ハロウィン 〜小学4年生10月〜



またか……
ダイニングテーブルの上に並べられた夕食のメニューを見るや否や、コナンは思わず心の中でそう呟いた。
哀が作る料理に文句はない。味は勿論、栄養のバランスを考えて作られる毎日の献立は賞賛の域に達するものであるし、第一、包丁一つ満足に扱えない自分が文句を言うのは筋違いというものだ。それはコナンにも充分分かっている。分かってはいるのだが……
「……ったく、おめえ、どれだけ巨大なジャック・オー・ランタンを作るつもりなんだよ?」
ここ連日、食卓の主役を陣取っているカボチャ料理にさすがにそんな台詞が零れる。
そんなコナンに哀は心外だと言いたげに「そんなはずないでしょ?大体、メニューは毎日違うはずだけど?」と眉をしかめた。
確かに彼女の言う通りメニューは毎日違う。メインのおかずはカボチャの天ぷらに始まり、カボチャの唐揚げ、カボチャのソテー、カボチャのカレーコロッケ、カボチャの田舎煮、カボチャのグラタンと、毎日異なっているし、デザートもパンプキンケーキ、カボチャのプリン、カボチャのアイスクリームと、記憶にある限り同じメニューが出された試しがない。
「そりゃ……けどよぉ、明日の学級活動に必要なのはオレとおめえの分だけだろ?なのにどうしてこんなに毎日毎日カボチャばっかり食わされなくちゃならねえんだよ?」
「あら、緑黄色野菜の中でもカボチャは栄養価に優れているのよ?体内でビタミンAに変わるβカロチンを多く含んでるし、ビタミンCやE、B1、B2、それにミネラルや食物繊維まで網羅してるんだから。あなただって知ってるでしょ?『冬至にかぼちゃを食べると風邪をひかない』って言葉」
「ああ、知ってるさ。けどよぉ、他にもそういう食いもんはあるだろ?」
「仕方ないじゃない?この前、スーパーの特売でカボチャが凄く安かったんだもの」
「いくら安かったからってこう毎日カボチャ料理が続くのは……」
コナンの文句にさすがの哀も堪忍袋の尾が切れたようで、ふいに不敵な笑みを浮かべると、「そんなに私の作るメニューが気に入らないなら別に食べてくれなくてもいいのよ?あなたのだーい好きな物はそこにたっぷりあるし」と、カロリーメイトの買い置きがある棚に視線を投げた。こうなるともう負けである。
「……分かったよ」
コナンはやれやれと言いたげに肩をすくめると、「博士、呼んで来っから」と、回れ右してリビングへ向かった。



事の始まりは一週間前の学級活動の時間に遡る。
「皆さん、ハロウィンというお祭りを知ってますか?」
4年B組の担任、小林澄子の言葉に「ボク、知ってます!」と元気に答えたのは光彦だった。
「キリスト教のお盆にあたる万聖節の前の晩に行われる行事ですよね?確か10月31日だったかと……」
「その通りです。円谷君、よく知ってるわね」
その言葉に光彦の隣の席の歩美が「光彦君、すっごーい!」と声を上げる。歩美に誉められ、光彦は照れたように、「い、いえ、この前テレビでそんなクイズ番組を見たもんですから……」と頬を赤らめた。
「外国ではこの日、怪物の仮装をした子供達が夜になるとジャック・オー・ランタンと呼ばれるカボチャの提灯を持って近所の家を訪ね歩き、『Trick or Treat?』と言ってお菓子をもらうことになっているんですよ」
「先生、ひょっとしてその日、オレ達がそう言って教室を回るとお菓子が貰えるのか?」
食べ物の話になると目を輝かせる元太に澄子は「残念だけど違います」と苦笑する。
「じゃあ一体何なんだよ?」
「来週のこの時間はちょうど10月31日ですよね?そこでみんなでハロウィンのシンボル、ジャック・オー・ランタンを作ってみようと思うのですが、いかがでしょう?」
担任教師の提案に生徒達の間からワッと歓声が上がる。
「それじゃあ皆さん、来週のこの時間、カボチャを一つ用意して来て下さいね。本来は観賞用のオレンジ色のカボチャで作るものなんですが、今回は普通にスーパーで売っているカボチャで作ろうと思います。中身が勿体ないので、あらかじめお家の人にくり抜いてもらって来るように。分かりましたね?」
生徒達が「はーい!」と元気に返事をする横でコナンは思わず「……ったく、相変らずお祭り好きなんだからよ」と呆れたように呟いた。
「あら、たまには童心に返るのも悪くないと思うけど?」
「そりゃまあ……けどよぉ……」
「何?」
自分をまっすぐ見つめる哀にコナンはウッと言葉を詰まらせると、「……何でもねえ」と、彼女から視線を逸らせてしまった。



