Something‘s Gotta Give



『疾きこと風の如く』――玄関のチャイムが鳴るや否やリビングを飛び出す兄、新一にコナンは目を瞬かせた。
「事件の依頼人なら事務所を訪ねるはずだよね。ひょっとして平次兄ちゃんか快斗兄ちゃんが遊びに来たのかなぁ?」
「残念ながらその線はないわね。服部君だったらチャイムを鳴らすはずないし、黒羽君は確か一昨日からロスで開催されているマジックコンテストに出場してるはずだから」
「お兄ちゃん達の事、そこまで知ってるなんて……さすがだね、志保お姉ちゃん」
「第一素直じゃない彼の事だもの。あの二人が遊びに来てくれたところで『邪魔しに来るな』でしょうしね」
「だったら……」
「他にあなたのお兄さんが夢中になるものといったら一つしかないでしょ?」
「推理小説?でもお兄ちゃん、昨日の夜『最近面白い新刊ねーな』ってぼやいてたよ?」
「新刊はね」
「どういう事?」
「もうすぐ分かるわよ」
悪戯っ子のように志保が肩をすくめたその時、新一が何やら段ボールを抱えてリビングへ戻って来た。
「送金して早一週間……やっと来たぜ」
フッフッフッと不気味に笑う新一にコナンがソファから立ち上がり、「ねえ、何をそんなに楽しみに待ってたの?」と興味津々な様子で兄の傍へ駆け寄る。
「『シャーロック・ホームズの災難』……エラリー・クイーンが編集したホームズのアンソロジーさ。翻訳本はともかくドイルの親族が起こした訴訟で絶版になっちまった原書は高くて買えなくてさ」
「へえ……」
「あら、あなたには無敵の『父さんのカード』があるじゃない」
「バーロー、さすがにゼロの数が多かったらバレるだろ?」
からかうような志保の台詞に悪びれた様子もなく答えると新一は調子外れな鼻歌など響かせながら段ボールの梱包を解き始めた。
「オークションで見付けて二週間……長かったぜ」
「それにしてもこの本、お父さんは買わなかったんだね」
「父さんは純粋な推理小説しか興味持たねーからな」
「お兄ちゃんは違うの?」
「オレは『ホームズ』と名前の付く物は何でも手元に置いておきたいんでね」
「要するにミーハーなんだね」
「うっせーな……」
遠慮ない弟の指摘に苦虫を噛み潰したような表情になる新一だったが、以前から欲しかった本が手に入った事の方が重要なのだろう。表紙を目の前にした瞬間「お〜、これこれ!」と感嘆の声を上げた。
「アガサ・クリスティーにエラリィ・クイーン、モーリス・ルブランにO・ヘンリー、マーク・トゥエイン……く〜、堪まんねーな!」
上機嫌でページを繰り出す新一にコナンが「ねえ、ちょっとだけ見せて!」と本を覗き込んだ。
「バ、バーロー!こっちは半月近く読めるのを楽しみにしてたんだ!大体ガキにこんな原書なんか理解出来る訳ねーだろ!?」
「そんなの読んでみないと分からないよ!」
「と・に・か・く!これはオレが買った本だ!どうしても読みてえっつーならオレが二度読みまで終えるのを待つんだな!」
「……」
新一の迫力にコナンは半泣きのような表情になると黙ってリビングを出て行ってしまった。その様子にそれまで黙って兄弟喧嘩を見守っていた志保が「20歳も年下の弟相手にムキになるなんて……あなたもまだまだお子様ね」と盛大な溜息をつく。
「別にムキになんか……大体子供だからって何でも優先させるのもどうかと思うぜ?」
「それはそうだけど……少しだけ先に読ませてあげてもよかったんじゃない?」
志保の言葉に不満そうに口を尖らす新一だったが、「ま、明日は休みだし二日もあれば読み終わるさ。アイツに我慢する事を覚えさせるいい機会だ」と一人納得したように呟くと、本を手にリビングから出て行ってしまった。
(あの様子じゃ明日は一日家に籠り切りね……)
相変わらずの新一に志保は小さく肩をすくめると二階の一番奥に位置するコナンの部屋へ足を向けた。
「コナン君……?」
ドアをノックしても返事がない。拗ねて寝てしまったのかと思った次の瞬間、中から鍵を開ける音がした。
「志保お姉ちゃん……どうしたの?」
「コナン君、明日の夜、お姉ちゃんと美味しいものでも食べに行かない?」
「え…?」
「あなたのお兄さん、どうせ明日は一日部屋から出て来ないだろうし……」
「ボクもそう思う……」
「読みたい本が手に入ると梃子でも動かなくなっちゃう所は出会った頃からちっとも変わらなくて……嫌な思いさせちゃってごめんなさいね」
「お姉ちゃんが謝る必要ないよ。それに……ボクが悪かったんだ。お兄ちゃんが楽しみにしてた本だって分かってたのについ我儘言っちゃって……」
「……どうやらコナン君の方が大人になるのは早そうね」
思わず苦笑する志保にコナンも笑顔になる。
「たまには私も手抜きしたいし……引きこもりは放っておいて二人で出掛けましょ」
「ボク、久し振りにお寿司が食べたい!」
「分かったわ。それじゃ明日、学校が終ったら携帯に連絡くれる?」
「うん!」
元気に頷くコナンの頭を優しく撫でると志保はキッチンへ戻って行った。



