重苦しい沈黙を破ったのは小五郎だった。
「しかし……『現実は小説より奇なり』とはよく言ったもんだな」
そう呟くと新しい煙草を取り出し、火を点ける。
「オレが工藤新一だって……いつ頃から分かってたんですか?」
「最初に気付いたのは英理だ。アイツは蘭のガキの頃からの写真を見るのが好きだからな。お前のガキの頃の写真を持って来て『念のため調べた方がいいんじゃない?』って言うからよ。『コナン君が新一君だとしたら何か事情があるはずだから』ってな。俺自身、お前の事は同窓会の事件以来ただのガキじゃねえと思ってたしよ」
「……」
「で、まあ調べてみたらどうやらとんでもねえ事態になってるという事が薄々分かって来て……英理と相談してお前には悪いが俺達はお前の正体には気付いてないふりを通させてもらったって訳だ。俺達夫婦、いや、何より蘭の命を守るためにな。有希ちゃんとは古い仲だし、少しでも力になってやりてえって俺も英理も思ったのは嘘じゃねえ。しかし、人間には分相応ってもんがあるからな。俺達は蘭の事を考えるだけで精一杯だった……」
「おじさん……」
「すまなかったな、新一」
「謝るのはオレの方です。勝手におじさんを操ってしまって……」
「お前はオレを利用した、オレもお前を利用した……それでいいじゃねえか」
「おじさんがオレを……?」
「『眠りの小五郎』ともてはやされ依頼が増えたのは事実だからな。まあ、お前が表舞台に戻って来ればまた閑古鳥になっちまうだろうが……」
「……」
「安心しろ。探偵は廃業だ」
「え…?」
「英理のところの調査員が一人辞める事になっちまってな。今後は俺が手伝う事になったのさ。弁護士も色々調べなきゃならねえ仕事だからよ、刑事や探偵の経験がある俺なら何かと都合がいいだろ?」
「……」
「俺の事なんかより……なあ、新一、お前、蘭との事はどうするつもりだ?」
「どうするって……?」
「悲しいがな俺も父親なんだ。父親っていうのはどうも娘に弱くてよ。アイツには……蘭には平凡でもいいから幸せになってもらいてえんだよ。アイツがお前を想ってるのはイヤってほど分かってる。けどよ……」
「……」
コナンはかつて見た事ないほど真剣な表情の小五郎に何も言えなくなってしまった。
「お前が名探偵であればあるほど親として蘭とお前の交際を認める訳にはいかねえんだよ……分かるだろ?」
「おじさん……」
その時、ポケットの中の携帯電話が鳴った。おそらく阿笠からだろう。
「……博士じゃねえのか?」
コナンが電話に出るのを躊躇っているとそれを見透かすように小五郎が呟いた。
「すみません……」
電話の相手は平次だった。哀の容態が安定したらしく集中治療室から出たという。阿笠は哀に付きっきりでコナンに電話をかける余裕すらないらしい。
「……ああ、なるべく早く行くから。じゃあな」
それだけ言うと電話を切る。
「あの茶髪の女の子、落ち着いたみてえだな」
「はい……」
「あの子が何者かは知らねえが……お前にとって大切な存在なんだろ?ひょっとしたら蘭以上に……な」
コナンは小五郎の言葉をはっきり否定出来ない自分に言葉を失った。
「蘭との事はあの子の事が落ち着いてからでもいい。お前にも考える時間が欲しいだろうしな。だが、ずっとお前を信じて待っている蘭のためにもはっきりさせてやってくれ」
「……はい」
それだけ言うのが精一杯だった。コナンは頭を下げると探偵事務所を後にした。



「えらい遅かったやないか」
病院へ戻ると開口一番平次が呆れたように呟く。
「そのくせ何も持って来ぃへんし……何しとったんや?」
「……毛利のおっちゃん、オレの正体に気付いてたんだ」
「何やて!?」
「まあその話はまた後でな。オレ自身今は混乱しちまってて……で?灰原の病室は?」
「あ、ああ。こっちや」
平次に連れられてコナンは哀の病室へ向かった。阿笠の意思もあり哀は個室へ入れられたようだ。
「まだ意識は戻ってへんけどな」
平次に続いて病室へ入ると、ベッドに横たわる哀と横で見守る阿笠の姿が目に入った。
「おい、博士、大丈夫か?」
「何のこれしき。哀君が落ち着いてくれて何よりじゃ」
阿笠は疲れてはいるようだが顔色はいい。コナンはホッと胸を撫で下ろした。
「今夜はオレに任せて帰れよ。少し寝た方がいいぜ?」
「人を年寄り扱いするでない」
「……ったく」
コナンが哀の側へ寄った時だった。
「ん……」
眉がピクッと動いたかと思うと哀がゆっくり目を開いた。
「哀君!?」
阿笠が思わず哀の手を握り締める。
「お、気付いたみたいやな」
「灰原?」
哀はうつろな瞳で阿笠、コナン、平次を見つめている。
「哀君、わしじゃ。分かるか?」
「あ……い……?」
「おい、灰原、大丈夫か?」
コナンの声に哀はコナンを真っ直ぐ見つめ、唇からたった一言呟いた。
「……あなた…誰?」