Encryption of Artists



「ただい……?」
工藤邸のリビングに入るや否や視界に飛び込んで来た新一の姿に志保は小首を傾げた。『迷宮なしの名探偵』というキャッチコピーを自慢にしている彼がテーブルの上に置かれた白い手紙に何やら複雑な視線を送っている。事件の依頼なら真剣な表情で読みふけっているだろうし、暗号解読に行き詰っているのだとすれば逆に食い付くように見入っているはずだ。
このまま観察するのも面白いかもしれないが、自分はともかく新一の弟、コナンが今の彼の様子を見て放っておくはずがない。二十歳も年が離れた兄弟だ、普通に考えれば弟が兄をからかって終わりだろう。が、変に幼い所がある新一の事、兄弟喧嘩に発展するのはまず間違いない。研究が一段落し、久し振りに早目の帰宅を果たした志保としては妙なトラブルに巻き込まれるのは勘弁願いたかった。
「どうかしたの?」
遠慮がちにかけた声に新一が驚いたように志保の方へ振り返る。
「志保…?オメー、いつ……」
「5分くらい前よ。声かけたのに気付かなかったの?」
「悪ぃ、ちょっと頭悩ませててさ……」
「みたいね。でも……珍しいじゃない?解けない謎であればあるほど燃える人が悩みの種をテーブルの上に置いたままなんて」
志保の言葉に新一は拗ねたような表情になると、「バーロー、事件絡みじゃねーから頭抱えてんだろ?」とテーブルの上の手紙を彼女に差し出した。
「読んでもいいの?」
「ああ、オメーも当事者だからな」
「当事者…?」
勿体ぶった言い方に手紙を見るとそこには『高校生になった音痴な探偵君へ』とある。差出人は秋庭怜子、新一と志保がコナンと哀として知り合った世界的に有名なオペラ歌手だ。
「……へえ、彼女結婚するの」
「らしいな。相手は元婚約者、相馬光さんとも親しかったバイオリニスト、藤堂均だとよ」
「藤堂均…?聞き覚えない名前ね」
「ああ、あの女王様が無名のバイオリニストを相手に選ぶなんて意外……」
「無名じゃないよ!」
そんな言葉とともにドアがいきなり開くと新一の弟、コナンが頬を紅潮させてリビングへ飛び込んで来た。
「コナン!?オメー、どうしてこんな時間に……まさか学校サボって来たんじゃねーだろーな?」
「事件があれば授業そっちのけだったお兄ちゃんじゃあるまいし」
「うっせーな……」
「でも……コナン君、学校で何かあったの?こんな中途半端な時間に帰って来るなんて……」
「5時限目の体育の途中でほのかちゃんが具合悪くなっちゃって。先生に頼まれて家まで送って来たんだ」
「ほのかちゃんって……富樫ほのかって子か。けどなんで隣のクラスのオメーが……?」
「だってなかなか引き受けてくれる子がいなかったんだもん。『ほのかちゃんの家って怖いからイヤ』って敬遠しちゃって……」
「そういえばあの子ん家神社だったな」
ほのかが暮らす神社はかなり古く、木々が鬱蒼と茂っているせいか昼間でもかなり薄暗い。確かに小学一年生、特に女の子には少々近寄りがたい場所なのだろう。
「それより……お兄ちゃん、藤堂さんがどうかしたの?まさか変な事件に巻き込まれたりしたんじゃ……」
「んなんじゃねーよ。昔、オレが『江戸川コナン』だった時に知り合ったオペラ歌手がその藤堂って男と結婚する事になったってだけの話さ」
「オペラ歌手……?」
怪訝な表情になるコナンに志保は「……どうやらその男性にとって彼女は意外なお相手のようね」と小さく肩をすくめた。
「『藤堂均……幼い頃から世界的コンクールで次々優勝し、将来のクラシック界を背負って行くであろうと噂されていた天才バイオリニスト。しかし、大学卒業後突然クラシック音楽を封印、現在はポップス、ロック、ジャズを中心に幅広く活動している』……か」
携帯画面に表示された藤堂均のプロフィールを読み上げる兄にコナンは「少し前から藤堂さんが結婚するらしいって噂はあったんだけど……」と背負っていたランドセルを床に置いた。
「クラシック界の有名人を奥さんに選ぶなんて……藤堂さんらしくないなぁ」
