仲直り 〜中学2年生5月〜



「そう、ゴールデンウィークは沖縄に……」
「うん。お土産、楽しみにしててね」
ニッコリ笑う歩美に「ありがとう」と微笑む。一昔前の哀だったら間髪置かず「そんな……いいわよ」と返していただろうが、最近は少しずつ人の好意を素直に受け止められるようになっていた。そんな哀の変化を一番喜んでいるのは義父ともいえる阿笠と彼女の親友を公言する歩美であり、最近では哀が拒まない事をいい事に余計なおせっかいまで焼いてくれる始末だった。
「そういえば……もうすぐコナン君の誕生日だね」
ゴールデンウィークという言葉で思い出したのだろう。歩美がにんまり笑うと「ね、哀、何あげるの?」と肘で突いてくる。
「別に何も考えてないわ。どうせ本人は自分の誕生日なんて忘れてるでしょうし」
「また〜!本当、つれないんだから」
歩美は大袈裟に溜息をついてみせると「はい、これ!」と一枚の封筒を差し出した。
「……?」
何気なく中身を取り出した哀は驚きのあまり息を呑む。
「これ……4日の東京スピリッツ対ビッグ大阪のチケットじゃない!」
「従兄弟のお兄ちゃんに貰ったの。二枚しかないからこっそり哀だけ誘うつもりだったんだけど沖縄行きと重なっちゃってね。せかっくのプレミアチケットだし、良かったらコナン君と行ってよ」
歩美がプレミアチケットと言うのも決して大袈裟な表現ではない。レアルマドリードからビッグ大阪へ電撃移籍した有名選手とヒデの初対決という事で、サッカーファンなら喉から手が出るほど欲しがっているチケットなのだ。ネットオークションでは数十万円の値段がついており、チケットが取れずに悔しがっていたコナンもさすがに手が出せなかったのである。
「譲ってくれるのは嬉しいんだけど……」
「ん?」
「さすがに4月は物入りでね。チケット代払う余裕ないから……」
「やだ、そんな事気にしないでよ。私も貰ったんだし」
「でも……」
「テストの度に助けてもらってるからそのお礼と思ってくれればいいよ。ただしこのチケット、東京スピリッツサイドの席だからビッグ大阪ファンの哀には辛いかもしれないけど」
有無を言わさない調子でチケットを押しつけて来る歩美に哀はフッと笑うと「……彼、この試合行きたがってたからきっと喜ぶわ」と呟いた。
「あ……そうそう、コナン君には私から貰ったって言っちゃダメだよ」
「どうして?」
「もう〜、哀が誕生日プレゼントに用意したとなればさすがのコナン君も感動するじゃない!もしかしたらそのまま盛り上がってお泊まりとかv」
「な…!」
「連休明けの進展、楽しみにしてるからね〜」
言いたい事だけ言うと歩美はさっさと部活へ行ってしまった。



「5月4日?」
夕食を終えリビングでコーヒーを飲んでいたコナンは哀の問いかけに首を傾げた。
「ええ……何か予定ある?」
「部活はないし、特に何もねえけど?」
予想通り自分の誕生日を忘れているコナンに哀は思わず苦笑すると、「これなんだけど……」と歩美から貰ったチケットを差し出した。受け取った瞬間コナンの顔がパッと輝く。
「凄え!4日のチケットじゃねえか!灰原、おめえ、よく取れたな!」
「あの……」
「ラウルとヒデの初対決が生で見れるなんて夢みてえだ!ありがとな!!」
「工藤君、違うの、そのチケットは……」
訂正しようとするものの、興奮状態のコナンには哀の台詞はまったく耳に入らない様子だ。「この席どの辺だ?」と、さっさとパソコンの前に座り込んでしまう。
(本当、事件とサッカーが絡むと子供なんだから……)
哀は溜息をつくと地下の自分の部屋へ下りて行った。



