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蘭と和葉の横で大人しく高校生探偵二人やコナン、警察の動きを見つめていた三人組だったが事件に興味ないはずがない。
ジッとしている事に堪え切れなくなった元太が光彦の脇腹を肘で突いたのは、ちょうどコナンが哀を呼んだ時だった。
「なあ、この事件、やっぱ殺人か?」
「どうでしょう?今の状況では何とも言えませんね」
「絶対事件だよ!だってコナン君、目の色変えて飛んでったもん!」
妙に説得力のある歩美の台詞に「そうですね、抜け駆けはコナン君の得意技ですから」と、光彦が納得だと言わんばかりに頷く。
「だったらオレ達、少年探偵団の出番じゃねーか!」
「それは…そうなんですけど……」
「蘭お姉さんも和葉お姉さんも歩美達の事、ただの子供としか思ってないもんね」
「そうなんです。この状況からどうやって抜け出すか……それが問題なんです。こんな事件が起こった以上、お二人がそう易々とボク達に自由行動を許してくれるとは思えませんし」
「だよな〜」
ウーンと頭を抱えてばかりの団長を見切ったように歩美が「ねえ、哀ちゃん」と、戻って来たばかりの哀に声をかけた。
「何かいい方法思い付かない?」
「いい方法って…?」
「蘭お姉さん達の目を盗んでコナン君のところへ行く方法だよ。哀ちゃんも事件の捜査したいでしょ?」
相変らず好奇心旺盛な子供達に哀は思わず苦笑すると「そんな必要ないんじゃない?江戸川君はともかく東西の名探偵と呼ばれる二人が揃っているんだし」と、関心なさそうに呟いた。
「けどよぉ、灰原、お前、コナンに何か頼まれてたじゃねーか」
「大した事じゃないわ。『こっちで何か分かったら携帯に連絡くれ』ですって」
「なんだ、そんな事かよ」
まさか警察無線の盗聴を頼まれたとは言えず適当に返した答えだったが、しらけた様子の元太とは対照的に歩美と光彦はすっかりやる気になってしまったようだ。
「ちょっと元太君!『そんな事』じゃないでしょ!?」
「そうですよ!これじゃボク達は単なる足手まといだってコナン君に言われたようなものじゃないですか!」
「そ、そうなのか?」
「そうですよ!」
「……チックショー、こうなったらコナンより先にオレ達で真犯人を見付けてやろうぜ!」
「ええ!」
「歩美、頑張る!」
盛り上がる三人を止められないのは百も承知で、哀はフッと息をつくと幼い親友達を正面から見据えた。
「張り切るのは勝手だけど……あなた達、このIDはどうする気?これを着けている以上、どこにいても私達の居場所は簡単にバレちゃうのよ?そうかと言って外してしまえば園の中と外を自由に出入り出来なくなっちゃうし……」
「それなら心配いりません。ボクにいい考えがありますから」
「本当?光彦君」
「一体どうするんだよ?」
光彦の口から出たその『作戦』に哀は苦笑する他なかった。



事件の手掛かりを得るため一人黙々とミラクルランドアウトレット周辺を捜索していたコナンは「コナンくーん!」という聞き慣れた声に自分の耳を疑った。
「お、おめえら、どうして…!?」
「そんなに驚いた顔しなくてもいいじゃないですか!」
「そうだよ!歩美達、探偵団の仲間でしょ!?」
さも当たり前のように言う光彦と歩美にコナンは「……おめえがついててどうしてこうなるんだよ?」と哀を睨んだ。
「さあ、誰かさんのずる賢いところが無垢な子供達にうつっちゃったんじゃない?」
「誰かさんって…オレの事かよ?」
「他に心当たりがあるなら教えて頂けないかしら?」
「……」
コナンは顔をしかめると「あれ…?元太は?」と周囲を見回した。よくよく見ると人一倍身体が大きい自称『少年探偵団団長』の姿がない。
「元太君なら今頃蘭お姉さんと和葉お姉さんに付き添われて医務室に行ってます」
「医務室?」
「うん。ジャンケンで負けた元太君にお腹が痛いフリをしてもらったの。その隙に歩美達三人がコナン君のIDを追ってここまで来たって訳」
「ちなみにボク達三人のIDはここへ来る途中コインロッカーに預けて来ました。これなら蘭お姉さん達に居場所を突き止められる事もないと思います。この状態で外に出たとしても子供なら園内に忘れたと言えば通してもらえるでしょうし」