ソファに腰を降ろし、文庫本を読み始めるコナンに志保は怜子からの手紙に視線を戻した。
「どうやら彼女、結婚を機に拠点をヨーロッパへ移すみたいね。『日本へ戻って来る機会も減るだろうし、相馬の死の真相を暴いてくれた君に独身最後の公演を観に来て頂きたく招待状を送らせて頂きます。生意気な君の事、どうせ彼女の一人や二人いるんでしょ?色々吹き込んであげるから連れていらっしゃい』ですって。彼女、相変わらずね」
面白そうに手紙を読む志保に新一は苦虫を噛み潰したような表情になると「オメーな、笑ってる場合かよ?」と彼女を睨んだ。
「何をそんなに困ってるの?久し振りにあなたも彼女に会いたいでしょ?行けばいいじゃない」
「簡単に『行けばいい』って言うけどよ……『江戸川コナン』はもうこの世にはいない存在なんだぜ?そうかといって『あの時のボウズは実はこのオレ、工藤新一でした』なんて言える訳ねーし……」
「そもそもあなたと江戸川君は遠縁って事になっているんだもの。江戸川君は留学中だとか適当に誤魔化せばいいと思うけど?少なくともこんな一等席を空席のままにするより遥かにマシじゃないかしら?」
「そりゃ……せっかくの招待だしオレとしてはオメーとのデートも兼ねて行きてえよ。けどそうなるとチケットが一枚足りねーだろ?」
「え…?」
チラッとコナンに視線を投げる新一に志保は「いつも喧嘩ばっかりしてるくせに……やっぱりあなたもお兄ちゃんね」と肩をすくめた。
「オレ達がクラシックのコンサートへ行くと聞いて黙ってるヤツじゃねーからな」
不機嫌そうに呟く新一にコナンが読んでいた文庫本から顔を上げると、「ひょっとして……お兄ちゃん、ボクの事で悩んでるの?だったらそんなに頭抱えないでよ。ボク、その日先約あるから」と何でもない事のように呟いた。
「毎度毎度『ボクも行く!』の一言で付いて来るんだ、さすがのオレだって学習……え?先約!?」
「うん、ほのかちゃんが『送ってくれたお礼っていう訳じゃないんだけど、良かったら一緒にコンサート行かない?』って誘ってくれたんだ。そのコンサート、お兄ちゃんが招待されたコンサートと同じ日みたいだからさ」
「デートの邪魔しないでくれるのはありがたいけどよ、まさか同じ公演じゃねーだろーな?」
「それはないと思うよ。ほのかちゃん、『バイオリン好きなコナン君なら一緒に行ってくれるかもしれないと思って……』って言ってたから。バイオリンがメインのコンサートなんじゃないかな?」
「会場まではどうすんだよ?タクシーでも奢るつもりか?」
「それなら大丈夫。お父さんの秘書が送ってくれるみたいだよ」
「秘書…?」
嫌な予感に眉をしかめる新一とは対照的にコナンは「志保お姉ちゃん、ボク、夕飯まで新名香保浬さんの新作読んでるね!」と言い残し、さっさとリビングを後にしてしまった。



「さすが女王様の名を冠したコンサートだな。どこかで見た事ある顔ぶれがゴロゴロしてやがる」
新堂本音楽ホールに足を踏み入れるや否やそこに集う著名人に新一は思わず肩をすくめた。
「あら、あなたもその一人だと思うけど?」
「そりゃ……けどよ、さすがにレベルが違うだろ?政界や財界の大物、芸能人に比べたらオレなんか……」
「自分が有名人だっていう自覚、もう少し持った方がいいんじゃない?確かに元の身体に戻って以降目立つ行動は控えてくれているみたいだけど……『江戸川コナン』以前が酷すぎたわ」
「……」
「何?」
「や、別に……」
反論出来ない過去を指摘され、ウッと言葉を詰まらせる新一だったが、今夜自分が注目を浴びているのは薄紅色のツーピースを優雅に着こなしている志保が傍らに控えているせいでもある。もっともその事に当の志保は全く気付いていないのだから性質が悪い。「誰のせいで普段より注目浴びてると思ってんだ?」と指摘したくなる不満と会場の視線を独占する程の美女を伴う優越感に新一が表情を七変化させているとふいに志保が「あら…?」と声を上げた。
「どうした?」
「あそこにいる女の子……ほのかちゃんじゃない?コナン君の友達の……」
