告白 〜中学1年生10月〜



「さっすが高木警部やなぁ。いくらお前らが本当は中学生やないっちゅうものの、そないな大胆な作戦に出るやなんて」
コナンが帝丹中美術教師による連続わいせつ事件のあらましを語ると平次はコーヒーカップを手に感心したように呟いた。
「……で?哀ちゃん囮に見事成功したって訳やの?」
「ええ、お陰様で」
「高木警部も凄いけどその期待に見事応える哀ちゃんも凄いわなぁ」
「和葉、お前やったらそないな振りせんとアッサリ合気道で倒しとるんとちゃうか?あ…その前にお前なんか標的にもなれへんか」
「平次、あんたねぇ〜……」
幼馴染の憎まれ口に和葉が噛み付こうとした瞬間、それを遮るように平次が「なあ、姉ちゃん、今夜あれ食べさせてくれへんか?」と、哀の方へ身を乗り出した。
「あれって…?」
「この前遊びに来た時食わしてくれたやんか。海の幸がごっつ入っためっちゃ美味いグラタン」
「おい、服部、今夜は杯戸町に出来た新しいフレンチレストランへ行くって……」
「姉ちゃんの手作りクッキー食べとったら気が変わったんや。毎日旨い手料理が食える工藤と違うてオレは自分で作った料理か和葉のお手軽メニューばかりやからなぁ」
次々浴びせられる遠慮ない発言にさすがにカチンと来たのだろう。和葉が眉をしかめると「そりゃ悪うございました。お手軽メニューばっかりで」と、平次の脇腹をギュッと抓った。
「痛ッ!何さらすんじゃボケ!」
「自分じゃろくな料理も出来へん男にあたしの料理を批判してもらいたないわ」
「ろくな料理って事はないやろ?これでも東京で一人暮らしするようになってから随分ましな料理が出来るようになったんはお前かて知ってるはずやで?」
「そりゃ嫌でも進歩するんちゃう?前は包丁もまともに扱えへんかったんやから」
「うるさいわ、アホ」
放っておけばいつまでも続きそうな漫才に哀は溜息をつくと「作るのは構わないけど……材料は足りないし下ごしらえもしてないから時間が掛かるわよ?」と、確認するように呟いた。
「ああ、そんなん構へん。どうせ今夜は隣の工藤ん家に泊まるつもりやったし」
「……って服部、勝手に決めんなよな」
「ええやんか。どうせ普段は誰もおらへん家やねんから」
相変らず調子のいい親友にコナンが溜息をついたその時、「じゃ、私、ちょっとスーパーへ買い出しに行って来るわね」と哀が立ち上がる。それにつられるように「哀ちゃん、あたしも行くわ」と和葉が腰を上げた。
「ご好意は嬉しいけどお客様に手伝ってもらう訳にはいかないわ」
「せやけど急にグラタン食べたいやなんてわがまま言ったんは平次やし……」
「だったら和葉さんは工藤君達をしっかり見張っててくれない?苦労して準備したはいいけど『事件だ』って飛び出して行かれたら適わないし」
「その気持ち、よう分かるわ。あたしも何度経験させられた事か……」
うんうんと頷く和葉に哀はクスッと笑うと財布を手にリビングを出て行った。



