再会



「なあ灰原、明日ちょっと付き合ってくれねえか?」
コナンが思い出したようにそう呟いたのは夕食の片付けを終えた哀がリビングで雑誌を読んでいた時だった。
「明日?私、出来れば久し振りに一人でゆっくり過ごしたいと思っているんだけど……」
「気持ちは分かるけどよ……おめえに渡したいものがあるんだ」
「渡したい物?」
「あ、ああ……」
「あなたから私にプレゼントなんて……一体何かしら?大体、明日じゃなくても今ここで受け取るわよ?」
「それが……ここにはねえんだ。ある所に預けてあるから……」
珍しく歯切れの悪いコナンに哀も何かを感じたようだ。「……分かったわ」とだけ言うとそれ以上何も追求しなかった。



組織が崩壊して一ヶ月、マスコミ各社は競って組織に関する情報を連日報道し続けていた。さすがに世界規模で暗躍していただけの事はあり、その内容は世間一般の常識を遥かに超越するものだった。
そんな中、コナンと哀も重要参考人として連日警視庁に呼ばれ事情聴取を受けている。もっともコナンが工藤新一である事、そして哀が元組織の一員、シェリーであるという事はほんの一部の人間にしか明かされていなかった。人間が幼児化するなどという事実が明るみに出ればどんな弊害が生まれるか想像出来ないからである。正体を明かした時、目暮、高木、白鳥の三人がただただ驚いて二人の話に耳を傾けているだけだったのに対し、「あなた達二人の事……やっと理解出来たような気がするわ」と安心したかのように呟いた佐藤刑事の表情が印象的だった。
その一方、本来なら一番に報告しなければならないであろう毛利親子、二人を同級生と信じて疑わない少年探偵団の三人に対しては未だ小学生の仮面を貫いていた。組織から押収したAPTX4869のデータを元に哀が解毒剤の開発を進めているものの、万一完成しなかった場合、江戸川コナンと灰原哀という存在まで消してしまったら二人の居場所がまったくなくなってしまうからである。
「……さすがに疲れたでしょう?そろそろゆっくり出来る日を設けた方がいいわ」
佐藤刑事がそう呟いたのは、一昨日の事情聴取が終わった時だった。昼は学校か事情聴取、夜は解毒剤の研究という生活を続ける哀を心配している阿笠がその申し出を断るはずはなかった。
「明日はどうしても抜けられん学会が入っておってのう……日をずらしたらどうじゃ?」
案の定、コナンが哀と出かける旨を告げると阿笠はいい顔をしなかった。
「バスで行くから心配すんなって」
「しかし何も明日出掛けんでも……せっかく佐藤刑事が気をきかせてくれたというのに……」
「すまない博士、でも……無理言って預かってもらってるし……それにアイツに一日でも早く渡してやりたいとずっと思ってたから……」
「新一君、哀君に渡したい物とは一体何なんじゃ?」
阿笠の真剣な口調にコナンは重い口を開いた。



その寺は利善町地内のバス停から歩いて10分くらいのところに建っていた。閑静な住宅街の一角に位置し門がなければ見落としてしまいそうである。果たして何故こんな所に連れて来られたのかまったく検討もつかず、困惑を隠せない哀だったが、いつもとどこか違うコナンの様子にその疑問をぶつけられずにいた。
本堂でお参りを済ませると「こっちだ」と向かい側の建物に案内される。表札が出ている事からどうやら住職の住まいのようだ。
「工藤君、一体……?」
「渡したいものがあるって言ったろ?ここに預けてあるんだ」
不安そうな表情の哀を安心させるように呟くとコナンは玄関に置かれた呼び鈴代わりの小さな鐘を鳴らした。間もなく五十代半ばくらいの人の良さそうな住職がやって来る。
「はじめまして」
「こんにちは。江戸川コナン君だね?それにしても……目暮から小学生だとは聞いていたが、まさか君のような小さな子だとは思わなかったよ」
一瞬、驚いたような表情を見せた住職だったが「まあ上がりなさい」と穏やかに微笑んだ。