「って事は……」
嫌な予感に志保が指差す方向に視線を向けた新一の目に映ったのは三十代半ばと思われる細身の男性と嬉しそうに会話しているコナンの姿だった。
「思いがけず探偵兄弟が揃って変な事件が起きなきゃいいんだけど」
面白そうに呟く志保に新一が「そう願いたいぜ……」と顔をしかめたその時、コナンが二人の姿に気付いたようだ。
「あ、お兄ちゃん!志保お姉ちゃん!」
「オメーが招待されたのはバイオリンがメインのコンサートじゃなかったのか?」
兄の嫌味にコナンは「ちょっと意味が違ったみたいだね」と苦笑いする。
「……ったく」
「コナン君のお兄さん……?それじゃああなたが……」
「探偵の工藤新一です。失礼ですけど……」
「ああ、自己紹介が遅くなってしまって……藤堂均と申します。しがないバイオリン弾きでして……」
「今夜のヒロイン、秋庭怜子さんの婚約者と言った方が分かりやすいんじゃないかしら?」
「工藤さん、こちらの女性は……?」
「ああ、彼女は宮野志保。ボクの……」
「ボクの大事なお姉ちゃんだよ!」
満面の笑顔で自分の台詞を取り上げるコナンに苦々しい視線を送る新一を無視すると志保は「宮野です。よろしく」と簡単に自己紹介した。
「あなたが富樫ほのかちゃん?」
かつての自分のように固い表情で藤堂の背後に隠れている少女に声をかける。
「……はじめまして」
「はじめまして。まさか今夜あなたとコナン君に遭遇するとは思わなかったわ」
「……」
「コナンの奴が喜ぶと思ったって事は……君、藤堂さんが今夜ここへ来ると知ってたんだな?」
「それは……」
「全く……探偵という人種は救いようがないわね。質問するにしてもTPOをわきまえなさいよ。大体小さい女の子相手にその尋問口調はないんじゃない?ほのかちゃん、委縮しちゃってるわよ」
「う……」
「ほのかちゃん、おじいちゃんの神社で暮らすようになる前は藤堂さんの教室でピアノを習っていたんだって。今夜のチケットも藤堂さんからのプレゼントらしいよ」
もっともな指摘にぐうの音も出なくなってしまった新一に代わって解説してくれたのはコナンだった。
「なるほど?そういう繋がりがあったのね」
「でもまさか藤堂さんのバイオリンを生で聴けるとは思わなかったからボク嬉しくて……ついつい引き止めちゃったんだ」
「クラシックの舞台に上がるのは十年振りなんだ。あまりプレッシャーをかけないでくれないかな?」
藤堂が苦笑とともにコナンの頭を撫でたその時、「こんな所にいたのね。随分探したのよ?」という女性の声がした。凛とした鋭い声の主は新一が忘れもしない人物、秋庭怜子その人だ。
「リハーサルが終わったと思ったらさっさと姿を消すんだもの」
「どうにもクラシックの荘厳な雰囲気は性に合わなくてね」
「コンクール嵐の異名を取った人の台詞とは思えないわね。ところでこの方達は?」
「ああ、以前僕の教室に通っていた生徒さんとそのお友達のご家族さ。『平成のシャーロックホームズ』と言えば君も知っているだろう?」
「『平成のシャーロックホームズ』……?」
吊り上がった瞳に凝視され新一は「どうも……」と誤魔化すような笑顔を向けた。
「はじめまして、探偵の工藤新一です。コイツは弟のコナン。そして彼女は宮野志保、化学者でボクの仕事をサポートしてくれています」
「はじめまして……」
「……」
「怜子…?」
「あ、ああ……ごめんなさい、ちょっと摩訶不思議な光景に言葉を失っちゃって……十年程前だったかしら?工藤さんとコナン君の年齢を足して二で割ったくらいの音痴な探偵君に助けてもらった事があってね。容姿もお二人に良く似てたものだから……」
「もしかして江戸川コナンの事ですか?」
「ええ……ひょっとしてご親戚か何か?」
「母方の遠縁なんです。実はアイツ、今、海外在住で今夜はどうしても都合が付かないらしくて……一等席を空にするのも無礼だという事でボク達が代わりに……」
「そう……残念だわ、久し振りにあの小生意気な探偵君をからかってやろうと思ってたのに」