「へえ〜、コナン君、今夜は志保お姉さんとデートなんだ〜」
帝丹小学校からの帰り道。ご機嫌な表情で話を切り出すコナンにクラスメート、城所咲良が驚いたように目を丸くする。
「お兄ちゃん、昨日手に入れた本にすっかり夢中でさ。『オレの事はいいから二人で勝手にどこへでも食いに行って来い』だって」
「ボク達が志保お姉さんに甘えてるといつも不貞腐れる新一お兄さんなのに……」
信じられないと目を丸くする同じくクラスメートの坂崎拓真にコナンも「だね」と苦笑する事しか出来ない。
「だからこそ名探偵と称される新一お兄さんなのかもしれないけど……」
一人納得するように呟く隣のクラスの生徒、橘航平の言葉に拓真が「新一お兄さんにとって一番大切なものって何なんだろうな」とコナンの方に振り返った。
「志保お姉ちゃんじゃない?昔は『三度のご飯より事件』って感じで始終すっぽかされた事もあったみたいだけど」
「でも今日は志保お姉さんより本なんだよね?」
鋭いツッコミを入れる航平に咲良が「ひょっとして……新一お兄さん、浮気でもしてるんじゃ……」とませた事を呟く。
「んなバカな。浮気なんかしたら新一兄ちゃん、志保お姉ちゃんに毒でも盛られかねない……」
乾いた笑いを浮かべるコナンの台詞を「あ……」と遮ったのはそれまで黙って四人の会話に耳を傾けていた航平と同じクラスの少女、富樫ほのかだった。
「ほのかちゃん?」
「あの後姿……コナン君のお兄さんじゃない?」
「え…?」
ほのかが指差す方向に目を向けると確かに兄、新一だった。その横には女性が一人寄り添っている。しかもその女性はコナンにも見覚えのある人物だった。
「まさか……本当に浮気?」
「やだな、咲良ちゃん。お兄ちゃんの事だからきっと事件の依頼人だよ」
「それにしては仲が良さそうな感じじゃないか?」
「……」
航平の指摘にコナンの中に不安が広がる。
(前にお兄ちゃん、志保お姉ちゃんの事『誰よりも大切な存在』って言ってたけど……でも……)
思い違いに越した事はないが、このまま黙って見過ごせばきっと後悔するだろう。
「ゴメン、ボクちょっと……」
コナンは四人の仲間にそれだけ言い残すと兄の後を追って駆け出した。



「新一と二人っきりで出掛けるなんていつ以来だろう……」
昔話を語るような口調で呟く蘭に新一は「大袈裟だな。そこまで懐かしむ程じゃねえだろ?」と思わず苦笑した。
「そんな事ないよ。だって新一、大学入学と同時に本格的に探偵業始めていつも忙しそうだったじゃない?」
「ま、まあな」
「家を訪ねても服部君や黒羽君がいたし……それに……」
志保の存在を思い黙り込む蘭にその心中を察し、新一は黙って彼女の頭にポンッと手の平を乗せた。
「ちょっと!子供扱いしないでよね!」
「べ、別にそんなつもりじゃ……」
「どーせ私はいつまで経っても半人前の看護師ですよ〜だ」
「んな事ねーだろ。半人前の看護師に新出先生が……」
ふいに言葉を切る新一に蘭が「どうしたの?」と小首を傾げる。
「……あれで尾行してるつもりかねぇ」
「尾行って……新一、あなたまさかまたとんでもない事件に首を突っ込んでるんじゃないでしょうね?」
「バーロー、今のオレがそんな事すっかよ」
「じゃあ一体……?」
「ま、半人前なりに頑張ってるみてえだし……しばらく気付かないフリしてやっか。蘭、振り向くんじゃねーぞ」
「え…?」
ポカンとする蘭に新一は肩をすくめてみせるとカーブミラーに映るランドセルに不敵な笑みを投げた。



