「……根回しはさすがだな」
エレベーターに乗り込んだコナンは思わず口を開いた。勿論、平次と二人きりで他に乗っている人間はいない。
「なんや?」
「目暮警部に公安部のフロア用意させるなんて思わなかったぜ」
「あの組織の存在が世間にばれたと同時にアホなんとかっちゅう薬の存在はお前と小っさい姉ちゃんだけの問題やなくなってもうたんや。そやろ?」
「……」
「不老不死を夢見るアホもぎょうさんおるやろうし……下手したらお前と姉ちゃんを人体実験の材料にしようとするヤツも出て来るかもしれへん。国家的トップシークレット言うても過言やないやろ。ま、理由はもう一つあるねんけど」
「もう一つ?」
「毛利の姉ちゃんも今日呼ばれてるんやろ?お前の正体まだばらしてないんやから念のためや」
「そうだな……」
「工藤、お前いつ彼女に話すんや?」
「……やっぱきちんと元の身体に戻ってからでねえと不安だろ?灰原が意識を取り戻さない今の状況じゃ動けねえよ」
「あの姉ちゃんの意識、まだ戻ってへんのか?」
「ああ……」
相変わらず阿笠から連絡はない。コナンは思わずポケットの中の携帯電話を握り締めた。
「……」
「……何だよ?服部」
「べ、別に何でもあらへん」
「隠すなよ。おめえの顔に書いてあるぞ。『昨日の話はどうなった』ってな」
「ハ、ハハハ……」
「……正直、おめえに正面切って言われるまで考えた事もなかったんだけどよ……それに……」
「それに?」
「オレとしては今までオレが灰原を支えて来たつもりだったのに……支えてもらってたのはオレだったような気もしてさ……」
「工藤……」
「ま、こっちの問題も元に戻ってから考えるつもりだ。少し時間も欲しいしな」
「せやな。急ぐ話でもあらへんし」
「それはそうと……おめえはこれからどうするつもりだ?オレは一旦着替えを取りに探偵事務所へ帰るつもりだが……」
「まだ大阪戻る訳にもいかへんしなあ……観光する気分でもあらへんし病院で阿笠のじいさんの世話でもしたるか」
「じいさん言うなよ。じゃ、後でな」
コナンは苦笑すると平次と別れ、探偵事務所へ向かった。



何日かぶりに戻った探偵事務所のドアを開けると小五郎が机に座って新聞を読んでいた。相変わらず煙草の吸殻が山になっている。
「ただいま」
「ん?ああ、お前か。ちゃんと目暮警部のところに顔出したんだろうな?」
「え?あ、うん。あ、おじさん、ボク……」
「病院に戻るんだろ?早く行ってやれ」
小五郎のいつもとは何となく違う様子にコナンは戸惑った。
「……あれ?おじさん、蘭姉ちゃんは?」
そういえば蘭の姿がない。
「まだ警察から戻ってないの?」
「あん?ああ、今夜は英理の家に泊まるって言ってたぞ。着替えを持って出て行ったから直接行ったんだろう」
「おばさんの家に?」
「一緒に暮らす事にしたからな。色々打ち合わせしてるんだろうよ」
「『一緒に』って……じゃあ……」
「ああ、長い別居生活にもピリオドだ。いつまでも意地張り合ってても仕方ねえからな」
「そう…なんだ」
コナンは困惑した。小五郎と英理が同居する事に異論がある訳ではない。蘭がずっと望んでいた事は知っていたし、その喜ぶ顔も簡単に想像出来た。
しかし、あまりにも突然である。居候とは言え何らかの話が自分の耳に入ってもおかしくないのではなかろうか?
「……お前に何も言わなかったのは悪かったと思ってる。だが、これは俺達家族の問題だからな」
コナンの疑問を見透かすように小五郎が呟く。
「それに例の組織が崩壊して一区切りついたんだ。お前との関係も今のままっていう訳にはいかねえだろ?」
「え…?」
「隠さなくても分かってるぜ。探偵ボウズ、工藤新一」
「……!?」
小五郎の思ってもいない台詞にコナンは絶句した。