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アイリーン・アドラーが出演するオペラ劇場前までやって来るとコナン達はビッグ・ベンを仰いだ。時計の針は0時5分を指している。コナン達5人を除き他のステージは全滅してしまったようだ。
「それじゃ、行こう!」
コナンの言葉に蘭、秀樹、進也、晃は黙って頷くと劇場裏口から楽屋へと足を進めた。
しばらく歩いて行くと「こらっ」と太った男に呼び止められた。白手袋を持っているところからすると劇場関係者だろう。
「ここから先は関係者以外、立ち入り禁止だ!戻った、戻った」
「あ…私達、アイリーン・アドラーさんの知り合いなんです。本番前に激励を……」
蘭が打ち合わせ通りの台詞を口にする。男はすっかり信用したようだ。
「おう、彼女の知り合いかね?」
「はい!!控え室はどこですか?」
コナンがにっこり笑って持っている花束を抱え上げる。
「一番奥にあるポスターが貼ってある部屋だよ」
「ありがとうございます」
蘭が頭を下げると男は立ち去って行った。
教えてもらった部屋には宗教画を思わせる大きなポスターが貼られていた。蘭はアイリーンがどんな人物かわくわくしているようだ。コナンには大体の予想はついたものの話す訳にもいかない。
ドアをノックすると「どうぞ」と声が返って来る。「失礼します」とコナンがドアを開けると一人の女性が椅子から立ち上がり、振り向いた。予想通り、アイリーンは母、有希子のそっくりさんだった。
「新一のお母さん!?」
蘭が目を丸くする。だが、この世界の有希子は彼女であって彼女ではない。
「失礼ね!私はまだ独身よ!!」
と言うと顔をしかめた。
「あ、すみません…」
「ウフ、冗談よ。正確に言えば離婚して独身に戻ったんだからv」
「はあ……」
「あの、ホームズさんから花束です」
コナンはアイリーンにからかわれて困っている蘭に助け船を出すように持っていた花束を差し出した。
「まあ、ありがとう!ホームズさんはどちらに?」
「それが……今夜の舞台を楽しみにしてたのですが、事件で出かけて伺えないんです……」
「そう…残念ね……」
「今夜の舞台、中止して下さい!!」
なかなか本題に入れない事に苛立ちを感じたコナンはアイリーンと蘭の間に割って入った。アイリーンが驚いたように目を丸くしてコナンを見る。
「ホームズさんの宿敵、モリアーティ教授があなたに殺し屋を差し向けたんです!!」
「何のために私を…?」
「あなたを失った時のホームズさんの悲しみを見たいからです!!」
コナンの緊迫した台詞にアイリーンはフッと微笑んだ。
「私も見てみたいわ。ホームズさんがどのくらい悲しんでくれるのか……」
「いいんですか?ジャック・ザ・リッパーの五人目の犠牲者になっても!?」
蘭が思わず叫んだ。ところが当のアイリーンは問題はないと言いたげだ。
「あら、皆さんが守ってくれるんでしょ?ホームズさんの代わりに……」
「あ……」
蘭が言葉を失う。「肝がすわっているよな、この女」という秀樹の囁きにコナンは実際の有希子の性格を思い苦笑いする他なかった。



間もなく公演が開演された。アイリーンの美しい歌声に満員の観客が酔いしれている。コナン達は舞台袖から注意深く会場全体に注意を払っていた。あんな指令を出したのだ。おそらくこの観客の中にモリアーティ教授もいるに違いない。
公演がクライマックスを迎えようとした時だった。ドオンという大きな爆発音がしたかと思うとオペラ劇場は地震が起きたような大きな衝撃に襲われた。
「何だ!?」
「どうしたんだ!?」
会場がパニックに包まれる。
舞台袖で何とかバランスを保っていたコナン達の目に舞台天井のスポットライトがアイリーン目がけて落下しようとしているのが見えた。
「きゃああああっ!!」
「危ないっ!!」
次の瞬間、ドンッという鈍い音と共にスポットライトが落下した。
(一体…!?)
コナンは思わず駆け出した。舞台袖にいた誰かが飛び出したのは分かった。だが、果たしてどうなったのであろうか。
「滝沢!!江守!!」
秀樹の声に飛び出した人物が進也、晃の二人である事が判明する。
アイリーンは無事だった。しかし、進也と晃の身体は虹色の光に包まれていた。二人はその時になってはじめて飛び出したのが自分だけではなかった事に気付いたようだった。
「チェッ…ゲームオーバーか……」
「悔しいなあ……」
苦笑いする二人にアイリーンが近寄ると膝をついた。
「ありがとう……おかげで助かったわ……」
優しい微笑みに二人はどちらからともなく微笑んだ。
「人に感謝されたのって…初めてだな」
「い、いいもんだね…」
秀樹は進也の「後は頼んだぜ!」という台詞に「任せとけ!!」と力強く答えた。その真剣な瞳に蘭が微笑む。
同時に二人の身体が消えてなくなった。