女性と二人、小奇麗なカフェへと入って行く兄にコナンは焦りを隠せなかった。
(あの店、確か前にお母さんがウェッジウッドやマイセンの食器ばっかり使ってる高級カフェだって言ってたような……)
普通の喫茶店ならともかくさすがに小学一年生が一人で入るには無理がある。
(どうしよう……このままお兄ちゃんが出て来るのを待つしかないのかなあ……)
イライラと店の前を行ったり来たりしていたその時、ふいに「コラ!そこのガキんちょ!店の前ウロウロして……新手の営業妨害じゃないでしょうね?」と声を掛けられた。振り向くと新一と同じくらいの年齢の女性が腰に手をあててこちらを睨んでいる。
「ご、ごめんな……あれ?お姉さん……どこかで会った事があるような……」
コナンの反応に女性の方も「あれ?なんかどっかで見た事があるような顔のガキんちょねぇ」と顔をしかめた。
「ごめんなさい……その……」
まさか兄を尾行していたとも言えず、口籠もるコナンを他所に女性がコナンの顔をジーッと見ると「噂には聞いてたけど……あんた、ひょっとして新一君の……?」と興奮したように叫んだ。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんの事知ってるの?」
「知ってるも何も……私、新一君とは小学校から高校までず〜っと一緒だったんだから!」
「もしかしてお姉ちゃん、鈴木財閥の……」
「そうよ。私は鈴木園子。はじめましてね、工藤コナン君」
「はじめまして……」
「……何か言いたそうね」
「え?あ……なんかあんまりお嬢様っぽくない人だなと思って……」
馬鹿正直に答えるコナンに一瞬絶句した様子の園子だったが、「そりゃそうよ。私、これでもバリキャリなんだから」と胸を張ってみせた。
「バリキャリ…?」
「バリバリのキャリアウーマンってヤツ。『箱入りお嬢様なんて退屈でやってられない』ってパパに言ったら『だったらウチが資金援助した店が上手く行ってるか調査してくれ』って頼まれたの」
「ふうん……」
確かに余程の資金がなければこんな一等地に高級カフェなんて開けないだろう。
しげしげと店構えを見つめるコナンに何を思ったのか、ふいに園子が「ね、良かったらあんたも入ってみる?」とコナンの顔を覗き込んだ。
「え…?」
「珈琲紅茶がメインの店だけど100%ジュースも取り扱ってるみたいだし」
「でも……」
「心配しなくてもこの園子様が奢ってあげるわよ。それにあんたの意見も聞いてみたいのよね」
「え…?」
「子供って正直でしょ?なんでもない一言が結構参考になるもんなのよ。私の連れだっていえば追い出す事も出来ないだろうし」
渡りに船とはまさにこういう事を言うのだろう。コナンは「ワーイ!ありがとう、園子お姉ちゃん!」と子供特有の甘えた声で応えた。
「そのかわりあんまり騒がないでよ?一応『大人の店』なんだから」
「分かってるよ。それより……園子お姉ちゃんにお願いがあるんだけど」
「お願い…?」
「実は今、あの店にお兄ちゃんがいるんだけど……ボクが店に入ったって知られたくないんだ」
「え?なんで?」
「理由は言えないよ。探偵には守秘義務があるもん」
「守秘義務って……ったく、変なところまであの推理オタクそっくりね」
誤魔化すような笑顔を向けるコナンに園子もそれ以上の追求を諦めたようだ。
「んじゃ行くわよ」
「うん!」



