午後2時。
病棟の面会時間がやって来た。集中治療室へ入ったコナンと阿笠の目にベッドに横たわり人工呼吸器をつけた哀の姿が映る。容態は一進一退を繰り返しているようで、医師や看護師が頻繁に出入りしていた。
「……まだ安定せんのかのう」
阿笠が溜息まじりに呟く。
「とりあえず灰原の様子は分かったし……じゃ、オレ行って来っからさ。何かあったら携帯へ連絡してくれねえか?」
平次の協力があったとはいえ、いい加減警視庁に出頭しない訳にはいかない。不安そうな阿笠の様子に後ろ髪引かれる思いはあったがコナンは気持ちを切り替えた。
「意識が戻ったと電話出来ればいいんじゃが……」
「しっかりしてくれよ。オレが病院にいない間は博士だけが頼りなんだぜ?」
「ああ、分かっておる」
哀の姿を見た事で少しだけ余裕が出来たようだ。
「じゃ」
コナンは哀の様子を確認するようにもう一度視線を向けると、踵を返し病室を後にした。



霞ヶ関で地下鉄を降り、地上への階段を上がって行くと「工藤、こっちや」という聞き慣れた声が聞こえる。
「ったく。ガキじゃあるまいし待ち伏せなんかしなくてもいいっつーのに……」
「見た目はガキなんやからしゃぁないやろ?小学生が一人でのこのこ入って行く場所ちゃうしなぁ」
「まーな」
コナンは平次に続いて警視庁の玄関へ入って行った。受付で用件を伝えるとどうやら目暮警部直々出迎えに来てくれるらしい。コナンと平次は来庁舎用バッジを胸につけ、目暮がやって来るのを待った。
5分も経っただろうか。「服部君、待たせたな」という台詞とともに目暮が姿を見せる。
「ん?コナン君じゃないか。服部君、どういう事だね?君の話では……」
「まあまあ、そう焦らんとって下さい。訳は後で分かりますよって……それよか警部ハン、昨日の約束ですねんけど」
「ああ、分かっておる」
目暮が先に立って歩き、三人はエレベーターに乗り込んだ。いつも押される捜査一課があるフロアとは別のボタンが押される。
「……お知り合いでもいてはるんですか?警部ハン」
「わしの同期生がな。お陰で拝借する事が出来たよ」
エレベーターが止まったのは一般人が往来する事のほとんどない公安部のフロアだった。コナンと平次が案内された部屋には「会議室」というプレートのみが出ている。目暮は「空き」表示を「使用中」にすると二人を招き入れた。
その部屋の中では三人の人間が椅子に座ってコナンと平次を待っていた。一人はコナンも知っている松本管理官だが残りの二人は初対面である。
「その辺の椅子に座ってくれたまえ」
目暮の言葉に「ほな遠慮なく」と平次が松本管理官の正面に腰を下ろす。コナンは平次に続いて彼の右隣に腰を下ろした。
「早速だが服部君、話の続きを……」
「オレの知っとります範囲の事は昨日話さしてもろた通りですわ。後はコイツから直接聞いてもろた方がええんちゃうか思いましてん」
「コイツからって……」
平次の口から出た言葉に目暮達の視線がコナンに移る。
「お会いしていなかった訳ではないので『お久しぶりです』というのも変な話ですが……」
コナンは一旦言葉を切ると眼鏡を外した。
「『工藤新一』としてお会いするのはお久しぶりですね、目暮警部」



コナンは最初から順を追って目暮達に説明していった。トロピカルランドで組織の裏取引を目撃した事、組織の幹部であるジンに毒薬を飲まされ身体が縮んでしまった事、組織の追跡から逃れるため『江戸川コナン』として生きてきた事、紆余曲折あってやっと組織を追い詰めたところで蘭を誘拐された事……
「服部に頼んで警察に動いてもらう事にしたんですが時間がありませんでした。仕方なく一足先に奴等と接触する事にしたんです」
「そうだったのか……」
コナンの長い話にじっと耳を傾けていた目暮が茫然とした様子で呟いた。人間が幼児化するなど常識では考えられない事実を突然突きつけられたのだから無理はあるまい。
「しかし……工藤君、そんな重荷を一人で背負う事はなかったんじゃないかね?」
「一人じゃありません。阿笠博士や服部、それに灰ば……」
『灰原』と名前を言おうとしたコナンは言葉を失った。今まで気付かなかったが哀もコナンを支えて来た一人だったのだ。
(灰原……)
コナンの脳裏を集中治療室で人工呼吸器をつけた哀の姿が過ぎった。阿笠から何の連絡もない事がコナンの不安を募らせる。
「……おいっ、工藤、しっかりせえ!」
平次に左から突かれハッと我に返る。
「それより目暮警部、ジンを殺した犯人について警察はどこまで掴んでいるんですか?」
「残念ながらさっぱりだよ。FBIも手をこまねいておるようだが」
「そうですか……」
「それより……君と哀君が薬で幼児化したという事実は当面我々の胸の内だけに留めておこう。そんな話が広まったらどんな輩が君達を狙って来るか分かったもんじゃないからな」
「お願いします」
チラッと前方の二人に視線を送るコナンに目暮が「ああ、紹介が遅れて申し訳ない。こちらは警察庁刑事部と公安部の方だ。今後例の組織を中心となって捜査されていく事になっておる」と説明を加えた。
「工藤君…だったね。今後は我々も君達を全力でサポートさせてもらうよ」
「よろしくお願いします」
コナンは二人から名刺を受け取ると、「ところで警部、お願いがあるんですが……」と目暮の方へ振り返った。
「哀君の病室の警護だろ?分かっておるよ」
さすがに目暮も警視庁捜査一課の警部だけあって話が早い。
「ありがとうございます」
コナンは四人の警察官に頭を下げると平次と共にその部屋を後にした。