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消えた蘭とジャック・ザ・リッパーを追ってコナンと秀樹は列車の先頭までやって来た。しかしその姿は見えない。
「この先は機関室しかねえぞ!!」
秀樹の言葉にコナンは何も答えず石炭車へと進んで行った。小学一年生の姿では連結部分を飛び移ったり梯子をよじ登ったりするのは大変だが、そんな事は言っていられない。
機関室までやって来た二人は驚きのあまり思わず立ち尽くした。運転士の姿まで消えてしまっていたのだ。
「とにかく列車を止めよう!」
「ああ」
コナンと秀樹は機関室へと入って行った。
事態は最悪だった。ブレーキが壊されている上、燃料が目一杯詰め込まれているせいで列車がどんどん加速しているのだ。
「おい、あの姉ちゃん、一体どこに……!?」
列車の中は隅々まで探した。残る死角は……
(まさか!?)
コナンは慌てて身を翻すと機関室の梯子を登って行った。
「いた!!」
はるか後方の客車の上で蘭は一人、ジャック・ザ・リッパーと死闘を繰り広げていた。
「蘭姉ちゃーん!!」
攻撃と防御に必死の蘭にコナンの声は届いていないようだ。
(オレ達子供が下手に近づいたら、蘭の足手まといになるだけだ!どうする…!?)
その時、ジャック・ザ・リッパーがコナン達の姿に気付いた。
「……ガキどもも来やがったか、先に片づけてやる」
「ダメッ!!」
蘭が慌ててジャック・ザ・リッパーに拳を突く。
「おっと」
おそらくコナン達がやって来たのを見て焦ったのだろう。蘭の拳は虚しく空を突いた。そんな蘭にジャック・ザ・リッパーがナイフを振り下ろす。
「はっ…!」
ナイフを握った右手を避けるのが精一杯だった。左手でみぞおちを殴られ蘭はその場にうずくまった。まともに食らったようで酷く咳き込んでいる。
「蘭姉ちゃん!!」
「……人の心配をする前にてめえの心配をするんだな」
ジャック・ザ・リッパーは不敵に微笑んだ。
「お前の望みは何だ、ジャック・ザ・リッパー!!」
「望みだと?」
「母親を殺害して長年の恨みを晴らした今、何を望む!?」
「生き続ける事さ!!オレに流れている凶悪な血をノアの方舟に乗せて次の世代へとな!!ハーハッハッハッハ!!」
ジャック・ザ・リッパーが高笑いした。



「……なるほど、これが樫村殺害の動機ですね?」
モニターから流れるジャック・ザ・リッパーの笑い声を背に優作はシンドラーに呟いた。
「切り裂きジャックの血はまるでノアの方舟に乗せられたかのように現代まで生き続けた……あなたはジャック・ザ・リッパーの子孫ですね?」
「……」
シンドラーは押し黙ってしまい何も言わない。
「……恐らくヒロキ君はDNA探査プログラムでそれを知った。IT産業界の帝王が百年前の連続殺人鬼の子孫などと世間に知られたら身の破滅、だから口封じのためにヒロキ君を自殺へ追い込み、更にそれに気付いた樫村を殺害した。違いますか?」
「世界屈指の推理小説家だか何だか知らないがとんだ検討違いもいいところだな。私がジャック・ザ・リッパーの子孫だと?どこにそんな証拠がある!?」
「犯行に使われた短剣はシンドラー一族の先祖から伝わる由緒正しい物だそうですね。凶器はどうしてもあの短剣でなければならなかったとすれば……」
「馬鹿馬鹿しい!そこまで言うならもっとはっきりした証拠を出したまえ!!」
「……」
優作とシンドラーの会話に哀は自分の持っているMOの意味を知り、ギュッと握りしめた。



疾走する列車の天井でコナン、蘭、秀樹の闘いは続いていた。
動けない蘭の守りを秀樹に任せるとコナンはジャック・ザ・リッパーに向かっていった。しかし何の武器もない状態ではいざナイフを振り回されると逃げるだけで精一杯だった。
「逃げてばかりではオレを捕まえられないぞ。あと十分で終着駅だ。運転士のいないこの列車はどうなるかな?」
コナンはハッとした。このままでは列車は駅に衝突する。ジャック・ザ・リッパーを何とかしてもゲームオーバーになってしまうかもしれないのだ。
「もっとも駅に突っ込む前にお前はお陀仏のようだ」
ジャック・ザ・リッパーが不敵な笑みを浮かべる。
「何っ!?」
「メガネ、後ろォーっ!!」
秀樹の必死な叫びに振り向いたコナンの目の前にトンネルの入口が映った。
「!!」
間一髪のところで天井に伏せる。ところが、それが隙になった。
いつの間にかジャック・ザ・リッパーがコナンの目の前まで来ていた。立ち上がろうとした瞬間、足で胸を踏みつけられる。
「うっ!!」
「ここまでだ、小僧!!」
「そんな事……させないっ!!」
蘭がやっとの思いで立ち上がるとジャック・ザ・リッパーに体当たりするが力は出ない。あっという間に振り払われてしまった。
「メガネを放せーっ!!」
今度は秀樹が向かって行く。しかし、コナンを押さえつけている方の足とは逆の足であっさり払われてしまった。
「うわっ!!」
「諸星君!!」
何とか天井にしがみついた秀樹の身体を蘭が支える。その彼女の目に今まさにジャック・ザ・リッパーに切り裂かれそうになっているコナンの姿が映った。
(どうすればいいの?新一……新一ならこんな時どうするの?)
「……オレはその時のホームズの台詞で気に入ってるヤツがあるんだ。何だか分かるか?」
突然、蘭の脳裏に新一の声が聞こえて来た。
「それはさ、君を確実に破滅させる事が出来れば公共の利益のために僕は喜んで死を受け入れよう……」