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「なあ、この肉、滅茶苦茶美味いな!」
「ええ、フードコートっていうからあんまり期待してなかったんですけど、どの料理も美味しいです!」
「歩美、嫌いなお野菜まで気付かずに食べちゃった!」
ミラクルランド中央に位置するバイキング式レストラン『ワールドグルメマーケット』の一角。テーブルの上に並んだたくさんの料理を前に少年探偵団の三人はすっかり盛り上がっていた。
「おめえら、取って来たはいいがそんなに食えるのかよ?バイキングってのは残さないようにするのがマナーなんだぜ?」
コナンの忠告も全く意味をなさないようで、歩美の「ねえ、次はデザート取りに行かない?」という提案に元太と光彦は食べかけの皿を放り出し、さっさとテーブルを後にしてしまった。
「吉田さんと円谷君はともかく、小嶋君、今からメタボリック予備軍になるつもりかしら?」
賑やかな三人を他所にそれまでずっと黙って食事を採っていた哀がクスッと笑う。
「心配なら小児用メタボリック予防薬でも開発してやったらどうだ?」
「そうね、あなた達を元に戻す薬が完成したら考案してみようかしら?今の時代、需要も多そうだし」
そんな会話が交わされているとは露も知らず、歩美が「コナン君と哀ちゃんもおいでよ!」と手を振っている。その姿に「……ったく。何でアイツは蘭とデートでオレは子守りなんだよ?」と、コナンは思わず愚痴をこぼした。
「家で一人ヤキモキしてるよりマシなんじゃない?いざとなれば工藤君と彼女の元へ押し掛ける事だって出来るんだし」
「そりゃ……」
「そんなに気になるなら吉田さんが倒れたとか嘘の連絡でもしてみたら?」
「……」
哀の悪知恵に乗るのは簡単だが『江戸川コナン』になってしまったあの日からずっと自分の帰りを待っていた蘭への罪滅ぼしを考えるともう一人の自分を邪魔する気にはなれない。
まさか平次と和葉が合流しているとは知る由もなくコナンの苛々は募るばかりだった。
「それにしてもあの子達、午後のパレードが見たいって言ってたのにノンビリしてていいのかしら?」
「さっき光彦が言ってたぜ。コイツさえあればギリギリに行っても特等席で見れるってな」
「へえ…さすがVIP専用フリーパスIDね」
皮肉を含んだ哀の言い方にコナンは「ハハ……」と乾いた笑いを浮かべるとアイスコーヒーを口に運んだ。



「ええ天気やなあ」
「ああ……」
「デート日和っちゅうんはこういう日を言うんやろうな。家族連れもチラホラおるけど目につくんはカップルばっかりや」
「そうだな……」
「あっちもこっちもベタベタしてんなぁ……ほんまにお互い隠し事は何もないんやろうか?」
「ねえんじゃねえの……?」
気のない返事を繰り返す新一に我慢も限界に達したのだろう。平次がいきなり「工藤、お前、オレに一体何隠しとるんや?」と、鋭い口調で迫って来た。
「べ、別に隠し事なんか……」
「とぼけたらあかん。お前、毛利の姉ちゃんに告白したんやろ?せやのになんでまだ白状してへんのや?」
「『白状する』って何をだよ?」
「アホ、小さなっとった事に決まってるやろ。あの姉ちゃんがお前に会えへんちゅうて寂しい想いしとったんを一番よう知ってるんはお前自身や。そら確かに姉ちゃんからすれば弟みたいな存在やと思ってお前に色々本音さらけ出してしもたんやからな、恥ずかしい思うんは仕方ないかもしれへん。せやけど実はお前がずーっと傍で見守っとったっちゅう事実を知ったらそれ以上に喜ぶはずや。それが分かっとるのに未だに黙ってるんはなんでや?」
「べ、別に理由なんかねえよ。その……いざとなったらやっぱ言い出しにくくてさ、ついつい後回しになっちまって……」
「ほーう……せやったら聞くけど無事元の姿取り戻したっちゅうのになんでオレに全然連絡して来ぇへんかったんや?いくら組織の後始末で忙しかったゆうても電話の一本くらいかけて来る時間はあったはずやで?」
「そ、それは……」
言い淀む新一に平次が何を思ったのか急に声を潜めると「……ひょっとしてあの姉ちゃんが原因なんか?」と、ニヤッと笑う。
「あの姉ちゃん…?」
「小っさい姉ちゃんや」
「どうして突然灰原が出て来るんだよ?」
「あの姉ちゃんも解毒剤飲んで元の身体に戻ったんやろ?組織のデータに残っとった写真見ただけやけどホンマべっぴんさんやったからなぁ。工藤、お前、心が揺れとるんちゃうか?」