「やっぱオメーが言うようにこっちの方がいいのかなぁ……」
散々迷ったあげく溜息とともに眺めていたカタログを閉じる新一に正面の椅子に座る蘭がクスクス笑い出した。
「んだよ、そんなに笑う事ねーだろ?」
「だって……いつも『オレ様』で何でも勝手に進めちゃう新一がこんなに迷うなんてなんだか可笑しくって」
「仕方ねーだろ?男のオレにはこの手の物の事はさっぱりなんだからよぉ……」
仏頂面で呟き、珈琲カップを口に運ぶ新一に蘭も紅茶のカップを手に取ると「それにしても……急に電話が掛かって来たかと思ったら『明日時間あるか?』だもん。びっくりしちゃった」と彼を睨んだ。
「悪かったな。ネット通販なら在庫さえあれば品物が届く日も計算出来るってもんだけどよ、オークションじゃそういう訳にもいかなくて……」
「オークション…?」
「あ、その……オメーには関係ねえだろ?」
「フーン……ま、新一が何を買おうが興味ないけどね。どうせレアな推理小説ってところだろうし」
ズバリ正解を言い当てる幼馴染に新一は苦笑するしかない。
「で?折角その楽しみにしていた物が届いたっていうのに私に会ってていい訳?」
「バーロー、こうでもしねーと志保とコナンを追っ払えないだろ?」
憮然とした表情で呟いたその時、「……ふ〜ん、あの本は志保お姉ちゃんとボクを追い出すためのカモフラージュだったんだ」という低い声が聞こえた。
「ほ〜う、いつの間にか店の中に忍び込んでいたとは……オメーも少しはやるじゃねーか」
新一のこの言葉にコナンが驚いたように目を丸くする。
「お兄ちゃん、ボクの尾行に気付いてたの!?」
「ああ。物陰からランドセルがチラチラ見えてたぜ?」
「……」
面白くなさそうに黙り込んだのも一瞬、コナンが「お兄ちゃん、この女の人……」と蘭に鋭い視線を投げる。
「そっか、オメー、蘭に会うの初めてだっけ?」
「あんまり『はじめまして』って感じはしないけどね。お兄ちゃんと一緒に写ってる写真、何枚も見た事あるし」
棘のある口調にムッとなる新一を他所に蘭がコナンの視線の高さに合わせるように前屈みになると「はじめまして、だね。コナン君」とニッコリ微笑んだ。
「はじめまして……」
「博士から噂は聞いてたけど……本当、小さい頃の新一にそっくりだね!」
「その言葉、あんまり嬉しくないんだけど」
ピシャリと会話を断つように言う弟に新一は「……おい、コナン」と正面から彼を見据えた。
「オメーの事だ、どーせオレが蘭と浮気でもしてるんじゃねーかと思って尾けてたんだろ?」
「お兄ちゃん、さっきこの女の人に言ってたよね?『こうでもしねーと志保とコナンを追っ払えない』って。家に籠ってると思わせてコソコソ女の人と会うなんて……浮気としか思えないよ!」
鋭い口調で断言し、自分を睨み付けるコナンに新一は盛大な溜息をついた。蘭に至ってはお腹を抱えて笑っている。
「女と歩いてるだけで浮気浮気って……変なところ母さんに似やがってよぉ」
「そんな事今は関係ないよ!お兄ちゃん、志保お姉ちゃんを騙して何とも思わないの!?」
「確かに……志保とオメーを騙したのは悪かったよ。けどよ、オレにだって事情ってもんがあるんだぜ?」
「事情?」
なおも疑いの眼差しを向けるコナンに新一は黙って先程まで眺めていたカタログを差し出した。
「『Sweet10』……?」
「志保と知り合って今年でちょうど10年だからな。仕事でも私生活でも大切なパートナーであるアイツに何かプレゼント出来ないかと思ってさ。けどよ、いざ店へ行ってもアイツの趣味とか全然分からねーし……とりあえずカタログだけもらって帰って来たんだ」
「そういえばカレンダーに印がしてあったような……」
「ああ、明日がその記念日さ。情けねえ話だが一週間悩んでも決めかねてよ、幼馴染の蘭に相談する事にしたって訳だ」
「じゃあ……」
「オメーはオレのプレゼント大作戦を邪魔してくれたってだけの話だな」
「……」
仏頂面で黙り込むコナンに蘭が「『宮野さん、センスいいから私も自信ないよ』って言ったんだけどね」と困ったような笑顔で呟いた。
「少なくとも同性のオメーの方がアイツの好みそうな物を選べるってもんだぜ?事実オメーが推してくれた指輪はオレが選んだ候補に入ってなかったしな」
「確かに宮野さんってシンプルな物を好むけど……折角の『Sweet10』だもん。あれくらいいいんじゃないかな?」
「よし、じゃ決ま……」
やっと結論に辿り着き、満足したように呟く新一の言葉を「……違うと思う」とコナンが遮った。
「確かにお兄ちゃん、『いい物』を選ぶ目はイマイチだし……志保お姉ちゃんの好みに合うか自信がないって気持ちも分からなくはないけど……」
「けど……何だよ?」
「志保お姉ちゃん、お兄ちゃんが選んだ指輪の方が喜ぶんじゃないかな?志保お姉ちゃんのためにお兄ちゃんが一人で一生懸命選んだ指輪の方が喜ぶと思う」
コナンのこの言葉に蘭がプッと吹き出す。
「……何が可笑しいんだよ?」
「だって……20歳も年下のコナン君の方が女心をよく分かってるんだもん。新一ってば女性に関しては相変わらずなんだね」
「……」
堪え切れないと笑い続ける蘭を苦々しい表情で眺めていた新一だったが、「そういえばオメー、どうやってこの店に入って来たんだ?」と半ば強引に話の矛先を変えた。
「お子様一人じゃ入りにくい店をわざわざ選んでやったっていうのによ」
「お店の外で偶然お兄ちゃんの知り合いに会ったんだ」
「知り合い……?」
嫌な予感が走った次の瞬間、「新一君、久し振りね」という聞き覚えのある声が聞こえた。
「園子!?」
「あれ?蘭もいたんだ。アンタ達、ひょっとしてヨリを戻したんじゃないでしょうね?」
同じ説明を繰り返さねばならない絶望感に新一は「ハハ……」と乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。



