米花総合病院の手術室前。『手術中』の赤いランプが灯ってからどのくらい時間が経っただろう。コナンは蘭と二人、哀の手術が終わるのをじっと待っていた。
「……私のせいだ……私があの時動かなければ……」
なかなか終わらない手術に精神的に限界だったのだろう。蘭の目から涙が零れ、握り締めた手の甲に落ちる。
「そんな……蘭姉ちゃんのせいじゃないよ。それにもしあの時、蘭姉ちゃんが動いてくれなかったらボク達全員殺されていたかもしれないし……」
「でも…!」
「哀君!!」
蘭の台詞を遮ったのは阿笠だった。真っ青な顔でコナン達の方へ駆けて来る。
「哀君は!?哀君の具合はどうなんじゃ新い……」
「落ち着いてくれ、博士!」
危うく『新一』と言いそうになる阿笠の言葉を断ち切るようにコナンは叫んだ。
「す、すまん……年甲斐もなく取り乱してしまったの……」
阿笠はふーっと溜息をつくと椅子に腰を下ろした。
哀のことを娘同然に可愛がっている彼に彼女が撃たれ、重体だという知らせはどれほど酷なものだっただろう。阿笠の胸中を思うとコナンはこの場は新一として接した方がいいと判断した。
「……蘭姉ちゃん、博士にお茶でも買って来てくれない?」
「う、うん……コナン君は何が飲みたい?」
「ボクはいいよ」
「そう……じゃ、ちょっと行って来るね」
蘭はポケットの中の小銭を確認すると廊下を歩いて行った。
「大丈夫か、博士?」
「あ、ああ、すまんの。ところで……君は警察へ行かなくていいのか?」
「本来なら行かなきゃいけねえんだが……服部が気を利かせてくれてさ」
「そうじゃったか……」
「組織の残党が残っていない保障はねえしな。灰原を消そうとするヤツがまだいてもおかしくねえだろ?」
「確かにのう……」
その時、誰かが廊下を歩いて来る音が聞こえコナンと阿笠は口を閉ざした。
「赤井……秀一……」
思いがけない来訪者にコナンの中に緊張が走る。



コナンは赤井を促すと別のフロアにある患者用談話室へ向かった。阿笠を一人にするのは心配だったが、蘭がいつ戻って来るか分からない状況でこの男と話をする訳にはいかない。
「……まさかあんたがジョディ先生の仲間だったとは思わなかったぜ」
コナンは苦笑した。
「俺達はあの組織を半世紀も前から追ってたんだ。それをまさか高校生の坊やにあっさり出し抜かれるとはな」
「……」
いつの間にかコナンが工藤新一である事を赤井は知っているようだ。
「お前に聞きたい事が二つある」
「オレに…?」
「ジンと呼ばれた男を殺した人間に心当たりはないか?」
赤井の言葉にコナンは驚きのあまり一瞬言葉を失った。
「何だって!?アイツを殺したのはFBIの人間じゃねえのか!?」
「我々が重要参考人をみすみす殺す訳なかろう」
「……」
「使用されたのはH&K PSG1、狙撃銃の最高峰とも言われるライフルだ。おそらくプロの仕業だろう。お前が関わってきたやつらの仲間で心当たりはないかと思ってな」
コナンは考え込むように顎に手をかけた。ジンを殺したのはFBIの人間だとばかり思っていた。
「勿論、仲間割れの線もある。その方向で捜査は続けているがなかなか割り出せなくてな。組織の人間と何度か直接接触しているお前なら何か知っているかと思ったんだが……」
赤井は言葉を切ると煙草に火を点けた。
「……これで何もかも終わりましたって訳にはいかねえようだな」
「ああ、お前も注意した方がいい」
「分かってるさ。で?」
「ん?」
「もう一つあるんだろ?オレに聞きたい事」
「ああ。あの茶髪の少女の容態はどうなんだ?」
赤井の思わぬ台詞にコナンは戸惑った。
「茶髪の少女って……灰原の事か?」
「そうだ」
「まだ手術中だから何とも言えねえが……撃たれた場所が場所だからな……」
ジンの弾丸は哀の腹部を貫通していた。
「そうか……」
「そういえば以前、灰原があんたの気配を察知した事があったな。あんた、灰原と何か関係でもあるのか?」
コナンの言葉に赤井はフーッと煙草の煙を吐き出した。
「あの娘は……宮野志保は俺の父親違いの妹だ」