同じ頃、一台の車が米花シティホールの前に横付けされた。
現れたのは工藤優作、世界にその名を轟かす有名な推理小説家であり、コナン、すなわち新一の父親だった。
一斉に炊かれるフラッシュに目もくれず、階段を上がっていく。こういった状況に慣れているのだろう、実に堂々としたものだ。随行の阿笠は雰囲気に飲まれてしまい、優作より少し離れて上っていった。
金属探知器検査を終えると、やっとマスコミのフラッシュから解放され、ホッとした阿笠は優作に話しかけた。
「新一君も来ているはずじゃ。久しぶりに親子水入らずの対面をしたいじゃろ」
阿笠の言葉に優作はいたずらっぽく微笑むと、人差し指を口の前に立てた。
「博士、私と彼の関係についてはこれですよ」
「分かっとるよ」



「皆様、ステージにご注目下さい」
パーティー会場の司会者がアナウンスを始めた。
「ただいま、コクーンのゲーム・ステージのためにアイデアを提供して頂いた工藤優作先生がアメリカからご到着です!!」
会場が拍手に包まれる。優作は舞台の上から手を挙げて応えた。
「ふ…」
その様子を皮肉な目で見つめる者が一人。もちろん、コナンである。
「いやー、やっと帰って来られたよ」
ふいに背後から声がして振り返ると阿笠が立っていた。
「2週間もどこに行っていたのかと思ったら父さんのところだったんだ?」
「コクーンのプログラムの最終段階で手伝いをな」
「母さんは?」
「久しぶりに日本へ帰って来たから同窓会をやるんだそうだ」
「へえ」
「それはそうと…ほれ、お土産じゃ」
阿笠が懐から取り出した物は意外な物だった。
「ゲームの参加バッジ?悪いけどオレ、ゲームに興味は……」
「このゲームだったら熱中するんじゃないかのう。まだ秘密じゃがコクーンにはプレイヤーが自由に遊べる5種類のステージがあっての、そのうちの一つは百年前、十九世紀のロンドンが舞台だ」
「百年前のロンドン…?……相変わらず父さん、あの世界が好きだよなー」
「親子揃ってな」
「……嬉しいけど、オレ一人でやる訳にはいかないよ」
コナンはコクーンをやりたがっていた三人の方を見ると苦笑した。あれだけ騒いでいたのだ。コナン一人が参加しようものなら後で散々嫌味を言われるに決まっている。
「あら、博士、お帰りなさい」
いつの間にか哀が二人のもとへやって来た。
「おお、哀君、2週間留守番、すまなかったの」
「私の事より……ちゃんと油の少ない食事を取っていたんでしょうね?」
「はは…哀君の手料理ほどとはいかんがの。ほら、例のお土産じゃ」
阿笠はポケットから1枚のMOを取り出すと哀に渡した。
「ありがとう」
「ん?何だよ?それ?」
「さあ、何かしら?」
哀の不敵な微笑みにコナンは聞くだけ無駄である事を悟った。
その時、会場のライトが消され、ふいに真っ暗になった。



「何だ、何も見えんぞ!?」
毛利小五郎はだいぶ酔いが回っていたせいか、会場隅に置かれたブロンズ像にもたれかかっていた。突然のパーティー会場の暗転に驚いて体制を整えようとした瞬間、ドンっと誰かに突き飛ばされた。
「うわっとっとっと!!」
「Sorry!」
ぶつかった相手は外国人のようだった。
「……ったく!暗闇で動き回るなっての!!」
日本語で悪態をついたところで分かるまい、と思いつつ、つい口が開いてしまう。
そんな彼がまさかこれが事件の始まりだと思うはずはなかった。



突然、舞台の上から強烈なライトが四方八方に放たれたかと思うと奈落が開き、モデルのような女性と共に噂のゲーム機、コクーンが登場した。繭と言うより卵と言った方が分かりやすいかもしれない。高さは女性よりも高いくらいだ。
「それでは次世代ゲーム機、コクーンを御覧頂きましょう」
司会者のアナウンスを合図に女性がコクーンに座り操作を始める。
「このカプセルは人間の五感を司り、触覚も痛みも匂いも、すべての感覚が現実のような世界にプレイヤーは置かれます。電気的に中枢神経に働きかけるシステムが用いられ、身体に害はまったくありません」
舞台の華やかさを見れば見るほど辛いのだろう。
「見てるだけじゃつまんねえな……」
「ゲームはやっぱりやるもんですよ……」
「うん……」
口々に不満を呟く三人にコナンは複雑な思いになり、無言で手の中のゲーム参加バッジを見つめた。



同じ頃。
「Seven More Minutes……」
手のひらのストップウォッチを見て暗い通路を歩きながら一人の男が呟いていた。