園子を交えて事情を説明し、新一がコナンと共にカフェを出たのはそれから小一時間後の事だった。
「すっかり遅くなっちまったぜ。今から指輪を買って包装してもらって……志保より先に家に着けるか微妙だな」
新一の言葉にコナンが「アーッ!!」と大声を上げる。
「ボク、志保お姉ちゃんに電話するの忘れてた!」
「なにぃ!?」
まめな志保の事、コナンからディナーキャンセルの連絡を受け、今頃今夜の食材でも選んでいるだろうと勝手な予測を立てていた新一は思わず眉間を押さえた。
「どうしよう……志保お姉ちゃん、今頃心配してボクの事探し回ってるんじゃ……」
「アイツはそんな非効率な事する女じゃねーよ」
新一の反応にコナンが目を瞬かせたその時、「あら、よく分かってるじゃない」という声が聞こえた。
「志保お姉ちゃん!?どうしてここが……」
「実はコナン君の靴にはちょっと仕掛けがあってね」
「え…?」
「父さんと母さんから預かっているからにはオレと志保にはオメーの保護者たる責任がある。ましてやオレが探偵なんて生業を営んでいる以上、恨みの矛先がいつオメーに向いてもおかしくねえだろ?」
「でも……そんな物なくてもボクの携帯ってGPSが付いてるんじゃ……」
「バーロー、んなもん取り上げられちまったら終わりだろーが」
新一の言葉に足元の靴をしげしげと眺めるコナンだったが、ハッと思い付いたように志保の方に振り返ると「志保お姉ちゃん、約束破ってごめんなさい」と頭を下げた。
「お友達相手の時はきちんと連絡しなくちゃダメよ」
「うん」
「『うん』じゃなくて『はい』でしょ?」
「はい」
「良く出来ました」
素直に答えるコナンに志保はニッコリ笑って彼の頭を撫でると「ま、今日はあなたが連絡を入れるべきだったんでしょうけど」と意味ありげな視線を新一へ向けた。
「へ…?」
「今日一日籠り切りだったはずのあなたがここにいるって事は目暮警視から呼び出しでも受けたんでしょ?それを偶然コナン君に見付かって……違う?」
「そ、そうなんだ。『今夜は志保とディナーだろ?』って言い聞かせても聞かなくてさ、それで……」
「違うんだ、志保お姉ちゃん」
「え…?」
「ボクが新一兄ちゃんに連絡したんだ。『力になって』って。事件はさっき解決したんだけどこれからお兄ちゃん、警察に行かなくちゃいけなくて……」
「そうだったの」
志保はフッと苦笑すると「ごめんなさいね、あなたが元凶みたいな言い方をして」と新一を見た。
「気にすんなって。オレが事件を呼び寄せているのは事実だしな」
新一は肩をすくめると「んじゃちょっと行って来っからさ」とコナンの頭を撫でた。
「サンキュ。これで志保にバレずに買いに行けるぜ」
「貸しにしとくよ」
小さな弟の生意気な返事に苦笑すると新一は目当ての品がある宝石店へと駆け出した。



その約20分後。買い物を済ませ、宝石店を後にしようとした新一が事件に遭遇したのは皆様ご想像の通りである。



あとがき



8周年記念リクで「復活の天災シリーズ」です。完全に自己満足シリーズだったのでまさかリクを頂けるとは思っていませんでした。ありがとうございます。
実はこの話、プロットはかなり以前に完成していたのですが、話の主軸を誰にするかで随分悩み棚上げ状態になっていました。「飛び道具ともいえる弟コナン君では無理」という結論から新一にする事で完成したのですが、お陰で志保さんの出番が少なくなってしまったという@爆
タイトルは映画「恋愛適齢期」の原題から頂きました。拙宅の新一君が適齢期を迎えるのは果たしていつの日になる事やら……