「バーロー、寝ぼけた事言ってんじゃねーよ。大体、灰原はまだ……」
言いかけて「しまった」と気付くがもう遅い。
「『まだ』って…まさかあの姉ちゃん、まだ小っさいままなんか?」
「あ、ああ……」
「なんでや?あの姉ちゃんかて早う元の身体に戻りたいちゃうんか?」
「ま、まあそれはそうなんだけどよ……」
平次の追及に一瞬言葉を失ったものの、ここは何とか言い訳を考えなければならない。
「た、多分オレに何かあった時対処出来るように自分は暫く控えてんじゃねえの?」
「なるほどなぁ。確かに二人揃っておかしくなったらお終いやし……工藤、お前、モルモットっちゅう訳か」
苦し紛れの言い訳だったがどうやら納得してくれたらしい親友にホッと胸を撫で下ろしたその時、ジャケットの中の携帯が着信を告げた。液晶パネルには蘭の名前が表示されている。
「ラブコールちゃうか?熱いなあ〜」
「……うっせーな」
顔を赤らめ通話ボタンを押した瞬間、「新一、大変なの!」という蘭の叫び声が耳に飛び込んで来た。
「蘭!?どうした!?」
「アウトレットモールの入口で小さな男の子の遺体が発見されたの!ちょうど午後のパレードが始まる時間だっていうから来てみたら……お願い、すぐ来て!」
「分かった、和葉姉ちゃ…じゃなかった、遠山さんと一緒に待ってろ!」
「事件か?」
新一と蘭の通話に内容を察したのか平次がニヤッと笑う。
「ああ。行くぞ、服部!」
「望むところや!」
新一と平次は順番待ちの列を惜しげもなく抜け出すとミラクルランド中央に向かって走り出した。



一体どこで聞きつけたのかアウトレット正面の広場は興味本位で集まった野次馬でごった返していた。
「クソッ!これじゃどこが現場か分からねえじゃねえか…!」
「警察もまだ到着しとらんのやろ。しっかし毛利の姉ちゃんと和葉のアホ、一体どこにおるんや?」
悪態をつきつつ周囲をキョロキョロ見回す平次の頭を「……誰がアホやって?」と、ポカッと殴ったのは和葉だった。
「痛ッ!何すんねん?」
「いつもいつもアホアホ言うて……あんた、あたしの事アホとしか形容出来へんの?」
「しゃあないやろ、実際アホなんやから」
「推理ドアホのあんたにだけはアホ言われたくないわ」
「誰が推理ドアホや、誰が」
所構わず始まる夫婦漫才に新一は溜息をつくと「それより遠山さん、現場はどこなんだ?」と口を挟んだ。
「あっちや。早よ来てぇな。蘭ちゃん一人じゃあの子達押さえ切れへん」
(まさか……)
和葉の台詞に新一の表情が一瞬にして凍り付いた。
『探偵は探偵を呼ぶ』という言葉が真実か否か知る由はないが、事件は間違いなく探偵を呼ぶ。和葉の案内で事件現場へと辿り着いた新一と平次の目に真剣な表情で遺体を調べるコナンとそれを不安そうに見つめる蘭と三人組の姿が映った。
「お前……工藤やろ?」
「ああ……」
「せやったらあのボウズは……」
「……」
果たして何と言い訳したらいいのかその明晰な頭脳をもってしても新一が何の策を見い出せないでいると、ふいに平次が「なるほどな〜」と納得したように呟いた。
「学園祭の時と同じ手やな。あの小っさい姉ちゃんに自分の振りしてもらって毛利の姉ちゃん誤魔化すつもりやろ?」
「いや、今回はそういう訳じゃ……」
「話は後や。さっさと事件解決するで」
それだけ言い残すと平次は新一の反論を無視して一人さっさと遺体を見分しているコナンの元へ行ってしまう。
「姉ちゃんも大変やなあ。解毒剤完成させた次は工藤の振りやなんて」
いきなり目の前に現れた平次にさすがのコナンも何の反応も返せず、「服部…!?」と大きな目を更に大きく見開いた。
「ほー、演技も上手くなったもんや。ほんま工藤そっくりやで」
笑いながらコナンの頭をクシャクシャ撫でたその時、「江戸川君、横溝警部に連絡取れたわよ」という声とともに哀が姿を見せた。その光景にさすがの平次も茫然となる。
「お前……姉ちゃんやないんか?せやったら一体……?」
「……どうやらその様子だとお前、もうアイツに会っちまったんだな。『工藤新一』に」
「あ、ああ……」
「信じられねえだろうがオレも『工藤新一』さ。もっともアイツと違って『江戸川コナン』の姿だがな」
「……」
(アイツも工藤……コイツも工藤……)
常識では考えられない光景に気を失いそうになった平次だったが、目の前の遺体に何とか意識を引き止めた。
(よう分からんけど工藤の件は後回しや。あっちは頭脳が二倍、さっさと手掛かり掴まんと負けてまう…!)
