アトラクション待ちの30分は結局無駄となり、新一と蘭は平次と和葉によって半ば強引に近くのカフェへと移動させられた。こちらはたいして待たされる事もなく10分と経たないうちにウェイトレスが注文の品を運んで来る。
「……しっかし『探偵は探偵を呼ぶ』とはよく言うたもんやなぁ。さすがに今日はアツアツのお二人さんを邪魔したらあかんと思って和葉と二人、横浜で大人しくUターンするつもりやったのに……」
アイスコーヒーの入ったグラスに無造作にストローを突っ込むと平次がご機嫌な表情で言い放つ。新一としては『だったら最初から目的地は東京じゃなく横浜だと言え!』と言いたいところだが、今更文句を言ったところで後の祭りだ。
「せやけど、あたし、蘭ちゃんの幸せそうな顔見れて嬉しいわ。いっつも工藤君思うて寂しそうにしててんもん」
まるで自分の事のように嬉しそうな笑顔を向ける和葉に蘭が「そんな事……」と慌てたように頬を赤くする。
「無理せんでもええやん。こうやって約束通り帰って来てくれたんやし。おまけに両想いやなんて羨ましいわ」
「う、うん……」
素直に頷く蘭をしばし微笑ましそうに眺めていた和葉だったが、ふいに今までの穏やかな表情が嘘だったかのような険しい顔になると正面から新一を見据えた。
「工藤君とゆっくり話すんは初めてやね。あたし、平次の幼馴染で遠山和葉。京都の事件の時は助けてくれてありがとう」
「あ、いや……」
既によく知っている人物に改めて自己紹介されるというのも妙な気分で新一は曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ない。
「なあ、一体何の事件追っててん?蘭ちゃん、あないに待たせるやなんて……」
いきなり核心を突いて来る和葉にさすがの新一も一瞬ウッと言葉を詰まらせてしまう。
「その……まだ全容解明の最中でさ、詳しい事は話せないんだ」
「ふーん……」
新一の回答が不満だったのか和葉の表情が更に渋くなる。
「どんな事件やったのか話せないんならそれは仕方ないとしてもや。連絡くらいもう少し頻繁に出来たんやないの?ほとんど放ったらかしやなんて……工藤君、本当は浮気でもしてたんとちゃう?」
「う、浮気なんか…!」
「それやったらなんで携帯の番号もなかなか教えてくれへんかったん?」
「……」
正直に『江戸川コナン』になっていた事を話せば疑いは晴れるが、自分の他に『江戸川コナン』が存在している今の状況ではそれも厳しい。まして今、自分が『新一』と『コナン』二人の人間として存在している事は平次にも打ち明けていないのである。
和葉の集中攻撃を浴びる新一を気の毒に思ったのか、突然、平次が新一の背中をポンポンっと叩くと「和葉、仕方ないやろ。いくら工藤が東の名探偵言うてもオレには敵わへんからな。毛利の姉ちゃんの事、気にしたくても気にする余裕もなかったんちゃうか?」と、ニカッと笑ってみせた。
(服部、てめえ……)
ここぞとばかりに言いたい放題言う平次に反論も出来ず憮然とした表情でアイスコーヒーを口に運ぶ事しか出来ない。そんな新一を煽るように平次が挑戦するような目つきで「……これで事件でも起こればおもろいんやけどなぁ〜。東西名探偵の実力の差をしっかり見てもらう事が出来るやろうし」と呟く。
「バーロー、縁起でもねえ事言うなよ」
「せやけどコナン君とおる時は不思議なくらい毎回毎回事件に巻き込またからなぁ」
「アイツはアイツ、オレはオレだろ?」
「工藤、お前……」
さすがに探偵だけあり新一の反応に蘭が『江戸川コナン』の真実を知らないと察したのだろう。平次は「……ま、それはそうなんやけどな」と肩をすくめると飲みかけのアイスコーヒーを口に運んだ。



