「な…!」
赤井の思わぬ言葉にコナンは一瞬絶句した。
「……まあアイツが俺の事を知らないのは無理もない。母は明美にも俺の存在を黙っていたようだったからな」
赤井は吸っていた煙草を灰皿に押し付けると手近な椅子に腰を下ろした。
「どうして……?」
コナンは珍しく思ったままの疑問を口にする。
「俺の父はFBIのお偉方だった。世界中を飛び回っていて家にいた記憶なんてほとんどない。ま、それがいけなかったんだろうな。いくら研究が趣味の母でも寂しかったんだろう。いつの間にか当時似たような研究をしていた宮野博士と親しくなり、遂に離婚しちまったって訳さ。しかし……まさかその宮野博士が母共々あの組織に入るとは父も思っていなかっただろう。自分が長年追っていた組織に……皮肉なものだ」
「……」
赤井の言葉をコナンは黙って聞いているしかなかった。
「父が亡くなってしばらく経ち俺もFBIに入ったが、最初は妹達の事もあって組織絡みの捜査には加わっていなかった。ところが明美が死に、志保が組織を裏切ったらしいと聞いて、いてもたってもいられなくなった。何だかんだ言っても半分は血の繋がった妹だからな。だが、APTXの事は我々もなかなか掴めなかった。人間が幼児化するなど考えもしなかったからな」
「確かに……常識じゃありえねからな。あんた、よく灰原に辿り着いたと思うぜ?」
「ボスが間違って誘拐された時に見かけた少女が志保によく似ているとは思っていた。小学一年生にしては頭が切れるお前といるところを度々目撃して、まさかと思って調べたところ、工藤新一という高校生名探偵が行方不明だという事が分かった。その写真を見てさすがの俺も驚いたさ。『江戸川コナン=工藤新一』だとしたら『灰原哀=宮野志保』は自然に結びつく。探っていたら案の定、阿笠という博士はお前の事を『新一』と呼んでいたという訳だ」
「盗聴器で聞いたのか?」
「ああ。まあそのおかげでクリス・ヴィンヤード=シャロン・ヴィンヤードだとジョディ・スターリングから聞かされた時もあっさり納得出来たがな」
「……」
その時、「コナン君、どこ行っちゃったの!?」という蘭の声が遠くから聞こえて来た。
「……と、どうやら手術が終わったようだな。日を改めて出直すか。志保の意識が戻ったらここへ電話してくれ」
赤井はコナンに有無を言わせない口調でメモを渡すと、椅子から立ち上がり去って行った。



手術室の前へ戻ると、蘭が一人ポツンと立っていた。
「コナン君……一体何してたの?」
「あ…ちょっと、ね……それより手術終わったの?」
「うん…でも……」
いつもの蘭なら自分の歯切れの悪い返事に不信を抱き突っ込んで来るはずだ。そんな彼女の様子にコナンは急に不安に襲われた。
「『でも』って…まさか…!?」
「『手術は成功しましたが今夜が峠だ』って……ついさっき集中治療室に移されたわ」
「……博士は?」
「哀ちゃんに付き添ってるわ。すごく青い顔してた……」
「……」
今の阿笠を一人にする訳にはいかないが、だからといってコナンがここに留まると言えば蘭も一緒に残ると言うだろう。
しかし、ジンを殺した人物がFBIの人間ではないとなると蘭を一人で帰らせる事は危険だった。
(困ったな……)
コナンが頭を抱えた時だった。
「……手術、終わったみたいだな」
「お父さん!」
いつの間にか蘭の父、毛利小五郎がやって来ていた。
「……で、上手くいったのか?」
「うん……でもまだ危険な状態なの。私、哀ちゃんの容態が落ち着くまでここにいようと思って……」
「蘭、お前がここにいたからといって何が出来る訳でもないだろう?」
「それは……でも、哀ちゃんは私を庇って撃たれたのよ!」
「お前の気持ちは分かるがな、目暮警部が明日はお前にも本庁へ来て欲しいって言ってるんだ。もう夜の11時を回ってる。帰るぞ」
小五郎にしては珍しく強引な態度である。蘭自身もその事に気付いたようで、「……分かった」と呟くと父の後に続いて歩き出した。
「ほら、コナン君も帰るよ」
「おじさん、蘭姉ちゃん、ボクは残るよ。いいでしょ?」
「ダメよ」という蘭の台詞を遮ったのは小五郎だった。
「博士とあの娘が遠縁だっていうならコイツとあの娘も遠縁なんだろう。好きにさせてやれ」
「お父さん……」
「おじさん…?」
小五郎の様子に不審を抱いたコナンだったが、今は阿笠の元へ行くのが先決だ。「じゃあね、蘭姉ちゃん」と手を振るとコナンは哀の病室へ向かって駆け出した。