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仮想世界のロンドンに朝日が昇る。霧の都といえどさすがに朝は清々しい。
コナンは一人ジャック・ザ・リッパーの第二の犯行現場、ホワイトチャペル地区のセント・マリー教会に隣接する空き地にやって来ていた。ハニー・チャールストンの遺体が発見された辺りを散策する。
(特に手がかりになりそうな物はないか……)
ロンドン警視庁も必死に調べたのであろう。ところどころに足跡が残っていた。
ふと教会の方に目を向けたコナンは入口に何やらビラが貼ってある事に気付いた。そこには『教会の親子バザー 十月も第二土曜日に親子バザーを開催します……』といったような内容が書かれていた。
(第二土曜日…?)
コナンの中で何かが引っ掛かった。
(待てよ、ハニー・チャールストンが殺害されたのは……9月8日、第二土曜日!!)



テムズ川に架かるウエストミンスター橋の袂へ戻るとすでに蘭、諸星秀樹、滝沢進也、江守晃の姿があった。「お待たせ!」と声をかけると蘭が待ちわびたように口を開く。
「遅かったじゃない!どこ行ってたの?」
「ちょっと街を探検に……」
犯行現場に行っていたなどと言えば「なんで一人で勝手に危ない事するのよ!?」と怒鳴られかねない。こういう時は笑って誤魔化すのが一番である。
「呑気だよなあ、対決の日だってのに……」
秀樹が呆れたようにコナンを見る。
「ところで……」
コナンはビッグ・ベンに目を向けた。0時15分を指している。
「残りは15人か……」
「私達を除くと10人ね……」
蘭の表情も険しくなる。
その時、遠くから新聞売りの少年の声が聞こえて来た。
「またジャック・ザ・リッパーが出たよ!!今度は犠牲者が二人も!!」
「サンデータイムズ一部下さーい!!」
コナンは慌てて声をかけた。
「はいよ!!」と少年から元気に返事が返ってきた時になって自分が日本円しか持っていない事に気が付く。
「……しまった!!ポンド持ってねえ!!」
ところが「ほい、80円」という声とともに新聞が差し出された。
「は…はは、便利なこった……」
コナンは苦笑すると80円分の硬貨と引き換えに新聞を受け取った。
早速、広告欄を開く。いくつもの広告の中にそれはあった。
『今宵、オペラ劇場の舞台を掃除されたし。MからJへ』
必要最小限の文字しかない事から見てもモリアーティ教授の指令である事は明らかだった。
「MからJへ……モリアーティからジャック・ザ・リッパーへって事ね」
「でも、舞台を掃除ってどういう意味だ?」
進也が訳が分からないというふうに呟く。
「舞台に登場する役者を殺害しろという意味か……?」
コナンは劇場案内の欄を探し、ページを繰った。
「これだ!『凱旋公演!ワルシャワ王室オペラのプリマドンナ、アイリーン・アドラー!!』」
コナンの表情が厳しくなった。
「誰なんだ?アイリーン・アドラーって?」
秀樹はコナンの表情の微妙な変化に気付いていない様子だった。
「……ホームズが生涯で唯一愛した女性と言われているんだ」
「じゃあ、ホームズの愛する女性を殺しのターゲットにしたって事!?非道い……」
蘭も顔色を変える。
(モリアーティ教授…掛け値なしの悪党だぜ!!)



Sビルのコンピュータールームで哀は一人考え込んでいた。見付けたファイルはそのままの状態では保存出来ないようにプログラムされている。こうなったらパスワードを解くしかない。まして時間もないのだ。
哀は一呼吸すると意を決したように『Enter Password』という表示の次に『Hiroki』と入力し、エンターキーを押した。途端に『Error!!』という警告とともに『パスワードが違います』という表示が現れる。
「……そう簡単にはいかないわね」
ふうっと一息つく。
ただ、工藤優作の説明を聞く限りでは樫村という男は別れた後も息子、ヒロキの事を大切に思っていたのは確かなようだ。そうなると他のパスワードは思いつかない。
(どうすればいいの……?)
哀の中に焦りがひろがった。