胸を張って言う光彦にコナンは乾いた笑いを浮かべる事しか出来ない。
「あなたもそのID、さっさと預けた方がいいんじゃない?このままじゃ彼女達に強引に連れ戻されるわよ?」
引導を渡すような哀の台詞にコナンは「……ったく」と肩をすくめるとロッカースペースへ足を向けた。



アトラクションエリアを捜索していた新一の携帯が鳴ったのは捜査を開始して30分くらい経った頃の事だった。
「はい?」
「工藤か?オレや」
「服部、そっちはどうだ?」
「あかんなあ。手掛かりになりそうな物はさっぱり見当たらへんわ」
「そっちもか……オレの方も今のところ何の手掛かりも見付からねえ。毒薬を入れて持ち歩いたと思われる容器も見当たらねえし、事件当時怪しげな人物を目撃したって話も出て来ねえな」
「そっか……なあ、とりあえず一旦小っさい工藤と合流するか?あっちは何か見付けたかもしれへんで」
「……」
『コナン=自分』と頭では分かっているものの、コナンが自分より先に手掛かりを掴んだ姿を想像するのも癪で、新一は「アイツも収穫ゼロだろーぜ。何か見付けてたら自慢げに連絡して来るはずだからな」と独り言のように呟いた。
「自分の事は自分が一番よう分かっとるってか?」
ゲラゲラ笑う平次にカチンと来て「じゃな」と一方的に通話を切ると新一は「クソッ…!」と髪を掻き毟った。
(どうして自分相手にこんなにイライラしなきゃならねーんだよ…!)
心の中のモヤモヤを押し込めるように携帯を折りたたんだその時、再び着信を知らせる音が鳴った。
「はい、工藤」
「どうしたの?随分不機嫌そうだけど……」
「なんだ、蘭か」
「『なんだ』はないでしょ?こっちは用があって掛けてるのに…!」
「悪ぃ、ちょっとイライラしててさ。で?どうかしたのか?」
「実は元太君がお腹が痛いって言うから医務室に連れて来たんだけど……少し目を離した隙に他の三人がいなくなっちゃって……」
「ったく……」
『三人』という事はその中に哀も含まれているのだろう。探偵の視点とは別の角度から事件解決のヒントをくれる彼女までコナンに合流している事に新一は思わず溜息をついた。
「IDで追跡出来るだろ?係員に頼んでみろよ」
「それがね、どうやらあの子達、IDを外してコインロッカーに預けてったみたいなの。コナン君のIDも少し離れた場所にあるロッカーから見付かって……ねえ、どうしよう?あの子達、時々無茶するから心配で……」
蘭のオロオロする声に新一の頭にあるアイデアが閃いた。
「……仕方ねえな。蘭、コナンの奴にはオレから連絡すっからさ、おめーと和葉ちゃんはそこに残った図体のデカイ奴をしっかり見張っててくれねーか?」
「え?でも…いいの?新一、捜査中なんでしょ?」
「仕方ねえだろ?そもそもアイツらをここへ連れて来るって言い出したのはオレなんだからよ」
「……」
「……蘭?」
「……新一、変わったね」
「あん?」
「前は事件が起きたら他の事なんか目に入らなかったのに……」
蘭の指摘はもっともで、今だってコナンから警察の捜査状況を聞き出そうという魂胆さえなければ歩美達の事など完全に無視していただろう。相変らず鋭い幼馴染にギクッとなりながらも新一は「オレだっていつまでもただの『大バカ推理之介』じゃねーからな」と肩をすくめた。
「『お、大バカ推理之介』って……どうして新一がそんな事知ってるのよ!?」
「コナンから聞いたに決まってるだろ?ガキは正直だからな、口は災いの元だぜ」
「……」
おそらく電話の向こうで真っ赤になっているだろう蘭に新一は心の中でホッと息をつくと「んじゃ、そっちは頼んだからよ」と、彼女との通話を切り、続いてコナンの携帯を呼び出した。
「オレだ」
「何だ、おめえか……何か手掛かりでも見付けたのか?」
「いや、まだこれといった物は……それより歩美達、お前と一緒にいるんだろ?」
「ああ」
「蘭が心配して探し回ってる。上手い事言って追い返せ」
「んな事出来っこねえって事くらいおめえだって知ってんだろ?」
「そりゃ……けどよお、このまま蘭や和葉ちゃんを放っておく訳にいかねーじゃねーか」
「……ったく、仕方ねえな。コイツらの事はオレから蘭に連絡しておくからよ」
