



太陽が西の地平線に沈み、あたりは段々暗闇に包まれて来た。
「……そろそろ帰るか?」
「ねえ、あっちに池があるみたい」
「あん?」
見ると『月見ヶ池』という矢印の看板が目立たないところに建っている。
「ね、行ってみよ!」
青子は無邪気に微笑むと快斗の腕を引っ張った。
「……ったく」
快斗は苦笑すると青子とともに歩き出した。
鬱蒼とした木立に囲まれた長い参道を歩いていくと、わずかな電灯で照らし出された池にたどり着く。湖面に映る月が美しい。
「あれ?ここ……」
「どうしたの?快斗」
「オレ、昔、おやじと来た事がある……」



「おやじ、今日も大成功だったな!」
黒羽盗一は息子の生意気な台詞に苦笑した。
米花町のホールで行われたマジックショーの帰り道、夕食にはまだ早いと、盗一は快斗をその神社へ誘った。
「ここはな、私にとって思い出の場所なんだ」
本殿のお参りを終えると盗一が思い出したように口を開く。
「思い出?」
「ああ、来なさい」
快斗は父親に続いて参道を歩いて行った。
木立を抜けた親子の目にその光景は飛び込んで来た。
「うわ−!」
快斗は思わず声を上げた。池に月が映し出され、その周りを無数の蛍が飛び交っている。
「……昔な、ここでお前の母さんに言われたよ。『いくらあなたでも大自然のマジックには叶わないんじゃない?』、ってな」
「え?」
快斗は思わず父親を見つめた。
「確かに……タネも仕掛けもあるマジックが叶うものじゃないかもしれない。けれどそれに負けないくらいの幸せや感動を与えることは出来る。私はそう信じているよ」
「おやじ……」
「……そう答えたら『あなたと結婚します』と言ってくれた、って訳さ」
「……ったく、のろけたかっただけかよ?」
「ははは、半分は、な。ただな、快斗。どんなにマジックの腕が上がっても、客に接する時は常に決闘の場だ。決しておごらず侮らず持てる技を尽くし、いつ何時も……」
「……ポーカーフェイスを忘れるな、だろ?」
一瞬、目を丸くした盗一だったが、「良く出来ました」と、悪戯っ子のような笑みを浮かべる息子の肩をポンッと叩いた。
「さあ、帰ろう。母さんが待ってる」



「……斗、快斗ってば」
青子の声にハッと我に帰った快斗の目に、何年か前、父と一緒に見た光景が広がっていた。無数の蛍が乱舞する美しさにしばし時間を忘れる。
「……綺麗だね」
「ああ、もう夏だな」
「青子、こんな所が近くにあったなんて知らなかった」
「たいていのヤツはここまで来ないで帰っちまうだろうしな」
「そうだね」
「……大自然のマジック、か」
「え?」
「なんでもねえよ……って、ゲッ!いつの間にこんな時間に……!?」
気が付くと時計の針は夜8時近くを指していた。
「快斗がボーッとしてたからでしょ?青子がいくら呼んでも反応しなかったんだから」
「ボーッとしてた、って……おめえにだけは言われたくない台詞だな」
「何よ、それじゃまるで青子がいつもボーッとしてるみたいじゃない!」
「ボーッとしてるだろーが、アホ子」
「何よ!バ快斗!!」
一瞬、睨みあった二人だったが、目の前を横切る幻想的な光にどちらからともなく笑い出した。
「……ったく、こんな所で痴話ゲンカするのもアホらしいな」
「……うん」
何となくいい雰囲気に快斗の手が青子に伸びたその時だった。一人の男が五人の子供を連れて快斗達の方へやって来る。
(ヤベ、あのガキ……!)
「青子、帰るぞ!」
「え?どうしたの、急に?」
「いいから!!」
快斗は青子の腕を引っ張ると参道へ向かった。



「うわー!きれい!!」
「東京にもこんな所が残っているんですね」
吉田歩美と円谷光彦が思わず声をあげる。小嶋元太は「チェッ、食いモンじゃねえのか」と独り言のように呟いた。
「偶然、コナン君と見つけての」
苦笑する阿笠にコナンは乾いた笑いを浮かべた。偶然見つけたのは事実だが、実は一週間前に起こった事件現場のすぐ近くなのだ。
「……?」
「どうした?灰原」
前方から歩いて来た高校生カップルとすれ違った瞬間、驚いたように哀が振り返る。
「今の高校生、あなたによく似てたような気がしたから……」
「オレに?」
「……ま、気のせいね」
哀は肩をすくめると歩美の傍へ行ってしまう。しばし、訝しげに二人が去った方向を見つめていたコナンだったが、歩美の「コナン君、何してるの?」という台詞に慌てて小学生ライフへ戻って行った。



あとがき



東深紅様サイト「宇宙未知無限大」に投稿した作品の改稿作品です。お題は「夏」「大切な人」でした。(改稿前の青い作品が見たいという奇特な方は深紅様サイトにてご覧下さい@苦笑)もっとコメディになる予定が全然なりませんでしたね@爆  元ネタは「CCさくら」の『灯』のカードの回です。こんなほんわかした幸せな空気を書きたいな、って。
実は『月夢神社』とか、『呪文を忘れた魔法使いへ』と微妙にリンクしてたりします。