Viva!Brothers



「やだっ!ボク、イチゴショートがいいっ!」
「うるせー!バースデイケーキは毎年レモンパイって決まってんだよ!」
新一とコナン、パーティーの主役である二人の意見が真っ二つに分かれ、志保は思わず溜息をついた。
明日、5月4日は新一の誕生日であるが、同時に弟、コナンの誕生日でもある。ゴールデンウィークに行われる『闇の男爵シリーズ』新作発表会のため、新一の両親とコナンがロスから帰国したのが5月1日。7日まで日本に滞在するらしく、初めて兄弟揃って誕生日を迎える事となった。
新一としては志保と二人きり、静かに誕生日を迎えたかったのだが、こうなると周囲が黙っているはずがない。「ね、せっかくだから新ちゃんとコナンちゃんの誕生日パーティーやらない?」という有希子の言葉に話がどんどん盛り上がり、新一のささやかな願望は見事に打ち砕かれたのだった。
そして今日、新一、志保、コナンの三人が近くのスーパーまで食材の買い出しにやって来たところまでは何とか事が平和に進んでいたものの、果物売場でケーキの種類を巡り、遂に兄弟喧嘩が勃発してしまったのである。
「そんなにイチゴショートが食いたいなら母さんに作ってもらえばいいじゃねえか!」
「ボク、お兄ちゃんと違って志保お姉ちゃんの手作りケーキなんて滅多に食べられないもん!だったら一番好きなイチゴショートがいい!」
「あのな……志保はオレのために作ってくれるんだ!おめえはあくまで『ついで』なんだから少しは遠慮しろ!」
「好きでお兄ちゃんと同じ日に生まれた訳じゃないもん!」
「それはこっちの台詞だ!」
頑固なところは二人ともいい勝負のようで、志保としては感心するやら呆れるやら。黙って横で溜息を繰り返す事しか出来ない。
「……お、おったおった。おい、工藤、何してるんや?」
聞き慣れた声に視線を向けると、いつの間にか平次が立っていた。その後ろには手品の道具に使うと思われる品々を手にした快斗の姿もある。
「服部君、どうしてここへ…?」
新一とコナンの兄弟喧嘩になす術もなかった志保は二人の登場にホッと胸を撫で下ろした。
「ちょい買い物行くって言うてた割に遅いから見に来たんや」
「何か揉めてるみたいだね。どうしたの?」
「明日のケーキの事でちょっと……ね」
仏頂面の新一と泣きっ面のコナンに代わって志保が事の次第を話すと、平次はお腹を抱えてゲラゲラ笑い出し、快斗は呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。
「工藤、お前、ええ年して大人気ないなあ。ケーキ何にするかぐらい弟に譲ってやってもええやんか」
「俺だったらイチゴショートだろうがレモンパイだろうがクールビューティーの手作りケーキにとても文句なんか言えないけどねv」
「……」
二人を味方につけた事を敏感に察知したのだろう。コナンがニッコリ微笑むと、さっさとショッピングカートにイチゴを入れてしまう。
「わーい!志保お姉ちゃんのイチゴショート〜!」
「……ったく。いいか、今回だけだからな!」
新一はそれだけ言うと、さっさと先に歩いて行ってしまった。
「しゃあないヤツやなあ。おい、工藤」
平次が慌てて新一の後を追う。
「名探偵もクールビューティーが絡むとお子様になっちゃうみたいだね」
快斗がクスクス笑うと新一に代わってカートを握る。
「……で?どうする気?」
「どうするって?」
「とぼけちゃって〜。ちゃんとフォローするつもりなんでしょ?」
「さあ、どうかしら?」
志保はクスッと笑うと、カートに入ったイチゴの横にそれを並べた。