「やっぱ次はスーパースネークにしようぜ!」
元気良く叫ぶ元太に「でも…新一お兄さんと蘭お姉さん、多分まだ並んでますよ?」と遠慮がちに光彦が呟く。
「そうだよ、せっかくラブラブな二人を邪魔するなんて絶対ダメだよ。ね、哀ちゃん」
「そうね、江戸川君が遠慮してるくらいだし」
クスッと笑って自分を見る哀にコナンは黙って顔をしかめた。
新一と蘭がスーパースネークの方向に向かうのを見て別のアトラクションに少年探偵団を誘ったのはコナンだった。しかし、だからと言ってあちらの様子が気にならないはずはない。
「じゃあ何にする?バイキング?魔法の絨毯?」
「蒸気船でエメラルド湖を周遊するのも悪くないんじゃないですか?」
「アトラクションもいいけどよお、オレ、腹減って来た……」
三者三様の意見にコナンは溜息をつくと「もうすぐ昼だ。園内のレストランが混む前に飯にするってのもありじゃねえか?」と、腕時計の時刻を示して見せた。
「なるほど〜、さすがコナン君ですね」
「オレ、うな重!」
「元太君、さすがにこういう場所にうな重はないと思いますけど……」
「歩美、スパゲティが食べたい!」
「スパゲティなんかすぐ腹減るじゃん。せめてカツカレーくらい食いてえよ」
「ボクはそんなくどい物よりあっさりしたお寿司がいいですね」
「あのなあ……」
見事に割れる意見にコナンが頭を抱えていると「だったらこのミラクルランド中央にあるフードコートにするっていうのはどう?」と、哀が口を挟んだ。
「結構色んなお店が入っているみたいだから悪くないと思うけど?」
「お!特製うな重なんてあるぜ!」
「『ニワトリこっこのカルボナーラ』なんて美味しそう!」
「このお寿司屋さん、確か築地にもある老舗ですよ!」
どうやら三人組に異論はないようで早速パンフレットを取り出すと地図とにらめっこを始めた。
「こっちから回って行くと近そうだな!早く行こうぜ!」
「あ、待ってよ、元太君!」
「そんなに急がなくても食べ物は逃げませんから……」
フードコートに向かって駆け出す元太を歩美と光彦が追い掛ける。その無邪気な様子にコナンは再び溜息をついた。そんなコナンの様子に哀がクスッと笑う。
「無理しなかった方が良かったんじゃない?」
「あん?」
「工藤君はともかく彼女の頭の片隅から私達の存在が消える事はないでしょうし」
「そりゃ……けどよお、ガキが五人、金魚のフンみてえにくっついているよりマシってもんじゃねえか?」
コナンの答えに哀は意外そうに一瞬目をしばたたかせると「あなたがそこまで言うなら何も言うつもりはないけど」と、両手を広げてみせた。
「そんな事より……どうなってんだ?」
「どうって…何の事?」
「バーロー、オレとアイツの事に決まってんだろ?元の身体に戻す研究、少しは進んでるんだろーな?」
「簡単に言わないでくれる?いくら調べてもこんな症例見付からないんだもの。対処の仕様がないわよ」
「対処の仕様がないって……」
「……っていう一言で済ませたいのはやまやまだけどAPTX4869は私が作り出した物。今回の件だってその副作用と言えなくもないわ。心配するなって言う方が無理でしょうけど、あなたの事は私が責任持って何とかするからもう少し時間を頂戴」
「何とか、ねえ……」
空を見上げ溜息を繰り返すコナンに哀が「……ねえ、江戸川君」と、真面目な口調で話し掛けて来た。
「何だよ?」
「常識で考える限り一人の人間の魂が二つに分かれてしまうなんてありえない事だわ。そんな事態が起こった原因は私が推測出来る範囲では一つだけ……ねえ、あなた、ひょっとして心のどこかで『江戸川コナン』として生きていくのも悪くないと思ってるんじゃない?」
