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「ったく、コナン君も博士も……いくら動転してたとは言えせめて小林先生に連絡くらいして下さいよ」
円谷光彦は大袈裟に溜息をついてみせると呟いた。
「悪ィ悪ィ、さすがのオレも焦っちまって……」
「二人揃って無断欠席してるかと思ったらこれだもんな」
小嶋元太が呆れた顔でコナンを見る。
「……哀ちゃん、本当に歩美達の事忘れちゃったの?」
吉田歩美が寂しそうな顔で哀の顔を窺う。
「ごめんなさい……」
哀はたった一言呟くとうつむいてしまった。
少年探偵団の三人が下校途中に哀の見舞いにやって来たのは翌日の午後だった。どうやら昨日帰宅した阿笠が待ち伏せされたらしい。朝一番で阿笠が慌てて病院へ戻って来て、哀は通り魔に襲われ逃げようとして拳銃で撃たれたショックで記憶を失ってしまった、という口裏合わせが行われ今に至っている。
「歩美ちゃん、灰原さんは助かっただけでも運が良かった、ってお医者さんも言ってみえるんですから」
「……うん」
「じゃあ灰原さん、改めて自己紹介しますね。僕は円谷光彦といいます」
「私、吉田歩美」
「オレは小嶋元太」
「ボク達三人、そしてコナン君、灰原さんの五人は帝丹小学校の同級生で少年探偵団として活躍しているんです」
「少年…探偵団……?」
「そうよ、五人でいろんな難事件を解決して来たんだから!」
「オレが団長を務めているんだぜ!」
(おめえら……)
コナンは三人が口々にする台詞に思わず顔を引きつらせた。
確かにこのメンバーで解決して来た事件も決して少なくはないが、その中心となったのはほとんどコナンであり、時に哀だった。しかし、『江戸川コナン』として生きる事を選んだ以上、今後は事件が起きたからといって派手に動く事は控えなければならない。事件を推理する事が何より好きな自分にとって拷問に等しい事は否めないが、見えない敵から自分と哀を守るためには止むを得ないだろう。
そう自分に言い聞かせるコナンを他所に三人は新たなる『事件』にすっかり盛り上がっている。
「そうだ!哀ちゃんが退院する前に私達で犯人を捕まえてあげる!」
「通り魔なんて許せませんからね。いつまた次の被害者が出るか分かりませんし」
「よぉし、少年探偵団出動だ!」
「……おいおい」
存在するはずのない真犯人を追いかけようとする三人の勢いにコナンは焦った。
「警察も隠密に捜査してるんだ。おめえらが動いたら犯人にこっちの動きがばれちまうじゃねーか。事件の事は目暮警部達に任せておけよ。それよりおめえらは毎日ここに来て学校の事とかいろいろ教えてくれねえか?」
コナンの台詞に三人が疑いのまなざしを向ける。
「な、何だよ?」
「変ですねえ、いつもなら真っ先に飛びつくコナン君がそんな事言うなんて」
「お前、何か知ってて隠してるんじゃねえのか?」
「バ、バーロー、んな訳ねえだろ?」
心の中で「当たってやがる」と呟きつつ言い返すのに必死だった。
「……あらあら、賑やかだと思ったら」
元太と光彦の詰問を遮るようにフサエが病室に入って来た。勿論、彼女との間でも口裏は合わせてある。
「あ、あなたは博士の……」
「こんにちは、小さな探偵さん達。これからあなた達とお喋りする事も増えると思うからよろしくね」
「え?」
「おばさん、阿笠君の家に住み事になったの」
「それって……」
「博士、もしかしてプロポーズしたの?」
「ま……まあそんなところじゃ」
阿笠が照れたように笑う。
「おばさんね、哀ちゃんの母親代わりとして昨日から傍にいるんだけど……やっぱりいきなり現れた人間よりも以前から哀ちゃんと過ごして来たあなた達がこうやって来てくれた方が哀ちゃんも嬉しいと思うの。犯人を捕まえたいっていう気持ちはとっても分かるんだけど……」
「けどよお……」
「それにもしあなた達に何かあったら哀ちゃんが悲しむと思うんだけど……違う?」
「……」
さりげなく三人の気持ちを動かすフサエにコナンは感謝した。
「大体、哀がやられるような犯人におめえらが敵うわけねえだろ?」
とどめを刺すようにコナンが言う。元太と光彦はその台詞に完全に黙り込んでしまったが、歩美は別の事に気を取られたようだ。
「コナン君、『哀』って…哀ちゃんの事……」
「ん?ああ、『同居人を名字で呼ぶのはおかしいんじゃない?』ってフサエさんに言われてさ」
「同居人?」
「毛利のおっちゃんと蘭姉ちゃん、妃先生と一緒に暮らす事になったんだ。それでオレも本来の居候先である博士の家に戻る事になってさ」
「へえ、そうなんですか。じゃあコナン君、これから灰原さんと一緒に暮らすんですね」
「ま、そうなるな」
「……」
「……どうした?歩美ちゃん」
「う、ううん……何でもない」
歩美は慌てたように首を振るとコナンから視線を外してしまった。



結局、少年探偵団の三人は翌日からも病院へ寄る事を約束して帰って行った。
「やれやれ、やっと帰りやがった……」
三人を玄関まで見送ったコナンは溜息をつくと思わず呟いた。
「……どうやらお前は一つの事に集中すると他の事に目が入らなくなるようだな」
ふいに声をかけられ、驚いて振り向いたコナンの目に赤井の姿が映った。
「志保の意識が戻ったら連絡しろと言っておいたはずだ」
「……悪いな、こっちもあれから色々あったんだ」
コナンは赤井の刺すような視線を真正面で受け止めた。
「志保の具合はどうなんだ?」
「とりあえず安定しているが……記憶がねえんだ」
「記憶が!?」
「ああ、何もかもきれいさっぱり忘れちまってる……組織の事もたった一人の姉、宮野明美の事もな」
「……」
「どうすんだ?」
赤井はしばらく考え込んでいた様子だったが、「志保に会わせてくれ」と言うと吸っていたタバコを灰皿へ押し付けた。