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思いつくままの単語を入れては消し、また入れては消し……哀はもう何度この作業を繰り返しただろうか?どうしてもエンターキーを押す事が出来なかった。
(何やってるのかしら?私……)
自分らしくない行動に苦笑する。
(全然関係ない言葉なのかしら?だったらどうしようもないわね……)
哀は思わず虚空を見上げると目を閉じた。
その時、ふいに懐かしい声が聞こえた気がした。哀はその心地よさに引きずり込まれた……



「……保、志保ったら!」
「え?何?お姉ちゃん」
「もう!パソコン買って来たら私が教えてあげるわね、何て言ってたくせに薄情なんだから!」
「ごめん、ちょっとボーっとしちゃって……」
「研究のしすぎじゃないの?ダメよ、無理しちゃ」
「……分かってるってば。で?どこまで出来るの?」
「最初の設定は電気屋さんがやってくれたし立ち上げるくらいは出来るわよ」
宮野明美はパソコンの電源を入れた。
少したって『Enter Password』という表示が現れる。
「……パスワード?お姉ちゃん、良く設定出来たわね」
「いっつも志保に機械音痴ってバカにされるからこれでも一生懸命勉強したんだから」
「じゃあ早速入れてくれない?いつまでたっても先へ進まないわ」
「はいはい、えっと…Shiho……」
「……何だ、お姉ちゃん、私の事バカにするからてっきり付き合っている人の名前かと思ったのに」
「残念ながら今付き合っている人はいないし、仮にいたとしてもパスワードにはしないわ」
「どうして?」
「だってずっとその人と付き合うか分からないもの。その点、志保は何があっても私の妹でしょ?」
「そういう問題じゃないと思うけど……実行でいいのね?」
「待って、パスワードはまだ続きがあるの」
「えっ?」
「……Miyano……っと」
「お姉ちゃん……」
「夫婦別性の時代に言うのも何だけど『宮野』は私達姉妹の絆みたいなものだから……ね?」
「絆……」
志保は言葉を失った。



「……お姉ちゃん!?」
哀はハッとして四方を見回した。勿論、姉の姿がある訳がない。
だが、哀は確かな答えを教えてもらった気がした。『Enter Password』という表示の次に『HirokiKashimura』と打ち込み、エンターキーを押した。『Password OK』という表示が出たかと思うと、ファイルが開く。
(ありがとう、お姉ちゃん……)
哀は心の中で亡くなった姉に感謝した。



オペラ劇場では次々に爆発が起こり、逃げまどう人々でパニック状態になっていた。
コナンも蘭、アイリーン、秀樹に続いて炎上する建物から避難していた。
「後ろへ!!」
蘭の突然の鋭い制止の声にその先を見るとジャック・ザ・リッパーがまさに襲いかかろうとして来ていた。
「はあああっ!!」
蘭が渾身の回し蹴りで応戦する。が、ジャック・ザ・リッパーは素早い身のこなしで避けると更に襲いかかって来る。
「くっ!!」
蘭が身構えたその時、警官が応援を呼ぶ笛が聞こえて来た。
「チッ…!!」
状況が悪いと判断したのだろう。ジャック・ザ・リッパーはふいに身を翻すと石畳の道を逃げ出した。
「待ちなさい!!」
蘭、秀樹が追いかけて行く。コナンはアイリーンに警官と一緒にいるよう指示すると二人の後を追った。
今度こそ絶対に逃がす訳にはいかない。コナンの頭に自分達を信じて消えていった少年探偵団、菊川誠一郎、滝沢進也、江守晃の顔が浮かんだ。



その頃、工藤優作がコンピューター制御室に戻って来た。
「どうなってます?」
「コナン君達が切り裂きジャックと出会ったよ。今追いかけとる」
「そうですか……」
優作は阿笠の側へやって来るとモニターを見つめた。
「チャリング・クロス駅!?」
「……一番マズイ展開じゃな」
阿笠の声が険しくなる。
「一体、何があるんです?」
訳が分からないといった表情の小五郎に優作が答える。
「チャリング・クロス駅発最終列車……とびっきり危険なクライマックスです……」