警視副総監ともなると出たくもないパーティーに出席しなければならない機会も多い。実際、今日の諸星登志夫は大きな事件が片づいた後だっただけに本来なら家でゆっくりしたいところだった。しかし、そこはエリート、そんな様子は微塵も見せない。
そうは言っても各界のお偉方とすすんで歓談する気にはなれない。会場の隅に足が向いたのは無意識の事だったのだろう。
目の前の大きなブロンズ像にふと目がいった。
「なかなか立派なブロンズ像ですな」
特に興味はなかったが、仕事柄こういった物の偽物を見慣れているせいか、いつの間にか目が肥えてしまったようだ。
「何でもシンドラー社長のお気に入りのコレクションらしいですよ」
警護を兼ねた随行の部下が解説してくれる。
「ほーう……わざわざ持ち込むとはよほど気に入ってるんですね」
近寄って来たのは財閥系・銀行頭取、江守哲之助だった。
この戦後最大級とも言える不況の嵐で財閥系と言えども銀行頭取は苦労しているのだろう。義理でパーティーに出ているのは自分だけではなさそうだ、と、登志夫は苦笑した。
「こういった像には珍しい、闘志あふれる姿が、ご自分と重なるのでしょう」
トマス・シンドラーは今でさえIT産業界の帝王と呼ばれる人物だが、一昔前まではまったく無名の人物だった。一代でここまでの財を成したその闘志は確かに底知れないものであろう。登志夫や哲之助のように親の跡を継いだだけの人間には分かるまい。
「そうですな」と言おうとした登志夫の言葉を遮るかのようにサッカーボールが像が持っている短剣をはじき飛ばした。
「いっけねえ!!」
よりによってそのボールは孫の秀樹が蹴ったもののようで登志夫は顔をしかめた。
「秀樹、ここにボールを当てるのはやめなさい」
「はーい……」
秀樹は渋い顔で短剣を拾うと元通りに戻した。
おそらく反省の欠片もないであろう事は登志夫にも分かっていたが、公衆の場で孫を怒鳴りつける訳にもいかず、そのまま言葉を飲む。
(我ながら甘いな……)
登志夫は心の中で呟いた。



工藤優作は係員の誘導で記者達が待つスペースへと向かっていた。
ちょうどその時、二人の子供の会話が耳に飛び込んで来た。
「ちょっとマズったな」
「どーってことねえよ。みんな安モンの像だ」
そういえばさっきガチャンという音がしたな、と、優作はふと思った。こんな場所でもつい色々な事に目がいってしまうから有希子に「推理の事しか頭にない」と言われてしまうのだろう。
「まさか」
「こんなとこに高いモノなんか置く訳ねーだろ?」
あまり説得力のない台詞だったが、もう一人の子供は「それもそうだな」と納得している様子だった。
そうこうしている間に優作はあっという間に記者達に囲まれていた。
いくつか質問された後、「最後の質問ですが……」と女性レポーターが口を開いた。
「今回、工藤先生がお忙しい中コクーンに関わられたのはどうしてでしょうか?」
「コクーンの開発責任者である樫村忠彬氏は大学時代の悪友でして、今回の仕事を通じて久しぶりに旧交を暖める事が出来ました」
「ありがとうございました」
「樫村氏はどこでしょう?会いたいのですが……」
インタビューを終えた優作は近くにいた係員に声をかけた。何より久しぶりに彼に会いたくて帰国したようなものである。
「はい!すぐに探して参ります」
走っていく係員を目で追うと、そこにコナンが立っていた。
「…ん?」
踏みだそうとした瞬間だった。
「工藤先生!!」
「サインお願いします!!」
「先生!私も!!」
「工藤先生!お願いします!!」
おそらくインタビューが終わるのを今や遅しと待っていたのだろう。 ファンの山にあっという間に取り囲まれてしまった。
優作はフッとコナンの方に微笑むと色紙にマジックを走らせた。



ファンに囲まれる父親を半ば誇らしげに見ながら、コナンは
(元気そうなんで安心したよ…)
と心の中で呟いた。
面と向かっては決して言わないが、コナンは世界でその名を馳せる父を尊敬していた。
その時、ふと優作と目が合った。
(オマエもな…)
何となくそう言われたような気がした。
コナンは身を翻すと阿笠達のいるテーブルへ戻って行った。