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気が付くとコナンはゲームスタート時にいた薄暗い空間に横たわっていた。秀樹はまだ気を失っている。
『血まみれ』というキーワードは赤ワインでショックを和らげろという意味だったのだ。コナンは幼い頃から自分を一人前に扱ってくれた父に感謝した。あの事件の事を思い出さなければゲームオーバーになっていただろう。
その時、虹色の光が一点に集中すると一人の少年が現れた。
「……おめでとう、君達の勝ちのようだね」
「ノアズ・アーク……いや、ヒロキ君と言った方がいいか……あ」
「大丈夫、今は現実世界との交信を切ってあるから」
「アコーディオンを弾きながら歌を歌っていた浮浪者の少年は君だろ?君自身がお助けキャラだったんだ。他にも色々なところに赤ワインというヒントを絶えず置いてくれた」
「やっぱり気付いてたんだ」
「君は俺達を危険な目に遭わせながら本当はオレ達が一致団結して危機を乗り越える事を信じていたんじゃないのか?日本のリセットとは二世三世を抹殺する事じゃない。親の力を頼りにする事なく壁を乗り越え、ゲームを通じて成長するオレ達を君は期待していたんだろ?」
「……」
コナンの言葉が間違っていないのはヒロキの涙が雄弁に語っていた。
「……羨ましいよ。離れていても心が通じ合っている君と君のお父さんが……信じ合える仲間がいる君が……」
「……」
「君のお父さんと仲間がボクのお父さんの仇を取ってくれたんだ。ありがとう」
「ヒロキ君の心はいつまでもノアズ・アークの中で生き続けるんだろ?」
ヒロキは静かに首を横に振った。
「……ボクのようなコンピューターが生きていると大人達が悪い事に利用してしまう。人工頭脳なんてまだ生まれちゃいけなかったんだ」
「……」
否定してやりたくても出来ないヒロキの台詞にコナンは言葉を失った。
「そろそろお別れだ。君は君の世界に戻るといい。でも、目が覚めてもみんなにこれだけは知っていて欲しい。現実の人生はゲームのように簡単じゃないとね」
コナンが力強く頷くとヒロキはやっと微笑んだ。その姿が虹色の光に包まれ次第に消えていく。どこからか「さようなら、工藤新一」という声が聞こえて来た。
「う……ん」
その時、秀樹が意識を取り戻した。
「なんだ、気がついてたなら起こしてくれよ」
憎まれ口を叩くが顔は笑っている。
「立てるか?」
「ああ……なあ」
「何だ?」
「メガネ……お前一体何者なんだ?」
「江戸川コナン、探偵さ!」
「探……偵?」
「さあ、戻るぞ」
「お、おう」
二人は光の差す方向へと歩き出した。



コクーン会場はしんと静まりかえっていた。コンピューター制御室でコナンと秀樹の最後の奮闘を見つめていた優作、阿笠、小五郎もこの会場へ来て二つだけ残っているコクーンをじっと見つめていた。
すると突然、ステージから隔離されていた48個のコクーンが次々と現れた。
「やったようじゃな!」
阿笠の声に優作は静かに微笑んだ。
会場に明かりが戻ると親達が一斉にステージへ駆け上り、我が子を抱きしめた。
「ふうっ…」
コナンはブレインギアを外すと思わず溜息をついた。
いつの間にか少年探偵団の三人が傍へ来ていた。
「コナン君、生き返らせてくれてありがとう!」
「結構頑張ったよな、オレ達!」
「凄い冒険しちゃいましたね!」
懲りねえヤツら……とコナンは思わず苦笑した。そこへ哀がやって来る。
「あ、灰原さん!」
「やっぱお前も参加したかったと思ってんじゃねえか?」
元太の問いに「別に」と答えるとコナンの方に向き直る。
「お疲れ様」
「ま、何とか帰って来られたみてえだな」
「名探偵さんらしくない台詞ね」
「一時はどうなるかと思ったからな」
「あら、お助けキャラなんかいなくても私達にとってのホームズはあなただもの。ホームズに解けない事件はないんでしょ?」
「え…?」
コナンが思わず顔を赤らめ、言葉を失うと「なーんてね」と言い残し、哀は立ち去ってしまった。
「は、はは……」
「コナン君!」
今度は蘭がにこにこ笑って近寄って来る。
「コナン君ならきっとやってくれると信じていたよ」
「でも蘭姉ちゃん、あんな状況で後ろ回し蹴りなんて無茶しすぎだよ」
「だって新一の好きなホームズの言葉を思い出しちゃったんだもの」
「えっ?それって、ホームズとモリアーティ教授が初めて会った時の言葉の事?」
「あら?コナン君、どうして知ってるの?」
蘭の訝しげな表情にしまったと気付くがもう遅い。
「あ、いや、ホラ、ボクも新一兄ちゃんから……」
自分でも苦しいと思って言った台詞だが、蘭は気付いていない様子だった。
「なあんだ。でもしつっこく聞かされたおかげで今回は助かっちゃったね」
蘭の極上の微笑みにコナンは心の中で「だから、しつっこくは余計だって……」と再び突っ込んだ。
その時、「蘭っ!!」という小五郎の叫び声が聞こえて来た。余程心配だったのか大声で泣き喚いている。蘭の方が呆れ果てている様子だ。
その様子を見守っていたコナンの元に一人の人物が近寄って来た。父、工藤優作だった。
「……お前にしては時間がかかったな」
「ああ、結構楽しめたよ」
「ふ……」
どちらからともなく二人は微笑んだ。
ふいに何かの機械が消えていくような音が聞こえて来た。それはノアズ・アークが自らの命を絶とうとしている音だった。
「安らかに眠れ、ヒロキ君……」