5月4日午後7時。
志保と有希子が作った豪華な料理の真ん中に新一とコナン、二人の新しい年齢を足したロウソクが立ったケーキが置かれた。部屋の明かりを消し、火を点けると、有希子が早速「Happy Birthday〜♪」と歌い出す。それにつられるようにコナン、快斗、阿笠、平次も次々にそのメロディを口ずさんだ。さすがに優作は部屋の隅の椅子に腰掛け、黙って耳を傾けている。
「……あなたは歌わないの?」
「コナンや服部に『音痴』って言われるのが関の山だからな」
仏頂面の新一に志保がクスッと微笑んだその時、「ほな、主役のお二人さん、火ぃ消してや」と、平次が元気な声を上げる。その言葉にコナンが「うん!」と嬉しそうに頷くと、一本、また一本とロウソクの火を消していった。
「コラ、工藤、何しとるんや?お前も主役やないか」
「ガキじゃあるまいし今更ケーキにロウソクでもねえだろ?」
「せやけど……この本数の火ぃ消すんはコナン君一人じゃしんどいで?」
「……ったく」
新一は溜息をつくと、コナンの横からフッと息を吹きかけた。あっという間にすべてのロウソクが消え、部屋が暗闇に包まれる。
「早っ!」
快斗が苦笑すると部屋の明かりを点けた。
「お兄ちゃん、息が強すぎるんだよ」
ムスッとした顔で新一を睨むコナンの横顔にかつての『江戸川コナン』が重なり、志保は思わず「やっぱり兄弟ね……」と呟いた。
「じゃ、早速食べましょ!」
有希子がニッコリ微笑むと、ケーキを人数分に切り分けていく。
「美味そうやなあ」
「どれどれ?」
早速、料理にありつこうとする平次に続き、皿を手にする阿笠を「博士のはこれ」という言葉とともに志保が遮る。どうやら今夜も阿笠は低カロリーの特別メニューのようで、新一は思わず苦笑した。
全員が料理を取り、ケーキを切り分けた小皿が行き渡ったちょうどその時、「Ladies and Gentlemen!!」というよく通る声が聞こえたかと思うと、いつの間にか快斗が正装して立っていた。
「今宵は二人の名探偵の誕生日。お祝いに新しいマジックをご披露いたします。失敗するかもしれませんが、そこはご愛嬌という事でv」
一瞬にして観客を惹き付けるのは快斗のマジシャンとしての才能だろう。
「じゃあ、コナン君のお気に入り、クールビューティーのイチゴショートを使ったマジックからお見せしましょう。コナン君、持って来てくれるかな?」
「うん!」
マジックの助手に指名されたコナンが嬉しそうに自分のケーキを快斗に差し出す。
「ありがとう。ただし、もし失敗したらケーキは煙のごとく消えちゃうけどOK?」
「いいよ、その時は快斗兄ちゃんの分を貰うから」
コナンの台詞に快斗が目を丸くすると、「これは一本取られましたな、小さな名探偵v」とおどけてみせる。その様子に周囲から笑い声が上がった。
(……ま、たまにはこんな誕生日もありかな)
両親や弟、友人達の笑顔に新一は自分でも気付かないうちに微笑んでいた。



志保の姿がリビングにない事に気付いたのは、パーティーが始まって約一時間後の事だった。新一は慌ててリビングを出ると、志保を探しに家の中を走り回った。
そして一人、キッチンの椅子に腰を下ろしている志保を発見する。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「そうじゃないの。ただ……私、慣れてないから……」
「え…?」
「家族と楽しく過ごす時間に、ね……だからちょっと一人になりたくて……」
「志保……」
「ごめんなさい、こんなに優しい人達に囲まれてるのに……贅沢よね」
弱々しく微笑む志保が愛おしく、新一は志保の隣の椅子に腰を下ろすと、彼女の細い肩をそっと抱き寄せた。
「……無理する事はないさ。少しずつ慣れていけばいいんだ」
「ありがとう……」
それからどれくらいの時間そうしていただろう?ふいに志保が「そういえば……まだ言ってなかったわね」と、手にしたグラスの飲み物に口をつけた。
「何を?」
新一の問いに志保が黙ってその唇を新一のそれに触れさせる。その瞬間、甘酸っぱいレモンの香りが新一を包み込んだ。
「……ハッピーバースデイ、新一」
「志保、この香り…?」
「カーネル・コリンズっていうカクテルよ。ケーキがイチゴショートになっちゃったお詫び、ってところかしら?」
「志保……」
「……ほら、そろそろ戻らないと。あなた、今夜は主役でしょ?」
「お前も戻れるか?」
「ええ」
キッチンの明かりを消し、薄暗い廊下をパーティー会場となっているリビングへ戻って行った二人はドアを開けた瞬間、目の前の光景に思わずその場に立ち尽くした。
「なっ…?」
「え…?」
いつの間にかリビングはすっかりもぬけの空と化していたのである。
「……どうなってんだ?」
「ねえ、あれ何かしら?」
志保が指差す方向を見ると、テーブルの上に何やら封筒のような物がある。封を切ると一枚のバースデイカードが現れた。
『しんいちにいちゃんへ   みんなでカラオケへいってきます。しほおねえちゃんにはわるいけど、おにいちゃんおんちだから、ぜったいおいかけてこないでね。かぎはもってるから、さきにねてください。  コナン』
コナンに言わせればケーキを譲ってくれたお礼が志保と二人きりの時間なのだろう。おませな弟に新一は思わず苦笑した。
「……ったく、変なところ気ぃ回しやがって」
「どうしたの?」
「いや、何でもねえよ」
新一はカードを封筒にしまい、ポケットに入れると志保を抱き上げた。
「ちょ、ちょっと…!」
「大丈夫、今夜はみんな帰って来やしねえから」
悪戯っ子のように微笑むと、新一は志保に軽く口づけを落とし寝室へ向かった。



翌日。
新一がコナンと快斗に平次のカラオケに関する愚痴を散々聞かされた事は言うまでもあるまい。



あとがき



弟コナン君もの第三弾作品です。「やだっ!ボク、イチゴショートがいいっ!」という台詞が閃いてしまい、一気に書き上げた作品です。だから短い@笑
個人的に平次に関しては、新一と違って音痴ではないと思うのですが、一度マイク握ったら離さないタイプだと思うんですよね。しかも歌う曲は演歌、「大阪で生まれた女」とか@爆笑



絢女さんより



またまたまた、当サイトのオリジナル設定、弟コナンのパラレル小説を書いて下さいました。
ほたるさん、ありがとうm(__)m
誕生日が一緒の2人ですけど、年齢も離れている事ですし、一緒に誕生日を祝う事はあまりないのかもしれませんが、こういうのはいいなぁと思います。