何気なく上空を見上げたコナンの目にビルに掲げられたその文字は映った。
『あなたは誰と聖夜を過ごしますか?』



聖夜 Happy X'mas Time 〜高校3年生12月〜



(……ったく、何でこうなるんだよ?)
LAの抜けるような青空の下、暴走するワインレッドのフェラーリの助手席でコナンは溜息をついた。
そんな息子の様子などまったく気にするはずもなく、母、有希子はご機嫌な様子でハンドルを握っている。
「哀ちゃんはLAは初めて?」
「あ、はい……アメリカには以前留学していましたけど、西海岸ではなかったので……」
後部座席で緊張したように答える哀に「そう、良かったv」と有希子がウインクする。
「随分迷ったのよ、ハワイにするかこっちにするか。でも、哀ちゃん、あんまり賑やかなところ得意じゃないって聞いてたからこっちにしたの」
「すみません、気を使って頂いて……」
「いいのよ、それに結果的に正解だったし」
「え?」
「優作が出版社から解放されるのがギリギリになっちゃったから。NYからならこっちの方が便利だもの」
「そういえば……フサエさんの方はどうなったんじゃ?」
NYという単語に妻とも言える女性の事を気にかけたのだろう。哀の横に座る阿笠が心配そうに有希子に尋ねる。
「あ、そっちも大丈夫よ。家を出る時、優作から連絡があってね、フサエさんと同じ便に乗る事になったって言ってたから」
「それなら安心じゃ」
「……ったく。フサエさんは仕事で世界中を飛び回ってんだぜ?そんなに心配しなくても大丈夫だって」
苦笑するコナンに阿笠は照れたように「それもそうじゃの」と頭を掻いた。



事の始まりは2週間前。
帰宅したコナンの耳に「おお、ちょうど帰って来たわい」という阿笠の声が聞こえて来た。リビングへ入って行くと「有希子さんじゃよ」という台詞とともに受話器を渡される。
「母さん?」
嫌な予感が走りコナンは眉をひそめた。
(またとんでもねえ事言い出すんじゃねえだろな……)
「こっちは変わりねえから、じゃあな」とだけ言って切ってしまいたいのはやまやまだが阿笠の手前それも出来ない。コナンはソファに腰を下ろすと「何だよ、急に?」とぶっきらぼうに受話器に向かって呟いた。
「あら?随分な言い草ね。せっかく離れて暮らす母親が可愛い息子に久し振りに電話したっていうのに」
「別に頼んでねえし。っつーか母さんから電話してくるなんて、どうせロクな話じゃねーからな」
「ロクな話かどうかは聞いてみないと分からないんじゃなくて?」
「……で?一体何だってんだよ?」
「ね、新ちゃん、今度のクリスマス、ハワイかLAの別荘で一緒に過ごさない?」
「パス!」
間髪入れずコナンは切り捨てるように返した。
いつもは五月蠅いくらい付きまとってくる三人組が珍しく遠慮してくれた事もあり、哀にはまだ何も言ってないものの、今年こそ二人きりのクリスマスを過ごそうと固く決意しているのだ。夜景の綺麗なレストランもホテルのスイートルームもすでに予約してある。
「悪ぃけどオレ予定あるから」
勝ち誇ったように言うコナンだったがそれで大人しく引き下がってくれる母ではなかった。
「ふうん……じゃ、新ちゃんだけ仲間外れだけど仕方ないわね」
「……仲間外れ?」
「せっかく博士も哀ちゃんも了解取れたのに残念だけど……」
「なっ…!?」
思いがけない有希子の言葉にコナンは一瞬絶句した。
「了解取れたって……普通、息子のオレから誘うもんだろ!?」
「電話に出たのが哀ちゃん、博士の順番だったんだもの。仕方ないでしょ?」
「……」
抜かりのない母親が外堀から攻めた事は明らかでコナンは思わず溜息をついた。



