七夕の夜、願いを込めて



「それじゃあ月曜日の自由研究は短冊に願い事を書いて飾り付けをしてもらいますから、何をお願いしたいか考えておく事。分かりましたね?」
担任教師、小林澄子の言葉に2年B組の生徒達は「はーい!」と元気良く答えた。
そう、江戸川コナンと灰原哀の二人を除いては。



「ねえ、みんな短冊に何て書くの?」
下校途中、目を輝かせて早速話題に取り上げたのは歩美だった。
「オレはうな重いっぱい食いたいで決まりだな!」
「元太君、ひょっとして毎年同じ事書いてるんじゃありませんか?」
「う、うっせーな……」
光彦の鋭い突っ込みに元太が顔をしかめた。
「そう言うお前は何て書くんだよ?」
「そうですね……ボクは『ノーベル化学賞を受賞出来るような立派な学者になれますように』ってところでしょうか。ところで歩美ちゃんは?」
「ウフッ、『コナン君のお嫁さんになれますように』ってv」
「何ッ!?」
「コナン君、一体どういう事ですか!?」
「どういうって……」
それまで黙って小さな同級生の会話に耳を傾けていたコナンは突然降りかかって来た火の粉に言葉を失った。
「七夕って別名『真夏のバレンタイン』って言うんでしょ?いいんじゃない?」
「おい……」
助け舟を出してくれるはずの哀に止めを刺すように言われ絶句する。
「ウ・ソv『少年探偵団五人がいつまでも仲良しでいられますように』って書くんだ」
「何だ……」
「驚かさないで下さいよ、歩美ちゃん……」
元太と光彦が揃ってホッと息をつく様子に哀はクスッと微笑んだ。
「ねえ、コナン君は何て書くの?」
「え?オレ……?」
まさか『一日も早く元の身体に戻りたい』なんて書けるはずがなく、「あ、まだ決めてなくて……」と曖昧に笑ってみせる。
「ホント、夢がないヤツだな」
「……うっせーな」
「哀ちゃんは?」
「月曜日のお楽しみ……って事じゃダメかしら?」
「じゃ、月曜日、楽しみにしてるね!」
「あなたに楽しみにされるほどの願いでもないと思うけど……」
「哀ちゃんがどんな事お願いするのか、歩美、興味あるもん」
「そう?」
ちょうどその時、いつも別れる交差点にたどり着き、コナンと哀、三人組は手を振ってそれぞれの家路についた。



「七夕……ねえ」
哀と二人きりになるとコナンは「興味ねーや」と子供らしくない台詞を吐いた。
「一年にたった一度でも会えるなら……それはそれで幸せなんじゃないかしら?」
「あん?」
「死んじゃった人にはどんなに会いたくても会えないから……」
姉の事を言っているのだろう。寂しげな哀の横顔にコナンは思わず「悪ぃ……」と呟いた。
「けどよお……生きている人間同士だったら、会いたくても一年に一度しか会えない方が拷問じゃねえか?」
「……あなたって本当、デリカシーないのね」
「へえ……おめえの口からデリカシーなんて言葉を聞くとはな」
「名探偵さんの辞書には載ってないでしょうけど」
どう反論しても口では勝てない事は百も承知で、コナンは「ところでよぉ……」と話題を切り替えた。



「はい、じゃあ書けた人から笹に飾りつけしてね」
月曜午後の自由研究の時間。小林先生の台詞に子供達は次々と短冊を手に黒板の前に立てかけられた笹の方へ向かって行った。ピンク、黄色、水色……一つ一つの願い事にたちまち笹は彩られていく。
結局、コナンの短冊には「サッカー日本代表が勝ちますように」と書かれていた。
「ま、無難なところね」
「……で、おめーは?」
コナンの問いに哀は黙って短冊を見せた。達筆な字で「七夕の夜、雨が降りませんように」と書かれている。
「カササギの力を借りなくても会いたい人に会えるようにね」
「あん?」
「七夕の夜ってなぜか雨が多いでしょ?」
「まあ、新暦じゃ無理ねえけどな」
「会いたい人に会えるなら自分の力で会いに行きたいじゃない?」
「……おめえも随分前向きな事言うようになったな」
「お蔭様で」
哀はクスッと笑うと、さっさと飾りつけに行ってしまう。自分が最後の一人と知ったコナンは慌てて後に続いた。



「夕方まで降っておったのに……いい天気になったのう」
阿笠の台詞に「そうね」とだけ答えると夜空を見上げた。雨上がりのせいか東京上空にしては星がたくさん見える。
「哀君の願い事が叶ったの」
「ええ……」
哀は複雑な思いに駆られ言葉を切った。月曜にああは言ったものの、彼の傍にいる幼馴染を思うと自分から積極的に探偵事務所を訪れる勇気は未だ持てない。
(やっぱり……無理よね)
思わず苦笑した時、電話が鳴り阿笠が受話器を取った。
「はい、阿笠ですが……なんじゃ、新一か」
突然、頭で考えていた人物の名前を突きつけられドキッとする。
「ん……まあ構わんが……分かった」
「……工藤君、どうかしたの?」
哀は心の動揺を隠すように阿笠に訊ねた。
「ああ、なんでも優作君がパーティーに出かけたそうで、また有希子さんから国際電話で愚痴を聞かされとるようじゃ。あんまり長くなると毛利君の家では怪しまれるから今からここへ来ると言っておったわい」
「そう……」
「おそらく泊まりになるじゃろう。哀君、悪いが夕食一人前追加じゃ」
「はいはい」
哀は呆れ返ったような仕草をしたが心はまんざらでもなかった。
(とんだカササギの力を借りちゃったわね)
クスッと笑うと夜空を見上げる。どうやら今夜は天の川を挟んで別れて暮らす二人とは一風違う楽しい夜になりそうだった。




あとがき



七夕に合わせて慌ててアップした七夕小説です。
私は雨が降ったら二人は会えないと思い込んでいたのですが、このお話を書くにあたり調べてみたら違うみたいですね@爆  ひょっとしてさすがに一年に一度も会えないのでは可哀想なので変ったのかな?