そして訪れた10月31日の学級活動の時間。4年B組の生徒達の机の上には一つ一つ中身をくり抜かれたカボチャが置かれていた。
二人ほど忘れてしまった生徒がいたが、さすが担任教師だけあり、澄子はこの事態を予測していたらしく、「じゃ、これを使って」と、自分が用意してきたカボチャを手渡す。
一通りの作り方を黒板で説明すると、澄子は「それじゃあ、皆さん、ジャック・オー・ランタンを作ってみましょう!」とニッコリ微笑んだ。その言葉に生徒達が一斉に作業に取り掛かる。いきなりカボチャにマジックでデザインを描き始める子もいれば、念入りに型紙を使用している子、マニュアル通り目打ちでくり抜きたい部分にミシン目を入れていく子もいて、見事に個性が現れた。
15分ほど経過した頃だろうか。突然上がった「ゲッ…!」という声にコナンがその方向を見ると、元太が作りかけのジャック・オー・ランタンを前に顔を真っ青にしている。
「……んだよ、元太。急に変な声上げるなよな」
「だってよお、オレのカボチャ、目と鼻を彫るところが無くなっちまって……」
見ると元太の用意してきたカボチャはそのほとんどを口の形に切り取られ、どう贔屓目に見ても残るスペースで両目と鼻を作る事は不可能である。
「さすが大食いの元太君らしいですね」
「うっせーな!」
すかさず突っ込む光彦に噛み付くものの、果たしてどうしたものかと頭を抱える元太に哀が「……仕方ないわね。最初からやり直しなさい」と、新しいカボチャを差し出した。
「やり直せって……灰原、オレがこれをもらっちまったらお前の分が無くなっちまうだろ?」
「心配いらないわ。こんな事もあろうかと用意して来た予備だから」
「そ、そっか、じゃありがたく……」
元太が嬉しそうにカボチャに手を伸ばしたその時、今度は歩美が「あー!」と声を上げた。
「哀ちゃん、歩美も失敗しちゃった……」
どうやらハート型の目を彫るつもりが、一方だけ上手く彫れなかったのか、普通の円形になってしまっている。
「んなの、両目とも丸くしちまえばいいじゃんか」
「でも……歩美、ハートの目のジャック・オー・ランタンが作りたかったんだもん……」
ガックリと肩を落とす歩美に再び哀が「はい」とカボチャを差し出す。
「え?哀ちゃん、これ……?」
「今度は失敗しないようにね」
「うん!」
ニッコリ笑って哀の手からカボチャを受け取る歩美にコナンは哀の机の横を覗き込んだ。見ると机の横に掛けられた布袋の中にまだいくつか中身をくり抜いたカボチャが出番を待っている。
(なるほど、あれだけカボチャ料理が続いたのはこのためだったのか……)
相変らず不器用な彼女の優しさに思わず苦笑したその時、彫刻刀を持つコナンの手がズルッと滑った。
「あ…!」
慌てて見ると、見事に二つの目が一つに繋がってしまっている。
カボチャ料理が続いた事を非難した身としてはさすがに『オレにもくれよ』とは言い出せず、仕方なくそのまま彫ろうとすると、隣の席の哀がプッと吹き出した。
「……何だよ?」
「あなたの包丁さばきからして美術の成績はいまいちだと思ってたけど……やっぱりね」
「……」
笑いをこらえながら予備のカボチャを差し出す哀にコナンは仏頂面のまま黙ってそれを受け取った。



同日、同時刻。
自宅のリビングのソファで寛いでいた阿笠は、テーブルの下に一枚のメモが落ちている事に気付き、何の気なく拾い上げた。
「はて…?」
メモには達筆な字で『小嶋君1、円谷君0、吉田さん1、自分用1、不器用な名探偵6』と書かれている。
「元太君の数が一番大きいなら食べ物で間違いないんじゃが……一体何の数字じゃろうか……?」
その夜、哀にメモの意味を尋ねる阿笠をコナンが適当に誤魔化したのは言うまでもあるまい。



あとがき



「まじ快」ではハロウィンを書いた事があるのですが、「コナン」は今回が初となります。
ジャック・オー・ランタンをたくさん作るためにコナンがカボチャ料理ばかり食べさせられるというところから思いついたお話で、最初はそれだけの予定だったのですが、コナンのあの包丁さばきを見ているとどう考えても美術(特に彫刻)の成績も悪かったのではないかと思えて仕方なく、最後のオチが出来上がりました@爆笑