「……ねえ、哀、コナン君と喧嘩でもしたの?」
歩美が遠慮がちに話しかけて来たのは連休明けの昼休みの事だった。
「さあ……」
「さあって……二人とも朝から一言も口きいてないじゃない」
「よく分からないのよ。何か怒ってるみたいなんだけど……」
「『みたい』って……一体何が原因なの?」
「こっちが聞きたいわ。約束をすっぽかされたのは私の方なんだから」
「え?」
「ごめんなさい、せっかくチケット譲ってもらったのに……」
「まさか……」
「ええ、4日に杯戸町で殺人事件があってね。名探偵さんの出番だったって訳」
哀がコナンの方に視線を投げるとコナンもこちらの様子を伺っていたようで二人の視線がぶつかった。
「……おめえな、その事はきちんと謝っただろ?」
やれやれと肩をすくめるとコナンが二人の方へやって来る。
「ええ、そうね」
「じゃ、おめえも謝れよ」
「どうして私があなたに謝らなくちゃいけないの?」
「どうしてって……あんな嫌味なメール寄越しておいてその言い草はねえだろ!?」
「だから嫌味なんて書いたつもりないって言ってるでしょう!?」
「おめえにその気はなくても充分嫌味なんだよ!!」
「ちょ、ちょっと……」
慌てて間に入ろうとする歩美だったが、時すでに遅かった。普段、滅多に声を荒げる事などないコナンと哀が言い争う様子はすっかりクラスメイトの注目の的となっていたのである。
「あ……」
好奇の視線に耐えられなかったのだろう。哀は席を立つと何も言わずに教室から出て行ってしまった。
「メール一つでそこまで怒らなくてもいいのに……」
「おめえはいつもアイツの味方だからな」
呆れたように呟く歩美にコナンはそっぽを向いた。
「そんな事ないよ。じゃ、そのメール見せて。哀が悪いと思ったらきちんと謝らせるから」
「……」
その言葉にコナンは無言で携帯を操作すると歩美に差し出した。しばらく黙って携帯の画面を見つめていた歩美だったが「ねえ、このメールのどこが嫌味なの?」と首を傾げる。
「あん?」
「哀らしいメールだと思うけど?」
「まあな。けどよ、いくら約束すっぽかしたとはいえ『ダメダメダメ』はねえんじゃねえか!?」
「へ…?」
大真面目な顔で憤慨するコナンの様子に歩美は嫌な予感に捉われた。
「ねえ、コナン君、まさか『X』の意味知らないんじゃ……?」
「オレだってそれくらい……『ダメ』って意味だろ?」
当然のような顔で答えるコナンに歩美がガクッと肩を落とす。
「本当、コナン君ってこういう事ダメなんだから。あのねえ……」



昼休みの終わりを告げるチャイムとともに屋上にいた生徒達が次々に教室へと戻って行く。その様子に自分も戻らなければと思うものの哀はその場から動けずにいた。
(らしくないメール、送るんじゃなかったわね……)
携帯の画面に映る送信済みの文章に哀はフッと苦笑した。
『せっかく歩美に貰ったチケットが台無しだけど……名探偵さんにとって事件は何よりのバースデイプレゼントかもね。歩美には私から謝っておくから頑張って解決して頂戴。 XXX 哀』
いつも素っ気無いメールしか交わしていない事もあり、せめて誕生日ぐらい可愛い女を演じてみようと思ったのだがどうやら誤解を招いてしまったようだ。
(普段が普段だから仕方ない……か)
いつまでも子供みたいにいがみ合っていても仕方ない。相手が嫌味だと感じたなら素直に謝るべきだろう。そう自分に言い聞かせると哀は昇降口の方へ振り返った。その瞳にコナンの姿が映る。
「午後の授業、さぼるつもりか?」
「あなたじゃあるまいし」
顔を見るとつい憎まれ口を叩いてしまう。そんな自分に苦笑すると哀はコナンを無視してさっさと歩き出した。
「灰原」
すれ違いざま声をかけられる。
「……何?」
「その……悪かった」
「え…?」
「オレ……勘違いしててさ……」
「勘違い…?」
「だから……その……『X』がキスマークだなんて知らなかったんだ……」
バツが悪そうなコナンに一瞬目を丸くした哀だったが「う……そ……」と呟くと思わず吹き出してしまった。
「……おめえな、そんなに笑わなくてもいいだろ!」
「だって……」
笑いが止まらない様子の哀を苦虫を噛みつぶしたような顔で見つめていたコナンだったが、「……ったく、本当、可愛くねえな」と苦笑すると彼女を抱き寄せた。
「あら、可愛くなって欲しいの?」
「いや。おめえの場合その憎まれ口がないとな」
「……その言葉、喜んでいいのかしら?」
「勿論」
当然といった表情のコナンに哀も笑顔になる。次の瞬間、二つの唇がそっと重なった。



あとがき



「XXX」の意味を「コナン」で知ったという話に世代の差を感じてしまいます。私の場合、Dreams Come Trueの4thアルバムでしたから。(もっとも私にとって今は「XXX」=某コミックですけど@爆笑)
英語がネイティブに話せる新一(コナン)が意味を知らないというのは少々無理あるなあと思いますが、せっかく原作で知らない事になっているので、こんな話を書いてみました。それにしてもウチのサイトの歩美はどんどん強力な女の子になっていくなあ。