「……で?」
哀の姿が消えると平次が待ってましたとばかりに口を開く。
「あん?」
「工藤、お前、何かオレに相談したい事があるんやないか?」
「別に相談なんか……」
「とぼけたらあかん。青春真っ只中の青少年よろしく悩んでますって顔に書いてあるで?」
「……なるほど?グラタンは灰原に席を外させる口実だったって訳か」
「今頃気付いたんか?工藤、お前、ますます鈍ぅなったんちゃうか?」
「……」
からかうような口調に思わず平次を睨むものの自分の心の内を明かせる人間は限られている事も事実で、コナンはハァと大きな溜息をつくと「相変らず……無理ばっかすんだよな」と絞り出すように呟いた。
「無理ばっかするって……姉ちゃんの事か?」
「ああ。さっきの事件絡みの話なんだけどよ、アイツ……昔、ジンの野郎に襲われそうになった事があったらしくてさ。犯人に押し倒された時マジで怯えてたんだ」
「それって……」
「未だにジンに対するトラウマが抜け切ってねえ証拠だろ?」
「せやったら……なんで囮役なんか引き受けたんやろ?」
「アイツらしい自己犠牲ってヤツだよ。自分が引き受けないと犠牲者が増える一方だっていう……確かにそうかもしれねえけどよ……オレ……」
「姉ちゃんにもっと自分を大事にして欲しい……そういうこっちゃな?」
「ああ。アイツ、いつも自分の事は一番後回しなんだ。確かにアイツが背負ってる十字架を思うとその方がアイツ自身気が楽なのかもしれねえけど……」
「あの組織の事や例の薬の事が姉ちゃんの心から消える事はないやろうし……おまけにあの子のあの性格や。難しいやろうなぁ……」
男二人が考え込むように「うーん……」と唸ったその時、「なあ、工藤君」とそれまで黙って会話に耳を傾けていた和葉が口を開いた。
「工藤君、哀ちゃんに本気で怒った事ある?」
「本気で怒った事?それなら初対面の時にあの薬の事で……」
「ちゃうちゃう、そういう意味やなくて……哀ちゃんが無茶する事で自分がどれだけ心配したかきちんと口で伝えた事あるか聞いてるんや」
「それは……」
言われてみれば事あるごとに何を言っても哀に巧くはぐらかされ、本気で怒った事はないかもしれない。
「哀ちゃん、あんな組織で育ってんやから心配される事に慣れてないんちゃう?せやったらそれを怒って教えてあげるのも工藤君の役目なんちゃうんかな」
諭すように言う和葉にコナンはフッと苦笑すると、「怒って教える……か。確かに必要な事かもしれねえな」と肩をすくめた。
「せやけどあの子の事や。工藤、返り討ちにあわんよう頑張るんやな」
「……うっせーな」
コナンと平次の会話が普段の調子に戻った事を察したのだろう。和葉が安心したようにテーブルの上のクッキーに手を伸ばすと「それはそうと……工藤君、良かったやん」と、コナンに笑顔を向けた。
「良かったって…?」
「だって前に一人で大阪来た時、平次に言ってたやん。哀ちゃんが昔、あの銀髪の男とどういう関係だったのか気になって仕方ないって」
「あ、ああ……」
「それがどないしたんや?今はそんな話どうでもええやんか」
「どうでもええ事ないやろ?『襲われそうになった』っちゅう事は哀ちゃんとその男の間にそういう関係がなかったって事やないの?」
「あ……」
「そういう事に…なるんやろうな……」
ようやく話の焦点にピントを合わせる男二人に和葉は「ハァ〜」と盛大な溜息を落とした。
「女の子のこないに大事な告白に全く気ぃつかへんやなんて……あんたら本当に探偵なん?」
「……」
「……」
和葉のもっともな意見にコナンも平次も何の反論も出来なかった。



「ただいま」という声とともに哀がスーパーから帰って来たのはそれから約15分後の事だった。
「……なんか凄く空気が重いような気がするんだけど」
首を傾げる哀に和葉が「哀ちゃんが気にする事やあらへん」と笑顔を見せると、「なぁ、やっぱりあたしにも夕飯の支度、手伝わせてえな」とソファから立ち上がる。
「さっきも言ったでしょ?お客様に手伝わせる訳には……」
「哀ちゃんの気遣いは嬉しいんやけど、ここにおったらこの二人の鈍感ぶりにあたしまで感化されそうで怖いねん」
「え…?」
「ほんま、この先の事考えると頭痛いわ。結婚も考え直した方がええんとちゃうやろか?」
「結婚…?」
和葉の口から出た思わぬ単語にコナンと哀は揃って目を丸くした。その様子に今度は和葉が「あれ…?」と目を瞬かせる。
「あー、そういえば今日一番の目的をすっかり忘れとったわ」
噛み合わない会話に平次が慌てて手帳を取り出すと「工藤、姉ちゃん、来年の6月8日、予定空けといてくれへんか?」とカレンダーを差し出した。
「6月8日?……って、ひょっとして服部、おめえ……」
「えぇ加減年貢の納め時や思ってな」
「そっか……」
「それにしても二人揃って今日ここへ来た一番の目的をすっかり忘れてるなんて……あなた達、本当にお似合いね」
クスッと笑う哀に平次と和葉は黙って顔を見合わせると頬を赤く染めた。



あとがき



『開幕ベルは鳴らさずに』の後日談です。あの話でさりげなく哀ちゃんは自分とジンの間に過去何もなかった事を告白しているのですが、相変わらず鈍な江戸川さんは全く気付いていないので助っ人を用意してみました。ただ、この助っ人、相変わらず自分達の事に関してはダメダメなようですね@爆笑
なお、今回の隠れたテーマ、『自己犠牲』はClamp先生の『XXX HOLiC』が参考になっています。『あなたはあなただけのものではないのよ』という侑子さんの台詞は本当、考えさせられました。
最後になりましたが大阪弁を監修して下さった絢女さん、ありがとうございました。これからもよろしくですw(←え?)