怜子が不機嫌そうに頬を膨らませたその時、「あら、コナン君じゃない!」という女性の声が聞こえた。
「あなたは……」
「蓮希お姉ちゃん!」
声の主は新一、コナン共に因縁のある人物、バイオリニストの設楽蓮希だった。斜め後ろには彼女の家の執事を務める津曲紅生の姿もある。
「蓮希お姉ちゃん、ボクの事覚えててくれたんだ。嬉しいな」
「覚えてるも何も『世界の小澤の推薦を蹴った小学生がいる』って噂を聞いた時、すぐにピンと来たわよ。そんな面白い小学生そうそういるはずないもの」
「蓮希ちゃん、じゃあこの子が……?」
「さすが藤堂さん、クラシック界を去ったとはいえアンテナ高いのね」
「バークリーは僕の母校だし嫌でも色々耳に入って来るよ」
面白いものを見るような表情で自分の顔を覗き込む藤堂にコナンが「ボク、藤堂さんにお願いがあるんだけど……」と甘えた声を出した。
「前に藤堂さん、インタビューでバイオリンはお父さんから譲り受けた物だって言ってたでしょ?」
「そうだよ。ストラディバリウスみたいな高級品とは比べ物にならない代物だけど僕は父のバイオリンの音色がとても好きでね、父がバイオリニストを引退した際、無理を言って譲ってもらったんだ」
「ボク、あのバイオリンの音色が大好きで……絶対触らないから見せてもらえない?」
「コラ、お前図々しいにも程がある……」
新一の抗議の声を藤堂が「工藤さん、構いませんから」と余裕でかわすと「じゃあ楽屋にあるから来るか?」とコナンを見た。
「やった〜!ね、ほのかちゃんも一緒に行こうよ!」
「でも私……バイオリンなんて……」
「そう言わずにさ」
ほのかの手を取り、藤堂と共にさっさと場を後にするコナンに志保が「……少しはあなたもコナン君を見習いなさいよ」と新一に意味ありげな視線を投げた。
「人見知りの激しいほのかちゃんを気遣って藤堂さんに無理を言った事くらいあなたも気付いているんでしょ?」
「そりゃ……オレだって気を遣おうとしたさ。けど怜子さんが現れちまった時点でどうしようもねーだろーが」
新一の言い分ももっともだと思ったのだろう。志保が小さく肩をすくめると「とりあえずあなたが『江戸川コナン』だと悟られないように気を付けて頂戴ね。彼女、結構鋭いから」と怜子に鋭い視線を送る。
「それより……なあ志保、オメーは知ってるか?」
「知ってるって?」
「あの富樫ほのかって子……どっかで見た事あるような気がしてさ」
「さあ、一緒に帰って来た時に見かけたんじゃない?」
「そうじゃなくて……上手く言えねえけど実物を見たっていうより写真で見たような感じなんだよな」
「あら、あなたいつの間にそういう趣味に目覚めたの?」
「そういう趣味って……」
ジト目を返す新一に志保は「残念だけど私の記憶にはないわね。あなたの事件関係者じゃない事を祈るわ」と小さく肩をすくめた。



「あの……さっきはありがとう、コナン君……」
新堂本音楽ホール四階でエレベーターが止まり、廊下を歩き出したその時、小さな声で呟くほのかにコナンは「え…?」と小首を傾げた。
「私……大勢の人に囲まれるの苦手だから……その……」
「そんなに気にしないでよ。ボク自身も大勢の人に囲まれるのってそんなに得意じゃないんだ。それに藤堂さんのバイオリンが見たいっていうのも本当だからさ」
ニッコリ笑うコナンにほのかもやっと笑顔を見せる。
「コナン君、ほのかちゃんに気を遣ってあんな事言ったのか。将来有望だな」
感心したように呟く藤堂にコナンは「本当は志保お姉ちゃんも一緒に誘いたかったんだけど……お兄ちゃんの暴走を止められるのはお姉ちゃんしかいないから」と困ったような笑顔を浮かべた。
「名探偵のお目付け役って訳か。それにしてもあんな美人が勿体ない話だな」
藤堂は愉快そうに笑うと「それはそうと……君の音を聴かせてくれないか?」とケースからバイオリンと弓を取り出し、コナンに差し出した。
「え…?」