「頼んだぜ」
「んじゃな」と通話を切ろうとするコナンを新一は「お、おい!」と慌てて引き止めた。
「何だよ?」
「警察の捜査状況を教えてくれねえか?こっちはおめえと違って盗聴する術を持ってねえんだからよ」
「傍受してるのはオレじゃねえ。灰原だ」
果たしてすんなり情報を流してくれるか疑問だったが、その心配は杞憂だったようで間もなく「工藤君?」という哀の声が電話口から聞こえて来た。
「灰原、警察の捜査状況を教えてくれねえか?」
「その様子だと何の手掛かりも得られなくて八方詰まりのようね」
どうやらもう一人の自分より哀の方が一枚上手なようで一瞬ウッと言葉に詰まってしまう。が、ここで大人しく引き下がる訳にはいかない。
「バーロー、一刻も早く事件を解決するために情報は共有すべきだろ?」
「まあ、そうね」
哀は納得したように呟くと新一に尋ねられるより早く「被害者の身元が分かったわ。上村光輝君、8歳、私立横浜山の手小学校三年生。ミラクルランドへは父親に連れられて遊びに来ていたそうよ」と続けた。
「母親は一緒じゃねえのか?」
「それは無理な話ね。母親はつい二ヶ月前、離婚して家を出て行ったそうだから」
「なるほど。で?横浜山の手小ってあの金持ちの子供が集まる事で有名な…?」
「父親は横浜港病院の外科部長。納得でしょ?」
横浜港病院といえば神奈川県でも随一の病院で、その外科部長なら息子を金のかかる私立小学校へ通わせていてもおかしくない。しばし携帯を手に考え込んでいた新一だったが「ひょっとして……誘拐か?」と探りを入れるように呟いた。
「さすがね。父親の話だと光輝君はお腹が空いたと言ってアトラクション待ちの列の近くにあるファーストフード店へ一人で買い物に行ったそうなの。それが15分以上経っても戻って来ないから父親が心配になって携帯に電話したら……」
「電話に出たのは被害者ではなく誘拐犯だったという事か……」
「ええ」
確かに筋は通るが新一の中で誘拐犯がさっさと被害者を殺害してしまった点が引っ掛かった。唯一考えられる可能性は被害者が犯人と顔見知りだった場合だが、それにしてもこんな大勢の人間が集まる場所で殺害するなんてリスクが大き過ぎる。そして何より犯人は何故被害者の遺体からわざわざ指紋を消し去るような真似をしたのだろうか……?
「なあ、灰原」
「何?」
「使用された毒の種類って検討つくか?」
「あなたや江戸川君と違ってそんなに遺体を詳しく調べた訳じゃないから何とも言えないけど……普通の人が容易く手に入れられる類の物ではない事は確かね」
「という事は……」
「犯人はおそらく医療関係者だと思うわ。光輝君を誘拐してすぐ殺害したのは犯人が父親と同じ病院に勤めている人物だとしたら筋も通るしね。事実、警察もその線で容疑者の割り出しに乗り出してるみたいよ」
「『警察も』って…どういう意味だよ?」
「江戸川君は何か他に気になってるみたいだから」
「え…?」
自分はこれといって気付かないのにコナンには一体何が引っ掛かっているというのだろう?焦りを感じた新一は無意識のうちに「灰原、コナンの奴と代わってくれ!」と大声で叫んでいた。
「何だよ?一体」
「おめー、何が気になってんだよ?」
「あん?」
「『あん?』じゃねーだろ。灰原から聞いた話の限りでは犯人は被害者の父親と同じ病院に勤める医療関係者の可能性が一番高い。そうだろ?」
「まあ……単純に考えればそうなんだけどよ。光彦達が同じような事言うからさ……」
「は?」
「『犯人は医者だ』とか『被害者がすぐ殺されたのは犯人と顔見知りだったから』とか……いくらオレと始終一緒にいるからってアイツらは小学一年生だぜ?そんな子供でも犯人像が特定出来るなんて何か裏があるような気がしねえか?」
「けどよお、犯行に使われた毒はそう簡単に入手出来る代物じゃねえんだろ?それに犯人が害者と全く無関係な人間なら誘拐してすぐ殺害する必要なんかねえんじゃ……」
「バーロー、一つだけ可能性があるだろ?」
「あん?」
「犯人が被害者の父親だった場合だ」
「……!」
コナンに指摘されるまでその可能性を全く考えなかった自分に愕然となり、新一は返す言葉を失った。