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「そういえばあなた達、二週間前の事件でホームズさんに協力して大手柄だったそうね」
「!?」
ハドソン婦人の思わぬ台詞にコナン達は唖然として言葉を失った。
「……誰かと人違いしてるみたい」
歩美が状況を飲み込むように言った。
「そうか!オレ達のことベイカー・ストリート・イレギュラーズと間違えているんだ!!」
コナンが納得したように呟く。
「何だよ?それ……」
「ホームズが雇った浮浪者の子供達さ。大人じゃ入れない場所に潜り込んで情報収集する逞しい少年達なんだ」
「つまりボク達少年探偵団の先輩、って訳ですね?」
「そういう事!」
「さあさあ、お上がりなさい、温かいミルク・ティーでも入れて差し上げますよ」
ハドソン婦人に促されコナン達9人は下宿へと入って行った。
ホームズの部屋に通され、テレビで見たままの光景が目の前に広がり、少年探偵団の三人は歓喜の声を上げた。あまり興味がない蘭もさすがにこれには驚いて目を見張った。そして音信不通の幼馴染を思い出す。
「新一が知ったら羨ましがるだろうなあ……」
思わず声に出した瞬間、蘭は驚いて言葉を失った。いつの間にかコナンが中央の椅子に座り物思いにふけっていた。その姿に工藤新一が重なる。
(……似てる……新一に……)
蘭が声を出そうとした瞬間だった。
「まあまあ、ホームズさんにそっくりね。いつもそんな格好してらっしゃるのよ」
ハドソン婦人の言葉に蘭は「ホームズの真似だったのね」と妙に納得してしまった。
「じゃあ、お茶が入るまでくつろいでらっしゃいな」
ハドソン婦人は笑顔でそう言うと、部屋を後にした。
「おい、この写真誰かに似てないか?」
少年探偵団が何やら騒いでいる。コナンが目を向けると優作に似たホームズと阿笠に似たワトスンの写真があった。
(……ったく、父さんと博士……遊んでるよ、思いっきり)
「おい、のんびりしてる時間は無いんじゃねえのか?」
諸星秀樹がイライラしたようにコナンに話しかける。
「でも、お助けキャラもいないのに何をしたらいいの?」
菊川誠一郎が不安そうに呟く。
「きっとそこのメガネが知ってるさ」
「ホームズの事だからジャック・ザ・リッパーに関する資料を集めているはずだよ。だからここに上がらせてもらったんだ」
「じゃあみんなで手分けして探しましょう!」
蘭が二つのグループをまとめるように話しかける。
「じゃあ、私はそっちを……」
思いがけず誠一郎が積極的に動き出し、秀樹達三人もしぶしぶ動き出した。
「しっかし探すったって全部英語だよなあ……」
元太がブツブツ言いながら机の上の書物を繰り出す。英文にクラクラしていると突然文字が日本語に変わった。
「げっ、どうなってんだ、オレって天才か!?」
「……プレイヤーは英語が読めるようにプログラムされてるみてえだな」
コナンの冷めた台詞にがっくり肩を落とす。
「チェッ、だったらオレ、ずっとゲームの中にいてえなあ……」
「何を言ってるのよ、元太君!!」
「このままだとボク達、ゲーム・オーバーになって死んじゃうんですよ!!」
「わ、分かってるよ……じょ、冗談だって……」
歩美と光彦の迫力に元太が弱々しく呟く。
「あったわ!これじゃない!?」
蘭が一冊の簿冊を持って来た。表紙に『ジャック・ザ・リッパーに関する考察』と書かれている。コナンは早速ページを繰った。
「……一番最近起きた事件は……9月8日!!」
数枚の写真と共に事件のあらましがきちんと整理されている。
「二人目の犠牲者はハニー・チャールストン、一人暮らしの41歳の女性……遺体発見現場は、ホワイト・チャペル地区のセント・マリー教会に隣接する空き地……殺人現場の遺留品は、二つのサイズの違う指輪……」
(サイズの違う指輪……?)
指輪という物は何かといわくがある物だからかもしれないがコナンの中で何かが引っ掛かった。
「ロンドンを恐怖のどん底に突き落としたジャック・ザ・リッパーは前代未聞の社会不安を引き起こした点から、悪の総本山、モリアーティ教授につながっていると私は確信している……モリアーティ教授!?アイツまでゲームに登場するのか!?」
コナンの顔に緊張が走った。
「誰なんだよ、そいつ?」
「自分だけで納得すんなよ」
江守晃と滝沢進也が口々に不満を漏らす。
「ホームズの宿敵だよ。ロンドンの暗黒街を支配下に置き、ヨーロッパ全土に絶大な影響力を及ぼしていると言われている犯罪界のナポレオンさ」
「でもコナン君、確かモリアーティ教授ってなかなか姿を現さない人物じゃなかった?」
さすがの蘭もモリアーティ教授の名前は知っているようだ。
「うん、影で糸を引いている人物だからね。だったら彼につながる人物に接触するんだ。セバスチャン・モラン大佐に!」
「セバスチャン・モラン大佐?」
「教授の腹心の部下さ。ロンドン第二の危険人物だから接触は注意しないといけないけどね」
「コナン君よく知ってる……」
蘭の台詞にコナンはドキッとした。
「え?あ…ほら、ボクも新一兄ちゃんによく聞かされたから……」
「なあーんだ、そうだったんだ。でも、あのホームズおたくにしつこく聞かされたのが今回結構役に立ってるみたいね!」
蘭の微笑みにコナンは心の中で「しつこくは余計だよ」と突っ込んだ。
「で、そのモラン大佐はっと……」
机の上の小さなメモ帳に目を向ける。ホームズの覚え書きのようで大佐の根城はダウンタウンのトランプクラブと書かれていた。
「うっひょーお!!本物の銃だぜ!!」
突然、背後で元太が叫んだ。引き出しから一丁の拳銃を見付けたようだ。
「戻すんだ!元太!!」
コナンは思わず叫んだ。
「で、でもよう、おっかないヤツに会いに行くんだろ?」
「使い慣れてない武器は役に立たないし争いの元だ!!置いていけ!!」
コナンの迫力に「おまえの方がおっかねえよ」と呟きながら元太が銃を元あった場所へと返す。
コナンは先ほど引っ掛かったサイズの違う指輪の写真を簿冊から抜いた。ハドソン婦人には申し訳ないがあまりゆっくりしている訳にはいかない。
「さあ、遅くならない内に行こう!」
と声をかけると先に立って歩き出した。
そんなコナンが諸星秀樹が引き出しから元太が戻した銃をこっそり持ち出した事は知る由もなかった。