「んな事……ある訳ねーだろ?」
「絶対ないと言い切れる?」
「ったりめーだろ?でなきゃ黒ずくめ相手にあそこまで無茶したはずが…!」
ムキになるコナンに哀は苦笑すると「……そうよね。組織と対決した時、『この人、命がいらないんじゃないかしら?』って何度思わされたか分からないもの」と、皮肉めいた視線を投げた。
「命がいらねえ訳じゃねえよ。オレはただ……」
コナンの反論は「コナン君!哀ちゃん!何やってるの!?早く早く!!」と叫ぶ歩美の声によって寸断されたのだった。



「なんや、えらい中途半端な時間になったなあ……」
カフェを出て時計を見ると午前11時45分を指している。普通なら文句なく昼食にする時間だがコーヒーとともに出されたクッキーを摘んでいたせいかあまり食べる気になれない。
「アホ、何言うてんの。工藤君と蘭ちゃん、強引にお茶に誘ったの平次やん」
「アホはないやろアホは。オレはあないなアトラクション待ちの場所でゆっくり喋れへん思ったから……」
「まあまあ。だったら2時間くらい遊んでから昼食にするっていうのはどう?その方がどこのレストランも空いてるだろうし……」
なだめるように言う蘭に「せやせや、ゆっくり遊べて丁度ええやんか」と、平次が調子良く頷いた。
「……で?今からどうすんだ?」
それまで黙って三人の会話に耳を傾けていた新一がパンフレットを広げると蘭に手渡す。
「うーん……せっかくだからもう一度スーパースネークに並んでみようか?」
「スーパースネークってアレか?海の上に迫り出すこのミラクルランド一番人気の……」
「そうそう」
「せやけどあのアトラクション目茶目茶待たされるんとちゃうか?」
不満そうに呟く平次にすかさず和葉が「どっかの誰かに4時間も待たされた事考えれば可愛いもんや」と突っ込む。
「仕方ないやろ?あん時は急に用事が出来て……」
「用事やなくて事件やろ?」
「あんなあ、オレの用事はなんで全部事件になるんや?」
「ほんなら違ったん?」
「や……結局、どーしょうもない事件に巻き込まれたんやけど……」
早速始まる平次と和葉の夫婦漫才に新一は溜息をつくと「だったら交代で並べばいいじゃねーか。蘭、和葉ちゃんとアウトレットにでも行って来たらどうだ?」と、パンフレットを指差した。
「え?ここ、アウトレットなんてあったっけ?」
「新しく出来たみてえだな。オープンしたのはつい二週間前みたいだぜ?」
「……」
蘭はしばし新一の持つパンフレットを無言で眺めていたが「……そだね。時間も勿体無いし、和葉ちゃん、行ってみよっか?」と和葉に笑顔を向けた。
「せやけど蘭ちゃん、せっかくのデートなんやし……」
「いいのいいの。新一とはいつでも会えるけど和葉ちゃんにはなかなか会えないもん。それに実は今日、新一と二人きりって訳じゃないんだ」
「え…?」
「コナン君達も一緒に来てるの。IDさえあれば子供達だけで行動させても大丈夫だって新一が言うからあの子達はあの子達で遊んでるんだけどね」
「コナン君…?」
怪訝そうな表情になる平次に新一は慌てて「ガ、ガキ共もくっついて来てんだよ」と言うと「一時間交代でいいだろ?な?」と、早く行けと言わんばかりに蘭にパンフレットを押し付けた。
「うん。それじゃ一時間後ね。和葉ちゃん、行こっか」
「平次、子供やないし行儀良く並んどいてや」
「うるさいわ、アホ」
渋い顔の平次に和葉はべーッと舌を出すと「ほんなら行こ!」と蘭と二人、アウトレットのある方向へ楽しそうに去って行った。