哀が運ばれた集中治療室の前まで来ると阿笠が病室の前のソファに腰を下ろしていた。
「……面会謝絶か?」
「集中治療室では面会時間も制限されておるからの。しかし……家に帰ったところで何も手につかんじゃろうて……」
「……」
コナンは阿笠の横に腰を下ろした。
「このまま逝ってしまうのは……あまりに不憫じゃのう……」
「バーロー、縁起でもねえ事言うなよ!」
普段なら「そうじゃのう」と言って苦笑する阿笠だが、今はその元気すらないらしい。
「……そういえば、蘭君はどうしたんじゃ?」
「ついさっき毛利のおっちゃんが迎えに来て帰ったよ」
「そうじゃったか……」
「心配性の博士にこれ以上心配かけたくねえんだけど……アイツを…ジンを殺したのはFBIの人間じゃないらしいんだ」
「何じゃと!?」
「さっき赤井秀一が『ジンを殺した人間に心当たりはないか』ってオレに聞いて来たんだ。ヤツがそんな事を言う以上、少なくとも日本警察やFBIの人間の仕業じゃねえ」
「インターポールの可能性はどうなんじゃ?」
「ああ、そっちは後で父さんに電話して調べてもらうよ。問題は……まったくオレ達の知らない勢力がある場合だな」
「ともかく……哀君の傍を離れる訳にはいかんようじゃのう」
「ああ。こうなった以上、目暮警部に事情を話して警護の人間を回してもらった方がいいかもしれねえな。勿論、オレも気をつけるが……」
「……」
阿笠が急に考え込むような表情になると口を閉ざした。
「……博士?」
「あ……いや、いいんじゃ」
「何だよ、隠すなんてらしくねえぜ」
「……ま、じいさんからは話しにくいかもしれへんな」
「服部!?」
いつの間にか服部平次がコナン達の傍まで来ていた。
「博士からオレに話しにくいって……一体何だよ?」
「ま、こんなところで話すのも何やし……工藤、ちょっとオレと来いや」
「あん?」
コナンは訳が分からないまま平次の後に続いた。



平次に促され、コナンは売店の横の自販機コーナーまでやって来た。さすがにこんな時間では売店は開いているはずはなく、人の姿は見当たらない。
平次は自販機でコーラとアイスコーヒーを購入するとコナンにアイスコーヒーを差し出した。
「……で?一体何だってんだよ、博士もオメーも」
「なあ、工藤。お前誰が好きなんや?」
いきなり方向違いの質問をされてコナンは戸惑った。
「な、何だよ、いきなり……大体、こんな時にする話題じゃねえだろ?」
「こんな時だから聞いとるんや」
平次の真面目な顔にコナンは黙ってアイスコーヒーを一口飲んだ。
「オ、オレが好きなのは……その……蘭に決まってんじゃねえか」
「ほんまか?」
「あ、ああ」
「確かに……お前が毛利の姉ちゃんを大切に想っとるっちゅう事は嘘やないと思う。せやけど……」
「何だよ?」
「お前、あの灰原ちゅう小っさい姉ちゃんの事、今まで何回助けた?」
「はあ?オメー、話の展開間違えてねえか?」
「えぇから数えてみい」
「ったく……杯戸シティホテルでジンとやり合った時だろ、バス・ジャック事件の時だろ、ベルモットとやり合った時……後は……」
「どれもこれもでかいヤマばかりや。しかも一歩間違うてたらお前も死んどったやろな」
「それは……『やばくなったらオレが何とかしてやる』って約束しちまったからよお……」
「命まで賭けてか?」
「……」
一瞬、コナンの頭をジンと哀の会話が過ぎった。ジンに訊ねられた時、哀ははっきりコナンを好きだと答えていた。
果たして自分は哀の事をどう思っているのだろう?
いざこの質問を突きつけられるとはっきり答えられない自分にコナンは苛立ちを覚えた。
「……相変わらず人の心は読めても自分の心はさっぱりやな。ま、せやからオレら探偵ちゅうような職業の人間が儲かるんかもしれへんけど……えぇ機会や。じっくり考えるんやな。相談やったらいつでものったる」
平次はコナンの頭をポンッと叩くと立ち去って行った。