工藤優作が現場に到着した時、既に樫村の遺体は運び出されようとしているところだった。
「……こんな時に申し訳ないが樫村さんとは長いお付き合いだったそうじゃないか。彼に恨みを持つ者に何か心当たりはないかね、優作君?」
友人を殺された優作を気遣うように目暮が話しかける。一方の優作は一瞬考え込んでいたようだったが、何を思ったのか小五郎の方に向き直った。
「……一緒ではないのですか?あのメガネの少年と」
「え?…ああ、コナンですか?さっきまでここにいたんですが、キーボードのダイイング・メッセージを見た後、何やら血相変えて……」
「ダイイング・メッセージ!?」
優作はキーボードに視線を落とした。そして驚いたように叫ぶ。
「JTR…!?」
「何じゃと!?まさかコナン君、ワシのお土産を使ったんじゃ…!?」
優作に続いて現場にやって来た阿笠が顔色を変える。
「行きましょう、博士」
優作と阿笠が身を翻す。小五郎、目暮、白鳥には何が何だかさっぱり分からなかった。
「ちょっと待ってくれ、優作君!3つのアルファベットはどういう意味なんだね!?」
「JTR……それは今日のパーティーの主役、コクーンに登場するある人物の略称です。私と樫村の間ではその人物をこう呼んでいました。Jack The Ripper!!」
「Jack The Ripper……き、切り裂きジャック!?」
「そう、十九世紀末のロンドンに実際に存在した殺人鬼です。五人の女性をナイフで殺害し、ロンドンを恐怖に陥れたサイコキラーをロンドン警視庁は結局逮捕出来ず、連続殺人事件は迷宮入りとなりました。樫村のダイイング・メッセージから、ゲームの中に犯人の手がかりがあるとコナン君は確信したのでしょう」
「そうなるとコナン君が危険です。ゲームを中止した方がいいのではないでしょうか?」
白鳥が目暮の意見を仰ぐ。
「そうだな、とりあえずシンドラー氏と掛け合う事にしよう」
目暮は現場の入口にいる警察官に指示を出すと、優作、阿笠、白鳥と共に米花シティーホールへ向かう事にした。



「……博士?」
米花シティーホールの2階化粧室前にいた哀は、阿笠が思わぬ人物達と行動を共にしている事に驚いた。
「哀君、こんな所でどうしたんじゃ?」
「1階のお手洗いが混んでいたから2階に来たんだけど、その間に吉田さん達とはぐれちゃってね」
「そうじゃったか」
「…何かあったみたいね」
哀が目暮と白鳥に視線を投げる。その時、優作と目が合った。
「……灰原哀さんだね?」
「……」
阿笠がどこまで優作に話しているのか分からず哀はどう反応していいか分からなかった。
「君の事は聞いているよ。博士の遠い親戚でコナン君達の同級生だそうだね?」
優作がウインクしてみせる。哀は彼がすべて知っている事を悟った。
「……はじめまして。灰原哀です」



米花シティーホールのコンピューター制御室にやって来ると、ちょうど都合のいい事にトマス・シンドラーの姿もそこにあった。
「シンドラー社長、こちら警視庁の目暮警部です」
優作がシンドラーと目暮を引き合わせる。
「警視庁…!?警察が何の用だね?」
「すみませんが、一時、ゲームの中止をお願いします」
「中止!?何故だ、バカバカしい!!」
「実は先ほどこの米花シティーホールに隣接するSビル地下1階で殺人事件がありました。その関係で……」
目暮の言葉を切るように、突然室内の電気が点滅した。
「シンドラー社長!!システムに異常です!!」
「何っ!?」
「制御が出来ません!!」
係員が焦ったように叫ぶ。
「ちょっと失礼!」
阿笠が空いている制御装置に座ると、キーボードの操作を始めた。いつの間にか哀が横から覗き込んでいる。
「何だあ!?蘭!!お前まで何やってるんだ?」
スクリーンに映った愛娘の姿に小五郎が思わず叫ぶ。
その時、突然、ノイズが走ったかと思うと、虹色の光が現れた。
「…名は…アーク…我が名はノアズ・アーク…」
「なっ!?」
「!?」
「我が名はノアズ・アーク!!ゲームはもう止められない。体感シミュレーション・ゲーム、コクーンは、ボクが占領した」
異様な光景にコクーン会場の客達がざわつく。
「な、何です?ノアズ・アークって?」
目暮が訳が分からない、というようにシンドラーに話しかける。驚いた事に彼は顔色を変えて言葉を失っていた。
「確か一年で人間の五年分成長する人工頭脳ですね?」
優作がシンドラーに問いかける。
「そうだ…二年前、私が息子同然に可愛がっていたヒロキが完成させた。だから今はヒロキと同じ年齢だ…」
シンドラーはそれだけ答えるのがやっとのようだった。
「ノアズ・アーク、子供達のゲームを占領してどうするつもりだ?」
「我が目的は日本という国のリセットだ!!」
ノアズ・アークの返答に優作達は言葉を失った。