線香の香りがほんのり漂う客間へ通されるとコナンが「早速ですが一昨日お電話した件の事で……」と切り出す。
「今、ちょうどお経をあげていたところだよ」
住職が仏壇の前で手をあわせると白い覆に包まれた箱を持って来た。海外暮らしの長かった哀にもその中に納められているものが骨壺である事はすぐに理解出来る。
「遠縁とは言え間違いなければ仏さんも喜ぶだろう」
自分の目の前に置かれた骨壺箱に哀は「これ……まさか……」とコナンを見た。
「ああ、無縁仏としてこの寺に引き取られた十億円強奪事件主犯の遺骨だ」
「……!」
「本当は納骨堂に安置されるのは一年間だけなんだが……目暮警部に頼み込んで延ばしてもらったんだ。『遠い親戚かもしれない人物はいるが事情があってすぐには行けない』って言ってな」
「目暮とは幼い頃からの悪友でね」
コナンの説明を引き継ぐように住職が苦笑すると口を開いた。
「せっかく身元が分かるかもしれないのに期間が過ぎたからと言って無縁塚に埋葬するのは気がひけたし……亡くなった日と場所はこのメモの通りだが君の親戚の方に間違いかな?」
黙って頷くのが精一杯の哀に代わって「……どうやら間違いないようですね」とコナンが呟く。
「そうか、良かった。これでこの仏さんも安心して成仏出来るだろう」
住職は穏やかに微笑むと骨壺箱に合掌した。



「……悪かったな」
住職に見送られ、玄関を後にするとコナンがぽつりと呟いた。
「本当は……もっと早くおめえに渡してやりたかったんだが、組織の連中がここに明美さんの遺骨が保管されている事を掴んでる可能性もあったからな。奴らをぶっ潰すまでは連れて来てやれなかったんだ」
「……」
「それから『遠縁』なんて嘘ついちまって。さすがにこの身体で妹だって言うのもまずいと思ってよ」
「そんな事……気にしてないから……」
骨壺箱を抱き締める哀の瞳から涙が零れ落ちた。
「ありがとう……工藤君……」
「礼なんか言うなよ。おめえの姉さんを守れなかったせめてもの償いだから……」
「償い…?」
「正直……辛かったんだ。おめえに『どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったの?』って言われた時……あの事件の当時、オレ自身どうしてもっと早く事件のからくりに気付かなかったんだって自分に憤りを感じずにいられなかったからな」
「……」
「それはそうと……おめえ、父さんと母さんの墓、どこにあるか知ってっか?」
「え、ええ……お姉ちゃんから聞いてるから一応……行った事はないけど……」
「そっか。じゃ、落ち着いたら博士に頼んで連れてってもらうとすっか。一緒に埋葬してやろうぜ」
「ええ……お姉ちゃん、きっと喜ぶわ……」
寺の門を出てしばらく歩いた時だった。パフッというクラクション音が聞こえたかと思うと「おーい、新一君、哀君」という阿笠の声が聞こえる。
「博士、学会じゃなかったのかよ?」
「途中で抜けて来たんじゃ。さすがに遺骨を抱いてバスで帰るのは可哀想だと思ってのう」
阿笠の視線が骨壺箱に落ちる。
「哀君、やっと……お姉さんに再会出来たのう」
「ええ……」
「それにしても……江戸川コナンの正体を明かしていない段階でよく目暮警部が無理を聞いてくれたもんじゃな」
「バーロー、んな事頼める訳ねえだろ?」
「頼める訳ないって……」
合点がいかないと言いたげな阿笠の横で哀が「あなた…まさか……」と目を丸くする。
「ああ、警部の声でさっきの住職さんにオレが電話したのさ。無縁仏をこの寺に預けていた事は知ってたからな」
「……さすがに伝説の女優の息子だけあって演技力は抜群って訳ね」
「たまには母親からの遺伝が役に立つ事もあるだろ?」
悪戯っ子のように笑うコナンに哀の表情からも笑顔が零れた。



あとがき



「コ哀同盟」様(閉鎖)で先行公開されていたお話です。同盟の絵茶会に参加させて頂いたのはいいものの、この私にイラストが描けるはずはありません。それがいつの間にかアミダで明美さん担当となっていまして、苦し紛れに「後日、明美さん絡みの話を送ります〜」って事で勘弁して頂きました。(結局、明美さんはその後みえた深森さくら様が素敵に仕上げて下さったのですが^^;)
そんな訳で書いてみた明美さんに関するお話ですが……「何であんたが書くと明美さんでこうなるんだ!」って突っ込みが聞こえて来そうだなあ。そうだよなあ、明美さんとの昔話だったらもっと可愛いお話書けるよねえ。ただ、「明美さん、明美さん」と考えていて、「そういえば明美さんの遺骨ってあの後どうなったのかしら?」という思考から抜け出せなくなってしまったんですよね。
華月様、すみません〜@平謝り