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ロンドンに世界初の地下鉄が開通したのは1861年の話である。従ってこのゲームの世界においても存在しているはずだが、さすがにこの時間では営業しているはずはなく、コナン達9人はホワイト・チャペル地区からベイカー・ストリートまで歩く事をよぎなくされた。
「おい、コナン、まだ着かねえのか?」
相変らず元太が一番に弱音を吐く。
「ちょっとあるって言っただろ?」
「でもよお、もう大分歩いてるぜ?」
「しゃあねえな、じゃあ、少し休憩だ」
9人が明かりのあるところで足を止めた時だった。
「ねえ、あの建物、テレビのニュースでよく出て来ない?」
歩美が目を輝かせると南東の方向を指差す。
「イギリスの国会議事堂だよ。1852年に建てられたんだ。その横にある時計塔が…」
「知ってます、ビッグ・ベンですよね?」
「ああ、もっともこっちは1858年生まれだけどな」
海外旅行でもないが一応時計を現地時間に合わせておくか……とコナンがビッグ・ベンに目を向けた瞬間だった。
「な!?」
「どうしたの、コナン君?」
「針が…戻った」
「冗談言うなよな、そんな事がある訳……」
そう言って諸星秀樹が文字盤を見た瞬間、更に1分時計が戻る。
「と、時計が逆転するなんて……」
「……一体どういう事でしょう、コナン君?」
光彦が不安そうに呟く。コナンは考える時のクセで顎に手をかけた。
(0時50分から49分…?そして48分……)
「そうか!あれはゲームに参加している子供の数だ!!」
「2分戻ったっていう事は……」
「誰か二人、別のステージでゲームオーバーになったっていう事?」
「ああ」
「そんな…!」
蘭が思わず言葉を失う。
「……とにかくベイカー・ストリートへ急ごう!」
「そうね」
コナン達は再び歩き出した。



現実世界では、子供達一人一人がゲームオーバーになる度にコクーンがまるで封印されるかのようにステージから隔離され、親達の悲鳴が上がっていた。おまけにノアズ・アークがゲーム空間の声を現実世界に聞こえるようにしていたため、子供達が苦しむ様子は手に取るように分かる。
コナン達が行ったステージ以外では続々と脱落者が出始め、残りは43人になっていた。
一方、工藤優作がやって来た会場の入口は係員が数人いるだけで、しんと静まりかえっていた。
(会場への入口には金属探知機……犯人はどうやって凶器を持ち込んだのか……?)
優作の脳がフル回転をはじめる。
その足で今度はパーティー会場へと入って行く。ここも先ほどどはうって変わって静かな空気が流れていた。
会場中央で全体を見回した優作の目に隅に置かれた勇壮なブロンズ像が映る。
(そういえば……)
優作は先ほどここで会話していた二人の少年の事を思い出していた。「どーってことねえよ。みんな安モンの像だ」「こんなとこに高いモノなんか置く訳ねーだろ?」という台詞から、おそらく像に何か傷つけるような事でもしたのだろう。
ふと見上げると、天井に数機の監視カメラが備え付けられているのが目に入った。
「……」
優作の目が鋭くなった。



コナン達9人は明るい道を選んでベイカー・ストリートへと向かっていた。路地から大通りへ出ようとした時、警官二人が立ち話をしている事に気付き、先頭に立って歩いていたコナンは黙って後ろの8人の歩みを止めた。ここで補導でもされたら洒落にならない。
警官達の話ではマイター・ストリートの路地裏でまた犠牲者が出たようだった。一時間の間に二件、合わせて四件事件が起こっている事も分かった。
「怖い……」
歩美が思わず呟くと、両腕をギュッと抱え込んだ。
「大変な時代に来てしまいましたね」
「世紀末のロンドンは大英帝国最後の最も良き時代だったと言われているが、実際は貧富の差が激しくて、犯罪は悪質化し、人々の心が荒んでいった時代なんだ」
「そういえば新一に聞いた事がある……」
コナンの台詞に蘭が思い出したように呟いた。
「シャーロック・ホームズが時代の光だとすれば、切り裂きジャックは暗い影だったって……」
「じゃあ、時代の光に向かって急ごう!ベイカー・ストリートまであと少しだよ!!」
コナンは他の8人を励ますように言うと再び歩き出した。勿論、警官達が立ち去った事は確認済だ。
その時、一人の浮浪者の子供が反対方向から歩いて来た。アコーディオンを手に何やら口ずさんでいる。
「……ジャック・ザ・リッパーに気をつけろ、夜道でオマエを待ってるぞ……死にたくなけりゃどーするか?オマエも血まみれになるこった……」
すれ違う瞬間、コナンと少年の目が合う。しかし、少年はそのまま同じフレーズを繰り返し歌いながら去っていった。
「どういう意味かしら…?」
菊川誠一郎が不安そうに呟く。
「やられる前にやれって事じゃねえか?」
諸星秀樹が彼らしい台詞を口にする。
(……血まみれに?)
コナンは何かひっかかるものを感じていたがそれが何なのかは分からなかった。