「父のバイオリンに興味を持ってくれた人間は残念ながら少なくてね、特にクラシック界にいた時は『もっといいバイオリンで弾けばいいのに』と言われるのが常だったよ。いい音が出せないのは僕の腕が未熟だっただけの話なのに……可笑しいだろ?」
「それで藤堂さん、クラシックを……」
「ああ、自分が満足する音を出せるまでクラシックから離れようと思ったんだ。だけど……三ヶ月くらい前だったかな?小澤さんから『来年のコンサートでコンサートマスターを務めてもらえないだろうか?』って連絡を頂いてね」
「小澤さんから!?」
「ああ、最初はとても信じられなかったよ。でもやっとコイツで一人前の音を出せるようになったんだと思うと嬉しくて……」
藤堂は優しい瞳でバイオリンを見つめると「この話、まだオフレコだぞ」と悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「だからその小澤さんが認めた君がコイツでどんな音を奏でるのか興味があってね」
「でも……もうチューニング済ませてあるんでしょ?」
「それなら大丈夫。同じ舞台に立つ彼女、絶対音感の持ち主なんだ。最後のリハでおかしな音を出せば遠慮なく指摘してくれるよ」
「絶対音感かぁ……僕のお兄ちゃんと一緒だね」
「工藤さんも絶対音感を持っているのかい?」
「『オレの耳は探偵の耳だからな』って威張ってるけど実はすっごい音痴なんだよ」
コナンは面白そうに呟くと藤堂の手から丹念に手入れされたその宝物を受け取った。



「……ったく、やってらんねーぜ。こっちは怜子さんの歌を聴きに来ただけだっつーのに」
小一時間後。自分を囲む著名人から開放されると新一は大きく身体を伸ばした。
「志保、オメーもコナンと一緒に避難すれば良かったんじゃねーの?」
「気を回してくれるだけあなたも成長したみたいね」
志保は悪戯っ子のようにクスッと笑うと「仕方ないじゃない?あなたのストッパーは私しかいないんだから」と小さく肩をすくめた。
「どーいう意味だよ?」
「さっきだってハラハラしたのよ?『歌は褒められたものではないんですが、一応ボクにも絶対音感があるみたいで……』なんて怜子さんに言い出すんだもの。私が足を踏まなかったらどこまで喋っていた事か……」
盛大な溜息をつく志保にムスッと頬を膨らませる新一だったが、「そーいえばコナンのヤツ……」と思い出したようにセカンドバックからタブレット端末を取り出した。元々別行動だったとはいえ同じ会場内にいる以上放っておく訳にもいくまい。
(GPSの発信源は四階か……四階?妙だな……)
「……工藤君?」
画面を見つめたまま黙り込む新一に志保も何かを感じたのだろう。「コナン君、どこにいるの?」とタブレットを覗き込む。
「四階の一番奥から三番目の小部屋だ」
「四階…?確か全て楽屋のはずよね?」
「おそらく藤堂さんの楽屋だろう。けど……おかしくねえか?本番まで約30分、そんな時間まで出演者が楽屋でのんびりしてるはずねえし……」
「誰かさんと違ってデリカシーある子だからそんなに長く居座るとも思えないしね」
「ああ……って、おい」
新一の反論を待つつもりは毛頭ないのだろう、志保はさっさとホールの端に向かって歩き出すとエレベーターを呼んだ。間もなくやって来たエレベーターに乗り、四階で扉が開いた瞬間、大勢の人間が行ったり来たりする光景が目の前に飛び込んで来る。さすがフルオーケストラをバックに従えるコンサート、その人数は半端ない。本番直前の緊迫した空気もあって部外者である二人に気付く人間は誰一人おらず、声を掛けられる事もなく問題の部屋まで辿り着く事が出来た。
遠慮がちにノックしてみても中から返事はない。
「……鍵が掛かってるな。志保、ピン貸してくれねーか?」
「本当、黒羽君ったらロクな事教えないんだから」
さすがに天下の大怪盗直々に教わっただけあり、「サンキュ」とピンを受け取り鍵穴に突っ込む事約30秒、カチャッという音とともに鍵があっさり開く。
「失礼します」
遠慮がちにドアを開けた瞬間、新一は驚きのあまり息を呑んだ。
「コナン…!?」