平次は気を引き締めるように帽子のつばを正面に回すと遺体を丹念に調べ始めた。



「……ったく。お前ら、素人が勝手に遺体に触っていいとでも思ってるのか?」
到着するや否や神奈川県警の横溝重悟警部は面白くなさそうな顔で新一と平次を見比べた。
「素人はないやろ?大体前にこのテーマパークで事件があった時、オレ、あんたと会ってるんやで?」
「覚えてるさ、大阪府警本部長のご子息で高校生探偵の服部平次君だろ?だがな、オレは探偵なんて胡散臭い人種は一切信用してねえんだ。で?横にいるのは何者なんだ?」
横溝に睨まれ、そういえば元の姿で会うのは初めてだった事に気付き、新一は慌てて「工藤新一といいます。ボクも服部と同じく探偵で……」と頭を下げた。再び出た『探偵』という単語に横溝のしかめっ面が更に渋くなる。
「とにかく、だ。オレは人のいい兄や警視庁の目暮警部とは違うからな。お前達は……」
重悟はふいに言葉を切ると最後まで遺体の周囲を調べていたコナンを持ち上げ、「ガキ共の面倒でもみてろ!ウロチョロされたら迷惑だ!」と、三人を『立入禁止』のテープの外へと押し出してしまった。
「……相変わらずだな」
苦笑する新一に平次が「相変らずって何がや?」と眉をしかめる。
「あの横溝警部、静岡県警に双子の兄さんがいるんだけどよ、これが容姿は驚くほどそっくりなのに性格は正反対でさ」
「ほ〜う……」
平次が興味深そうに横溝に視線を投げる。
「それより……なあ、工藤、あの遺体、妙な感じやなかったか?」
「ああ、どう考えても毒殺なのに何が使われたのか全く手掛かりがねえ事だろ?」
「せや。それともう一つ……」
「何故か消されてた指紋……だろ?」
新一の言葉を取り上げたのは勿論コナンである。
「あんな小っさな子供が自分の意思で指紋を消すとは考えられへんし……殺害された時犯人に消されたんやろか?」
「確かに犯人が被害者の身元を隠すために消したと考えるのが一番自然だが、今の状況では何とも言えねえな」
「……で?どないすんねん?このまま大人しく野次馬するつもりか?」
「バーロー、目の前で事件が起こったのにそんな真似出来っかよ」
「せやかてこんな離れた場所におったんじゃこれ以上何の情報も……」
「心配すんなって。さっき……」
「横溝警部に持ち上げられた時、コイツが警部の背広に盗聴器を仕掛けてたからな」
今度は新一がコナンの言葉を取り上げる。
「……見てたのかよ?」
「あの位置から見えると思うか?お前がオレである以上行動パターンは読めるさ」
「……」
「ほんなら仏さんの身元と容疑者集めは警察に任せるとしてオレらは現場付近を探索といこか?」
「ああ」
「ほんならオレは広場の反対側を調べるよって工藤はあっち、小っさい工藤はこっちを調べてくれ」
「……」
「どないしたんや?」
「おめえな、『小っさい工藤』はねえだろ?」
「しゃあないやろ、工藤が二人おるんやから。ほな任せたで」
コナンの抗議を無視するように平次はさっさとその場から走り去ってしまった。新一は新一で捜査の主導権を平次に取られたのが面白くないのか「……ったく、服部のヤツ、勝手に仕切りやがって」と、ブツブツ文句を言いながら指示された方向へ去って行く。
そんな高校生二人を見送るとコナンは「灰原、ちょっと……」と哀を呼んだ。
「何?」
「この受信機で横溝警部の会話を傍受して警察の捜査の様子を教えてくれねえか?」
「あら、あなた、自分で聞かないの?」
「とりあえず三人いれば負けねえ自信はあるし、医学的な知識はおめえの方が専門家だからな。何か分かったら知らせて欲しいんだ」
「分かったわ」
コナンは眼鏡から受信機を外し、哀に手渡すと平次に指示された方角へと駆け出した。