手を繋ぐ 〜小学3年生12月〜



「……じゃ、そろそろ帰るとすっか」
コナンがそう呟いたのは、トロピカルランド名物と言われる打ち上げ花火が終了した約30分後の事だった。
「えーっ!」
「まだ閉園まで一時間以上あるじゃねーか!」
思った通り歩美と元太が不満そうに抗議の声を上げる。
「まあな。けど、今帰ればバスが空いてるだろ?花火目当ての客が帰ってしばらく経つし、今残ってる客は閉園まで遊んでいくだろうからな」
「バスって……コナン君、博士が迎えに来てくれるんじゃなかったの?」
「さっき急用が出来たってオレの携帯に連絡があったんだ」
普段は特に用事らしい用事などない阿笠だが、昔、世話になった博士が亡くなったらしく、通夜に参列する事になったらしい。
「博士が調べてくれたんだけど、ちょうどここを8時に出るバスがあるみたいなの。それに乗れば8時半頃には家に着けるでしょ?私達だけじゃあんまり遅くまで出歩くのは危険だしね」
「……」
きっぱり言う哀に歩美と元太は黙って顔を見合わせた。
まだ遊び足りないという彼らの思いが分からないではないし、本来の年齢を考えればコナンと哀で三人組の保護者役は十分務まるのだ。しかし、それを明かす訳にはいかない以上、多少の心苦しさはあるものの致し方ない。
「……そうですね。いつまでも博士に頼ってばかりいてもいけませんし」
そんな二人に助け船を出したのは光彦だった。三人組の中でも元々大人びていた光彦だが、ここ最近の成長はコナンも哀も目を見張るものがある。
「そう……だよな」
「また来ればいいよね」
納得したように呟く二人の様子にホッと胸を撫で下ろすと、コナンは「ああ」と頷いた。
ゲートを出るとすでにバスが停留所に停まっている。コナンと光彦、哀と歩美が並んで座り、大柄な元太は一人用のシートを占領した。
「コナン君が言ってた通り空いてるねv」
ニッコリ笑って歩美がそう言った時、五人を乗せたバスは定刻どおり発車した。



バスを降り、下校途中に分かれる交差点までやって来た時だった。
「灰原さんはコナン君と一緒だから問題ありませんが……念のため歩美ちゃんはボクと元太君で家まで送りますね」
そんなにたいした距離がある訳ではないが、幼い少女を狙った犯罪は後を絶たないし、何より光彦の配慮が嬉しく、哀は「ありがとう、よろしくね」と微笑んだ。
「じゃあな」
「おう!」
「また月曜日に」
コナン、哀と別れ、三人になっても元太達の会話は止まる事を知らない。
「それにしても……歩美ちゃんも元太君も凄いですね。たった一日で滑れるようになっちゃったんですから」
「その口振りだとお前は苦労したみたいだな」
「ええ……姉に散々バカにされました」
「お前の姉ちゃん、遠慮ないもんな」
「元太君はともかく、歩美が滑れるようになったのはコナン君の教え方が上手だったからだよ」
「そうですね、横で拝見してましたけど、コナン君が歩美ちゃんの手を繋いだり放したりするタイミング、絶妙でしたから」
感心したように呟く光彦の台詞に、突然、歩美が道の真ん中で立ち止まってしまう。
「歩美ちゃん……?」
「どうしたんだよ、急に?」
元太と光彦もつられて足を止めた。
「今日……コナン君と哀ちゃん、スケートリンクで手を繋いでたでしょ?」
「え、ええ」
「それがどうかしたのか?」
「やっぱり……両思いなのかな……」
「考え過ぎじゃねえのか?手を繋いでたのは灰原が滑れないからで……歩美、お前だって最初のうちはコナンと手ぇ繋いでたじゃねえか」
「そ、そうですよ」
歩美に想いを寄せる二人としては複雑な気分だが、明らかに元気がない彼女の様子に下手な事は言えない。
「それは……そうなんだけど……」
「コナン君はいつもポケットに手を入れてますし、灰原さんは腕を組んでる事が多いですからね。それで違う印象を受けただけじゃありませんか?」
光彦の言葉に歩美は首を横に振ると「違うと思う」ときっぱり言い切った。
「違うって……何がだよ?」
「そんなのはっきり分からないよ。分からないけど……女の勘……かな……?」
『彼の事そういう対象として見てないから』……出会ったばかりの頃の哀の言葉は歩美もはっきり覚えている。しかし同時にこの約2年、一緒に過ごす間にその想いに変化があった事も敏感に感じ取っていた。
「歩美……イヤな子だね」
「え……?」
「だって……哀ちゃんの事恨めしく思うなんて……」
以前、コナンが毛利蘭の事を好きだと思っていた時にも似たような感情を抱いた事はあるものの、年齢が離れていたし、何より蘭には工藤新一という存在がある事を知っていたせいか、そこまで彼女の存在に気を揉んだ事はなかった。しかし、相手が哀となってくると事情は変わってくる。生まれて初めて経験する狂おしい感情に歩美は胸が張り裂けそうだった。
「……歩美ちゃんはイヤな子なんかじゃありませんよ」
ふいに光彦が穏やかに微笑むと、歩美の肩にそっと手を置いた。
「正直……ボクにはコナン君が灰原さんの事をどう想っているのか分かりません。だけどもしコナン君が一人の女性として灰原さんを大切に想っていると歩美ちゃんが感じたんでしたら、歩美ちゃんが灰原さんにジェラシーを抱くのは自然な感情です」
「ジェラシー?」
「自分が愛する人の想いが別の人に向かっていて、それを恨めしく思う事です。本当に好きな人がいたら誰もが抱いて不思議じゃない感情ですよ。実際、ボクだって……」
「え……?」
「……いえ、何でもありません」
『コナン君にずっとジェラシー感じているんですから……』喉まで出掛かった台詞を飲み込むと、光彦は曖昧に微笑んだ。元太も同じ思いなのだろう。いつものような茶々を入れず、黙って二人の会話を見守っている。
「灰原さんは歩美ちゃんの気持ちを知っています。その灰原さんがコナン君と付き合う事になったとしたら、歩美ちゃんにはきちんと話してくれるはずですよ。まあ、すぐにという訳にはいかないかもしれませんが……」
「そう……だよね。だって哀ちゃんは歩美の親友なんだもん」
自分を納得させるように呟く歩美の背中を元太がポンッと叩く。
「もし灰原が歩美に嘘つくような真似したら、そん時はオレが黙ってねえからよ!」
「うん……」
想いが届かないかもしれないと認めるのは辛いが、元太と光彦の思いやりを無にする訳にはいかない。歩美は半ば強引に笑顔を作ると、「そろそろ帰ろ!」と二人を促した。