「ねえ、新ちゃん、哀ちゃん」
ビバリーヒルズの一角にある工藤家の別荘に到着し、リビングでくつろいでいると有希子が声を掛けてきた。
「優作とフサエさんが到着するまで時間あるしちょっと出掛けない?」
「出掛けるって……観光するには時間足りねえんじゃねえか?」
「バカね、ちょっとその辺をブラブラするだけよ」
その言葉にコナンは思わず苦笑した。
「いや……オレ達は部屋で休んでるよ。久し振りに長時間飛行機に乗ってたせいかちょっと疲れたしな」
「あら、若者にあるまじき台詞ね」
突っ込む母に「うっせーな」とだけ言うとコナンは哀を促し二階へと上がって行った。
部屋へ入り二人きりになると「いいの?」と哀が口を開く。
「あん?」
「せっかくのお誘いを断っちゃって……」
「どうせ義理の娘とショッピングでも楽しみたいってところでオレは荷物持ちにさせられるのがオチだからな」
「でも……」
「母さん相手だとおめえも何かと気ぃ遣うだろ?一応、姑だし相変わらずテンション高いしな」
「そんな事……」
「それに、だ」
「……?」
「結婚して初めてのクリスマスだっつーのに、父さん達まで来たら絶対二人っきりになんてなれねえしよ」
コナンは悪戯っ子のように微笑むと、哀の身体を抱き寄せその唇に優しく口づけを落とした。腕の中の細い身体から力が抜けていくのを感じると軽々と抱き上げる。
「……疲れてるんじゃなかったの?」
「嘘だって事くらい分かってんだろ?」
「まあね」
あっさり肯定する妻に苦笑するとコナンはシーツの海へと彼女を誘った。



それから数時間後、優作とフサエも無事到着し、六人はダイニングで顔を合わせた。
「なんか……懐かしいわね、優作」
ふいに有希子がクスッと微笑む。
「そうだな」
両親の会話の意味が分からずコナンは「懐かしいって何が?」と思わず口にした。
「新ちゃんは小さかったから覚えてないだろうけど……昔は私達三人と博士、四人でよく夕食を一緒にとってたのよ」
「え?」
記憶にない話に首を傾げるコナンに「覚えていないのも無理はない」と優作が呟いた。
「お前がまだ物心つく前の話だからな」
「そうねえ……優作が『闇の男爵』シリーズを書き始める前の話だものね」
「あの頃から博士とは親戚みたいな付き合いだったが、まさか家族になるとはな。さすがの私も予測出来なかったよ」
「わしもじゃよ、優作君」
「……そ、そういえばさ」
両親と阿笠の間で交される言葉に照れ臭くなり、コナンは慌てて口を挟んだ。
「オレ、まだ明日のパーティーのドレスコード聞いてねえんだけど」
「ドレスコード?」
「オレ達はともかくわざわざフサエさんまでLAへ呼んだんだからそれなりに招待客いるんだろ?」
「やあね、新ちゃんったら」
コナンの言葉に有希子が吹き出す。
「普段着でいいに決まってるじゃない。私達六人だけだもの」
「え…?」
「日本ではすっかりイベント化してしまっているが、こちらではクリスマスは家族でゆっくり過ごすものだからな」
「正直、哀ちゃんの事はとっくに家族みたいに思ってたから今更とも思ったんだけどね。今年は戸籍上も正式な家族になった特別な年だから、どうしても皆で集まりたくて。それで博士はともかく、フサエさんにまで無理言っちゃったって訳」
「無理だなんて……一度ゆっくりお会いしたいとは思っていましたし」
阿笠の隣に座るフサエが上品な微笑みを浮かべる。
「私のために……」
いつの間にか哀の瞳から涙が零れていた。
組織によって家族を奪われた哀にとっては何よりのクリスマス・プレゼントだろう。自己中心的なクリスマスを考えていたコナンは恥ずかしい思いに駆られた。
「ありがと……な」
やっとの思いで一言呟くと「あら、新ちゃんにしては珍しく素直ね」と有希子がすかさず突っ込んで来る。
「『珍しく』は余計だろ?」
「赤くなっちゃって。か〜わいいv」
「……うっせーな。それよりパーティー、何時からなんだよ?」
「6時半からの予定よ。ただし、メイドさん達もいないから準備は全部自分達でしなくちゃいけないの。本当は今日済ましちゃおうと思ってたんだけどね〜」
「……悪かったな」
「明日はちゃんと付き合ってくれるわよね?」
「ああ」
コナンは思わず苦笑すると未だ涙が止まらない様子の哀の手をそっと握り締めた。



あとがき



日本ではすっかりカップルのイベント化していますが、アメリカなどではクリスマスは何より家族と過ごす日だという事から思いついたお話です。あちらでは逆に新年がイベント化しているみたいですが、この後帰国してしまうこのカップルは日本的な家族と過ごすお正月を迎えるんでしょうね@苦笑