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一方、現実世界でも混乱は起こっていた。
「付き合っておれん!息子は連れて帰る!!」
「私もそうさせてもらう!!」
ゲーム参加者の親達が係員の制止も聞かず、次々とステージに上がっていった。
「危ない!!止めるんじゃ!!」
阿笠がマイクで止めてもまったく聞く耳を持たない。コクーンに手をかけ強引にこじ開けようとする。
その瞬間、強烈な電磁波が起こり大人たちは吹っ飛ばされた。
「…!?」
<ゲームの邪魔は許さない!!今は軽く痺れさせただけだけど、次は容赦しないからね!!>
ノアズ・アークの言葉に会場は水を打ったかのように静かになった。
「…くそっ!何てヤツだ!!」
愛娘を人質に取られているような状態の小五郎が吐き捨てる。
「しかし、シンドラー社長、ヒロキ君が作り上げた人工頭脳がどうしてこんな暴走を始めたんです?」
「そ、それは……」
目暮の言葉にシンドラーが言葉に詰まる。
「私から話しましょう」
優作が口を開く。
「そもそもヒロキ君が父親と別れ、お母さんとアメリカに渡ったのは日本の学校教育に壁があったんです。例えば体育の授業を見学中、パソコンをいじっていると教師に遊んでいると言われてしまう。子供の個性を摘み取ってしまう硬直した教育現場は、ヒロキ君をパソコンオタクの変わった子供としか見なかったそうです。教育現場だけでなく、日本という国は個性というものを認めようとしない…ヒロキ君が人工頭脳を開発しようと思い立ったのは、自分の苦い経験が根底にあったんです」
「……」
優作の言葉に哀はアメリカへ留学していた当時の様子と今の米花小学校の様子を思い起こしていた。そして、個性が強い自分のような人間がもし日本で教育を受けていたならおそらくヒロキと同じように「変わった子供」と見られたであろう事は容易に想像がついた。
「つまり、日本のリセット…日本再生の方法を見つける前に自殺してしまったヒロキ君に代わって逃亡しながら成長を続けた人工頭脳、ノアズ・アークが具体案を見つけたのでしょう。日本の二世、三世が一同に会するこのゲームの発表会に、親が敷いたレールを走ればいいという社会そのものを壊せば日本は変わると」
「工藤先生はどうしてそんな事まで知っているんです…?」
白鳥が驚いた様子で口を挟む。
「実はこの一年、私と樫村は探偵と依頼人という関係で付き合って来ました」
「た、探偵!?」
「何を依頼されたんですか?」
「ヒロキ君の自殺の再調査です」
「ヒロキは自殺ではなく他殺だったというのかね!?」
優作の言葉にシンドラーが驚いたように叫ぶ。
「いえ…あの状況では自殺でしょう。何がヒロキ君を追い詰めたのか調べて欲しいと樫村に頼まれたのです」
「樫村さんとヒロキ君の関係は?」
「樫村はヒロキ君の父親です。幼い頃に離れ離れになったヒロキ君をあんな形で死なせてしまった事に樫村は深い自責の念を抱いていました……」
「……コナン君達がホワイトチャペル地区に入るぞ!」
阿笠の言葉にコンピューター制御室が緊張に包まれた。



薄暗い通路の果ては高圧電流のような壁だった。
「こ、ここに入るのか?」
元太の声が震える。相変わらずいざという時は一番逃げ腰になるようだ。
「行くぞ!!」
コナンは声をかけるとさっさと壁を通り抜けて行く。
「ちょ、ちょっと待てよ、コナン……」
「早くして下さい、後がつかえているんですから」
光彦がお構いなく元太を押し出す。
光の壁を通り抜けた時、9人は百年前のロンドンにいた。先ほど通り抜けた壁はいつの間にか消えていた。
「これが霧の都ロンドン…?ロマンティックというより不気味ね……」
蘭が思わず呟く。
「何か空気も汚れているみたい……」
「臭いもするぞ!!」
元太の『臭い』という言葉にコナンは苦笑した。
「ロンドンの霧ってのは水蒸気が凝結しただけの綺麗なものではなく、石炭や石油を燃やした煤煙が霧と複合して出来たスモッグの事なんだ」
「へー、こんな時代からスモッグってあったんだ」
歩美の呟きを遮ったのは近くから聞こえた女性の悲鳴だった。
「ジャック・ザ・リッパー!!」
考えるより先にコナンは走り出していた。悲鳴の聞こえた方向へ細い路地を駆け抜けて行く。すると女性の身体にナイフを突き刺している後姿があった。
「やめろっ!!」
コナンの声に反応してその人物は風のように立ち去る。
「逃がすかよ!!」
キック力増強シューズのスイッチを最大にすると手近に落ちていたブリキのバケツを蹴飛ばした。ところが、いつもなら一撃必殺のパワーがまったく出ない。バケツはむなしくカランと音をたてるとほんの50センチほどしか飛ばなかった。
唖然として我に返ると同時にコナンの右足を強烈な痛みが襲った。
「痛ってえーっ!!」
「コナンくーん!!」
蘭達がいつの間にかコナンを追いかけて来ていた。
「大丈夫!?コナン君」
「う、うん…」
(やべえな、これじゃあ武器がまったくない状態だ……)
蘭を安心させるために頷いたもののコナンは一人気を引き締めていた。
「Oh my God!!It's Jack the Ripper!!」
「Call the Police!!」
通行人が叫ぶ。しかし英語で言われては当然歩美達には分からない。
「何て言ってるの?」
「ジャック・ザ・リッパーだけは分かりましたけど……」
「Huh?What's going on?」
「Again!…また犠牲者が出たぞ!!」
「あ…日本語になりましたね」
どうやら現実世界でプログラムを変更してくれたようだ。
「まるで本物の世界だな」
「見るもの聞くもの、肌寒さもすべて本物です」
「……足の痛さも本物だったぜ」
コナンは思わず呟いた。
「はい、どいてどいて!!」
野次馬をかき分けて二人の警察官がやって来る。
一人が膝をついて遺体を一目見るなり、叫んだ。
「こいつは……おい、すぐにレストレード警部に連絡だ!!」
「はいっ!!」
「?」
コナンは警官達の会話に首を傾げた。
(レストレード警部…?)