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ジャック・ザ・リッパーをチャリング・クロス駅へと追い込んだまでは良かったが、今、まさに発車しようとする列車に飛び乗られてしまった。
列車は徐々にスピードを上げていく。蘭、秀樹、コナンは必死になってコンコースを走った。
列車の最後尾までやっと追いついたコナンの目にそれは飛び込んで来た。
(ワイン……?)
どうやら客車と貨物車、両方連結されているようだ。
秀樹が列車に飛び乗る。
「コナン君、先に乗って!!」
蘭の声にハッと我にかえると秀樹の後に続く。蘭が飛び乗ったのは列車がコンコースを離れるまさに直前だった。
三人とも息が荒い。だが、そんな事を気にしている時間はなかった。
客車のコンパートメントを注意深く観察しながら三人は車掌室までやって来た。
「ええっ!?ジャック・ザ・リッパーが変装して乗客に紛れ込んでる!?」
事の成り行きを蘭が説明すると、車掌は驚いて目を丸くした。
「すぐに乗客を一つの車両に集めて下さい!!」
「わ、分かりました」
そうこうしている間も列車は夜の闇を駆け抜けて行った……



開いたファイルには数人の遺伝子の情報が保存されていた。
(なるほど、DNA探査プログラムのためのデータって訳ね。この中にある犯人にとって都合が悪い情報って何なのかしら……?)
哀はさきほどパーティー会場で阿笠から受け取ったMOをパソコンのドライブにセットした。
(早速使う事になるとは…ね)
MOの中身はヒロキ・サワダによって開発されたDNA探査プログラムで、本来は別の目的で使うつもりだった物だ。
APTX4869を飲んで工藤新一と自分だけが死ぬことなく幼児化した。もしかしたら彼と自分の遺伝子に何か共通のものがあるのではないか?そう思い、日本では入手困難なこのプログラムをアメリカへ行ったついでに阿笠に手に入れてもらったのである。
哀は試しに一つのデータをプログラムに入れてみた。瞬時にそのDNAの詳細な情報や祖先にあたる人物名などが弾き出される。
(凄い……でも、これじゃ犯人が消したかったデータが何なのか分からないわね……)
すると哀の心を読んだように再びモニター上のカーソルが動き出した。ある二つのデータを選んだかと思うとその文字が現れる。
<T・Schindler=H・Charleston>
(シンドラー……とりあえずこの辺にヒントがありそうね)
哀は急いで開いたデータをMOにコピーするとコンピュータールームを抜け出し、米花シティーホールへ戻って行った。



乗客は全部で13人だった。あからさまに不愉快な顔をした者、不安そうな顔をした者、態度はさまざまだったが全員押し黙っている。
「車掌さん、あのね……」
コナンは車掌の腕を引っ張ると耳元で何やら囁いた。車掌は「わ、分かった」とだけ言うと乗客達の方に向き直った。
「それでは皆さん、両手を上げて下さい。凶器を持っていないかどうか確かめさせて頂きます!」
乗客達が黙って両手を上げる。コナンは鋭い目で乗客達を一通り見回していった。
しばらくしてコナンが頷くと「ありがとうございました、もう下ろして頂いて結構です」と車掌が乗客達に告げた。
「ではこれからミスター・ホームズの資料に書かれてあった事を説明します」
コナンは乗客達に向き直ると自分の推理を話し出した。『ホームズの資料』と言ったのは子供の言う事をまともに聞いてくれるはずがないと思ったからだ。
「この中に紛れ込んでいるジャック・ザ・リッパーの二人目の犠牲者、ハニー・チャールストンは、ウインザーという街で結婚していましたが、彼女は夢多き女性で十年前に夫と息子を捨ててロンドンへ出て来ました」
コナンはホームズの部屋から持ってきたサイズの違う指輪の写真を取り出した。
「この二つの指輪はハニー・チャールストン殺害現場の遺留品です。一つはハニーの物、もう一つは同じデザインですがハニーのどの指にも合いませんでした。それをミスター・ホームズはこう推理しています。この二つの指輪は被害者ハニー・チャールストンとジャック・ザ・リッパーの母子の絆を象徴しているのではないかと」
「じゃあ、その小さな指輪はジャック・ザ・リッパーの物って事か?」
思わぬ話の方向に秀樹が目を丸くする。
「そう、ハニーは同じデザインの指輪を息子の指にはめて家を出たんだ」
「えっ!?それじゃジャック・ザ・リッパーは自分の母親を殺害したって事!?」
蘭が驚いて口を挟む。
「う、うん…資料によるとハニー・チャールストンが殺害された9月8日、この第二土曜日はホワイトチャペル地区の教会で月に一度、親子で作った物を持ち寄るバザーが開かれる日だったんだ。それをジャック・ザ・リッパーも知っていたんじゃないか、って」
「へーえ、そんな事まで書いてあったんだ……」
蘭が「そうだったっけ?」と言いたげに首を傾げながら呟く。実際は資料に書いてあった訳ではなく、今朝、コナンが調べ上げた事なのだからその反応は当然であろう。一方、秀樹の方はまったく疑っていないようだ。
「つまりジャック・ザ・リッパーは母親とバザーに参加したかったって気持ちを込めて指輪を二個置いてったっつう事か?」
「うん、そういう意味だって」
「……じゃあ殺人の動機は自分を捨てた母親への恨み……でもそれは愛情と背中合わせの殺意……悲しいわね……」
蘭が目を伏せると言葉を失った。
「一人目に無関係な女性を選んだのは警察の目を誤魔化すためだったんだって」
「でもよ、犠牲者は三人目、四人目って……」
「モリアーティ教授の英才教育がジャック・ザ・リッパーを異常性格犯罪者に育て上げてしまい、母親の恨みを晴らしても母親と同じような女性を次々と襲うようになってしまったんだ」
「それで…どいつだ!?」
秀樹が興奮して身を乗り出す。コナンは不敵に微笑んだ。
「子供の頃から同じサイズの指輪をはめ続けていたら……その指はどうなると思う?」
「え?」
「多分、十本の指の中でその指だけ細いはずだよ」
乗客達が一斉にざわめく。ある者は自分の指を仰ぎ、ある者は隣の者の指を見た。コナンは構わず続けた。
「ジャック・ザ・リッパーは…おまえだ!!」