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深夜のロンドンの街は人通りも少なく寂しいものだ。
ガス灯がついてはいるものの霧のせいか薄暗く感じてしまう。
コナン達9人は警官に出会わないよう気をつけながらダウンタウンへと向かっていた。
目の前にビッグ・ベンが見える。時計の針は0時30分を指していた。
「あと30人か……」
コナンが思わず呟く。
「随分減っちゃったね……」
「ボク達の中からもそろそろ脱落者が出る頃ですね」
光彦の不吉ではあるが、的を得た台詞に元太は「いやな事言うなよな」と声を震わせる。否定したくても出来ない事は元太も感じているようだ。
その後、何分歩いただろうか。一行は目指すトランプクラブへ到着した。
「じゃあ、ボクは裏口から様子を見て来るから、みんなはここで待っていて」
コナンの言葉に蘭は「気をつけてね」としか言えない自分が歯がゆかった。本来なら一番年長である自分が行くべきなのだが子供であるコナンの方が潜り込みやすい事は否定出来ない。一緒に行っても足手まといになるだけだろう。
コナンは「うん」と頷いてみせると、早速裏口へと回った。幸運にも裏口は開けっ放しのようで、あっさり侵入に成功する。物陰に身を隠すと男達のざわめきをよそにコナンは目的の人物、モラン大佐の姿を探した。大佐は三人の男達とポーカーに興じているようだ。
(………ん?あの猿……)
コナンの目が大佐と対戦している男の背後で止まった時だった。
「どうだ、メガネ…?」
いつの間にか諸星秀樹と滝沢進也がすぐ後ろまでやって来ていた。
「どうしてここに……!?」
「手柄を独り占めしようったって、そうはいかないぜ」
どうあっても大人しく外に出てくれそうにはない。コナンは心の中で溜息をついた。



一方、哀はSビルの地下1階にやって来ていた。
犯行現場である「樫村ルーム」の入口には警官が一人張り付いている。
(……仕方ないわね)
哀はスカートのポケットからアトマイザーを取り出した。手の中にすっぽり隠すと両手で顔を覆い、警官の方へ歩いて行く。
「……クスン、クスン」
「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたんだい?パパやママとはぐれちゃったのかな?」
計算通り警官は哀の元へやって来ると膝をついた。その瞬間、哀は持っていたアトマイザーの中の液体をシュッと警官に向けて吹きかけた。
「う……ん」
警官が意識を失う。
「……ごめんなさいね、即効性の睡眠スプレーなの」
普段から護身用に持ち歩いている物である。
警官の身体を横たえると哀は「樫村ルーム」へ入っていった。遺体はすでに運び去られた後だったが血の痕がところどころに残っている。鑑識の置いた番号札に触らないように樫村が仕事で使っていたであろうパソコンのところへ足を進めた。
キーボードにはRとTとJのところに血がついている。
「……なるほど?工藤君はこれを見てゲームに参加したって訳ね」
コナン達が仮想世界でジャック・ザ・リッパーを追いかけている事から考えるとこの三文字はジャック・ザ・リッパーを表しているのだろう。
「ハードディスクは……ここまで壊されるのも見事ね」
哀もインターネットで情報を見ただけだがIT業界の裏世界で流通している強力なデータ消去プログラムがあるらしい。犯人はおそらくそれを使ったのだろう。
(ここにあったデータは犯人にとって都合が悪かった訳ね。このデータ消去プログラムを入手出来る人物は限られているし……となると怪しいのはあの人……でもどうして?)



「ストレート!!」
モラン大佐と対戦していた男が自信たっぷりにカードをショウダウンする。ところが、大佐の方は焦った様子すら見せない。
「悪いな、フラッシュだ」
「何っ!?」
「今夜はついてるようだ」
「くそーっ!!」
「わっはっはっは」
「……モランってポーカー強えんだな」
諸星秀樹が感心したように呟く。
「イカサマだよ」
「何っ!?」
「オマエわかんのか?」
「あそこに猿がいるだろ?その前には赤い実と黒い実が入った皿がある」
「あ、ああ」
「あの猿がモラン大佐に相手の手を教えているのさ。ハートとスペードなら右手、ダイヤとクローバーなら左手で、その色の実を数に応じて食べるように調教されているんだ。例えばスペードの3なら右手で黒い実を3個頬張ってな」
「チェッ!!汚ねえヤツだな!!」
秀樹が吐いて捨てるように呟く。先ほど感心させられただけに余計腹が立つようだ。
一方、コナンの目はモラン大佐が座っているテーブルに一つだけある空席に向けられていた。その椅子は他の物より明らかに豪華な物で、更に赤ワインとグラスまで用意されている。
(なぜあんなものが……)
その時、「イカサマだ!!」という鋭い声がコナンの思考を断ち切った。