阿笠はまだ帰っていないようで、玄関には鍵が掛かっていた。
コナンはリビングへ直行し暖房の電源を入れ、哀はキッチンへ行きコーヒーを淹れる。示し合わせた訳でもないのに、家主が不在の際の役割分担がいつの間にか自然に決まっていた。
「……気付いてたんでしょ?」
トレーにのせたカップを差し出すと哀が口を開く。
「あん?」
「吉田さんの視線……」
「ああ」
当たり前のように肯定するコナンに哀は溜息をついた。
「いくら鈍感なあなたでも彼女の気持ちは分かってるでしょうに……おまけに下手な演技まで……」
「……やっぱおめえにはバレてたか」
「確かに私もスケートは今日が初めてだったわ。でも……円谷君に支えてもらっても良かった訳だし……」
「そりゃ、まあ……」
「吉田さんにとってあなたは初恋の人なのよ?」
「……そうだな。だが……応えられない想いもある。仕方ねえだろ?」
「そんな事……分かってるわ。分かってるけど……」
哀は溜息をつくとソファに腰を下ろした。
「なるべく早く彼女にきちんと話すから……だからお願い、もう少し待って……」
いつにない哀の真剣な表情にコナンは苦笑した。
「どうやら……おめえにとっても歩美は親友みてえだな。分かったよ、それまでは自重すっから」
「ありがとう……」
思いがけない哀の素直な言葉にドキッと心臓が高鳴る。コナンは哀の横に腰を下ろし「それって……逆を言えば二人っきりの時は遠慮する必要ねえって事だよな?」と囁くと、彼女の白い手を握りしめた。
次の瞬間、ブリザードのように冷たい視線がコナンを射抜く。
「……オ、オレ、部屋で本でも読んでるからよ」
慌てて手を放し、リビングを出て行くコナンの後ろ姿に哀は思わずクスッと微笑んだ。



あとがき



短編「手と手の温度」の続編にあたる作品です。一つの作品にする事も考えましたが、テーマが違うので二つに分割しました。正直、この作品のテーマは「ジェラシー」で、短編の方がお題には適していますよね@苦笑  ただ、元々「手を繋ぐ」というお題に対して思いついた話が「手を繋ぐコナンと哀を見て嫉妬する歩美」だったので、お題ページはこちらをアップさせて頂きました。
プロットを考えていた時、一青窈さんの「ジェラシー」のカバーばかり聴いていたせいでこんな話になったというのはここだけの秘密なのです@笑